最近のコメ価格下落と備蓄米買戻しを考える
2024年夏頃から2025年にかけておきた「令和の米騒動」で、スーパーからコメが消え、価格高騰が社会問題になったが、2026年に入ると、一転して「米余り」が鮮明になり、価格の下落が起きている。
背景には、供給増と在庫の積み上がりがある。2026年産米の生産量は当初見通しから増加し、新米の流通も本格化した上、前年産米は大量に在庫として残っている状況である。
ある県では、2026年産の新米が5キロ2700~2900円程度で販売される一方、2025年産の古米が3200円程度で売られる逆転現象が起きていると報じられている。これは、前年に高値で仕入れた古米を値下げすれば、卸売業者や集荷業者に損失が発生するためとされている。
そうした中、当時の鈴木農林水産大臣は、2026年9月、政府備蓄米21万トンの買い戻し手続きを開始すると発表した。簗前大臣も、政府備蓄米の追加の買い戻し時期について、「適時適切かつ迅速に対応していく」と発言し、政府は米価の下落を防ぐ構えだ。
マスコミによる最近の米価の下落報道にみられる違和感と、政府備蓄米買戻しの目的について、考えてみたい。
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◆ インフレの時代にコメ価格の急落
農家には厳しいとの報道
最近の米価下落について、マスコミの大半は、「消費者にとっては歓迎すべきニュースだが、農家には厳しい」を繰返して報じている。農家にとってはどれほど厳しいのかといえば、今年に入り、コメ価格の大幅下落に加えて、物価高騰の影響で、農業機械を動かす軽油やガソリンなどの原料、輸入原料に頼る肥料も包装資材、さらには人件費まで、何もかも 価格が上昇しているため、コメ作りをやめる農家が続出するという主張だ。
さらに、JA農協は、収穫時に農家に前払いする26年産米の概算金(玄米60kg)を、前年のバブル的な高値から前年比3〜4割も一気に引き下げた。概算金引き下げの理由は、ここでも、コメの在庫が積み上がっているからで、銘柄によってはほぼ半値となったとも報じられている。これによって、苗年比での「急激な収入減」が経営を直撃し、コメ作りを止める農家が増え、農家が離農するとコメが食べられなくなると、危機感が煽られる形となった。
しかし、コメ価格の低下と、概算金の大幅安で、マスコミや農協などが警鐘を鳴らすように、コメ農家が廃業せざるをえないほどの事態を引き起こすのであろうか?
米価急落と言っても、23年より高水準
たしかに、これまで報道されている26年産新米の各県の概算金は、1万7000円から2万円のレンジのものが多く、高騰した25年産比で3~4割の減少となったが、「令和のコメ騒動」前の23年産米の概算金1万5000円より高水準を維持している。これは、出荷業者と卸売業者との間で決まる相対価格や、精米価格、店頭価格をみても同様である。
概算金
(JAなどの集荷業者がコメの販売前に生産者へ支払う仮払金)
23年産1万2700円
24年産1万9100円
25年産2万8200円。
26年産1万8000円
相対取引価格
(JAグループなどの出荷業者と卸売業者との間で、主食用米を売買する際の契約価格)
23年産1万5300円
24年産2万4800円
25年産3万6900円。
26年産2万3000円
精米価格
精米5キログラムのコメの値段(2026年度産)は、3000円をやや下回るという予想もあるようだが、それでも、2023年まで2000円を切っていたことを考えれば、昨今の米価下落が、農家をつぶすほどの危機的な状況なのかは疑問だ。令和のコメ騒動以前、今のような「農家が潰れる…」といった悲鳴は聞かれていなかった。
店頭価格(スーパー)
2025年には5kgあたり4,000円台まで高騰していたが、2026年に入り下落基調へ転じ、直近(2026年9月)には5kg平均が2,971円と、約2年ぶりに3,000円を割り込んでいる。しかし、2023年当時の店頭価格(5kgあたり)は3,000円を大幅に割り込み、一般的な白米(5kg)の全国平均価格は約2,000円〜2,400円前後で推移していた。
このように、日本のマスコミは、3~4割の価格低下だけを強調して、農家の経営は悪化し、離農者が続出すると報道しているが、「暴落・下落が深刻」と言われているのは、あくまでピーク時の異常値からの比較であって、令和のコメ騒動(2024年夏)が起きる前の平時と比べると、高止まりしているのが実態である。
コメの需要が伸びないのは、消費者から見れば「下がったと言われても、昔に比べればまだ1.5倍近く高くて家計に響いている」のである。
