ギリシャ神話①:世界の起源カオスと人間の創造

 

ギリシャ神話の世界をシリーズでお届けしています。前回は総論という形でシリーズ全体を概観しました。今回から本格的にギリシャ神話の主要なテーマについてみていきます。

ギリシャ神話 (総論):ガイアから始まる神々の系譜

 

世界中どこの国の神話も、最初に語られるのが世界と人間の創造です。古代ギリシャの場合どうだったのでしょうか?今回は、ギリシャ神話にもとづいた、世界の起源と成立ちと、人間の起源と展開、さらに、ギリシャ神話の歴史の理解に欠かせないヘシオドスの時代区分についてみていきます。

 

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古代ギリシア人は、古代オリエントなどの神話の影響などから、「世界は原初の時代より存在していた」、また、人間の先祖も「神々が存在した往古より存在していた」との素朴な思考を持っていたとされています。それが、オリンポスの12神などゼウスを主神とする世界観が確立するにつれ、哲学的な構想を持つ世界の始原神話が語られるようになったというのが、ギリシャ神話の起源説です。

 

<カオスからの世界の創造>

 

古代ギリシャでは、神々が生まれる以前、宇宙(世界)には何もないカオスが、最初に存在し、広がっていたと考えられていました。カオスは、混沌という意味ですが、空隙(くうげき/すきま)とも解されます。

 

カオスの次に、ガイア(大地)が万物の初源として存在を現しました(ガイアはカオスの子(娘)という言い方もする)。また、ガイアとともに、地下の幽冥タルタロスと、美しいエロース(愛)が生まれたとされています。ガイア(大地)、タルタロス(冥界/深淵)、 エロース(愛)の3神は、神カオスの次に生まれ、世界の始まりの時から存在した原初神と位置づけられています。

 

ガイア

ガイアは、「大地」を意味する女神で、カオス(混沌/空隙)から生じた神々の母、地母神(大地の豊饒性・生命力を神格化した母神)です。ただし、大地と言っても、その支配領域は大地だけではなく、天をも内包した世界そのものに及んでいました。

 

ギリシア神話において、ガイアは、独力で天空の神ウラノスを産み出し、またこれを夫として、ティーターン(チタン)神族や、海の神ポントスなど、様々な神々などを生みました。

 

その後、登場するオリュンポスの神々も含めて、ギリシア神話に登場する神々はガイアの血筋に連なり、元々はすべて「大地(ガイア)の子」であるとされます。それゆえ、ガイアが最初に生んだウラノスは、全宇宙を最初に統べた原初の神々の王とされ、ギリシャ神話では、その子孫であるクロノス、そしてゼウスにわたる三代の王権の遷移が語られていきます。

 

タルタロス

タルタロス(冥界/深淵)は、原初、カオスに続いて、大地ガイアとともにその奥底に産まれた、奈落の神にして、奈落そのものとされた神です(その神が管理する場所の名でもある)。

 

ギリシャ神話において、タルタロスは、兄弟姉妹関係にある大地の女神ガイアを配偶神とし、ガイアとの間に怪物エキドナとテューポーンをもうけました。タルタロスの語源は、ギリシャ神話でいう「地獄」で、地下にあるとされるハーデスが管理する冥府(冥界)よりもさらに底に存在します。

 

そこは、霧たちこめ、ポセイドンが作った青銅の門と壁 (塀) に囲まれた陰湿な場所で,神々ですら忌み嫌う澱(よど)んだ空間です。タルタロスに送り込まれる者たちは神々の反逆者たちのみで、一度入ったら最後、何者も抜けだすことはできない場所であり、普通の人間は突風にあおられ立ち入ることすらできないとされています。

 

エロース

ギリシア神話に登場する恋心と性愛を司る神で、神々のなかでも最も美しい神とされ、有翼のエロースとして描かれます。古代ギリシア人の身も心も焼きつくす恋情を神格化したと解され、エロースの力で、神も人もとりこになって結びつきました。ヘロドトスの「神統記」において、エロースは原初神の一柱でしたが、これは、神や人の生殖において、最初に愛が存在したからです。

