ギリシャ神話の世界をシリーズでお届けしています。前3回、オリンポスの十二神の中で、特に注目される神々として、ゼウス、ポセイドン、アポロンを紹介しましたが、今回から3回にわたって、神々と人間の間に生まれて活躍した英雄たちをとりあげます。まず、ギリシャ神話の英雄でよく知られたヘラクレスについて見ていきましょう。
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ヘラクレス(ヘーラクレース )は、ギリシャの国民的英雄で、数々の冒険と武勇譚を残しました(その名は「ヘラ女神の栄光」の意)。ギリシア神話に登場する多くの半神半人の英雄の中でも最大の存在で、その活動は、ミュケーナイ時代に起源を持ち、考古学的にも裏付けがあるそうです。のちにオリュンポスの神に連なり、神と同じ扱いを受け、ヘラクレスを祭祀する神殿あるいは祭礼はギリシア中に存在しました。
古代ギリシアの名家は、ゼウスに対してと同じように、競ってその祖先をヘーラクレースに求め、みずから「ヘーラクレイダイ(ヘーラクレースの後裔)」と僭称したと言われています。ヘラクレスの母方の家系も、ゼウスの血を引くペルセウスの子孫(アルクメネはその孫)であり、ミュケーナイ王家の血を引くとされています。
<ヘラクレスの誕生とヘラの呪い>
ヘーラクレースは、ゼウスと、人間エーレクトリュオーンの娘アルクメーネー(アルクメネ)のあいだに生まれました。
アルクメーネーを見初めたゼウスは、アルクメネの夫、アンフィトリュオンが不在の間、夫の姿に化けて、アルクメーネーに接近し、思いを遂げました。その後、アルクメーネーが産気づくと、ゼウスはやがて生まれるわが子(ヘーラクレース)をミュケーナイの王位につけようと思い、「今日生まれる最初のペルセウスの子孫が全アルゴス(現ペロポネソス半島東北部)の支配者となる」と誓言した。
しかし、嫉妬深い妻のヘラは、そのことを知ると、出産を司る女神エイレイテュイアを遣わしてヘラクレスの誕生を遅らせ、別にいたペルセウスの子孫でまだ7か月のエウリュステウスを先に世に出しました(ゼウスは怒ったが、自分の誓言を覆すことはできなかった)。
ゼウスの妻ヘラは、夫の浮気相手の子ヘラクレスの誕生を憎み、この後も、ヘラクレスに嫌がらせの数々を生涯し続けます。
ヘーラクレースの誕生後、ゼウスはヘラクレスに不死の力を与えようとして、眠っているヘーラーの乳を吸わせました。ところが、ヘーラクレースの乳を吸う力が強く、痛みに目覚めたヘーラーは赤ん坊を突き放しました。このとき飛び散った乳が天の川(英語でMilky Wayは「乳の道」)になったと伝えられています。
また、別の神話では、アルクメーネーはヘーラーの迫害を恐れて赤ん坊のヘーラクレースを城外の野原に捨ててしましたが、アテーナーがゼウスの意向を受けて、赤ん坊を拾い、ヘーラーの許へ連れていきました。事情を知らないヘラは哀れに思い、母乳を与えました。
(その後、アテーナ―は赤ん坊をアルクメーネーの元へ返し大切に育てるよう告げた)。
いずれにしても、自分が乳を与えた赤ん坊がヘラクレスだと知り、激怒したヘーラーは密かに二匹の蛇を、寝ているヘラクレスの揺り籠に放ちましたが、赤ん坊のヘーラクレースは素手でこれを絞め殺すなど、その怪力ぶりが伝えられています。
その後,若者に成長したヘラクレスは、テーバイ南方のキタイロン山にすむライオン(獅子)を退治する手柄を立て、長じては、テーバイを敵国より救う活躍をしました。これによって、テーバイ王クレオンから王妃メガラー(メガラ)を与えられ、子供にも恵まれました。しかし、嫉妬に狂ったゼウスの妻ヘラがヘラクレスに狂気を吹き込んだため、ヘラクレスは、自分の子どもたち3人を火中に投げ入れて、殺してしまいました。
<ヘラクレス十二の功業>
正気に戻ったヘラクレスは、生地を去り、罪を償うためにデルポイに赴きアポロンの神託を伺いました。すると,「ミュケナイ王のエウリュステウスに仕え、10の難業を果たせ」との神託を受け(後に2つ追加され、全部で12となった)、
こうして、ヘラクレスは、エウリュステウスが与える十二の難業(試練)に挑むことになったのです。なお、ミュケナイ王エウリュステウスとは、ヘラの策略でヘラクレスより前に同じ日に生まれた、あのエウリュステウスで、性格は執念深く卑劣と評されていました。
