天皇、皇后両陛下が、2024年6月、国賓として英国を訪問(22日〜29日)された際、天皇陛下は、英国の最高勲章「ガーター勲章」を授与されました。今回は、「ガーター勲章」を含めたイギリスの勲章等についてまとめました。
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<イギリスの勲章の種類>
欧州の勲章は、一般的にオーダー(Order)とデコレーション(Decoration)に大別され、デコレーションは、さらにクロス(Cross)とメダル(Medal)に分けられ、クロスはメダルの上位に位置付けられます。
ただし、イギリスの場合、デコレーション(功労勲章)は、メダルより下位に位置付けられるものに“decoration”の名称がつけられていることから、イギリスの勲章は4種類に分類されることもあります。
オーダーとデコレーションの違いは、騎士団を形成するかしないかで、オーダーのみ受章者によって騎士団が形成され、勲位が与えられます。実際、オーダー(Order)は、「騎士団勲章」と訳され、そもそもオーダーの元の意味は「騎士団」だそうです。
オーダー(騎士団勲章)は、中世の騎士団に由来した栄典のことをいい、騎士団へ入団することが栄誉であり、勲章(記章)はその団員証として授与されるものです。勲章に叙勲されるということは、その騎士団への入団することであり、勲章を授与する側から言えば、その人物を騎士団の一員に加えるということを意味しています。また、その等級(最大一等から五等)も、中世の騎士団の階級制度を模したものです。もっとも、ガーター勲章のように、等級のない単一級の勲章もあります。
これに対して、デコレーションは、功労勲章などと日本語訳され、騎士団は形成されず、人命救助等における極めて勇敢な行為などを含んだ功績や栄誉に対して与えられる功労章あるいは勲章・記章です。
クロスは「十字章」または「十字勲章」と呼ばれる勲章のことで、メダルは褒章(ほうしょう)で、従軍記章、記念章なども含んだ記章(バッチ)のことです。
日本とイギリスで用語の概念は微妙に異なりますが、日本では勲章と褒章について以下のように違いを説明しています。勲章は、国家や公共に対し功労のある人を対象に、生涯を通じての功績・業績を総合的に判断して授与されます。褒章は、教育、医療、社会福祉、産業振興など、特定の社会的分野において、表彰されるべき事績があった人に、事績のある都度、速やかに授与されます。
<イギリスの代表的な勲章>
では、以下にイギリスの代表的な、騎士団勲章(オーダー)と、十字章(クロス)等を紹介します。なお、イギリス(英国)は、その正式国名が「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」(以下「連合王国」と略称)で、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4か国からなる連合国家であることを最初に言及しておきます。
- 騎士団勲章(オーダー)
ガーター勲章(Order of the Garter)
ガーター勲章(正式名称「最も高貴なガーター勲章」)は、イギリス(「連合王国」)の最高勲章で、現存するヨーロッパの栄誉の中では最古のものです。等級はなく、単一級の勲章です。
歴史的には、ガーター騎士団団員の規定の服装・装身具の総称で、団員たちに授与するために創設されました。ガーター騎士団は、1348年(または1344年との説もある)、当時のイングランド国王、エドワード3世(在位1327~77年)が、イギリスの「アーサー王伝説」の中で、アーサー王に仕え円卓につくことを許された「円卓の騎士」に着想をえて誕生したとされています。
現在、ガーター勲章の受章者(ガーター騎士団のメンバー)は君主がみずから選び、イギリス王室のメンバー、大きな功績が認められたイギリス国籍の保持者(英国臣民)、そして外国の君主(王侯)に授与されます。