 

もっとも、ヘシオドスなどの歴史家がいうように、多くのギリシャ神話において、愛神エロースは、アフロディテとアレスの子とされ、エロースの気まぐれといたずらで多く人間や神々を悩ました寓話が多く盛り込まれています。

 

 

<神々の系譜>

 

ここまでが、「世界の起源」についての神話で、次に「神々の系譜」に移ります。ギリシャ神話において、神々の世界はどのように形成されたのでしょうか?ウラノス、クロノス、そしてゼウスにわたる三代の王権が遷移する過程で、神々の系譜は、ゼウスの王権が確立する以前のティーターン(チタン)神族の時代と、ゼウスを柱とするオリュンポスの神々の世界に大別されます。

 

◆ ウラノスの時代

 

大地の母神ガイアは、自らの力だけで、天空の神ウラノス、海の神ポントス、山の神ウーレアーを産みました。その後、エロースの働きでウラノスと親子婚(ウラノスを夫と)し、ガイアの夫となったウラノスは、全宇宙を最初に統べた原初の神々の王(父)となりました。

 

ウーラノス(天)とガイアの交わりによって、ティーターン(チタン)神族,3人のキュクロプス(サイクロプス)、ヘカトンケイル、ギガース(ギガンテス)、ピュートーン、テューポーン、クロノスなど、世界を統治する多くの神々や魔神・怪物が誕生しました。

 

ティーターン神族(英語読みでタイタン)は、クロノス、オケアノス(大洋),テミス(掟),ムネモシュネ(記憶)ら、後に「ティーターンの十二柱」と呼ばれる美しい巨人族の神々で、ゼウス以前に世界を統治しました。

 

これに対して、キュクロプスは単眼の巨人(一つ目の巨人)、ヘカトンケイルは百の腕と五十の頭を持つ巨人、ギガース(ギガンテス)は山々すら簡単に投げ飛ばす怪力を持つ巨人、ピュートーンは巨大な蛇の怪物(牝蛇)です。また、テューポーンはギリシア神話史上最大最強と形容される怪物です。

 

しかし、ウラノスは、キュクロプスとヘカトンケイルが醜い怪物であったことを喜ばず、彼らを大地の底のタルタロスに押し込め、幽閉してしまいました。

 

これに対して、ガイアは自らの子を姿のみで罰した夫を許せず、わが子のティーターン神族から夫を討たせようと考えました。ガイアの意を受けた最年少のクロノスが応じ、ガイアから与えられた大鎌で、ウラノスに襲いかかると、父神の陽物(男根)を切り落とし、その王権を簒奪(さんだつ)しました。(ウラノスは男根を切り落とされて王位を捨てて逃れ去った)。

 

また、海に落ちたウーラノスの男根は泡を放ち、ここから美の女神アフロディーテが、また滴り落ちた血液から復讐の女神エリーニュスと、トネリコの精霊メリアスが生まれたという伝承もあります。

 

 

◆ クロノスの時代

 

ウラノスより世界の支配権を奪ったクロノスは、神々の2代目の王になりました。クロノスの兄姉に当たる神々(ウラノスとガイアの子)は、チタン(ティーターン)神族の神々で、以下の神たちは「ティーターンの十二の神」と呼ばれる、男女6柱ずつの主要な神々です。

 

クロノス(チタン神族の最高神)

レアー(クロノスの妻)

オーケアノス(長子で、海神・河神)

コイオス(天球、「天の極」の神)

ヒュペリーオーン(太陽神・光明神)

クレイオス(「天の雄羊」)

イーアペトス(軍神)

テーテュース(オーケアノスの妻で、海や泉、地下水の女神の母)

テミス(予言の女神、ゼウスの二番目の妻)

ムネーモシュネー(記憶の神、ゼウスとの間に9人の山の女神ムーサを産む)

ポイベー(月の女神、光明神)

テイアー(視力と輝きの女神)

 