(1)ネメアのライオン退治(ネメアーの獅子退治)
(ヘラクレス十二の功業の1番目)
ペロポネソス半島の北東部に位置するアルゴリス地方北部のネメアの森にすむライオン(獅子)は、エキドナ(上半身は美女で下半身は蛇の怪物)とテュフォン(テューポーン)の子とされる不死身の怪獣で、付近の住民や家畜を襲っていました。
エウリュステウスによる最初の難業(試練)は、このネメアーの獅子を殺して毛皮を持ち帰る事でした。ヘラクレスは、最初、矢で射殺そうとしましたが、毛皮が頑丈なため、毛皮に傷1つつきません。そこで、棍棒で殴って悶絶させ、洞窟へと追い込むと、洞窟の入り口を大岩で塞いで逃げられないようにし、獅子の首を三日三晩締め続けて殺しました。
その後、獅子の毛皮は、獅子の爪で加工し、ヘラクレスが頭からかぶって鎧として用いました。なお、肉はゼウスに捧げられましたが、ゼウスは、ネメアの獅子の魂を、天に召し上獅子座にしたと伝えられています。
(2)レルナのヒュドラ退治(レルナーのヒュドラー退治)
(ヘラクレス十二の功業の2番目)
アルゴス(ペロポネソス地方東北部/アルゴリス地方の中心地)の南のレルネの沼にすむ水蛇ヒュドラは、怪物テュフォン(テューポーン)の子で、巨大な胴体に9つの頭を持ち、その一つを切ってもそこからすぐ新しい頭が生えいでて、しかも、9つの頭の中の1つは不死という化け物でした。また、ヒュドラーの吐く毒気は、触れただけで生きとし生けるものを絶命させるほどの猛毒でした。
ミュケナイ王エウリュステウスからヒュドラー退治を命じられたヘーラクレースは、始め、鉄の鎌でヒュドラーの首を切っていきましたが、切った後からさらに2つの首が生えてきて収拾がつきませんでした。
そこで、ヘラクレスは、鉄鎌で頭を落としては、傷口を従者で甥のイオラオスに、松明で焼いて新しい頭が生えるのを防いでもらいながら追い込み、最後に残った不死の頭は、巨岩の下敷きにして退治しました (ヒュドラーは後にうみへび座になった)。ヘーラクレースはヒュドラーの猛毒を矢に塗って使うようになりました。
しかし、エウリュステウスは、従者から助けられたことを口実にして、功績を無効としたため、功業が1つ増えることになりました。
なお、この時、ヘラは、ヒュドラーに加勢しようと、化け蟹カルキノスを送り込みました。カルキノスは、戦いの最中、ヘラクレスの足を切ろうとしましたが、ヘラクレスに簡単に踏み潰されました。カルキノスはその後、蟹座になったとされています。
(3)ケリュネイアの鹿の生捕り
(ヘラクレス十二の功業の3番目)
アカイア地方(ペロポネソス半島北部)のケリュネイアの鹿は、黄金の角と青銅のひづめをもつ、女神アルテミス(アポロンの双生の姉)の聖獣でした。全部で5頭おり、そのうち4頭はアルテミスが、生け捕りにし、自分の戦車に繋いでいました。残りの1頭は、矢よりも素早く動くことができると言われるほど、脚が速すぎるため、狩猟の神でもあるアルテミスでも捕まえることができませんでした。
ミケーネ王エウリュステウスは、このケリュネイアの鹿を生け捕りにするようにヘラクレスに命じました。その鹿は、ヘーラクレースを試すために、ヘーラーの命令で、ケリュネイアの山中に放されていました。
狩猟の神アルテミスからは、傷つけることを禁じられたため、ヘラクレスは一年かけて、ギリシャ中を巡る事になり、最終的に、ラードーン川の水を飲むために止まったときに矢で脚を射て、捕獲に成功しました。その後、この鹿はアルテミスに捧げられ、他の4頭とともに戦車を牽くこととなったと言われています。
(4)エリュマントスの猪退治
(ヘラクレス十二の功業の4番目)
ヘラクレスは、ペロポネソス半島の中央部、アルカディア地方のエリュマントス山にいる狂暴な大イノシシを生捕りするように命じられました。
エリュマント山へと向かう道の途中、ヘラクレスは、半人半馬の姿をしたケンタウロスの一族の一人であったポロスと出会い、歓待を受けましたが、宴のさなか、ポロスが預かっていたケンタウロス族の共有の特別な酒甕(さけがめ)を、勝手に開けて飲もうとしたことで、ケンタウロスたちと戦いになりました。
