ギリシャ神話の世界をシリーズでお届けしています。前回は、最高神とされるゼウスでしたが、今回は、オリンポスの十二神の中で、海のゼウスとも称されるほど、海と大地において圧倒的な力を持っていたポセイドンです。また、ポセイドンに関係するさまざまな神話を紹介します。
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<ポセイドンと三又の矛>
ポセイドン(ポセイドーン)は、クロノスとレアーの子で、ゼウスの兄、冥界の神ハーデースの弟に当たります。海神(海洋の神)として知られていますが、海洋の全てを支配するだけでなく、全大陸すらポセイドーンの力によって支えられており、地震をもコントロールできました(地震・津波の神)。また地下水の支配者でもあり(地下水の神)、泉の守護神(塩水の泉の神)ともされるなど、その支配力は全物質界に及ぶなど幅広い崇拝を受けています。
通例,右手に三叉(みつまた)の戟(ほこ),左手にイルカまたは魚をもつ姿で表現されます。また、ポセイドンは、真鍮(しんちゅう)の蹄(=青銅のひづめ)と黄金のたてがみを持った4頭の馬、またはヒッポカムポス(半馬半魚の海馬)の牽(ひ)く戦車に乗っていることから、馬との関わりが深く、馬の守護神(馬の神)としても崇められました。
ポセイドーンの宮殿は大洋の中にあり、珊瑚と宝石で飾られているとされています。そこは、エウボイア島の西岸,アイガイ沖の海底にあり,そこから、三叉の戟(ほこ)を手に戦車に乗り,各地へ赴いたとみられています。
三叉の矛(トリアイナ)は、ポセイドンの最大の武器で、これによって海と大地を自在に操ることができました。振れば大波がわき立ち,伏せれば鎮まります。容易に引き起こされる嵐や津波で、大陸をも沈ませることができれば、万物を木端微塵に砕くこともできました。
世界そのものを揺さぶる強大な地震を引き起こすことも可能で、トロイア戦争では、全世界を揺さぶり、相手を威圧しました。そのあまりの凄まじさに、地球が裂けて冥界が露わになってしまうのではないかと冥王ハーデースが危惧したと言われています。
ポセイドーンの性格は荒ぶる海洋に喩えられ、粗野で狂暴な性格で、しばしば傲慢な人間たちを罰しました。その手段は、高潮や嵐といった自然現象の脅威によるものであったり、海に住まう巨大な怪物に都市を襲わせたりすることによって実行されました。山脈を真っ二つに引き裂いて河の通り道を造ったり、山々と大地を深く切り抜いて海中へと投げて島を造ったりという類の伝承は枚挙にいとまがありません。
最高神ゼウスに次ぐ圧倒的な強さを誇り、神々の中でのポセイドーンの地位は、ゼウス・エナリオス(海のゼウス)と呼ばれるほど高く、その威厳は並外れています(それでも、神々の王ゼウスには逆らえなかった)。
ポセイドンの崇拝は全ギリシアにわたりましたが,ポセイドーンは海洋を支配する神であったので、海上交易が盛んなイオニア系ギリシア人に特に信仰されました。
もともとは、固有の神で、古くはペラスゴイ人(ギリシアの古代先住民族)に崇拝された大地の神(特に地震を司る)であったと考えられ(異名に、エノシクトン(大地をゆすぶる者),ガイエオコス(大地を保つ者)というものがある)、地震の神,また土壌を肥沃にする河川,泉の神であったと考えられています。それが、ポセイドンを信奉する人々がギリシアに侵入したとき,もっぱら海洋がその支配領域になったものとみられています。
ローマ神話において、ポセイドンは、ネプトゥヌス(ネプチューン)にあたります。古代ローマでは、はじめ馬の神として崇拝され、また競馬の神とされました。ネプチューンは海王星の名前の由来にもなっています。
<ポセイドンにまつわる神話>
◆ ティーターン神族との戦い
ポセイドンらは、王位簒奪を恐れた父クロノスによって呑み込まれていましたが、ゼウスによって救出されました。その後、ゼウスやハーデースの兄弟と共に、クロノスらティーターン(タイタン)神族との戦い(ティーターノマキアー)に参戦しました。
