イギリスの勲章①:ガーター勲章とガーター騎士団

 

天皇、皇后両陛下が、2024年6月、国賓として英国を訪問(22日〜29日)された際、天皇陛下は、英国の最高勲章「ガーター勲章」を授与されました。ガーター勲章は、外国人では原則としてキリスト教徒の君主のみが対象となっていますが、例外として、キリスト教国でなくても、イギリスと特別な関係にある君主には与えられます。現在、この特例による存命中の叙勲者は、明仁上皇と天皇陛下のみです。今回は、「ガーター勲章」とその母体であるガーター騎士団についてまとめました。

 

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ガーター勲章とは?

 

ガーター勲章(Order of the Garter)(正式名称「最も高貴なガーター勲章」)は、イングランド(連合王国)の最高勲章で、現存するヨーロッパの栄誉の中では最古のものです。青い大綬(=飾り帯)の色からブルーリボンとも呼ばれます。

 

その構成は、ネックレスの頸飾(けいしょく)(=首の装飾品)、肩から下げる青い大綬章(だいじゅしょう)(ひものついた記章)、星章(星形の勲章)、左足の膝下につけるガーター、それにマントからなります。ガーター(靴下留め)には、国王の言葉、「悪意を抱くものに災いあれ」という文字が中世フランス語で書かれているそうです。

 

なぜ「ガーター(靴下留め)」が勲章の名称となったのでしょうか? 1348年、舞踏会でさる伯爵夫人が靴下留めの「ガーター」を落とし、嘲笑されそうになった時、国王エドワード3世がそれを拾って自分の脚につけ、「思い 邪(よこしま) なる者に災いあれ(悪意を抱くものに災いあれ)」「このガーターを名誉の印とする」と言って、夫人を救った騎士道精神がきっかけとなったとのことです。

 

 

ガーター騎士団

 

さらに、歴史を遡れば、ガーター勲章は、ガーター騎士団に入団の栄誉の証しで、ガーター騎士団団員の規定の服装・装身具の総称です。

 

ガーター騎士団は、1348年(または1344年との説もある)、当時のイングランド国王、エドワード3世(在位1327~77年)が、騎士道実践の模範たるべく,また団員の国王への忠誠と奉仕を強調するために設立したものです。イギリスの「アーサー王伝説(アーサー王と円卓の騎士)」物語の中で、アーサー王に仕え円卓につくことを許された「円卓の騎士」に着想をえたと言われています。

 

ガーター勲章は、その団員たちに授与するために創設されました。それゆえ、ガーター勲章の授与には、ガーター騎士団の一員に加えるという意味があります。また、ガーターに記された「悪意を抱くものに災いあれ」は、騎士団のモットーであり、ガーターは騎士団の表象(シンボル)となりました。

 

 

ガーター騎士団の式典(儀式)

 

ガーター騎士団のメンバーは毎年「ガーター・デー」にウィンザー城に集います。「ガーター・デー」とは、ガーター受勲者の式典が行われる日をいいますが、ガーター騎士団は、創設以来、新しい騎士が叙される場合にのみ壮麗な儀式を行っていました。しかし、現在では、ロンドン郊外のウィンザー城では毎年6月の第2もしくは第3月曜日に、敷地内のセント・ジョージ礼拝堂(聖ジョージ・チャペル)でガーター勲章の受章者による式典が行われています。

 

受章者(団員)は勲章をつけ、羽根飾りが付いた帽子とベルベットのローブをまとった正装姿で音楽隊や衛兵とともに、礼拝堂までパレードするのが慣わしになっています。また、礼拝に続き、城内での君主と騎士たちとの昼餐(ちゅうさん)も行われています。創設から600周年を迎えた1948年に、ジョージ6世がこれを慣例化し、今日に至っています。

 

 

ガーター勲章授与の基準

(ガーター騎士団メンバーの条件)

 

675年に近い歴史のなかで、受勲者(受賞した騎士)は千人を超えています。2008年の創設660周年のときに、ちょうど千人目の騎士に叙せられたのが現在のウィリアム皇太子でした。

 

ガーター勲章の受章者は君主がみずから選び、君主自身を含むイギリス王室のメンバー、大きな功績が認められたイギリス国籍の保持者(英国臣民)、そして外国の君主(王侯)など、3つに分類されます。

 

ガーター勲章の受章者、すなわち騎士団を構成するのは、国王と皇太子(プリンス・オブ・ウェールズ)と、英国臣民から選ばれた24人の団員(コンパニオン)に限られます(団員の男性は「ナイト」、女性は「レディ」と呼ばれる)。このうちイギリス国籍の保持者としては、これまでチャーチル元首相やサッチャー元首相などが受章していますが、団員が24人いる場合、「空き」ができないと新たな栄誉は与えられません。

 