結果的に、ケンタウロス族の偉大な賢者で、武術の師であったケイロン(ケイローン)や、ヘラクレスを歓待したポロスまでも、ヒュドラの猛毒を塗り込んだ毒矢で、死に至らしめてしまいました。自らの失態で、ケンタウロス一族との間の無用な争いを招いてしまったことを深く恥じたヘラクレスは、彼らを埋葬したのち、イノシシ狩りへ向かうと、雪の深い山奥へとイノシシを追い込み、予め仕掛けておいた(穴を掘り、雪をかぶせていた)罠にかけて生け捕りにして持ち帰りました。
なお、ケンタウロス族との戦いの際、不死の力を持つケイローンは死に至ることはなかったのですが、毒の苦しみに耐えきれず、不死の力を、カウカーソス山に縛り付けられていたプロメテウスに譲渡して死を選びました(ヘーラクレースは、人間に無断で火を与えてゼウスに罰せられていたプロメーテウスを解放してあげた)。
(5)アウゲイアス王の厩舎掃除(牛小屋掃除)
(ヘラクレス十二の功業の5番目)
ペロポネソス半島の西部に位置するエリスを治めるアウゲイアス王は、全部で3000頭にもおよぶ数多くの家畜を所有していましたが、その家畜小屋は、30年間、一度も掃除されず、糞尿にまみれ、荒れ放題になっていました。そこで、エウリュステウスは、ヘラクレスにアウゲイアスの家畜小屋を一日できれいに掃除することを命じました。
エリスの地に到着して、問題の家畜小屋をみたヘラクレスは、アウゲイアス王に対して、自分ならばこの家畜小屋をたった一日できれいに掃除することができるが、その対価として王が所有する家畜の1割にあたる300頭の牛をもらい受けたいという交換条件を持ちかけました。これに対して、アウゲイアスは、どうせそんなことはできるはずがないと高をくくってヘラクレスの条件を受け入れました。
しかし、王の予想に反して、ヘラクレスは、怪力を用いて、この家畜小屋の近くを流れるアルペイオスとペーネイオスと呼ばれる二つの川の流れを変えて、家畜小屋に呼び込み、その水の力を利用して、家畜小屋にたまっていた汚れを一気に洗い流して(落とし)、遠くへと運び去りました。
これを見て驚いたアウゲイアス王は、ヘラクレスに報酬(300頭の牛)を支払うのが惜しくなり、成功報酬を要求したヘラクレスに対して、「そのような約束をした覚えはない」、「小屋をきれいにしたのは、ヘラクレスではなく川だ」と言って、牛の引き渡しを拒否するどころか、そのままヘラクレスをエリスの地から追放しました(ヘーラクレースはこのことを忘れず、後になってアウゲイアースを攻略することになる)。
一方、この事実を知ったエウリュステウスは、ヘラクレスが、罪滅ぼしのための功業なのにアウゲイアスと報酬をもらう契約を結んでいたことを問題視し、ミケーネの王である自分の命令に従ってなされた功業としては認めることはできないとして、デルポイの神託において成し遂げることが義務づけられている十の難行のうちから除外しました。
(6)ステュンファロスの鳥退治
(ヘラクレス十二の功業の6番目)
アルカディア地方(ペロポネソス半島の北部)のステュンファロス湖の周りにある深い森には、数多くの見知らぬ鳥たちのなかに、青銅の翼とくちばしを持つ人食い鳥もいっしょに棲みついていました。この烏はかつて、狩りの女神であるアルテミスのもとに仕え、のちに戦の神アレスによって軍事用に育てられたと言われ、羽は矢のように鋭く、飛び立つと空が覆いつくされるほど、その数は膨大でした。
この湖の近くの町に住む人々は、こうした怪鳥が放つ青銅の羽によって傷つけられ、鳥たちが上空から落としていく毒性の排泄物によって田畑が毒されるといった被害に苦しめられていました。そこで、エウリュステウス王は、ヘラクレスに対して、こうした人畜に害をなす無数の怪鳥治を命じました。
ステュムパロスの地へとたどり着いたヘラクレスは、当初、どうすれば森の中から、大量の鳥たちを追い出すことができるのか分からずに、しばらくの間、頭を抱えていました。すると、その窮状をみた女神アテーナーは、鍛冶神ヘーパイストスが、かつて、キュクロプスたち巨人の眠りを覚ますために使っていたとされる、大きな音を立てる青銅でできたガラガラ(鳴子(なるこ))を借りてきて、ヘラクレスに与えました。
ヘラクレスは、青銅のガラガラを湖の近くの山の上へと持っていって打ち鳴らし、大騒音を起こすと、驚いた鳥たちが一斉に、森の外へ飛び立ったところをヒュドラーの毒矢(ヒュドラの猛毒を塗り込んだ毒矢)を射かけて撃ち落としていきました。