その際、キュクロープス(卓越した鍛冶技術を持つ単眼の巨人)から贈られた三叉の矛によって宇宙を揺さぶり、ウラノスらのティーターン神族を敗北させました。これによって、父神の王権を奪い、ゼウス、ハーデス(ハデス)の三兄弟の間で世界を分割統治すべくくじを引いた結果、ポセイドンは海洋の支配者となったのです。
ポセイドーンは、ティーターノマキアーに続く、巨人族との戦争であるギガントマキアー(巨人戦争)にも参戦し、勝利に貢献しました。戦いでは、火山や島々を投げ飛ばしては巨人ギガースたちを戦闘不能にさせました。また、コス島の岩山をもぎ取り、ギおガース(巨人族)の一人であるポリュボーテースに打ち付け、その岩山は、後にニーシューロスという火山島になったと伝説が残されています。火山島になった理由は、岩山に封印されたポリュボーテースが重みに耐えかねて火炎を吹くからだと言われています。
◆ アテーナーとの争い
アテナイの町が建設されたとき,アテーナイの支配権とその守護神の地位をめぐり、女神アテナ(アテーナー)と争いました。
2人がアテーナイの民に贈り物をして、より良い贈り物をした方がアテーナイの守護神となることが裁定で決まると、ポセイドーンは三叉の矛で地を撃って塩水の泉を湧かせ、戟(ほこ)で地を打ってアクロポリス上に馬を出現させたのに対して、アテーナーはオリーブの木を生じさせました。この結果、オリーブの木がより良い贈り物とみなされ、ポセイドンはアテーナに敗れました(アテネはアテーナーのものとなった)。
これに納得がいかなかったポセイドーンは、アテーナイに洪水を起こし、人々を苦しめましたが、ゼウスが仲介して、アテーナイのアクロポリスにアテーナーの神殿を、エーゲ海に突き出すアッティカ半島南端のスーニオン岬にポセイドーンの神殿を築くことで、2人は和解しました。なお、アテーナイのアクロポリスには、この時、ポセイドンが贈った塩水の泉が枯れずに残っていたといわれています。
◆トロイア戦争
ポセイドンは、アポロンとともに、ゼウスから人間の下で働くように命じられた際、トロイアの王ラオメドンのために城壁を築きましたが、王が約束の報酬を払いませんでした。そこで、ポセイドンは、海の怪物を送り込み、高潮に乗って陸に上がらせ、人々を襲い、住民を苦しめました。
ラオメドンの子プリアモスの代になって起こったトロイア戦争でも、つねにギリシア(アカイア)側に立ち、ゼウスから参戦許可が下りた後、積極的に介入し、三叉の矛で全世界を揺さぶって威圧しました。その一方で、トロイア陥落後,帰国途上の英雄オデュッセウスにわが子の単眼巨人ポリュフェモスが盲にされたことを怒り、オデュッセウスの帰国を妨害し続けました。
◆ 幻の大陸アトランティス
プラトーンは対話編「クリティアス」の中で、ポセイドーンは伝説の大陸アトランティスを自らの割り当ての地として引き受け、その中心に人間の女たちに生ませた子を住まわせたとしています。実際、現在にも残るアトランティス伝説においても、アトランティス大陸は、ポセイドンの末裔が王族として君臨した神の王国とされています。
<ポセイドンの女と子ども達>
ポセイドンは、美しい海の女神アンピトリーテーを妻とした一方、愛人も数多く存在し、多くの子孫を残しました。なかには、ギリシャ神話の巨人(怪物)や名馬も生まれました。
◆ 妻 アムピトリーテーとイルカ
ポセイドンは、美しい海の女神アンピトリーテーを妻とし、半人半魚の神トリトン(トリートーン)、ロデー、ベンテシキューメーなど海の一族をもうけました。
ポセイドンの妻アムピトリーテー(アンフィトリテ)は、海の老神ネレウスの娘で、ネーレーイスと呼ばれる海に住む女神(ニュムペーたち)の一人です。大波を引き起こす力や、巨大な怪魚や海獣を数多く飼い、強力な力を秘めていました。