しかし、クロノスが、父ウラノスによって地の底のタルタロスに押し込められたキュクロプスとヘカトンケイルを解放しなかったことから、母ガイアはクロノスを疎んじ、「クロノス自身も、やがて王権をその息子に簒奪されるだろうという呪いの予言をクロノスに与えました。ガイアの呪いを怖れたクロノスは、わが子に支配権を奪われる不安にかられ、妻レアーとのあいだに生まれてくる子供を次々に飲み込んでしまいます。

 

妻のレアーはこれに怒り、密かに末子ゼウスを身籠もり出産すると、産着で包んだ石を、赤子と偽り、代わりにクロノスに飲ませることでゼウスを救いました。ゼウスはクレータ島のディクテオン洞窟で雌山羊のアマルテイアの乳を飲み、ニュムペー(精霊)に育てられました。

 

◆ ゼウスの王権

 

成人したゼウスは、父親クロノスに叛旗を翻し、まず、ガイアが処方した嘔吐薬を飲ませて、クロノスが飲み込んでいたゼウスの姉や兄たち(ヘスティアー、デーメーテール、ヘーラーの三女神、そして次にハーデースとポセイドン)を、吐き出させました。ゼウスたちは、ギリシア北方のオリンポス山に住み、オリュンポスの神々と呼ばれるようになります。

 

王位簒奪戦争

次に、ゼウスは、オリュンポスの神々とともに、全宇宙の支配権を巡り、クロノスらティーターン(チタン)の一族と戦争を勃発させました。これをティーターノマキアー(ティーターンの戦争)と言います。

 

この戦いで、オリュンポスの神々は、ゼウス、ポセイドン、ハーデースの三神が活躍、特にゼウスは、自身の武器である雷霆(らいてい)を投げつけ、宇宙をも揺るがす衝撃波と雷火によってティーターン神族を一網打尽にしました。雷霆の威力は凄まじく、天地を逆転させ、地球や全宇宙、そしてその根源のカオスをも焼き払うほどでした。

 

こうして勝利したゼウスは、3代目の王となり、三神は互いにくじを引き、ゼウスは天空を、ポセイドーンは海洋を、ハーデースは冥府(冥界)を、それぞれ自身の支配領域としました。さらに、ゼウスはその功績から神々の最高権力者と認められました。

 

巨人族との戦い

ティーターノマキアーの後、ゼウスは、クロノスらティーターン神族を、冥界よりもさらに下(宇宙の深淵)にあるタルタロスに幽閉し、引き続きキュクロプスとヘカトンケイルを番人として、彼らを見張らせました。

 

しかし、これはガイアにとって許しがたい決定でした。なぜなら、ガイアの子ども達は、結局、大部分がタルタロス(地の底)に追いやられてしまったからです。そこで、ガイアは、巨人族のギガースたちを生み出しました。山を軽々と持ち上げるほどの腕力を持つ巨大な体と獰猛な性を備えたギガースたち(ギガンテス)は、島や山脈といったありとあらゆる地形を引き裂きながら、大挙してゼウスたちに戦いを挑んできました。

 

ゼウスは、天の神々、海の神々、そしてハーデス率いる冥界の神々、さらには半神半人である自らの息子、ヘラクレスまで招集するなど、あらゆる軍勢を集めて対抗しました。迎撃を開始した神々は、シシリー島などの島々を叩きつけて、ギガンテスを封印し、ギガントマキアー(巨人族との戦争)と呼ばれたこの戦いは、ゼウスたちの圧勝に終わりました。

 

最終決戦

しかし、大地の女神ガイアはなお諦めず、タルタロスと交わり、怪物テューポーンを生み出し、ゼウスたちが住むオリュンポスを攻撃させました。

 

テューポーンは、ギリシア神話史上、最大にして最強の不老不死の怪物と恐れられました。頭が星々とぶつかってしまうほどの巨体を有し、両腕を伸ばせば東西の世界の果てにも辿り着くほどの大きさでした。また、肩からは百の蛇の頭が生え、目からは炎を放ち、腿(もも)から下は巨大な毒蛇がとぐろを巻いた形をしていたと言われています。