矢が効かずに、ヘラクレスに襲い掛かってくる烏は、1羽ずつ捕らえて絞め殺していき、ステュムパロスの鳥退治の仕事を成し遂げました。
(7)クレタの雄牛(クレーテーの牡牛)の生捕り
(ヘラクレス十二の功業の7番目)
クレーテー(クレタ)の牡牛(おうし)とは、牛頭人身の怪物ミノタウロスの父親で、クレーテー島のミーノース(ミノス)にポセイドーンが贈った牛のことを言います。
クレタの王の座へと就こうとしたミノスは、海の神ポセイドンの加護を受けるための証として海の底から聖なる牡牛が遣わされることを祈りました。すると、ポセイドンは、牡牛を再び神への生贄として捧げることを条件に、白い牡牛(おうし)をミノスに贈りました。この牛がクレーテーの牡牛です。
しかし、牡牛の姿があまりにも美しく見事であったため、ミノスは、その牡牛を自分のもとにとどめ置いたまま、その代わりとして別の牡牛をポセイドンへと捧げました。
その後、ミノス王によって欺かれたことを知って激怒したポセイドンは、ミノス王の妻パシパエが、この牡牛(おうし)に強い恋心を抱くように仕向けました。すると、パシパエは、ポセイドンの牡牛と交わり、身ごもると、顔は牛、首から下は人間の姿をした牛頭人身の怪物であるミノタウロスが生まれました
このミノスの王妃を身籠らせた牡牛に興味をもったミケーネ王エウリュステウスは、ヘラクレスに対して、ポセイドンの牡牛(クレタ島の牡牛)を連れてくるように命じたのです。
クレタ島へとたどり着いたヘラクレスは、ミノス王に対して、この凶暴な牡牛を捕らえるために協力を求めました。しかし、ミノス王は、ゼウスやポセイドンといった神々に縁のある聖なる牡牛に手を出すことによって、神々からのさらなる怒りをかうことを恐れ、ヘラクレスからの協力要請を断りました。さらに、牡牛の身体を決して傷つけないで、捕らえるように求めたのでした。
そこで、ヘラクレスは、ポセイドンの牛と素手で格闘し、自身が持つ神々にもまさる怪力によってクレタの牡牛を捕らえることに成功しました。
このクレタの牡牛は、エウリュステウスのところに連れて行って見せた後、放逐されましたが、彷徨いたどり着いた先々で暴れ、人々を苦しめたため、ポセイドンの子、テーセウスによって退治されました。(テーセウスは、奇しくも、クレタの牡牛の子、ミノタウロスも後に成敗した)。その後、テセウスは、義理父にしてアテナイ王アイゲウスに献上、アイゲウスは牡牛をアポロンに捧げたとされています。
(付記)ミノス王の出生
ゼウスは、フェニキアの王女であったエウロパに恋をし、自らの姿を美しく白い牡牛(雄牛)の姿へと変えて、エウロパに近づき、海辺まで導いていくと、エウロパを背中に乗せて、そのまま海の中へと進み、クレタの地まで連れていきました。この時、ゼウスとエウロパの間に生まれたのが、後に王となるミノスです。こうした背景から、クレタ島の牡牛は、かつて、ゼウスが姿を変えた聖なる牛の末裔にあたる牡牛であるとされていたのです。
(8)ディオメデス王の人食い馬の生捕り
(ヘラクレス十二の功業の8番目)
トラキア王ディオメデス(オリンポス十二神の一柱アレースの子)は、好戦的な蛮族とされたビストーン族の出身で、獰猛で巨大な馬を飼っており、その餌として、人間の肉を与えていたとも、捕らえられた異邦人(旅人)をかみ殺して喰うように教え込んでいたとも言われていました。
この話しを聞いたミケーネ王エウリュステウスは、ヘラクレスにトラキアの巨大な人喰い馬を捕らえて連れてくるように命じました。
ギリシア北東のトラキアの地へとたどり着いたヘラクレスは、そこでディオメデス王が飼っている人喰い馬の世話をしている者たちを見つけ出した後、人喰い馬を力でねじ伏せて、奪い取りました。
しかし、馬を強奪されたことを知って激怒したディオメデス王は、自分の配下にあったビストーン族の兵たちを連れて、追い駆けてきたため、ヘーラクレースは馬を従者の少年アブデーロスに守らせ、ビストーン人たちの軍勢を迎え討つために陸へと戻っていきました。戦いの結果、ディオメデスをはじめビストーン族の兵は全滅しましたが、その間、人喰い馬はアブデーロスの手には負えず、少年は走る馬に大地の上を引きずられて死んでいました。
