ギリシャ神話の世界をシリーズでお届けしています。前回、オリンポス十二神全体を概観しましたが、12神の中で、前回投稿記事のなかでは、収まりきれなかった4柱の神(ゼウス、ポセイドン、アポロン、ディオニソス)について詳細にみていきます。今回はまず、ギリシャ神話の最高神、オリンポスの神々の主神であるゼウスからです。
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
ゼウスは、ギリシア神話の最高神で、多神教のギリシャ社会にあっても一神教に近い帰依をうけるほど、ギリシア全域で崇拝されました。
<最高神ゼウスの戦い>
神々の王、万能の神とされ、天空神として、全宇宙を司り、雲・雨・雷などの天候を支配しています。その力は、世界を一撃で熔解させ、全宇宙を焼き尽くすことができるほどの雷霆(らいてい)を武器にいかんなく発揮されました。
◆ ゼウスの出生
ゼウスは、ティーターン神族の王クロノスとレアーの末の子です。しかし、神々の王として、世界の支配権を握っていたクロノスは、大地の母ガイアから「やがて王権をその息子に簒奪されるだろう」という予言を受けると、わが子に支配権を奪われる不安にかられ、妻レアーとのあいだに生まれた子供を次々に飲み込んでいきました。
レアーはこれに怒り、末子ゼウスを身籠もり出産すると、産着で包んだ石を、赤子と偽り、代わりにクロノスに飲ませました。救われたゼウスはクレータ島のディクテオン洞窟で雌山羊(めやぎ)のアマルテイアの乳を飲み、ニュムペー(精霊)に育てられました。
◆ ゼウス王権の確立
ゼウスは成人すると、父クロノスに叛旗を翻し、まず、嘔吐薬を飲ませて、クロノスが飲み込んでいたゼウスの姉や兄たち(ヘスティアー、デーメーテール、ヘーラーの三女神、そしてハーデースとポセイドン)を、吐き出させました。
ティーターノマキアー
次に、兄弟の神々とともに、全宇宙の支配権を巡り、クロノスらティーターン(チタン)の一族と戦争(ティーターノマキアー)を勃発させました。
この戦いで、ゼウス、ポセイドン、ハーデースが活躍し、特にゼウスは、自身の武器である雷霆(らいてい)を投げつけ、宇宙をも揺るがす衝撃波と雷火によってティーターン神族を一網打尽にしました。雷霆の威力は凄まじく、天地を逆転させ、地球や全宇宙、そしてその根源のカオスをも焼き払うほどでした。
こうして勝利したゼウスは、その功績から神々の最高権力者と認められ、ウラノス、クロノスに続き、神々の王となりました。勝利に貢献した三神は互いにくじを引き、ゼウスは天空を、ポセイドーンは海洋を、ハーデースは冥府(冥界)を、それぞれ自身の支配領域としました。
ギガントマキアー
ティーターノマキアーの後、ゼウスは、クロノスらティーターン神族を、冥界よりもさらに下にあるタルタロスに幽閉しましたが、大地の母ガイアは、自分の子ども達の大部分がタルタロス(地の底)に追いやられてしまったことに怒り、ゼウスに復讐するために、巨人族のギガースを生み出しました。
山を軽々と持ち上げるほどの腕力を持つ巨大な体と獰猛な性質を備えたギガースたち(ギガンテス)は、島や山脈といったありとあらゆる地形を引き裂きながら、大挙してゼウスたちに戦いを挑んできました。
これに対して、ゼウスは、天の神々、海の神々、冥界の神々など、あらゆる軍勢を集めて迎え撃つと、シシリー島などの島々を叩きつけながら、ギガンテスを封印し、ギガントマキアー(巨人族との戦争)と呼ばれた戦いに勝利しました。
最終戦争
しかし、大地の女神ガイアはなお諦めず、タルタロスと交わり、ギリシア神話史上、最大にして最強の怪物と恐れられたテューポーンを生み出すと、ゼウスたちが住むオリュンポスを攻撃させました。
