よく西洋について理解するためには、キリスト教とギリシャ神話の知識が必要と言われます。実際、ギリシャ神話は、古代ギリシアの哲学や思想、ヘレニズム時代の宗教や世界観、さらには、キリスト教神学の成立などにおいて、西欧の精神的な脊柱(せきちゅう)の一つとなりました。
今回から、ギリシャ神話の世界をシリーズでお届けします。第1回目は「総論」という形で、シリーズ全体の内容を要約しました。ギリシャ神話を理解するための基礎的な知識を確認したうえで、始めたいと思います。
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<ギリシャ神話とは?>
ギリシア神話は、古代ギリシアより語り伝えられる伝承文化で、ゼウス、アポロン、ポセイドンなど多くの神々が登場し、人間とも交わり、人間のように、泣き怒り、妬み・嫉み、浮気するといった愛憎劇を繰り広げる物語です。
<古代ギリシャの信仰と社会>
古代ギリシアにおける宗教は、古くから共同体の根幹をなしていました。古代ギリシャでは、たくさんの神々を祀ってそれぞれの神殿を建て(いたるところに神域や社があり)、神々に縁のある物を供える習慣がありました。ポリス(都市)の政治も、守護神をまつり、神託をうかがって進められました。また、市民にとっては、農耕神の祭典はとりわけ重要でした。
ただし、教義や経典がなく、特権的な神官もいません。また、キリスト教やイスラム教のように唯一絶対神に対する畏怖畏敬の信仰ではなく、神々を通して、自然事象や生活から感じる、自然の力に対する信仰でした。これは一種の自然崇拝であることから、ギリシャの神々の神殿はあまり街中にはなく、山頂や山間など人々の暮らしの場所から離れた場所にあるのが特徴的です。
一方、明るく合理的で、神々も極めて人間的な宗教のかげで、密議的な宗教も一部の人々の間で信仰され、ディオニュソスの秘儀、エレウシスの密議、オルフェウスの密議などが知られています。
なお、ギリシャの神々は、もともとギリシャ本土にいた神や、ギリシャ本土以外のとこから定住した神などさまざまで、その出自に関して、以下のように分類されます。
「固有の神」:古代ギリシア人固有の神
「先住の神」:ギリシア先住民の神
「外来の神」:非ギリシア起源の神
「東方の神」:外来かつオリエント起源の神
<ギリシャ神話の成立>
今日、ギリシア神話として知られる物語の始まりは、およそ紀元前15世紀頃に遡り、吟遊詩人たちによって、口承形式で歌われ伝えられました。
その後、「暗黒時代(前1200~前800)」と呼ばれる文字のない時代に神々の神話の原型が出来上がったと考えられています。そうした中、紀元前9〜8世紀頃に属すると考えられるホメロスの二大叙事詩「イーリアス」と「オデュッセイア」は、この口承形式の神話の頂点に位置する傑作と言われています。
その後、フェニキア文字を元に古代ギリシア文字が生まれ、これによって、それまで口承でのみで伝わっていた神話は、文字の形で記録に留められていきました。紀元前8世紀の詩人ヘシオドスは、「神統記」において、それまで混沌としていたギリシアの神々の系譜を、ギリシャ文字で記述し、神々や英雄たちの関係などを体系的にまとめました。
「神統記」に従えば、一般的にギリシア神話は、(1)「世界の起源と創造」、(2)「神々の物語」、(3)「英雄たちの物語」の三種の物語に大別できます。
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(1)世界の起源と創造
古代ギリシア人は、古代オリエントなどの神話の影響などから、他の民族と同様に、「世界は原初の時代より存在していた」との素朴な思考を持っていたとされていますが、やがて、哲学的な構想を持つ世界の始原神話が語られるようになりました。
まず、神々が生まれる以前、宇宙には何もないカオス(混沌)(空隙)が最初に広がっていたと考えられていました。