ヘラクレスは、アブデロスの墓をこの地に建てて、弔うとともに、ディオメデスを人食い馬に食わせて、エーリスのエウリュステウスのもとへ連れていきました。
その後、エウリュステウスは、人喰い馬を女神ヘラに捧げるための神馬としたため、この馬の血筋は、アレクサンダ―大王の頃まで、長く引き継がれました(大王の名馬ブケパロスは、この馬の末裔だともいわれている)。
一方、人喰い馬の所業を知ったゼウスが、エウリュステウスに怪馬をオリュムポス山の野に放させた後、数多の野獣を集め、怪馬を喰い殺させたという言い伝えもあります。
(9)アマゾン女王ヒッポリュテの帯の奪取
(ヘラクレス十二の功業の9番目)
アマゾン族とは、ギリシア神話の伝説的な女戦士の部族のことで、ギリシアの地から遠く離れたトラキア地方よりもさらに東方の小アジア黒海周辺の地域に居住していました。
アマゾン族は、戦の神であったアレスと、森のニンフであったハルモニアを祖先とする馬や弓矢などの武器の扱いに長けた女の戦闘民族であったとされています。アマゾン族の女たちは、左の乳房は子供に乳を与えるために残しておきましたが、右の乳房は弓矢を射る際に邪魔になるため削ぎ取っていたと語り伝えられているほどに、戦いにその身を捧げた部族でした。
このアマゾンたちの女王であったヒッポリュテは、すべての女戦士たちの統領である証として、父である軍神アレスから授かった美しい腰帯を身につけていました。ミケーネ王エウリュステウスは、このヒッポリュテの美しい腰帯を欲しがった、娘アドメーテーたっての要望を受けて、ヘラクレスに帯の奪取を命じました。
長い船旅の末に、黒海の近くのアマゾンたちが暮らす奥地まで分け入って行ったヘラクレスの一行は、この地でヒッポリュテと出会いました。
ゼウスの血を引く英雄ヘラクレスの勇ましい姿を目にした女王ヒッポリュテは、ヘラクレスに恋し、ヘラクレスが、自分を愛してくれるならと(彼女との間に子供をもうけることを条件に)帯を譲ることに同意し、二人は一夜をともにしました。
しかし、この様子を見ていた女神ヘラは、ヘラクレスの邪魔をするために、アマゾネス族に変装し、ヘラクレスはヒッポリュテの誘拐と暗殺を計画していると噂を、アマゾンの女たちに流しました。
女王を奪われたと思って怒り狂うアマゾンの女戦士たちは、大挙してヘラクレスたちが停泊していた船を急襲しました。これは、アマゾンたちによる卑怯な謀り事であると誤解したヘラクレスたちも応戦し、アマゾネス族対ヘラクレスの戦いが勃発しました。
ヘーラクレースは最初の甘言は罠であったと考え、ヒッポリュテーを殺害して、アレスの腰帯を奪い持ち帰りました。こうして女神ヘラの計略によって生じた行き違いから、アマゾンの女王の腰帯を獲得するという目的は、無駄な流血と共に幕引きとなりました。
(10)ゲリュオンの紅い牛の生捕り,
(ヘラクレス十二の功業の10番目)
古代ギリシアの伝説によれば、地中海をギリシャから西に進み、現在のスペイン南部のアンダルシア地方(現在のジブラルタル海峡沿岸)を越えていった先のさらに西の果てには、世界を取り巻く伝説上の巨大な大河であったオケアノスの近くに浮かぶエリュテイアと呼ばれる島があると言われていました。
常人は行き着くことができないとされたこの島には、ゲリュオン(ゲリュオネス)と呼ばれる、三つの頭(首)と六本の腕と足を持つ異形の姿をした怪物が住んでいて、その怪物が、世にも珍しい紅色をした美しい牛を飼っていました。
なお、ゲリュオン(ゲーリュオーン)は、メドゥーサがペルセウスに殺されたときに血潮とともに、ペガソスとともに飛び出したクリューサーオールの息子です。
ミケーネの王エウリュステウスは、ヘラクレスに対して、このゲリュオネスの紅の牛を連れてくるように命じました。ヘラクレスは、ヨーロッパ全土を横切り、大洋オーケアノスの西の果てに浮かぶ伝説の島エリュテイアへと向かいました。途中、現在のスペイン南部のアンダルシア地方(ジブラルタル)に至ったとき、当時はまだアフリカ大陸とヨーロッパ大陸をつなぐようにアトラス山がそびえ立って、行く手を遮いでいました。
そこで、ヘラクレスは、このアトラス山を二つに打ち砕き(これによって大西洋と地中海とをつなぐ、現在のジブラルタル海峡が生まれたとされる)、海峡の両側に分かれた二つの山(岩)の頂に、巨大な二つの柱(「ヘラクレスの柱」)を建てました。