テューポーンは、灼熱の噴流で地球を焼き尽くし、世界を大炎上させただけでなく、天空に突進して宇宙中を大混乱の渦に落とし入れました。これにはオリンポス神々も驚き、動物の姿にかえて逃げ出してしまいましたが、ゼウスただ一人だけがその場に踏み止まり、テューポーンとの壮絶な一騎討ちが、天上の宇宙で繰り広げられました。
ゼウスは、雷霆と大鎌でテューポーンを猛攻撃し、テューポーンは万物を燃やし尽くす炎弾と噴流でそれを押し返しました。全宇宙を揺るがす激闘の末、ゼウスはテューポーンの怪力に敗れ、デルポイ近くのコーリュキオンと呼ばれる洞窟へ閉じ込められてしまいました。
ゼウスが囚われたことを知ったゼウスの伝令神ヘルメスと、羊神パーンが、ゼウスの救出に向かいました。治療を受けて、力を取り戻したゼウスは再びテューポーンと壮絶な戦いを繰り広げます。
テューポーンは、全山脈をゼウスに投げつけようとしましたが、ゼウスの雷霆によって弾き返され、逆に全山脈の下敷きになってしまい、最後はシケリア島のエトナ火山を叩きつけられ、その下に封印されました。
テューポーンとの死闘に勝利したゼウスに対して、抗うものは現れず、ゼウスの王権は確立し、ゼウスは名実ともに神々の第三代の王となりました。
ゼウスは、兄弟姉妹の神々とともに、ギリシア北方のオリンポス山に住んだので、ゼウスの一族はオリュンポスの神々と呼ばれ、その主要な神は古くから「十二の神」(オリュンポス十二神)として人々から崇拝されました。
<英雄色を好む(ゼウスの子ども達)>
このように、絶対的で強大な力を持ち、神々の王として君臨するゼウスですが、その一方で、ホメロスなどには、結婚を司る妻ヘラ(ヘーラー)の目を盗んで次々と浮気をし、子孫を増やす好色な神としても描かれています。
ゼウスの正妻は姉のヘラで、オリンポス十二神のアレースとヘーパイストスを産みましたが、ティーターン神族のメティス、レトや、姉のデーメーテール等の女神をはじめ、多くの精霊(ニュンペー)や人間の娘とも交わり、各地で子をつくったといわれています。
他の女神や人間と交わるときのゼウスは、しばしば、女性の夫、牝牛・白鳥など獣、雨など自然現象などに変化することもありました。
妻メーティスを吞み込んで…
ゼウスの最初の妻は、真偽を知る智恵の女神メーティス(ティーターン神族の一柱)で、メーティスは、ゼウスの子を身籠りました。しかし、大地の母神ガイアが、「ゼウスとメーティスの間に生まれた男神は父を超える」という予言をすると、これを恐れたゼウスは、メーティスが妊娠したのを知るや、メーティスを呑み込み、子供が生まれないようにしました。「どんなものにでも変身できるのなら、水に変身してみせよ」というゼウスの挑発に乗ったメーティスが水に変じたところでこれを飲み干したとも言われています。
ゼウスは、メーティスを飲み込んだことから、メーティスの智慧を自分のものにすることができました。メティスのお腹に宿った子は、その後も母の胎内で順調に成長を続け、結果的にゼウスの頭から生まれたとの伝承も残されています。この子がゼウスの第一の娘で知恵の神アテーナー(アテナ)です。
牡牛に変身して…
ゼウスは、テュロスのフェニキア王の娘、エウローペーに一目ぼれし、白い牡牛へと変身し近寄りました。エウローペーは侍女と花を摘んでいる時に白い牡牛を見つけ、その従順さに気を許してその背にまたがると、その途端に白い牡牛はエウローペーを連れ去りました。
ゼウスは、エウローペーと共に駆け回り、最終的にクレタ島へ辿り着くと、本来の姿をあらわしてエウローペーと交わり、ミノスやラダマンテュス等をもうけました(ミノスの子供に牛の頭を持つ怪物ミノタウロスがいる)。