 

テューポーンは、灼熱の噴流で地球を焼き尽くし、世界を大炎上させただけでなく、天空に突進して宇宙中を大混乱の渦に落とし入れました。これにはオリンポス神々も驚き、動物の姿にかえて逃げ出してしまいましたが、ゼウスただ一人だけがその場に踏み止まり、テューポーンとの壮絶な一騎討ちが、天上の宇宙で繰り広げられました。

 

ゼウスは、雷霆と大鎌でテューポーンを猛攻撃し、テューポーンは万物を燃やし尽くす炎弾と噴流でそれを押し返しました。全宇宙を揺るがす激闘の末、ゼウスはテューポーンの怪力に敗れ、デルポイ近くのコーリュキオンと呼ばれる洞窟へ閉じ込めてしまいました。

 

ゼウスが囚われたことを知ったゼウスの伝令神ヘルメスと、羊の群れを監視する半神半獣のパーンが、ゼウスの救出に向かいました。治療を受けて、力を取り戻したゼウスは再びテューポーンと壮絶な戦いを繰り広げます。

 

この時、テューポーンはゼウスに勝つために、運命の女神モイラたちを脅し、どんな願いも叶うという「勝利の果実」を手に入れました。しかし、実は女神たちは、決して望みが叶うことはないという「無常の果実」を与えたので、その実を食べた途端、テューポーンは力を失っていきました。

 

それでも、テューポーンは、全山脈をゼウスに投げつけようとしましたが、ゼウスの雷霆によって弾き返され、逆に全山脈の下敷きになってしまい、最後はシケリア島のエトナ火山を叩きつけられ、その下に封印されました。

 

テューポーンとの死闘に勝利したゼウスに対して、抗うものは現れず、ゼウスの王権は確立し、ゼウスは名実ともに神々の第三代の王となりました。ゼウスによって、世界は平定され、宇宙に調和が訪れました。

 

ゼウスの王権の下、オリュンポスの神々と呼ばれるゼウスの兄弟姉妹の神々のなかで、主要な神は「十二の神」(オリュンポス十二神)として人々に知られるようになりました。こうしてギリシャ神話は、この後、以下のゼウスらオリンポス12神を中心に展開していきます。

 

ゼウス(主神)

ヘーラー (ゼウスの妻・姉)

ポセイドン (海と大地の神)

デーメーテール (穀物の女神)

ヘスティアー (かまどの女神)

ヘーパイストス (鍛冶の神)

アポロン (芸能の神・遠矢の神)

アルテミス  (月の女神)

アテーナー(知恵の女神)

アプロディーテー (愛と美と性の女神)

アレース (軍神)

ヘルメス (伝令神)

 

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<人間の起源>

 

古代ギリシア人は、神々が存在した往古より、人間の祖先も存在していたとする考えを持っていたことが知られています。人間もガイアを母とし、神々とも兄弟でもあるのです。異なる点は、神々は不死にして人間に比べ卓越した力を持つということだけでした。

 

そんな人間は土より生まれたと考えられていました。ギリシャ神話では、人間は、男神プロメテウスによって、土塊(粘土=水と土)から創造されました。プロメテウスは、ティーターン神族のイーアペトス(ウーラノスとガイアの子)の子で、ゼウスに命じられ、人間そのものをこしらえ、さまざまな技術を授けました。

 

◆ プロメーテウスの火

ヘシオドスの「神統記」によれば,ゼウスが人間と神を区別しようと考え、神々と人間で生贄後の犠牲獣をどう配分するか決めようとしたとき,ゼウスの了承をえてその役割を担うことになったプロメーテウスは、大きな牛を殺して二つに分け、一方は肉と内臓を食べられない皮で包み、もう一方は骨の周りに脂身を巻きつけて美味しそうに見せました。

 