カオスの次に、ガイア(大地)が万物の初源として存在を現しました(ガイアはカオスの子(娘)という言い方もする)。また、ガイアとともに、地下の幽冥タルタロスと、美しいエロース(愛)が生まれたとされています。ガイア(大地)、タルタロス(冥界/深淵)、 エロース(愛)の3神は、カオスの次に生まれた原初神と位置づけられています。
◆ ガイア
ガイアは、「大地(天をも内包した世界)」を意味する女神で、カオス(混沌/空隙)から生じた神々の母です。すべてに神々は、元々「大地(ガイア)の子」であるとされています。
◆ タルタロス(冥界/深淵)
タルタロスは、奈落の神にして、奈落そのものとされた神です(場所の名でもある)。タルタロスは、ガイアとの間に怪物エキドナとテューポーンなどをもうけました。
◆ エロース
エロース(エロス)は、恋心と性愛を司る神で、神々のなかでも最も美しい神とされ、有翼のエロースとして描かれます。
(2)神々の物語➀
次の「神々の系譜」では、ウラノス、クロノス、そしてゼウスにわたる三代の王権の遷移が語られます。
<ウラノスの時代>
ギリシア神話において、ガイアは、独力で天空の神ウラノスを産み出し、またこれを夫として、チタン(ティタン)神族や、など、様々な神々などを生みました。
大地の母ガイアは、自らの力だけで、天空の神ウラノス、海の神ポントス、山の神ウーレアーを産みました。その後、ウラノスと親子婚し、ウラノスは、全宇宙を最初に統べた神々の王となりました。
ウーラノスとガイアの交わりによって、クロノスらティーターン(チタン)神族の神々,キュクロープス(一眼巨人)、ヘカトンケイル(百腕巨人)、テューポーンなど世界を統治する多くの神々や魔神・怪物が誕生しました。
しかし、ウラノスは、キュクロプスとヘカトンケイルが醜い怪物であったことを喜ばず、彼らを大地の底のタルタロスに押し込め、幽閉してしまいました。これに対して、ガイアは自らの子を姿のみで罰した夫を許せず、ガイアの意を受けた最年少のクロノスが、与えられた大鎌で、父神の陽物(男根)を切り落とし、その王権を簒奪(さんだつ)しました。
<クロノスの時代>
クロノスは、2代目の王になり、クロノスの兄姉に当たる神々(ティーターン神族)とともに世界を支配・管掌しました。
しかし、クロノスが、キュクロプスとヘカトンケイルを解放しなかったことから、母ガイアは「クロノス自身も、やがて王権をその息子に簒奪されるだろうという呪いの予言をクロノスに与えました。
これを怖れたクロノスは、妻レアーとのあいだに生まれてくる子供を次々に飲み込んでしまいます。レアーはこれに怒り、密かに末子ゼウスを身籠もり出産すると、産着で包んだ石を赤子と偽り、代わりにクロノスに飲ませることでゼウスを救いました。
<ゼウスの戦い>
成人したゼウスは、父親クロノスに叛旗を翻し、ガイアが処方した嘔吐薬を飲ませて、クロノスが飲み込んでいたゼウスの姉や兄たち(ヘスティア、デメテル、ヘラの三女神、そして次にハデスとポセイドン)を吐き出させました。
次に、ゼウスは、兄弟姉妹の神々(オリュンポスの神々)とともに、全宇宙の支配権を巡り、クロノスらティーターン(チタン)の一族と戦争を勃発させました。この戦いで、オリュンポスの神々は、ゼウス、ポセイドン、ハーデースの三神で活躍で勝利し、ゼウスは、3代目の王となり、神々の最高権力者と認められました。
その後、ゼウスらオリンポスの神々は、逆恨みするガイアが送り込んできた、巨人族のギガースたちとの戦争や、ギリシア神話史上、最大にして最強と恐れられた怪物テューポーンとの戦いを制しました。これによって、ギリシャ神話の世界は、ゼウスらオリュンポスの神々(オリンポス十二神)の時代となります。
(2) 神々の物語②
オリュンポス十二神は、ギリシャ北方のオリンポス山の頂に、主神ゼウスを頂点にして、住まう神々で、ゼウスの兄姉や子どもたちの神をさします。主要な十二の神は、クロノスとレアーのあいだに生まれた、ゼウスの兄姉に当たる第一世代の神々と、ゼウスの息子・娘に当たる第二世代の神々に分かれます。
第一世代
ゼウス(主神)
ヘーラー (ゼウスの妻・姉)