エウローペーが海を渡った西方の地域はエウロペの名前から、その地域は「ヨーロッパ」 と呼ばれるようになりました。また、クレタ島に残ったエウローペーは、クレタ島の最初の妃となった一方、ゼウスは再び白い雄牛(牡牛)へと姿を変え、星空へと上がると、牛はそのまま、おうし座になりました。
黄金の雨に変身して…
ゼウスは、アルゴス王アクリシオスの娘ダナエーに恋しましたが、 王は「娘が生んだ子によって王が殺される」という神託が出たので、ダナエーを地下室に閉じ込めました。しかし、ゼウスは、黄金の雨に変身した部屋に忍びこみ、ダナエは妊娠して、後の英雄ペルセウス(メドゥーサの首をとり、ミュケーナイ王家の創始者となった)を生みました。
白鳥の姿になって…
レーダー(レダ)は、アイトーリア王テスティオスの娘で、スパルタの王、テュンダレオスの元に嫁ぎ、王妃となりましたが、主神ゼウスに見初められてしまいました(なお、テスティオスはオリンポス十二神の一柱、軍神アレスの子)。
白鳥の姿に変身したゼウスは、鷹に襲われて衰弱している振りをしてレダに接近し、彼女の腕の中に抱かれている間に、レダと交わり、ヘレネーが生まれました。ヘレネは、後に「トローイアのヘレネー」として知られる美女になり、伝説のスパルタ王メネラーオスに嫁ぎましたが、イーリオス(トロイア)の王子パリスにさらわれ、トロイア戦争の原因となりました。
ティーターンの女神達と…
ゼウスは、父クロノスのティーターン神族の女神たちの間に多くの子をもうけました。オリンポス十二神では、双子の太陽神アポロンと月神アルテミスはレートー(レト)、愛と美の女神アプロディーテーはディオーネー、伝令神ヘルメスは巨人アトラスの娘マイアをそれぞれ母とします。
これ以外にもゼウスは、記憶の女神ムネーモシュネー(ウーラノスとガイアの娘)との間に、9柱の芸術の女神ムーサイをもうけました。ム―サイはムーサの複数形で、ムーサは、技芸・文芸・学術・音楽・舞踏など芸術の女神です。
また、法律・掟の女神テミス(ゼウスの2番目の妻)とのあいだに、ホーライの三女神(季節の女神)とモイライの三女神(運命の女神)を持ちました。
加えて、ゼウスは、海神・河神オーケアノスの娘エウリュノメーとのあいだに、3人の美と優雅の女神カリスをもうけました。カリテスはカリスの複数形で、カリテスの三女神とも呼ばれます。
なお、別の神話では、エウリュノメーは、蛇神オピーオーンの妻とされ、オリュンポスの最初の支配者でした。しかし、オピーオーンがクロノスとの力比べに負け、2柱の神は、クロノスに王権を譲り、海の中に姿を消したと伝えられています。
人間の女と…
また、ゼウスは、様々な人間の女性との間にも多数の子(英雄・半神)をもうけました。ヘラクレスやディオニソスがその代表です。
ヘラクレス(ヘーラクレース)は、ゼウスと、ミュケナイ王エーレクトリュオーン(人間)の娘アルクメーネーとの間にできた半神です。このとき、ゼウスは、アルクメーネーの夫アンピトリュオーンに化け、思いを果たしました。さらに、太陽神ヘーリオスに命じて太陽を三日間昇らせず、アルクメーネーと交わって英雄ヘラクレスをもうけました。
ディオニソス(ディオニューソス)は、ゼウスと、テーバイの王女で人間の娘セメレーとの間に生まれました。しかし、怒り狂ったゼウスの正妻ヘラの策略によって、セメレーはゼウスの光輝に焼かれて死に、その焼死体からまだ生まれていないディオニュソスは、ゼウスの腿の中に埋め込まれ、臨月になったとき、ゼウスの腿から生まれ出ました。
このように、ゼウスには、妻以外に、愛人が数えきれないほどいて、浮気を繰り返えす神話が多くあるのですが、これは、ゼウスが多くの子孫を残すことによって、強力な神々や半神半人が誕生し、全宇宙(神の世界)や人間界の基盤が整えるためであったと解されています。