また、ヘラクレスは、旅の最中に、太陽があまりにも近く暑いので、(太陽に長く照らされ続けていることを不快に感じて)、太陽の向こう側にいるヘリオスに向かって弓をひき絞って矢を放ちました。
この時、太陽神ヘリオスは、ヘラクレスの神をも恐れぬ剛気の強さに、怒るどころか、逆に気に入り、ヘラクレスに自分が持っていた、船として使う黄金の大杯を与えました。ヘラクレスは、こうしてヘリオスによって与えられた黄金の船に乗ってオケアノスの大河を越え、紅の牛がいる伝説の島エリュテイアへとたどり着きました。
エリュテイアへとたどり着いたヘラクレスは、この地で紅の牛を守っている双頭犬のオルトス(オルトロス)と呼ばれる番犬と、牛飼いのエウリュティオンを棍棒で打ち倒し、紅い牛とともに牛の群れを生け捕りにすることに成功すると、黄金の大杯に乗せて、海へ出ました。
しかし、牛が奪われたことを知った(三つの頭と六本の腕と足を持つ)怪物ゲリュオネスが追い駆けて来ました。迎えうったヘラクレスは、ゲリュオンの3つの頭に矢が一気に刺さるように横から放ち、これを射とめました。
こうして、再びオケアノスを越えてヘラクレスの柱を建てたタルテッソスの地にまで戻っていく帰路につきました。しかし、途中、ヘラクレスのことを邪魔しようとする女神ヘラが放った虻(あぶ)によって、牛たちが散り散りバラバラになり、再び探し回って呼び集めるといった困難に直面するなど、ゲリュオンの紅い牛を狙う様々な敵に襲われましたが、何とかミケーネの地まで無事にたどり着き、エウリュステウスによる難行を成し遂げました。
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もともと、アポロンの神託では、ヘラクレスが罪を償うための難行の数は10でしたので、ゲリュオンの飼牛の捕獲で、全ての「試練」を乗り越えたと言えます。しかし、エウリュステウスは、レルナのヒュドラ退治(2番目の功業)の際、従者のイオラオスの手を借りたこと、アウゲイアス王の牛小屋掃除(5番目の功業)のときに、報酬をもらう契約を結んでいたことを問題視し、難行の達成を認めませんでした。
(11)ヘスペリデスの園の黄金のリンゴの持参
(ヘラクレス十二の功業の11番目)
ギリシア神話に基づく古代ギリシアの伝説によれば、ユーラシア大陸の北側に位置するウラル山脈を越えてさらに遠く北の彼方へと進んでいくと、ヒュペルボレイオスと呼ばれる伝説上の民族が暮らしている土地がありました。
そこは、アポロンに捧げられた場所で、夜や闇というものがなく、極北の地にあるにも関わらず一年中、温暖な気候で、幸福に満ちた光の地であると考えられていました。そんなヒュペルボレイオス人の地には、黄金の実をつける林檎の木が生えており、これを、巨人アトラスの娘で、ヘスペリデスと呼ばれる黄昏のニンフ(妖精)たちが守っていると語り伝えられていました。
ミケーネ王エウリュステウスは、ヘラクレスに対して、このヘスペリデスの黄金の林檎を取ってくるように命じたのです。そこで、へラクレスは極北の光の地であるヒュペルボレイオスの土地へと向かう旅へと赴きました。まず、バルカン半島を北上していき、現在のクロアチアのあたりに位置するイリュリアの地にまでやって来ました。
ヘスペリデスの居場所を知らないヘラクレスは、海の老人ネレウスが、黄昏のニンフたち(ヘスペリデス)が暮らす場所を知っていると聞きつけ、そこに赴き。ネーレウスを取っ組み合いとなりながら捕まえました。ネレウスは変身の名人であったとされ、怪物や水、火などに変身して逃れようとしましたが、ヘーラクレースが縛りつけ離さなかったため、やむなく場所を教えました。
その後、極北の光の地ヒュペルボレイオス族の住む地へと向かったヘラクレスは、すぐに目当ての黄金の林檎のなる木がある庭園を見つけだしました。黄金の林檎の木は、四人のヘスペリス(黄昏のニンフたち)たちによって常に見張られていただけではなく、怪物の王テュポーンとエドキナの間に生まれた百の頭を持つ不死の竜ラードーン(ラドン)によっても守られていました(ラードーンは後にりゅう座となった)。