ポセイドン (海と大地の神)
デーメーテール (穀物の女神)
ヘスティアー (かまどの女神)
第二世代
ヘーパイストス (鍛冶の神)
アポロン (芸能の神・遠矢の神)
アルテミス (月の女神)
アテーナー(知恵の女神)
アプロディーテー (愛と美と性の女神)
アレース (軍神)
ヘルメス (伝令神)
◆ 最高神ゼウス
ティーターン神族の父クロノスと母レアーの末の子で、ギリシャ神話の最高神・神々の王と呼ばれています。オリンポスの神々と人類を守護する天空神で、全宇宙を司り、雲・雨・雷などの天候を支配しています。その一方で、妻ヘーラーの目を盗んで次々と浮気をし、子孫を増やす好色な神としても描かれています。
◆ 最高位の女神ヘラ(ヘーラー)
ゼウスの姉でもあると同時に正妻で、神々の女王、結婚と家族の神、女性の守護神として崇拝されています。嫉妬深いという性格で知られ、ゼウスの不貞に対して常に目を光らせ、愛人たちやその子供たちに苛烈な罰を与えました。
◆ 海と大地の神ポセイドン
クロノスとレアーの子、ゼウスの兄で、最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇りました。海洋の神として知られていますが、海洋だけでなく、全大陸を支配し、世界そのものを揺さぶる強大な地震や津波を引き起こすこともできました。また、地下水や泉も司るなど、その支配力は全物質界に及んだとされています。
◆ 穀物神デメテル(デーメーテール)
クロノスとレアーの子で、大地の豊穣の女神、季節の女神として知られ、穀物の栽培を人間に教えた神と言われています。ゼウスの姉にあたりますが、ゼウスに強引に求められ、娘コレー(ペルセポネー)をもうけました。密議宗教「エレウシースの秘儀」は、デーメーテールの祭儀で、冥王ハーデスに誘拐されたペルセポネーを探し求める物語を土台にしています。
◆ 竈の神ヘスティアー
炉・かまどの女神で、炉・竈(かまど)・暖炉・囲炉裏(いろり)を守り、家政、家庭生活や、国家統合の守護神として国家の正しい秩序を司ります。ゼウスらの姉で、クロノスとレアの長女として生まれた処女神です。
◆ 鍛冶の神ヘパイストス
鍛冶と火の神で、ゼウス、ポセイドンなど神々の武具を作る鍛冶職人マスターです。ゼウスとヘラの第一子ですが、容姿は悪く、両足の曲がった醜い奇形児でした。これに怒ったヘラは、生まれたばかりのわが子を天から海に投げ落としましたが、ヘーパイストスは海の女神テティスとエウリュノメーに拾われ、9年の間育てられた後、天界に帰ってきました。
◆ 太陽神アポロン
ゼウスと、ティーターン神族のレートー(レト)との間に生まれた子で、古典期のギリシアにおいて、理想の青年像とみなされました。古くから牧畜・羊飼いの守護神であり、竪琴を手にとる音楽と詩歌文芸の神にして、神託を授ける予言の神として知られています。また、弓術にも優れたアポロンは、「遠矢の神」(「遠矢射る」疫病神)であり、転じて医術の神(病を払う治療神)としても信仰されました。さらに、後に、太陽神としての性格も付与されています。
◆ 狩猟の女神アルテミス
ゼウスとレートー(レト)の子、アポロンの双子の姉(妹)で、狩猟(森林)・弓の女神です。神話では、若くて美しい処女の狩人で、山野に住む精霊ニンフたちと猟犬をともに弓を持って山野を駆けて狩りをする姿で描かれ、森や丘,野生の動物を守り,狩猟を司っています。
◆ 知恵の神 アテナ(アテーナー)
知恵、芸術を司る女神であり、貞操を誓った処女神です。ゼウスと最初の妻メーティス(メティス)の子ですが、ゼウスが、ガイアの予言を避けるため妻メティスを呑み込んだため、ゼウスの頭から生まれました。戦いの神・戦略の神としても知られ、戦時には、勝利の女神ニケ(ニーケー)を従えて軍を率い,英雄を導き助けます。
◆ 愛と美の神 アプロディテー(アフロディテー)