たしかに、円安や世界情勢の影響で、肥料、燃料、農薬、人件費などの生産コストが以前より大幅に上昇していることから、農家の経営を圧迫している。実際、農水省が算出した現在のコスト指標(基準)は玄米60kgあたり2万437円とされているが、騒動前の1万2,000円といった水準まで価格が戻ってしまうと、農家は赤字に陥りと警戒されている。
しかし、専門家によれば、「これら(肥料・農薬や石油代)は、農家が生産資材に払った物財費(コスト)の3割、全算入生産費の2割」なのだそうで、仮に5割上昇しても生産費の増加は10~15%程度だとの指摘もなされている。
むしろ、農家や流通から見れば「ピークから急転直下で下落し、在庫がダブついてこの先暴落したら経営がもたない」 という恐怖があり、その「下がり方の勢いと在庫の急増」を問題視しているのかもしれない。それでも、農家経営は良好とは言わないにしろ、危機的という表現には誇張があるように思われる。現に、令和のコメ騒動前、農業経営が危機的状況を迎えていなかった。
政府と農協の深慮
では、なぜ、「まだ高い」のに「下がって大変だ」と騒いでいるのか? なにより、マスコミは、「まだ高い」の事実を伝えようとしないのか? それは、政府や農協は、コメ騒動前に水準には戻したくないからである。
よく思い出してみよう。令和のコメ騒動でコメが急騰するなか、消費者の負担が指摘されると同時に、(高騰した)米価が下がると、農家も大変なんだという論調が支配的となった。中には「農家の時給は10円」なんていう主張も飛び出し、当時、消費者も、コメの上がり過ぎは困るが、一定の高い米価も受け入れなければ…と思うようになった。メディアもその論調を当然の帰結のように繰り返した。
農水省や農協は、生産者も消費者も納得する適正価格が必要というようになった。彼らがいう適正価格とは、令和のコメ騒動で高くなりすぎると、消費者のコメ離れが加速するので困るが、コメ騒動の前の価格帯よりも高く水準である。一定のコメの高値維持を既成事実化させたいという思惑があるように思う。
したがって、2026年以降の米価の下落については、「農家がつぶれる!」を全面に押し出して、マスコミも、農水省と農協の主張通りの報道をしている。このまま米価が下がって、コメ騒動前の価格までは戻ることは絶対に許さないであろう。その一つの「対策」が、備蓄米の買戻しである。
◆ 備蓄米買戻し
鈴木農林水産大臣(当時)は、2026年9月、政府備蓄用米として、2025年産米21万トンの買い戻し手続きを開始すると表明した。2025年度に米価の高騰や品薄に対応するために、備蓄米59万トンを、買戻し条件付きで放出した。そのため、約100万トンあった備蓄が現在では、約32万トンまで大幅に減少したことから、食料安全保障の観点から「令和のコメ騒動」で減少した備蓄量を標準とする約100万トンへ計画的に戻す必要があると農水省は説明している。
しかし、今なぜ、多額の国家予算をつぎ込んで、政府備蓄米を買い戻さなければならないのか?
このタイミングで買い戻しを決めた理由について鈴木農水相は「今年のコメの作柄は近年の平均を上回る見込み」となり、「コメの供給量は十分以上に確保される身通しがたった」からだとした。実際、8月末に農水省が発表した今年のコメの作柄は、8月15日時点で新潟県や北海道など24道府県で例年の平均を「やや上回る」、秋田県や宮城県など19都県で「平年並み」となっている。
米価の下支え
しかし、買い戻しの本当の理由は、政府備蓄米の制度を正常に戻すためというよりは、米価の下支えとJA農協の支援である。前述したように、コメの価格は、2026年に入って、コメの民間在庫が過去最多となっていることから、急落し、このまま新米が本格的に流通し始めれば、販売価格が暴落しかねないことが懸念されている。
米価維持のために備蓄米の買い入れを使うのは、古くからの常套手段で、今回も、令和のコメ騒動でせっかく上がった米価を維持するための措置との見方が支配的だ。
令和のコメ騒動時、2025年2月に政府備蓄米が放出された際の平均落札価格は、取引される米の指標となる玄米60kgあたり、2万2477円であった。農水省の「米穀の取引に関する報告」によると、当時、2024年産の玄米60キログラムの相対取引価格は、2万5179円に上昇し、2025年に入ると価格はさらに2万7000円台に乗せ、当時の史上最高値を記録していた。これを受けて、政府(農林水産省)は備蓄米の放出を余儀なくされ、2025年2月に21万トン(最終的に累計約59万トン)の市場放出を実施した。
では、これに対して、今回の備蓄米の買戻しの対象とされる2025年産米の価格はどう推移しているのか?