神々にも比肩する怪力を持つヘラクレスも、林檎の実を力ずくで奪い取ることは、至難の業であったと考え、さらに西へと向かい、ティーターン神族の巨人アトラスのもとをたずねました。アトラスは、ゼウスとの戦いに敗れ、世界の西の果てで天空を双肩で支えるという罰を課せられていました。
アトラスがその長く大きな腕を伸ばせば、ヘスペリスたちが守る黄金の木から林檎の実をとることができると考えたヘラクレスは、アトラスにリンゴの実を一つもぎ取ってくるように頼みました。
これに対して、アトラスは、ヘラクレスが自分の代わりに天空を支える役目を担ってくれるというのならば、引き受けると答えたので、ヘラクレスは、その条件を受け入れて、アトラスに代わって蒼穹(大空)を背負い,その間にアトラスがヘスペリデスの園から三つの林檎(リンゴ)を取ってきました。
このまま天空を支える役目をヘラクレスに押しつけて、自分は自由になりたいと考えていた巨人アトラスは、ヘラクレスの代わりにミケーネまで林檎を持って行くと申し出ました。このとき、アトラスの意図に気づいたヘラクレスは、さらに長い間支え続けるためには、「持ち方が悪いので持ち直すから、そうするまでの間だけ、アトラスも天空を支えていて欲しい」と頼みました。そうして、アトラスが手を貸した瞬間、ヘラクレスはその肩に天空を押しつけてしまうと、アトラスがもぎ取ってきた林檎を持ってその場を立ち去っていきました。
こうして、ヘスペリデスの黄金の林檎は、ヘラクレスと共に、エウリュテウス王のミケーネの地まで送り届けられることになりました。
(12)地獄の番犬、ケルベロスの捕獲
(ヘラクレス十二の功業の12番目)
ミケーネ王エウリュステウスは、ヘラクレスが着々と難行をこなしているのを見て、何とかして達成させまいと策を練り、最後の試練にあたる十二番目の試練として、地獄の番犬ケルベロスの捕獲を命じました。
ケルベロスは、冥界の王であるハデス(ハーデース)が支配する冥府の国を守る犬で、三つの犬の頭と竜の尾とを持ち、背中からは無数の蛇が生えていていた巨大な三頭犬の怪物です。その役割は、冥界から逃げ出そうとする亡者を捕らえ、食い殺してしまうなど、悪しき亡者を懲しめることでした。
ヘラクレスは、アテナ,ヘルメス両神の導きで、ギリシア本土の最南端にあたるタイナロンの岬の近くにあったとされる死の国の入口から、冥界へと降りる道へと入って行きました。冥界の王であるハデスのもとへたどり着いたヘラクレスは、ハデスに仕えるケルベロスに対して、戦いを挑んで地上へと連れて行くことへの許しを求めました。
これに対して、ハデスは、ヘラクレスが武器を使わずに、自らが持つ怪力のみによってケルベロスのこと圧伏させることができるならば、という条件として、ケルベロスのことをしばらくの間だけ地上へと連れ出すことを許しました。ヘラクレスは、ハデスとの約束通りに、手に持って行った武器を投げ捨てると、そのまま皮の鎧と胸当てを身につけただけの素手の状態で地獄の三頭犬であるケルベロスに戦いを挑みました。
ケルベロスの三つの頭を両腕で抱え込んで締め上げていくヘラクレスに対して、ケルベロスは自らの竜の頭を持つ尾を使ってヘラクレスの体に噛みついていきましたが、ヘラクレスの体を覆っていたネメアの獅子の毛皮でできた鎧は、いかなる弓矢や刃物による攻撃をも弾き返すという強靭で堅固な鎧であったため、竜の牙をもってしても食い破られてしまうということはありませんでした。
結果として、ヘラクレスは、そのままケルベロスを力でねじ伏せて、エウリュテウス王の待つミケーネの地まで連れて行きました。
なお、その後、ケルベロスは、エウリュステウスの命令ですぐハデスにもとに返されました。また、地上に引きずり出されたケルベロスは太陽の光を浴びた時、狂乱して涎(よだれ)を垂らし、その涎から毒草のトリカブトが生まれたと言われています。
こうして、ヘラクレスはついに十の功業のすべてを成し遂げ、自由の身となりました。エウリュステウスによって除外された二つの功業ものちに、ヘラクレスが成し遂げた偉業の内に数え上げられ、ヘラクレスの十二の功業として広く知れ渡っていきました。
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その後、テーバイに戻ったヘラクレスは、妻メガラを甥に与えたのち,さらにトロイア遠征や、牛小屋掃除の報酬を拒んだアウゲイアスへの報復などの武勲をたてました