ポセイドーンは、アムピトリーテーに求婚しますが、アムピトリーテーは、荒々しいポセイドンを嫌い、その追跡の手から逃れために宮殿に隠れてしまいました。そこで、ポセイドーンは、癒しと開運(恋愛運)のシンボルであるイルカたちにアムピトリーテーを探させると、一頭のイルカが彼女を発見し、説得してポセイドーンの元へと連れてきました。
これにより、ポセイドーンはアムピトリーテーと結婚することができ、強力な海の女神であるアムピトリーテーを正妻にしたことで、ポセイドーンは大地と共に海をも司るようになったと言われています。この功績を讃えられてイルカは宇宙に上げられ、いるか座になり、ギリシャ神話では、イルカは、海の神ポセイドンの使いとして、神聖な動物とされています。
海のトリトン
トリトン(トリートーン)は、ギリシア神話の海神(海の神)、深海を司る神で、深淵よりの使者とされます。ポセイドンと正妻アムピトリーテーの息子で,海底の黄金宮殿で父母とともに暮らしました。
人間の上半身と魚の尾を持つ人魚のような姿で描かれ、また、波を立てたり鎮めたりするために、ほら貝(法螺貝)を吹鳴らす姿で表わされることが多くあります。他の海神たちと同様,予言の能力をもっています。
神話では端役でしか登場しませんが、その本来の神格はかなり古く、トリトンという名は水と深い関連をもつと考えられています。早くから父であるポセイドンの配下に属していましたが、時代が下るにつれ、トリトンの一家は、アフロディテや、海の女神ネレイス(ニュンペー)たちについて忠勤に励みました。
またヘレニズム時代以降は、トリトンはアフリカのリビアにあるトリトニス湖に住むと考えられていました。
◆ 愛人メドゥーサ
女怪メドゥーサは、怪物ゴルゴン(ゴルゴーン)(ギリシア神話に出てくる三人姉妹の魔女)のひとりで、美しい長髪の女性であり、ポセイドーンが愛するほどの美貌を持っていました(なお、三人姉妹の他の2人はステノとエウリュアレ)。
ポセイドーンはメドゥーサと密通を重ねますが、あろうことか処女神アテーナーの神殿で彼女と交わってしまいました。アテーナーは怒り狂いましたが、高位な大神であるポセイドーンを罰することはできず、代わりにメドゥーサを罰しました。
アテーナーの怒りにより、メドゥーサの自慢の長髪は無数の蛇となり、見る者を石化させてしまう恐ろしい怪物となったのです。
後にメドゥーサは英雄ペルセウスによって首を取られ、その時に首の傷口から飛び散った血とともに有翼の天馬ペガソス(ペーガソス)と、黄金の剣と共にクリューサーオール(「黄金の剣を持つ者」の意)が生まれました。また、メドゥーサの首はアテーナーの盾に取り付けられ、古代ギリシアでも魔除けとしてメドゥーサの首の絵が描かれるようになりました。
ペガソス(ペーガソス)
ギリシア神話に登場する伝説の生物で、英雄ペルセウスに殺された女怪メドゥーサの血から生まれた。鳥の翼を持ち、空を飛ぶことができる有翼の天馬(翼を持つ神馬)で、大地を蹴ると泉がわき出すとも言われました。
地上においては、コリントス出身の英雄ベレロフォンの愛馬となり、怪獣キマイラ退治,女族アマゾンとの戦いに際して主人を助ける活躍をしました。しかし、ベレロフォンが、ペガソスに乗って天に上ろうと試みましたが、ペーガソスは、ゼウスの怒りを買ったベレロポーンを振り落とし、みずからはそのまま飛び続けて天の星(ペガスス座)になったと伝えられています。天上でのペガサスは、ゼウスのもとで雷鳴と雷光を運ぶという名誉ある役割を与えられました。
ベレロフォン(ベレロポーン)
ギリシア伝説のコリントス王子で、ある時、ベレロポーンはペイレーネーの泉に現れるペーガソスを発見しましたが、捕えることができませんでした。ところが、夢にアテーナーが現れて面繋(おもがい、細紐)のついた黄金の轡(くつわ)を授けられ、ようやくペーガソスを捕らえることができました。
小アジアのリュキア王イオバテスは、ペガサスを持ち馬としたベレロフォンに、怪獣キマイラ退治を命じました。この時、ベレロフォンが、ペガサスに騎乗して戦うと、ペガソスの助けを得て怪獣を射殺することができました。また、次に命じられたソリュモイ人やアマゾン族も征伐にも成功するなど、多くの武勲を立てました。これに対して、イオバテス王は、ベレロフォンに、王女を妻として与え,王国の継承者としました。