ゼウスと、ティーターン神族のディオーネーの子で、愛と美と性の女神です(別名ヴィーナス)。「最も美しい女神」の地位を、ヘーラーとアテーナーの3女神で争い、勝ちをえたことから、美の最高神と呼ばれるようになりました(「パリスの審判」)。アプロディーテーは、鍛冶の神ヘーパイストスの妻となりましたが、軍神アレースとは愛人関係にありました。
◆ 軍神 アレス(アレース)
ゼウスとヘーラーの子で、戦争の災厄を司る軍神です。戦争・暴力・流血の神、とくに残忍で血なまぐさい戦闘の神、荒ぶる神として畏怖されました。ただし、戦いの神でありながらも、人間であるディオメデスや半神半人の英雄ヘラクレスに敗れたりしています。
◆ 伝令神 ヘルメス (ヘルメース)
最高神ゼウスと巨人神アトラスの娘マイアの子(ゼウスにとって末子)で、神々の使者(伝令使)として活躍しました。神話では、ゼウスからひとたび使命を受ければ、翼のある帽子、翼のある靴、手に小杖を持ったいでたちで、神々の住むあらゆる世界に飛び立つ天を駆ける青年として描かれています。
以上、オリンポスの十二神を紹介しましたが、かまどの神ヘスティアーの代わりにディオニューソスを入れる場合もあります。これは、十二神に入れないことを嘆く甥のディオニューソスを哀れんで、ヘスティアーがその座を譲ったためと伝えられています
また、オリンポスの十二神と同格の神として、冥府の神ハーデース(ハデス)がいます。十二神にハーデースが含まれないのは、冥府は地下にあり、普段、オリュンポスにはいないため、オリンポスの十二神から外されました。
◆ 酒の神ディオニュソス
酒の神(ワイン・ブドウの神)・豊穣の神で、最高神ゼウスとテーベの王女セメレーの子です。神と人間の間の子どもなので、神ではありませんでしたが、ブドウを栽培、ブドウ酒作りを、熱狂的な女性信者らとともに自らの神性を証明しながら広めたことで、ギリシアの神々の列に加えられました。別名はバッコス(その英語読みはバッカス)。
◆ 冥府の神ハーデース(ハデス)
クロノスとレアーの子(長男でポセイドーンとゼウスの兄)で、冥府の神・冥界の王として、死者の国を支配しています。ティーターン神族との戦い(ティータノマキアー)に勝利した後、ゼウス、ポセイドンとともに領域を決め、冥界の支配権をえました。
(3)英雄たちの物語
人間の起源を含む「英雄たちの物語」は、神々と人間の世界で、ギリシア神話として知られる物語や逸話のなかでは、分量的にもっとも大きい比重を占めています。
<人間の起源>
古代ギリシア人は、人間は土より生まれたと考えていました。神話でも、ゼウスに命じられた男神プロメテウスが、土塊(粘土=水と土)から人間を創造し、さまざまな技術を授けたとされています。
プロメーテウスの火
プロメーテウスは、その後、ゼウスを騙して、生贄後の犠牲獣の美味な部分(肉や内臓)を人間が食するようにしたことから、ゼウスは怒り、人間から火を取り上げました(この時から人間は、肉や内臓のように死ねばすぐに腐ってなくなった)。このため、人間は飢えに苦しみ、寒さに悩まされたので、見かねたプロメーテウスは、天上から火を盗んで、地上に持ち帰り、人間に授けました。
パンドラの箱
これに対して、怒ったゼウスは、人間の禍いの因となるべく、鍛冶の神ヘファイストスに命じて、土と水をこねて美貌の女性の人形を創らせると、機織りの技術だけでなく、色恋の技や人を欺く性根など様々な「魅力」を植えつけ、人間の妻として、地上に降ろしました。これが、人類最初の女性で、パンドラと名づけられました。
下界に着いたパンドラは、ゼウスから持たされた箱を、好奇心にかられて、つい開けると、中から病気,労苦その他の災禍などあらゆる諸悪が飛び出し、人間に災いと不幸がもたらされることになったのです。
デウカリオーンの大洪水
デウカリオーンは、プロメテウスの子で、ギリシャ中部のテッサリア地方を治めていましたが、当時、人間が堕落し、不信心になってしまったことに嫌気がさしたゼウスは、人類を一度、滅ぼそうと、南風とともに大洪水を起こし、地上の大部分は水の中に沈み込んでいきました。