そして、どちらかを神々の取り分とするかをゼウスに選ばせると、プロメーテウスの目論見通り、ゼウスは、後者の脂身に包まれた骨をとったため,以後,犠牲獣の美味な部分(肉や内臓)は人間が食する定めとなりました。

 

欺かれたゼウスは怒り、人間に苛酷な苦悩を与えようと、人間から火を取り上げました。すると、この時から人間は、肉や内臓のように死ねばすぐに腐ってなくなってしまう運命を持つようになったとされています。火を取り上げられた人間は自然の猛威になすすべもなく、飢えに苦しみ、寒さに悩まされていたとき、人間を哀れんだプロメーテウスは、天上から火を盗んで、地上に持ち帰り、人間に授けました。

 

◆ パンドラの箱

またもやゼウスの裏をかいて人間の苦境を救ったプロメテウスでしたが、これに怒ったゼウスは、プロメーテウスをコーカサス山の山頂の岩に鎖でつないで磔にした一方、人間の禍いの因となるように、鍛冶の神(工匠神)ヘファイストスに命じて、土と水をこねて(粘土から)美貌の女性の人形を創らせました。

 

そして、この人形の乙女に対して、工芸の女神アテネに命じて機織りの技術を教えさせ、愛の女神アフロディテに命じて色恋の技を、ヘルメスに命じて人を欺く性根を植え付けさせました。神々は、あらゆる魅力を、この人形に与えたので、彼女の名前はパンドラ(「あらゆる贈り物を持つ女」の意)と名づけられ、プロメーテウスの思慮に欠けた弟、エピメーテウスに送り、妻として迎えられました。

 

ゼウスはまた、パンドラがエピメテウスの妻となって地上に降りる際、あらゆる災いの詰まった箱(壺)を持たせました。下界に着いたパンドラ(パンドーラー)は、好奇心にかられて、つい箱を開けると、中から病気,労苦その他の災禍などあらゆる諸悪が飛び出し、世に広まりました。(「パンドラの箱を開ける」は、現在も「取り返しのつかないことをする」の意で用いられている)。

 

もっとも、パンドラ―が、持参した壺の中から、あらゆる諸悪が飛び出したので蓋をしめたところ,「希望」だけが残ったと言われています。

 

パンドラは、ギリシア神話における人類最初の女性で、結果的に、人間の種族に災いをもたらし不幸を招来しました。ここから、男性の種族は土から生まれた者として往古から存在した一方、女性の種族は、ゼウスの策略で、人間を誑(たぶら)かし、不幸にするために創造されたとする神話が語られていくことになってしまいました。

 

 

<人間の展開>

 

◆ リュカーオーンと息子たち

ギリシャ神話のアルカディア王ペラスゴスの息子リュカーオーンは、多くの女性との間に、50人の息子と1人の娘(カリストー)をもうけました。娘のカリスト―を除けば、一族皆高慢で残虐、民を圧政で苦しめる暴君として、その悪行の噂はオリュンポス山にも知れ渡っていました。

 

そこで、ゼウスは、様子を探ろうと、人間の貧しい旅人に身をやつして、リュカーオーンの息子たちの王宮を訪れました。リュカオンの息子らは、臓物入りのスープをすすめて旅人(ゼウス)をもてなしましたが、スープには、彼らの兄弟の一人ニュクティーモス(リュカオンの孫のアルカスとの説もある)を殺して臓腑を抜き取って混ぜていました。また、捕虜となっていた男を殺して料理し、食卓に供してもてなそうとしたのでした。

 

これを見破ったゼウスは、この非道な行いに激怒し、正体を現すと雷電を放って王宮を破壊し、リュカーオーンの息子たちを焼き殺しました(ニュクティーモスは生き返らせ、その後王位についた)。リュカオン自身は脱出し、人里離れた森まで逃れてきたとき、残虐さを象徴する狼の姿に変えられ、死後も狼座となって、その姿を永久に晒し続けることになりました(これは、後の人狼(じんろう)伝説につながる)。

 