◆ エーリス遠征
(牛小屋掃除の報酬を拒んだアウゲイアスへの報復)
十二の功業中にエーリス王アウゲイアースに報酬を踏み倒されたことの復讐として、ヘーラクレースは、トロイア戦争後、アルカディア人の軍勢を集めてエーリスに攻め入りました。
エーリス軍には、モリオネ(エウリュトスとクテアトス)という双子で、腰から下はひとつの身体という怪物がいました。二人は、ポセイドーンの息子ともいわれ、武勇に優れ、怪力も有していました。双子であるが故に二対一の戦いとなり、剛勇無双のヘーラクレースといえども苦戦を強いられました。
攻防戦の最中にヘーラクレースは病にかかり、休戦協定を結びましだが、休戦の理由を知ったエウリュトスとクテアトスは、協定を破って攻撃を止めず、ヘーラクレースは撤退せざるを得なくなりました。
その後しばらくして、ヘーラクレースはモリオネが、古代ギリシャの4大競技祭典の一つで、海神ポセイドンに捧げられたイストミア大祭に参加するという報せを聞き、その道中に待ち伏せして、モリオネを毒矢で射殺しました。
強力な英雄を失ったエーリス軍は総崩れとなり、ヘラクレスは、エーリスを陥落させ、エリス王アウゲイアースを息子たちとともに殺害し、問題のヘラクレスへの報酬支払いについての争いでヘラクレスの味方をして追放されていたピューレウスを呼び寄せてエーリスの王としました。
この勝利を記念して、オリュンピアにゼウス神殿や、オリュンポス十二神と英雄ペロプスの祭壇も築き、その地でオリュンピア競技会を創設したとされています(それが「オリンピア祭典競技」、古代オリンピックの起源の一つとされる)。
<ヘラクレスの最期>
ヘラクレスは、カリュドン王オイレウスの娘デイアネイラ(猪狩りで有名な英雄メレアグロスの妹)を3番目の妻としていました。
デーイアネイラは、かつて、自分を恥辱しようとして、ヘーラクレースにヒュドラーの毒矢で射殺されたケンタウロスのネッソスから、いまわの際に「自分の血は媚薬になるので、ヘーラクレースの愛が減じたときに衣服をこれに浸して着せれば効果がある」と言われ、その言葉を信じネッソスの血を採っておきました。
さて、ヘラクレスがアイトリア地方のオイカリアを攻略して王女イオレを捕虜にしたとき,イオレに夫を奪われるのを恐れたデイアネイラは、かつてケンタウロスのネッソスの血をしみこませた衣を、それがヒュドラの毒を塗ったものとも知らず,ヘラクレスに与えてしまいました。
五体を毒に侵され、あまりの苦痛に耐えかねたヘラクレスは、みずからをテッサリア地方のオイテ山上に運ばせると、薪を積み上げてその上に身を横たえ、従者に、弓を与え、火をつけさせました。こうしてヘーラクレースは生きながら火葬されて死亡しました。
神上がりしたヘラクレス
その死後、突如として天が裂け,ヘラクレスは昇天、神の座に上りました。ヘラクレスの肉体は滅びましたが、(不死の霊魂の部分は)ゼウスによって天に上げられたのです。そして、このときに至って、ヘラクレスが人間であった時代に様々な嫌がらせをしてきたヘーラーも、ヘーラクレースをようやく許し、自分の最愛の娘で青春の女神ヘーベーを妻に与えました。
神と同じ扱いを受けたヘーラクレースを祭祀する神殿あるいは祭礼はギリシア中に存在し、古代ギリシアの名家は、競ってその祖先をヘーラクレースに求め、彼らはみずから「ヘーラクレイダイ(ヘーラクレースの後裔)」と僭称したそうです。
こうようなヘーラクレースとその数々の武勇譚はミュケーナイ時代に原形的な起源を持つもので、考古学的にも裏付けがあるとの見方もあります。
<ギリシャ神話シリーズ>
<参照>
古代ギリシャの歴史と神話と世界遺産
(港ユネスコ協会HP)
ギリシャ神話
(TANTANの雑学と哲学の小部屋)
古代ギリシャ神話のヘラクレスの過酷な人生と英雄たる所以
(アンティーク・ジュエリー・ヘリテージ)
ヘラクレス12の試練を超解説!ギリシャ神話最強の英雄
(アートをめぐるおもち)
ギリシア神話の12神と簡単なストーリー
(Nianiakos Travel)
ギリシャ神話伝説ノート
(Kyoto-Inet)
ギリシャ神話とは(コトバンク)
ギリシャ神話など(Wikipedia)
(投稿日2024年11月20日)