しかし、デウカリオーンは父から、警告を受けていたので、あらかじめ準備した方舟(はこぶね)に食料を積み込み、妻ピュラーとともに乗り込んでいたので死を免れました。方舟は、9日間水上を漂い、ようやく水が引くと、ギリシャ中部のパルナッソス山に漂着しました。
雨が止み、水が引いてから、デウカリオーンはゼウスに供物を捧げ、ピュラーとともに、祈りを捧げると、「母の骨を背後に投げよ」との託宣がありました。デウカリオーンは「母親」とは大地母神のことで、「骨」とは河岸の石のことだと解釈し、二人は石を拾って肩越しに投じると、デウカリオンの投げた石から男が誕生し、ピュラーが投げた石からは女が誕生し、ここから、再び地上には人間があふれるようになったとされています。
<英雄の誕生と神話>
ギリシャ神話の世界では、デウカリオーンの大洪水の後、「英雄・半神」の時代に入ります。この時代は、今の人間がこの大地に住む以前に栄えた時代です。
ギリシアの英雄(ヘーロース)は、多くが神々と人間の間に生まれた子で、半分は死すべき人間、半分は不死なる神の血を引いています(それゆえ英雄たちは半神とも呼ばれる)。この時代に「トロイア戦争」(ミケーネ文明時代の前13世紀)や「テバイ戦争」などがあり、ギリシャ神話の英雄が活躍しました。
英雄(半神)は、古代ギリシアの名家の始祖であり、祭儀や都市の創立者であり名祖で、その多くは、ゼウスの子ども達です。ゼウスは、ニュンペーや人間の娘と交わり、数多くの英雄たちを地上に生み出しました。
◆ 英雄ヘラクレス(ヘーラクレース)
ヘラクレスは、ギリシャの国民的英雄で、数々の冒険と武勇譚を残しました。のちにオリュンポスの神に連なり、神と同じ扱いを受け、ヘラクレスを祭祀する神殿あるいは祭礼はギリシア中に存在しました。
ヘーラクレースは、ゼウスと、ミケーネ王で人間エーレクトリュオーンの娘アルクメーネーのあいだに生まれました。このとき、ゼウスは、アルクメネの夫アンピトリュオーンに化け、更にヘリオスに命じて太陽を三日間昇らせず、アルクメネと交わりました。
しかし、ゼウスの妻ヘラは嫉妬深く、ヘラクレスの誕生を生涯憎みました。ヘラクレスは、長じて、テーバイ王の娘メガラーを妻とし、子供にも恵まれましたが、ヘラに狂気を吹き込み、自分の子どもたちを炎の中に投げ入れて、殺してしまいました。
正気に戻ったヘラクレスは、生地を去り、罪を償うためにデルポイに赴きアポロンの神託を伺うと、「ミュケナイ王のエウリュステウスに仕え、10の難業を果たせ」との神託を受け、ヘラクレスは、エウリュステウスが与える、以下の十二の功業(後に2つ追加され、全部で12となった)に挑むことになりました。
- ネメアのライオン退治
- レルナのヒュドラ退治
- ケリュネイアの鹿の生捕り
- エリュマントスの猪退治
- アウゲイアス王の牛小屋掃除
- ステュンファロスの鳥退治
- クレタの雄牛の生捕り
- ディオメデス王の人食い馬の生捕り
- アマゾン女王ヒッポリュテの帯の奪取
- ゲリュオンの紅い牛の生捕り
- ヘスペリデスの園の黄金のリンゴの持参
- 地獄の番犬、ケルベロスの捕獲
◆ 英雄ペルセウス
ペルセウスは、ゼウスと、アルゴス王アクリシオスの娘ダナエーとの間に生まれました。この時、アクリシオスは,「娘から生まれる子に殺されよう」との神託を受けたので、ダナエを青銅の部屋に閉じ込めていましたが、ゼウスは、黄金の雨に変身して、屋根から降り注いでダナエに近寄り思いを果たしました。ペルセウスは、女怪メドゥーサ退治で知られ、また、その帰途、エチオピアの王女アンドロメダを海の怪竜から救って妻とするなど、多くの伝承があります。
◆ 英雄ミノス(ミーノース)
ミノスは、ゼウスと、フェニキアのテュロス王アゲーノールの娘エウローペーとの間に生まれました。この時、ゼウスは、エウローペーの許へは、白い牡牛となって近寄り、彼女を背に乗せるとクレータ島まで泳ぎわたり、そこでエウローペーと交わったと伝えられています。