もっとも、リュカーオーンは、リュカイオン山でゼウス・リュカイオスの祭祀や、牧神パーンのためにリュカイア競技祭を行っていましたが、神に祈る際に人間の少年を生贄するなど、人身御供(ひとみごくう)を実施していたことも、神々の怒りの原因となっていました。

 

ゼウスは、リュカーオーンとその子たちに代表されるこうした人間の堕落に嫌気がさし、いったん絶滅させてしまおうと、地上に大洪水(「デウカリオーンの大洪水」)を起こすことにしました。

 

なお、伝説では、「デウカリオーンの大洪水」が起きる前で、テーバイの創設者であるオギュゲス王の時代の紀元前1750年にも、人間を滅ぼした「オギュゴス王の洪水」が起こりました。2つの大洪水を比較すると、「デウカリオーンの大洪水」には、聖書にでてくる「ノアの箱舟」の物語の類似性があります。

  

◆ デウカリオーンの大洪水

デウカリオーンは、人間をつくったプロメテウスの子で、エピメーテウスとパンドラの間の娘ピュラーを妻としてテッサリア地方を治めていました。

 

人間たちを一度滅ぼすことを決したゼウスが、南風とともに大洪水を起こしたとき、恐ろしい速さで海の水かさが増すと、テッサリア地方の山は砕け、コリントス地峡とペロポネソス半島付近の沿岸や平野にあるすべての都市が流され、わずかな山の頂以外は水の中に沈み込みました。

 

しかし、デウカリオーンは父プロメーテウスから、警告を受けていたので、あらかじめ準備した方舟(はこぶね)に食料を積み込み、妻ピュラーとともに乗り込んでいたので死を免れました。方舟は、9日間水上を漂い、ようやく水が引くと、ギリシャ中部のパルナッソス山に漂着しました(テッサリア地方のオトリュス山という説もある)。他の人間は、高い山に逃げた少数を除いてすべて滅ぼされてしまいました。

 

雨が止み、水が引いてから、デウカリオーンはゼウスに供物を捧げ、ピュラーとともに、ケーピーソス河のほとりにある、法と秩序の女神テミス(ゼウスの2番目の妻)を祀る神殿(テミスの神殿)で祈りを捧げました。ゼウスはこれに応えてヘルメースを遣わし、デウカリオーンの願いを聞き届けるよう命じました(テミス神が現れたとも言われている)。

 

デウカリオーンが「人間を新しく蘇らせ給え」と願うと、「母の骨を背後に投げよ」との託宣がありました。ピュラーはこれに対し、そんな親不孝なことは出来ないと嘆きましたが、デウカリオーンは「母親」とは大地母神のことで、「骨」とは河岸の石のことだと解釈しました。そこで、二人は石を拾って肩越しに投じると、デウカリオンの投げた石から男が誕生し、ピュラーが投げた石からは女が誕生し、ここから、再び地上には人間があふれるようになりまりました。

 

デウカリオーンとピュラーの間には、ヘレーン、アムピクテュオーンらが生まれとされ、長子ヘレーンはギリシア人の名祖で、アンピクテュオーンは大洪水以降のアッティカの初代の王となりました。

 

ギリシア人の祖先たるヘレンが生まれたことにより,古代のギリシア人はみずからを、ヘレン(複数形:ヘレネス)、その地をヘラスと称するようになったと言われています(ヘレンが自分の名を取って、古代ギリシア人をヘレンと呼んだことが始まりとされる)。

 

デウカリオーンの子や孫にはほかに、ドーロス、アイオロス、アカイオス、イオーンなどがいたとされ、それぞれが、ドーリス人、アイオリス人、アカイア人、イオーニア人の名祖となり、ギリシア人の各部族の先祖に分かれていったとも考えられています。

 

このように、世界の起源から始まり、オリュンポス神など神々の活躍を描いたギリシャ神話の世界では、ここから、「英雄たちの物語」に進みます。ギリシアの英雄(ヘーロース)は、多くが、ゼウスら神々と人間のあいだに生まれた子で、半神とも呼ばれました。

 