また、多くの伝説は、古代ギリシアのみならず地中海世界の各王家が、自らの祖先(自分たちの系譜)を、神々の父ゼウスとするために作り出された寓話とも考えられています。数々の王家が神の血を欲したのです。
実際、ギリシャ神話の英雄は、古代ギリシアの名家の始祖であり、祭儀や都市の創立者であり名祖で、その多くはゼウスの息子です。結果として、ギリシャ全土でゼウスが崇拝されていきました。
<ゼウスの神殿>
古代ギリシャでは、オリュンポス12神を筆頭にたくさんの神々を祀ってそれぞれの神殿を建て、神々に縁の物を供える習慣がありました。当然、ゼウス神殿を筆頭に、ドドナ神託所、オリュンピア=ゼウス神殿など万能の神ゼウスを祭る神殿は数多くあります。
ゼウス神殿
紀元前5世紀(紀元前433年ごろ)、ゼウスの栄誉を祝福して4年ごとに行われた古代オリンピック大会(オリンピック大祭)の開催地、現在のイリア(エリア)にあった都市オリュンピア(オリンピア)に建立されました。
この神殿は、巨大さと豪華さが特徴で、ゼウス像は12mを超え、金を用いてゼウスの衣服や王冠、頭のリボンなどを飾り、象牙でゼウスの胴体と頭、その手の上に立つ勝利を告げる女神ニケが作られ、かつて「世界七不思議」の一つに数えられました。
ドドナ(ドードーナ)の神託所
エペイロス(エーペイロス)の山奥に位置するギリシア最古の神託所で、アポロンのデルポイ神託所に次いで有名でした。神託所の神殿にはゼウスが祀られており、神官たちは、ゼウスの聖木である樫の木を用いて神託(神の言葉)を下しました。樫(オーク)の木の葉のざわめき(ささやき)を聞き、ゼウスの神託を解釈していたとされています。
オリュンピア=ゼウス神殿
アテーナイ(アテネ)にあるゼウスに捧げるための巨大な神殿で、世界で最大の神殿とされています。当時の神殿内部には、オリュンピアのゼウス像のコピーがあったことから、オリュンピア=ゼウス神殿と呼ばれました。
元々は紀元前550年頃に、アテネの貴族ペイシストラトスが建造を開始しましたが、彼の後を継いだヒッピアスが追放されたことで中止された計画を、ローマ皇帝ハドリアヌスが復活させ、完成させました。
<ゼウスの起源と広がり>
ゼウスは、元来、バルカン半島の北方から来てギリシア語をもたらしたインド・ヨーロッパ語族系言語を用いる民に共通して信仰された天空神であったとされています。
また、ローマ神話では最高神ユーピテルと同一視されました。ユーピテルは英語読みでジュピターとも言い、木星の名前の由来です。そうなると、その祖形(もと)は、ローマ神話におけるユピテルの原型であるデイオス・パテール、インド神話の天空神ディヤウス、北欧神話のテュールなどにもつながります。
ゼウスはまた、エジプト神話の最高神アメンとも同一視されました。アメンは太陽神でありましたが、神々の王であったことから、ゼウスのエジプトにおける名称だとギリシア中で認知されていました。マケドニアのアレクサンドロス大王も、東方遠征の際、アメン神殿を訪れ、神託を伺うと、そこで大王はアメンの息子であるという神託を得たと言われています。それはゼウスの息子であるということに等しく、アレクサンドロス大王は自らの神性を証明して満足したそうです。
<ギリシャ神話シリーズ>
(参照)
古代ギリシャの歴史と神話と世界遺産
(港ユネスコ協会HP)
ギリシャ神話
(TANTANの雑学と哲学の小部屋)
ヘラクレス12の試練を超解説!ギリシャ神話最強の英雄
(アートをめぐるおもち)
ギリシア神話の12神と簡単なストーリー
(Nianiakos Travel)
ギリシャ神話伝説ノート
(Kyoto-Inet)
ギリシャ神話とは(コトバンク)
ギリシャ神話など(Wikipedia)
(投稿日2024年11月20日)