しかし、ベレロポーンは次第に増長し、ついには、神々の存在を突き止め、自分も神々の集会に加わろうとして、ペーガソスを駆って天上をめざしました。これにゼウスは怒り、その怒りに驚いたペーガソスはベレロポーンを振り落としてしまいました。アレイオーンの野に落ちたベレロポーンは足を折って不具となり、一人淋しくその生涯を終えました。
クリューサーオール
海神ポセイドンとメドゥーサの息子に当たり、ペルセウスが刎ねたメドゥーサの首の血からペガサスと共に生まれ出たとされています。
クリューサーオールという名前の意味は、「黄金の剣を持つ者」で、生まれた時から黄金の剣を持ち、その剣を振り回していたと言われていますが、姿に関しては明らかにされていません。クリューサーオールの子どもには、三頭三体の怪物ゲーリュオーンや、上半身は美女で下半身の蛇エキドナなど、ギリシャ神話で代表的な怪物が多数います。
◆ ポセイドンの子 オリオン
海の神ポセイドーンとミーノース王の娘エウリュアレーとのあいだに生まれたギリシア神話に登場する美しい巨人の狩人(美男の狩人)で、その腕前も一番とされました。父親であるポセイドーンから海を歩く力を与えられ、海でも川でも陸と同じように歩く事ができました。
オリオン(オーリーオーン)は、キオス島の王オイノピオンの娘メロペ(メローペ)を気に入り、求婚しましたが、メローペも父親もその粗暴なふるまいを嫌い、王は,オリオンが酒に酔って眠りこけているあいだに、焼け火箸を両眼に突きつけ潰し、オリオンを浜辺にうち棄てました。
酔いが醒め起き上がり、失明したことに気づき、悲しむオリオンに対して、ゼウスは、「暁の女神の朝日を浴びれば視力が回復する」との神託に授けました。さらに、ゼウスは、オリンポス12神の一柱で鍛冶の神・ヘパイストスの槌音(つちおと)をたどれと告げました。
オリオンはその言葉の通りに、遠くに響く槌音を頼りに海を渡ると、暁の女神の元にたどり着くことができました。女神は朝の光をオリオンに降り注ぐと、オリオンの視力は回復していきました。
その後,オリオンは、 クレタ島で、オリンポス12神の一柱、月の女神で狩猟の神アルテミスと狩りをする生活をしていました。しかし、アルテミスは、純潔の女神でもあったので、オリオンと一緒に狩りに行く仲になっていることを好ましく思わなかったアルテミスの弟(兄)アポロンは、2人を引き離そうとしました。
アポロンは、沖で遊泳中のオリオンの頭を、黄金の岩と偽り、アルテミスに弓を射らせると、これが命中し、オリオンは何も知らないアルテミスが放った矢で、死んでしまいました。または、別の神話では、オリオンはサソリに刺され、その猛毒で命を落としたとの挿話もあります。しかも、オリオンの足元にサソリを差し向けたのは、アルテミス本人という話しも残されています。
いずれにしても、その事を悲しんだ(後悔した)アルテミスは、ゼウスに頼んで、オリオンを星座として夜空にあげてもらったと伝えられています。
これがオリオン座の由来で、死後,オリオンは、天に昇ってオリオン座となり、アトラスの七人娘プレイアデス(すばる)を追いかける一方,同じく空にあげられたさそりに怯え、逃げるようになりました。実際、オリオンは、サソリが東から夜空に上がってくると、西から沈んでいきます(オリオン座はさそり座が沈まないと顔を出すことはない)。
プレイアデス(すばる)
ティーターン族のアトラース(アトラス)と、海のニュンペーであるプレーイオネーとの間の7人の娘、アルキュオネ,メロペ,ケライノ,エレクトラ,アステロペ,タユゲテ,マイアの7人のこと通常をいいます。
アルカディア地方のキュレーネー山で生まれで、狩猟と貞潔の女神アルテミスの侍女をしていましたが、父・アトラスが、ゼウスたちに敗れ、天空を背負って支え続ける罰に決まった際に、プレイアデスも鳩の姿に変えさせられて、オリオンから追い駆けられ続けるという罰を受けました。