この「英雄・半神の時代」は、今の人間がこの大地に住む以前に栄えた時代で、ミケーネ文明時代の前13世紀の頃に起きたと推定されています。有名なトロイア戦争などで、ギリシャ神話の英雄たちが活躍した時代です。

 

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<ヘシオドスの五つの時代区分>

 

前投稿でも述べたように、一般的にギリシア神話は、ヘシオドスが記した「神統記」に沿って(1)世界の起源、(2)オリュンポス神など神々の物語(神々の系譜)、(3)英雄たちの物語に大別されます。

 

さらに、ヘシオドスは、大地には、神々から人間にいたる間に、①黄金(金)の時代、②白銀(銀)の時代、③銅(青銅)の時代、④英雄(半神)の時代、➄鉄の時代という5つの時代があり、その間、人間に5つの種族が現れたとしています。

 

このなかで、➀金の時代と②銀の時代は、神話の域を出ませんが、次に訪れる③青銅の時代、そしてこれに続く④英雄(半神)の時代と、⑤鉄の時代は、人間の技術的な進歩の過程を跡づける分類で、歴史的な経験知識に基づく時代画期と考えられています。

 

最初の金の種族の時代は、神々にも似て無上の幸福と平和でしたが、銀の種族、銅の種族と次々に神々が新しい種族を造ると、先にあった者に比べ、後から造られた者はすべて劣っていました。特に、銅(青銅)の時代の人間の種族は互いに争うようになり、以後、英雄の時代、鉄の時代と続くにつれ、人間は堕落し、世の中には争いが絶えなくなっていきました。

 

なお、金の種族、銀の種族、青銅の種族は、神々が創造した人間の族でした。英雄・半神の種族、鉄の種族は、人間同士、場合によっては神との交配によって生まれた人間の種族です。では、個々の時代についてみていきます。

 

◆ 黄金時代金の種族の時代

 

最初の黄金時代(金の時代)、金の種族と呼ばれた人間は、神話上、クロノスが王権を掌握していた時代に生まれました。この時代、神々と共に住み生きており、神々にも似て無上の幸福な享受していました。世の中は調和と平和に満ち溢れて、争いも犯罪もありませんでした。あらゆる産物が自動的に生成され、麦畑もありあまる稔りをもたらしていたので、労働の必要もありませんでした。あっても人びとは仕事を分かち合っていました。

 

人間は、不死ではないものの長い寿命があり、老いの悲しみにもさいなまれることもありませんでした。死も眠りと変わることなく、安らかに死んでいき、死後は生ある者の守護者となったと言われています。

 

◆ 白銀の時代銀の種族の時代

 

その後、ゼウスがクロノスに取って代わると、黄金時代は終わりを告げ、白銀時代(銀の時代)(銀の種族の時代)が始まりました。黄金の時代と比べれば、人間の姿も心も劣り堕落していました。人間は百年間も巨大な赤児の姿で母親の世話をうけ(子どものままで過ごし)、しかも成年に達するやいなや、すぐに死んでいた伝えられています。愚かさ故に互いに容赦なく、争い犯罪に手を染め、神々を祀らず、崇めようともしませんでした。

 

そんな人間に怒ったゼウスは、洪水を起こして人間たちを一掃し、銀(白銀)時代は終わりました。この時に大洪水は、テーバイの創設者であるオギュゲス王の時代の紀元前1750年に発生した「オギュゴス王の洪水」に相当するとされています。洪水は破壊的で、ケクロプスの支配までは国は王のないまま取り残されたと言われています。

 

ケクロプスは、伝説上のアテナイ(アテネ)の初代王で、ギリシャ神話では、在位中、アテナイの守護神としての地位をめぐるアテネとポセイドンの争いの審判役を務め、アテネの勝利と判定した人物でもあります。

 

 

◆ 青銅の時代銅の種族の時代

 

青銅(銅)の時代も争いは絶えず、銅の種族(第三世代)の人間は、洛陽樹トネリコの木から生まれ、穀物を食することもなく、軍神アレースに心を向ける荒々しい者たちだったと言われています。