成人したミノスは、クレタ王となりましたが、王位に就くためにポセイドンから受けとった雄牛を神への生贄にするという約束に反し、飼い続けました。これに怒ったポセイドンの呪いによって、ミノスの王妃はこの牛に恋し、牛の頭を持つ怪物ミノタウロスを生むという神罰を受けました。なお、怪物ミノタウロスは、アテネの王子テーセウスによって退治されています。
◆ 絶世の美女ヘレネー
ヘレネ―は、ゼウスとスパルタ王のテュンダレオスの王妃レダ(レーダー)との間に生まれました。このとき、ゼウスは、妊娠中のレーダーを見初め、白鳥の姿になってレーダーと交わり、レダは二つの卵を産み落としました。一方の卵から半神のヘレネー(ヘレネ)が生まれました。
ヘレネー(ヘレネ)は、絶世の美女で、スパルタ王メネラオスの妻となりましたが、トロイアの王子パリスに誘拐され、トロイア戦争のきっかけとなりました。なお、ヘレネーはゼウスの血を引く唯一の半神の娘とされています(他は半神男子)。
*英雄(半神)は、ゼウスの子だけに限らず、ギリシャ神話では、数々の恋愛譚で知られるアポローンやポセイドン等の子とされる英雄も多く存在します。
◆ 医神アスクレーピオス
太陽神アポロンと、ラピテース族の王の娘コローニスとの間に生まれた名医にして医神(医術の神)で、半獣神ケンタウロス族(頭が人間で体は馬だが賢い)に育てられ、その賢者ケイロンに医術を学んで名医となりました。しかしその卓越した医術は,やがて死者をも蘇らせたため、自然の理法が覆ることを恐れたゼウスの怒りを買い雷霆(らいてい)で撃ち殺されてしまいます。しかし、その功績は評価されたことから、天に上げられ、へびづかい座として神の一員になりました。
◆ 英雄テーセウス
アテナイの英雄で、ポセイドーンと、アテーナイ王アイゲウスの妃アイトラーとの間に生まれました。クレタ島に渡り、ミノス王が作った島の迷宮に住む、牛頭人身の怪物ミノタウロスを倒したことで知られ、帰国後、アテナイの王位につくと、アッティカにある村や町を合併し、アテナイを首都とする国家を建設しました(「アテネ建設の祖」とされる)。さらに、女族アマゾンと戦い、これに勝利したり、半人半馬のケンタウロスを本土から追放したりするなど英雄的な冒険を重ねたことで知られています。
*トロイア戦争(トロイ戦争、トロヤ戦争)は、ミケーネ、スパルタなど古代ギリシアの王国連合と、小アジアのトロイア(イ―リオス)王国の間で繰り広げられた10年にわたる戦争で、ギリシア神話上で、最も多くの伝承や神話や物語が蓄積されています。このトロイア戦争で、活躍した代表的なギリシャの英雄がアキレウスとオデュッセウスです。
◆ 英雄アキレウス(アキレス)
トロイア戦争におけるギリシャ軍最大の英雄で、フティア王ペレウスと、海の女神テティスとの間に生まれました。母神テティスは、わが子を不死の体にしようと願い、冥府を流れる川ステュクスの水に息子を浸しましたが、そのとき、テティスの手は、アキレウスの踵(かかと)を掴(つか)んでいたために、踵は水に浸からず、踵のみは不死となりませんでした(「アキレス腱」の由来)。
成人したアキレウスは、友人パトロクロスと共に、トロイア戦争に参加し、トロヤ軍の総大将ヘクトル,アマゾン族の女王ペンテシレイアなど、敵の名将を尽く討ち取る無双の力を誇りました。しかし、トロイア王子パリスに、弱点の踵(急所のアキレス腱)を射かけられ、それが原因で、その後、落命しました。
◆ 英雄オデュッセウス
ギリシア西岸沖の小島イタケーの王で、トロイア戦争において、アカイア勢の一員として、10年間活躍し、知謀と知略の名将(知将)でした。イタケー王ラエルテスとアンティクレイアの子で、母方の曾祖父がゼウスの子で伝令神ヘルメス、父方の祖先神に大海の神オケアノスと知識神プロメテウスがいます。
成人したオデュッセウスは、トロイア戦争に参加し、トロイアの木馬作戦を考案、ギリシャを勝利に導きました。これは、巨大な木馬を作らせ、その中にギリシャの精鋭たちを乗り込ませたうえで、その木馬をトロイア人みずからの手で城内に引き入れさせるというものでした。これによってオデュッセウスは、最高の英雄の一人となりました。
――番外編――