アトラスの死後、父を慰められるようにと星の姿に変えられ、プレアデス星団(和名すばる)となりました。オリオン座はいまも、プレイアデス星団を追いかけるように、夜空を回っています。
◆ ポセイドンの子 ポリュフェモス
ポセイドンは、ポルキュース(大地母神ガイアと原初の海神ポントスの子)の娘でニュムペー(精霊)のトオーサとの間に、人食い巨人ポリュフェモス(ポリュペーモス)をもうけました。ポリュペーモスは、キュクロープス(鍛冶技術を持つ単眼の巨人)の一人とされ、その中でも最も大きい体を持ち、キュクロープスたちの島の洞窟に住んでいました。
ギリシャの島国・イタケーの王、英雄オデュッセウスがトロイア戦争からの帰途、この島に立ち寄った際、12人の部下とともにポリュペーモスの洞窟に迷いこみ,部下がつぎつぎと食われていくなか、オデュッセウスは、計略をはかり、巨人の眼を焼けた杭(くい)で潰し、洞窟を脱出することに成功しました。トロイヤ戦争ではギリシャ側に立ったポセイドンでしたが、わが子の目を潰したオデュッセウスに怒り、一行の帰還を何度も妨害しました。
◆ 名馬アレイオーン
ポセイドンは、同じオリンピア12神の一柱デーメーテールと、馬の姿となって名馬アレイオーン(アリーオーン)をもうけました。
デーメーテールは、冥界の王ハーデースに攫われた娘ペルセポネーを探して大地を放浪していたとき、ポセイドーンに迫られ、牝馬の姿になって身を隠しました。しかし、ポセイドーンはこれを発見し、自らも馬の姿となってデーメーテールと交合したのです。その結果、生まれたアレイオーンは、馬の姿をしていましたが、右足が人間の脚で、人間の言葉(人語)も話すことができました。後に、ヘーラクレースの愛馬ともなりました。
◆ ポセイドンの子 テーセウス
ポセイドーンは、アテーナイ王アイゲウスの妃アイトラーとの間に、テーセウス(テセウス)をもうけました。テーセウスは、ギリシア神話に登場する伝説的なアテーナイの王で、ペルシャ戦争の際のマラトーンの戦いでは、アテーナイ軍の先陣に立ってペルシア軍に突っ込み、アテーナイ軍の士気を大いに高めたという伝説が残されているなど、ギリシアの中でも国民的な英雄の一人です。
テーセウスは、大岩を持ち上げるほどの怪力を誇ったとされ、ミーノータウロス退治などの冒険譚で知られています。また、ボエオティアの王子メリケルテースの慰霊祭として行われていた競技会を、ポセイドンに捧げる本格的な大競技会(イストミア大祭)へと発展させました。
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以下、テーセウスが行ったミーノータウロス退治と、イストミアの祭典ならびに関連する神話について詳細に紹介します。
<ミーノータウロス退治>
ミーノータウロス(ミノタウロス)は、ギリシア神話に登場する牛頭人身の怪物で、クレーテー島のミーノース(ミノス)王の妻パーシパエーの子です。
神話によると、ミーノース王(王の母はゼウスが牡牛に身を変えて交わったエウロペ)は、クレーテー島における王位に就いた後、クレーテー島の統治を巡って、自分の兄弟と争いを起こしました。そのため、ミーノース王は、神が自分を支持していることを示す証として、美しい白い雄牛を欲しいとポセイドーンに祈りました。
そこで、ポセイドンは、後で生贄に捧げるという条件で、ミーノース王に雄牛を与えました。しかし、その雄牛があまりに美しかったことから、王は、別の雄牛を生け贄として捧げ、白い雄牛は自分のものにしてしまいました。
これ知ったポセイドーンは激怒し、ミーノース王の后・パーシパエーに呪いをかけ、后が白い雄牛に性的な欲望を抱くように仕向けました。呪いをかけられたパーシパエーは、名工のダイダロスに命じ、雌牛の模型を作らせると、自ら模型の中へと入って雄牛に接近し、思いを遂げた結果、パーシパエーは牛の頭をしたミーノータウロスを産んだのでした。