その人数は、国王と皇太子、イギリス国民から選ばれた24人の団員(コンパニオン)に限られます(団員の男性は「ナイト」、女性は「レディ」と呼ばれる)。イギリス国民の受勲者が24人いる場合、「空き」ができないと新たな栄誉は与えられません。そこで、現在では、24人の団員以外に、イギリス国内のロイヤル・ファミリーや外国の王侯 (王と諸侯) が「特別騎士」に叙せられています。外国籍では現在、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、オランダ、スペイン、そして日本の6か国、合わせて9人の君主などが受章しています。
外国人では原則としてキリスト教徒の君主のみが対象となっており、例外として、日本のようなイギリスと特別な関係にある非キリスト教君主制国家の君主に対して贈られています。キリスト教徒以外で騎士の称号を受けられている存命中のメンバーは、上皇陛下と天皇陛下だけです。
なお、ガーター勲章についての詳細は、別投稿「イギリスの勲章①:ガーター勲章とガーター騎士団」を参照下さい。
シッスル勲章 (Order of the Thistle)
シッスル勲章は、スコットランドの最高勲章で、イギリス(「連合王国」)においてはガーター勲章に次ぐ2番目に高位の騎士団勲章です。その制定年は定かではなく、新たな叙勲は、スコットランドの守護聖人(庇護者として敬われている聖人)でもあるセント・アンドリュー(聖アンデレ)の日(11月30日)に発表されています。
シッスル騎士団への入団の栄誉として、シッスル勲章が叙勲されます。ガーター勲章がイングランド人以外の連合王国民や外国元首にも贈られるのに対し、スコットランド人の血を引く者以外が授与されることはほとんどないとされています(外国元首としてはノルウェーのオーラヴ5世への授与が唯一の例外である)。女性も叙勲されることは王妃でさえほとんどありません。
バス勲章 (Order of the bath)
バス勲章は、重要な役職を務めた功績に対して与えられる騎士団勲章で、文民用と軍人用に分けられます。この勲章に叙勲されるということは、バス騎士団への入団を意味します。
バス騎士団の創設は、ヘンリー4世の戴冠式が行われた1399年ですが、勲章が制定されたのは1725年とされています。軍人用は高級将校、文民用は高級官僚が主な授与対象であり、外国人に対しては、共和国の大統領など政府首脳級の政治家に最上級勲章が贈られます。日本人では伊藤博文が最初に受章し、次いで乃木希典や桂太郎らが受章しています。
現在の階級は以下の3等級(ディムは女性)
1等:ナイト (ディム )・グランド・クロス (GCB)
2等: ナイト(ディム)・コマンダー(KCB/ DCB)
3等:コンパニオン (CB)
上位2等級の受章者にはナイトの爵位が与えられ、英国籍を有していれば男性ならサー、女性ならデイムの敬称を使うことができます。
大英帝国勲章 (Order of the British Empire)
大英帝国勲章は、イギリスに多大な貢献をした人物に授与されるもので、非戦闘的任務の軍務に従事した者に対する勲章です。対象分野も経済人、科学者、文化人、芸能人、スポーツ選手や社会奉仕活動などに拡大されました。
イギリスの騎士団勲章の中では最も新しく、1917年にイギリス国王ジョージ5世が創設しました。それまで、勲章は貴族、軍人、役人、政治家が主な対象で、一般の市民に与えられることは少なかったため、叙勲対象や授与基準は広範囲となり、現在、最も叙勲数の多い勲章です。
勲章のランクとしては、同一クラスの勲章の中では最も順位が低いのですが、有名人が受章する事が多いためよく知られています。ビートルズも、音楽でイギリスに貢献したとして、1965年に、大英帝国勲章の中のMBE勲章を授与されました。外国人への叙勲は、イギリスに対して貢献があった者に対して、外務大臣の推薦により行われます。日本企業の経営者なども数多く受章しています。
大英帝国勲章には以下の一等から五等までのランク(等級)があります。
ナイト(デイム)・グランド・クロス GBE)
ナイト(デイム)・コマンダー( KBE/DBE)
コマンダー( CBE)
オフィサー( OBE)
メンバー(MBE)
名称に「ナイト」が含まれる上位の2つがいわゆる「ナイト爵」の一種で、英国籍を有していれば男性ならサー、女性ならデイムの敬称を使うことができ、メディアでは、「イギリス王室からサーの称号を授与」「ナイトに叙任」などと紹介されます。