 

銅の種族の人間は、青銅の物の具を身につけ、青銅の家に住み、青銅の道具を使う一方、神々に対して不信心で、互いに殺し合いをし、死後は冥府の青くさびれた屋形へと降りていったそうです。このためゼウスは、前述したように、大洪水(「デウカリオーンの洪水」)を起こして、人間を再度滅ぼし、「青銅の時代」は終焉しました。

 

◆ 英雄の時代(半神の種族の時代)

 

ヘーシオドスがうたう、銅(青銅)の時代の次は、第4の「英雄・半神」の時代で、今の人間がこの大地に住む以前に栄えました。この時代に「トロイア戦争」があり、ギリシャ神話の英雄が活躍しています。

 

なお、トロイヤ戦争は、ミケーネ文明時代の前13世紀のこととされていますが、この時期は、考古学上は青銅器時代ですので、この第4の「英雄・半神」の時代を、銅(青銅)の時代(銅の種族の時代)の延長としてとらえる場合もあります。

 

ギリシアの英雄(古代ギリシア語でヘーロースと呼ぶ)は、多くが神と人間のあいだに生まれた子で、半分は死すべき人間、半分は不死なる神の血を引いています。したがって、それまでの人間より正しい道をわきまえ、よりすぐれた力を持っていることから、英雄たちは、神のような種族として、半神とも呼ばれました。

 

英雄(半神)は、古代ギリシアの名家の始祖であり、祭儀や都市の創立者であり名祖で、その多くはゼウスの子ども達です。実際、ゼウスは、ニュンペーや人間の娘と交わり、数多くの英雄たちを地上に生み出しました。

 

 

◆ 鉄の時代(鉄の種族の時代)

 

英雄の時代が去って、「鉄の時代」に入ります。鉄の時代は、歴史時代であり、約3000年前からはじまる今の時代です。

 

鉄の種族の人間は、当初、ゼウスら神々が作った種族で、豊饒の大地に住んでいましたが、人間同士で生活していたことから、人間がつくった種族となり、時代を下るにしたがい退廃していきました。へシオドスによれば、人の寿命は短く、労働は厳しく、地は農夫に恵みを与えるとは限らず、若者は老人を敬うことなく、智慧を尊重しない時代でした。

 

一方、世の中には、半神たる英雄を祖先に持つと称する名家があり、貴族がおり、富者もいるなど矛盾に満ちていました。それでも、神は善なる者で、人は勤勉に労働し、神々を敬い、人間に与えられた分を誠実に生きるのが最善であると考えられていました。

 

 

<ギリシャ神話シリーズ>

ギリシャ神話 (総論):ガイアから始まる神々の系譜

ギリシャ神話②:ゼウスらオリンポス12神の顔ぶれ

ギリシャ神話③:最高神ゼウス 天上の支配と繁栄

ギリシャ神話④:ポセイドン 海と大地の支配者

ギリシャ神話⑤: アポロン デルポイ神託と月桂樹の冠

ギリシャ神話⑥:英雄ヘラクレスと「十二の功業」

ギリシャ神話⑦:英雄アキレウスの活躍と死

ギリシャ神話⑧:英雄オデュッセウスの活躍と試練

ギリシャ神話⑨:トロイア戦争 ゼウスの手のひらで

ギリシャ神話⑩:密儀宗教・エレウシスの秘儀

ギリシャ神話⑪:ディオニソスとその秘儀

ギリシャ神話⑫:オルペウス教とその秘儀

 

 

(参照)

古代ギリシャの歴史と神話と世界遺産

(港ユネスコ協会HP)

ギリシャ神話

(TANTANの雑学と哲学の小部屋)

ギリシア神話の12神と簡単なストーリー

(Nianiakos Travel)

ギリシャ神話伝説ノート

(Kyoto-Inet)

ギリシャ神話とは(コトバンク)

ギリシャ神話など(Wikipedia)

 

(投稿日2024年11月20日)