しかし、ミーノータウロスは成長するにしたがい乱暴になり、手におえなくなったので、ミーノース王は、迷宮(ラビュリントス)を建造させ、そこにミーノータウロスを閉じ込めました。
アリアドネーの糸
当時、アテーナイ(アテネ)を攻撃していたミーノース王は、ミーノータウロスの食料として、9年毎に7人の少年、7人の少女をアテーナイから差し出すとの合意をとりつけていました。アテーナイの英雄テーセウスは、みずから志願してこの七人の生贄の一人として、クレーテー(クレタ島)にやって来ました。
このとき、テーセウスを見て恋をしたミーノース王の娘・アリアドネーは、迷宮の入り口扉に糸を結び、糸玉を繰(く)りつつ迷宮へと入って行くことを教えました。テーセウスは、アリアドネーの助言に従い中に入ると、迷宮の一番端にミーノータウロスを見つけ、持ち前の怪力で成敗しました。
また、脱出不可能と言われた迷宮(ラビュリントス)でしたが、アリアドネーからもらった糸玉を使うことで脱出することができました(その後、テーセウスは、アリアドネーを連れて、クレーテーを出港した)。
<ポセイドンの祭礼 イストミア大祭>
イストミア(イストモス)大祭は、ギリシア神話における海の神ポセイドンを祀る競技の祭典で、2年に1度、古代オリンピックの前後の年に、ギリシア本土とペロポネソス半島をつなぐコリントス地峡に位置する古代都市イストモス(コリントス/コリント)において開催されていました。
イストミア大祭の起源
イストミア大祭の神話的な起源は、ギリシア神話におけるボエオティアの王妃イーノーと、その息子メリケルテースという母と子の悲劇の物語のうちに求められます。
イーノーは、アテネの北西に位置する古代都市であったテーバイ(テーベ)の王女として生まれ、その後、テーバイを含むボエオティア地方全土に君臨していたアタマス王の後妻として迎えられました。二人の間には、レアルコスとメリケルテースという名の兄弟が生まれました。
ある時、イーノーの姉であったセメレーが、主神ゼウスによってみそめられ、二人の間には、豊穣とブドウ酒の神ディオニュソスが生まれました。
このことを知ったゼウスの妻であった女神ヘラは、嫉妬のあまり怒り狂い、セメレーがゼウスの本当の姿をその目で見るようにそそのかしました。セメレーは、ゼウスがその身にまとう雷光の灼熱の光を直接目にしてしまったため、その光によって身を焦がし、焼かれ死んでしまいました。
すると、ディオニュソスを不憫に思った王妃イーノーは、ディオニュソスを自分の二人の息子たちと共に育てることに決め、命を狙う女神ヘラからディオニュソスを守るために、男の子ではなく娘と偽って育てました。
しかし、やがて、その事実を知った女神ヘラは、再び烈火のごとく怒り狂い、イーノーの心の内に狂気を吹き込みました。狂気に駆られたイーノ―は、最愛の息子メリケルテースを自らの手にかけて殺してしまったのです。我に返ったイーノーは、そのあまりの衝撃と悲しみのために、メリケルテースの遺体を抱えて海へと飛び込み、そのまま海底深くへと二人で沈んでいきました。
なお、この挿話に対して、ヘーラーに狂気を吹き込まれた王のアタマースに追われて、イーノーとメリケルテースが海に身を投げたとの説もあります。
いずれにしても、イーノーとメリケルテースの死に深く心を痛めていたゼウスは、二人の魂を天空へと引き上げて、イーノーは海の女神レウコテアーに、メリケルテースは海の神パライモン(イルカに乗った少年神)にして、海の中で仲良く暮らさせました。
その後、二人は、海の遭難者たちを幾度となく救ったことから、船と港を守る船乗りたちの守り神(港を司る神)として、古代ギリシアの人々に深く信仰されていくことになりました。
慰霊祭から大競技大会へ
一方、二人が海へと沈んでいったとされるコリンティアコス湾に面した港湾都市コリントス(別名イストモス)の創建者であったシーシュポスは、幼い王子メリケルテースの魂を弔うために競技大会を開いたのでした。