<ギリシャ神話の異形の神たち>
怪物
ギリシャ神話の世界では、始原の神、または神々やその子孫のなかには、異形の姿を持ち、人間に畏怖を与えた「怪物」と形容される存在もありました。たとえば、ガイア(大地)が原初に生んだ息子や娘のなかには、キュクロープス(一眼巨人)や、「怪物」の父とされる巨大なテューポーンのような異形の者たちが混じっていました。
半人半獣
また、「怪物」の中には、ケンタウロスのように、半人半獣の姿をしているものも多くいました。ケンタウロスは、半人半馬(上半身が人、下半身が馬の四肢)の怪物で、原始的野獣性を象徴しています。ギリシャ中部のテッサリア地方のペリオン山などに住み、野蛮で粗野で、酒と色欲にふける放縦な生活を送るとされています。もっとも、ケンタウロス族の賢者・ケイローンだけは異なり、医術に長け、知的な人物で、英雄たちの養育者あるいは教師として知られています。
さらに、海神ポセイドンとデーメーテールが馬の姿となって交わってもうけたのが、名馬アレイオーンで、右足が人間の脚になっており、人語を話すことができました。
また、ポセイドンの愛人であった女怪メドゥーサがペルセウスに首を切り落とされた際、首からあふれ出た血から、空駆ける有翼の天馬ペーガソスが生まれました。元々美少女であったメドゥーサは、アテーナーの神殿の1つでポセイドンと交わったためにアテーナーの怒りをかい、醜い怪物にされてしまいました。頭髪は無数の蛇で、見るものを石にしてしまう力を持ち、誰も退治できないと恐れられる存在でした。さらに、メドゥーサの息子クリューサーオールの娘に、上半身が美女、下半身が蛇の怪物エキドナがいます。
ニュンペー
一方、人間が住む地上世界の自然界には、太古より様々な精霊が存在していました。精霊の多くは女性であり、彼女たちはニュンペー(ニンフ)と呼ばれ、なかには、女神たちに仕え、神々と等しい者もいました。
<密儀宗教>
ギリシャの明るく合理的な宗教のかげで、エレウシス秘儀(祭儀)、ディオニュソス秘儀、オルペウス秘儀など、密議的な宗教(秘儀宗教)も一部の人々の間で信仰されていました。
秘儀宗教は、主に神の「死と再生」というテーマの神話を儀式的に再現し、それを信者に体験させる宗教で、オリエントとヨーロッパ世界でおおむね紀元前後の1000年間に盛んであった宗教のスタイルです。
秘儀宗教には、洗礼など特別なイニシエーションとして行う入会儀礼と、死後に神のもとや天国に行くことを予習的に体験したり、復活する神と一体化したりする本儀礼とに分かれます。これらの儀礼を通じて、秘儀への参入者は、神的なものとの直接、交流し、個人の霊魂に眠る神性を覚醒させることができれば、神的な生と死後の祝福が保証され、死後の不死性を獲得することができるとされました。その過程で、しばしば脱自(エクスタシー)体験も伴いました。
以上、ギリシャ神話シリーズの第1回を終わりますが、今回は全ギリシャ神話の全体像をざっくりと概観した、いわばギリシャ神話の「総論」をお伝えしました。次回以降は、今回の「総論」の中から、「各論」として、興味深い物語を選んで、より詳細にギリシャ神話を紹介していきます。
<ギリシャ神話シリーズ>
(参照)
古代ギリシャの歴史と神話と世界遺産
(港ユネスコ協会HP)
ギリシャ神話
(TANTANの雑学と哲学の小部屋)
ヘラクレス12の試練を超解説!ギリシャ神話最強の英雄
(アートをめぐるおもち)
第8話「マーキュリー(ヘルメス)の翼に乗って」-
(広島大学高等教育研究開発センター)
オリオン座の神話・伝説
(ステラルーム)
古代ギリシャ神話のヘラクレスの過酷な人生と英雄たる所以
(アンティーク・ジュエリー・ヘリテージ)
オデュッセイアは古代ギリシャの最高傑作!あらすじや登場人物を徹底解説
(ターキッシュ・エア・トラベル)
ギリシア神話の12神と簡単なストーリー
(Nianiakos Travel)
ギリシャ神話伝説ノート
(Kyoto-Inet)
ギリシャ神話とは(コトバンク)
ギリシャ神話など(Wikipedia)