また、受章者は名前の後に、勲位を示す頭文字(ポスト・ノミナル・レターズ)を付すことが許されます。例えば、ビートルズのポール・マッカートニー(Paul McCartney)ならば「Paul McCartney, MBE」とできます。
- デコレーション
ヴィクトリア十字章( Victoria Cross)
ヴィクトリア十字章は1856年1月、クリミア戦争において戦功をあげた軍人に対し授与されたのが始まりで、「敵前において勇気を示した」兵士にのみ与えられます。最も受章が難しい勲章の一つとされています。また、ヴィクトリア十字章は、イギリス(「連合王国」)のあらゆる勲章・記章の中で最上位とされます(後述)。
ジョージ・クロス (George Cross)
ジョージ・クロスは、ヴィクトリア十字章に匹敵する勇気を「敵前以外の場所」で見せた場合に与えられます。第二次世界大戦中の1940年に、「銃後の守り」における「勇敢な行為」を称えるために制定され、自らの危険を顧みずに人命を救助した者や大事故を防いだ人たちに与えられます。軍人でも、不発弾処理など勇気を示したのが敵前ではない場合、この勲章が授与されます。ジョージ・クロスは、イギリス(「連合王国」)のデコレーションの中ではヴィクトリア十字章に次いで高位の章となります。
ジョージ・メダル (George Medal)
ジョージ・クロスの下位に位置する章で、受賞対象は、ジョージ・クロスと同じで、授与基準がジョージ・クロスほど厳しくなく、広く授与されています。
<イギリスの勲章のランク>
クロス章(クロス)は、一般的には騎士団勲章(オーダー)より下位に位置しますが、ヴィクトリア十字章とジョージ・クロスは、特別扱いで、イギリス(「連合王国」)の全ての勲章・記章のなかでは、騎士団勲章の最高位「ガーター勲章」より上位となります。
具体的には、ヴィクトリア十字章の佩用 (はいよう)(=身に帯びて用いること) 位置やポスト・ノミナル・レターズ(肩書)を列記する際の順番は「あらゆる勲章・記章の上位」と規定されています。
そうすると、イギリス(「連合王国」)の栄典(全ての勲章・記章)における序列は、形式的に、最上位がヴィクトリア十字章で、次にジョージ・クロス、ガーター勲章、シッスル勲章…と続くことになります。ただし、イギリス(「連合王国」)における最高勲章の肩書は、ガーター勲章
(補足)そもそも騎士団とは?
騎士団(Chivalric order)は、もともと、中世に興った十字軍(1095~1270)の進展に伴って形成され、修道誓願するとともに、騎士として聖地エルサレムや他の十字軍国家の防衛にも当たっただけでなく、病気になった巡礼者の保護といった役割を担うなど、修道と騎士精神に基づいた組織です。
聖ヨハネ騎士団、テンプル騎士団、ドイツ騎士団などに代表されるこのタイプの騎士団は、騎士修道会(宗教騎士団)とも呼ばれ、ローマ教皇によって認可されました(構成員は修道士になることが前提であった)。これらの騎士修道会には十字軍時代以降も存続し、一つの政治的勢力として活動を継続しています。
これに対して、14世紀に入り、戦闘における戦い方において、長弓、弩弓を持つ歩兵の重要度が高まるなど、騎士の軍事的実用性が失われてくると、(アーサー王伝説の円卓の騎士への憧れ等)名誉としての騎士の意識が高まり、「騎士道精神」がもてはやされるようになりました。
そこで、力のある王や貴族は、実際の軍事集団としてよりも、名誉・儀礼的なシステムとして、あるいは友愛組織として、騎士修道会を模した騎士団(世俗騎士団)を設立するようになりました(宗教騎士団から世俗騎士団へ)。イングランド王国では、14世紀の半ばに創設されたガーター騎士団がその代表です。
同時に、騎士団メンバーに授与した騎士章を起源とする勲章の文化も構築され、中世ヨーロッパにおける領主や教会による、特定個人への栄誉表彰は,近代国家の確立とともに国家によって行われるようになりました。その一部は、ヨーロッパの勲章システムなど、現在も各国の騎士団勲章など栄典制度として現存しているのです。
<関連投稿>
<参照>
英王室、天皇陛下にガーター勲章を授与 刻まれた日英の歴史
(毎日新聞2024/6/26)
ガーター勲章 陛下も一員
(2016/6/16、産経ニュース)
コトバンク
Wikipediaなど
(204年7月9日)