農林水産省が直近(2026年9月)に公表した最新データ(8月取引分)では、約3万1,556円 / 玄米60kgで、前年秋のピーク時(3万7,058円)からは約5,500円値下がりしているものの、年間平均では過去最高の3万5,330円を記録した歴史的高値の年産米となっている。この価格で買い戻すとなると、売却価格との差額は約450億円近くになる計算されている。
しかし、足元では民間在庫が回復し、2026年産の生産量も増える見通しで、コメ余りの今年、まだ価格が高い時期に21万トンを急いで買い戻す必要はない。しかも、買戻しの期限は「5年以内」と猶予が設けられているので、せめて落札価格の水準に下がるまで待つべきだったとの指摘もなされている。
しかも、高値で備蓄米を買い戻せば、大幅な財政負担が生じ、買い戻し費用を最終的に負担するのは私たち納税者となる。逆に、高値での買い戻しによって利益を受けるのは主にJA農協である。
JA支援の実態
21万トンの買戻しの対象は、2025年このほとんどを落札したJA農協である(農協の過去3回の落札率はいずれも9割超)ことからもわかるように、史上最高のバブル米価となった25年産米で買い戻すことは、JA農協の救済策にほかならない。
まず前提として、農協は農家から委託を受けてコメを販売する。最終的な販売価格は翌年秋にならないと分からないが、農協はこの金額を予測して、集荷の際に概算金という仮払金を農家に払う。こうした仕組みの中で、農協は「令和のコメ騒動」を受け、他業者との集荷競争に負けないためという名目で、高い概算金を払った。
その後、販売価格が下がれば、農協は農家に支払った概算金の一部を、払い戻してほしいと要求することになるが、「農家のために」要求せず、結果、在庫を増やして流通量を絞り、計画的に高い小売価格を実現させた。
しかし、結果的に、大量の在庫を抱え、そのコスト負担を強いられるなか、政府が備蓄米を買い戻してくれるとなれば、農協の在庫は消滅する。農協からすれば、高い概算金を支払ったことで生じるリスクを、政府による備蓄米の買い戻しによって解消できるのである。
現在、2025年産が高止まり、2026年度産の価格は急落する市場環境下、市場での処分を余儀なくされれば、大きな損失が出る可能性もあったが、2025年産米を買い上げてくれるとなると、JA農協は、在庫の損失を出すことなく処理できる。
随意契約による買戻し
今回の政府による備蓄米の買戻しは、その目的もそうだが、買戻しの方法にも問題がある。
国の会計法では競争入札が原則である。これによって、国が財産を売るときは最も高く、買うときは最も安く、入札した業者が落札できる。しかし、今回の買い戻しは一般競争入札ではなく、買い戻し特約付きで、備蓄米を落札した事業者から見積もりを取り、価格を決める随意契約で行われる。
今回の契約相手は、これまでの落札実績からみてJA農協であることは明白である。そうすると随意契約の真意は、本格的に新米の集荷が始まる前に、買い戻し特約を利用して、JA農協が積み上げた在庫を政府が肩代わりするということになる。
*コメの随意契約
国が競争入札を行わずに、販売先や販売価格を自ら任意に決定して政府備蓄米を卸す仕組みのこと。
変わらぬ農政
高市政権は、当初、物価対策に逆行するとして難色を示していたそうだが、「米価が暴落して農家経営に重大な影響を与える」という鈴木農水大臣やJA農協、さらには自民党農林族議員の圧力に抗しえなかったと言われている。
簗 前農水大臣も、放出した備蓄米の追加買い戻しについて、国の責務だとし「食糧安全保障でもあるので、できる限り早期に、備蓄水準回復に努めたい」と意欲を示していた。
今回の政府による備蓄米の買戻しは、食料安全保障表向きの理由で、JA農協をはじめとする集荷業者への救済策、すなわち、高騰で積み上がったJAの在庫を政府が肩代わりし、コメ価格の下落を防ぐ政策であることは明らかである。
<関連投稿>
農政全般については、農業政策にまとめていますので、参照下さい。
<参照>
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