このように、元は、メリケルテースの鎮魂として始まった競技の祭典を、ポセイドーンの息子テーセウスが大規模な改革を施し、閉鎖的な夜の儀式に過ぎなかった慰霊祭から、海の神ポセイドンへと捧げた本格的な大競技会へと発展させました。
イストモス大祭は、全ギリシア的競技祭であり、古代オリンピック、アポロンのピューティア大祭、ネメア大祭と並んでギリシア四大競技会のひとつに数えられ、古代オリンピックに匹敵する大祭となったのです。
なお、ポセイドンに捧げられた祭礼には、ほかに、イオニア12市がミュカレ山の聖域で共同して祝ったパンイオニア祭もあります。
<シーシュポスの岩>
メリケルテースを追悼してイストミア大祭を創始したシーシュポス(シシュフォス/シジフォス)は、テッサリア王アイオロス(アイオロス人の始祖)の子で、神話上、コリントス(コリント)の創建者です。しかし、ゼウスらを欺いたため、その怒りにふれ、死後,地獄に落とされるなど、ギリシア神話の中で,最も狡猾(こうかつ)な人間の典型とされ、徒労を意味する「シーシュポスの岩」の寓話で知られています。
シーシュポスの悪知恵
ゼウスが河神アソポスの娘アイギーナを気に入り誘拐したとき、コリント王シーシュポスは、娘を捜してコリントスまでやって来た父親の河神アーソーポスに、「コリントスの城(アクロコリントス)に水の涸(か)れない泉を作ってくれたら、アイギーナのことを教える」と持ちかけると、アーソーポスが「ペイレーネーの泉」を湧き出させたので、シーシュポスは、娘を誘拐したのはゼウスであると明かし、二人の居所を告げました。河神アーソーポスは、後を追いかけてきましたが、ゼウスは雷を投げつけて河神を追い払いました。なお、ペイレーネーの泉は、後にベレロポーンがペーガソスを馴らした場所として知られています。
シーシュポスの抵抗
告げ口された恨みがあったゼウスは、シーシュポスをタルタロス(冥府)に送るよう、死を擬人化(死そのものを神格化)した神、タナトスに命じました。
しかし、シーシュポスは、連行しにきたタナトスを騙して監禁してしまいました。死の神、タナトスがシーシュポスの家から出られなくなると、地上の人間が死ななくなり困った軍神アレース(戦争での死人を冥界送る役目も持っていた)は、タナトスを助け出し、シーシュポスを捕らえました。
冥府に連れてこられたシーシュポスは、ゼウスとデーメーテルの娘で、冥界の女王となったペルセポネーに、自分の葬式が済んでいないことを訴え、自分を省みない妻に復讐するために三日間だけ生き返らせてくれと頼みこみました。もっとも、これも、シーシュポスの策で、シーシュポスは妻のメロペーに、決して自分の葬式を出してはならないと言い含めていたのです。
冥府から再び地上に戻ったシーシュポスは、ペルセポネーとの約束を反故にして、この世に居座ったので、やむなくヘルメースがシーシュポスを力ずくで連れ戻しました。
シーシュポスへの神罰
シーシュポスは、神々を二度までも欺いた罰を、タルタロス(大地の深奥にあるとされる冥界)で受けることになりました。
ゼウスがシーシュポスに科した刑罰とは、大岩を山頂まで押しあげる行でした。シーシュポスが、あと一息のところで山頂に届くというところまで岩を押し上げると、大岩は突然はね返り、底まで転がり落下する…という苦行が永遠に繰り返されました。
フランスの作家カミュは、「シーシュポスの神話」の中で、シーシュポスの岩を題材として、人間存在の不条理を論じています。
<ギリシャ神話シリーズ>
<参照>
古代ギリシャの歴史と神話と世界遺産
(港ユネスコ協会HP)
ギリシャ神話
(TANTANの雑学と哲学の小部屋)
オリオン座の神話・伝説
(ステラルーム)
ギリシア神話の12神と簡単なストーリー
(Nianiakos Travel)
ギリシャ神話伝説ノート
(Kyoto-Inet)
ギリシャ神話とは(コトバンク)
ギリシャ神話など(Wikipedia)