一方、現在では、24人の団員以外に、イギリス国内のロイヤル・ファミリーや外国の王侯 (王と諸侯) が「特別騎士」に叙せられています。外国籍では現在、ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、オランダ、スペイン、そして日本の6か国、合わせて9人の君主などが受章しています。外国人では原則としてキリスト教徒の君主のみが対象となっており、例外として、日本のようなイギリスと特別な関係にある非キリスト教君主制国家の君主に対して贈られています。

 

 

ガーター勲章をめぐる争点

 

ガーター騎士団章に端を発するガーター勲章は、歴史のあるイギリス最高位の勲章であることもあって、多くの「規則」があり、たとえば、長年、キリスト教徒でない「異教徒」と女性は、授与される対象とされませんでした。

 

「騎士団」とは中世キリスト教世界のなかで生み出された組織なので、騎士に叙せられるのもキリスト教徒に限定されていました。ただ、現在もそうであるように、イギリスはガーター勲章を同盟強化など外交の切り札(外交戦略の手段)として使ってきました。

 

19世紀半ばのビクトリア女王(在位1877~1901年)の時代の大英帝国は、ロシアの南下政策から守るため、オスマン帝国やペルシャ帝国と手を組むことが求められたことから、19世紀後半に、3人のイスラム教徒の皇帝たちにガーター勲章を与えました。

 

しかし、それも20世紀になって、再び、ガーター勲章は、原則、キリスト教圏の君主にしか与えられない方針がとられました。とくに、エリザベス2世(在位: 1952~2022)は、長年の伝統や慣習を覆す意思はなく、ガーター勲章の授与をめぐって、東南アジアや中近東の王侯たちと英国政府との間で軋轢があったと言われています。

そうしたなか、唯一の例外が日本です。日英同盟の締結をきっかけに明治天皇が初めて受賞した1906年以降、キリスト教徒以外で騎士の称号を受けられているのは、明治・大正・昭和の3天皇と、上皇陛下と天皇陛下だけです。これ以降もキリスト教徒以外でガーター勲章を与えられた人物は、現在に至るまで存在しません。

 

一方、ガーター勲章は、16世紀初頭から400年間にわたって「女性」に与えられることはありませんでしたが、20世紀になって即位したエドワード7世(在位1901~1910年)の代から、歴代の王妃や王女にも授与されるようになりました。(現在もアン王女やアレキサンドラ王女が特別騎士となっている)。

 

 

現在のガーター勲章保持者

(ガーター騎士団の騎士・特別騎士)

 

イギリス王室

チャールズ国王

ウィリアム皇太子

ケント公爵エドワード王子

(故エリザベス女王のいとこ)

アン王女

(チャールズ国王の姉)

グロスター公爵リチャード王子

(故エリザベス女王のいとこ)

オギルヴィ令夫人アレクサンドラ王女

(ケント公爵エドワード王子の妹)

アンドルー王子

(故エリザベス女王の次男)

エディンバラ公爵エドワード王子

(故エリザベス女王の三男)

カミラ王妃

グロスター公爵夫人バージット妃

(グロスター公爵リチャード王子の妃・慈善活動家)

 

外国の王族(皇室を含む)

デンマーク女王マルグレーテ2世

スウェーデン国王カール16世グスタフ

スペイン前国王フアン・カルロス1世

オランダ女王ベアトリクス

明仁上皇

徳仁天皇

ノルウェー国王ハーラル5世

スペイン国王フェリペ6世

オランダ国王ウィレム=アレクサンダー

 

英国臣民

ジェイムズ・ハミルトン

(第5代アバコーン公爵、亡きダイアナ元妃の縁戚)

ロビン・バトラー

(ブロックウェルのバトラー男爵、複数の首相の秘書官を歴任)

ジョン・メージャー

(第72代首相)

リチャード・ルース

(ルース男爵、エリザベス女王の元侍従長)

トーマス・ダン

(履歴不明)

ニコラス・フィリップス

(ワース・マトラヴァーズのフィリップス男爵、英最高裁判所の初代長官)

グラハム・エリック・スターラップ

(スターラップ男爵、元国防参謀総長)

イライザ・マニンガム=ブラー

(マニンガム=ブラー女男爵、情報局保安部(MI5)元長官)

マーヴィン・キング

(ロスベリーのキング男爵、イングランド銀行元総裁、現LSE教授)

チャールズ・ケイ=シャトルワース

(第5代シャトルワース男爵、元ランカシャー州統監)

アラン・ブルック

(第3代ブルックバラ子爵、北アイルランド貴族出身の元上院議員)

レディ・ メアリー・ファーガン

(元ハンプシャー州統監)

ロバート・ガスコイン=セシル

(第7代ソールズベリー侯爵、元上院院内総務。現在はハートフォードシャー大学総長)

レディ・メアリー・ピーターズ

(オリンピック五種競技の金メダリスト)

ヴァレリー・エイモス(バレリー・アモス)

(女男爵、国際開発大臣、人道問題担当国連事務次長、 駐豪高等弁務官などを歴任。有色人種の女性初の団員)

トニー・ブレア

(第73代首相)

キャサリン・アシュトン

(アップホランドのアシュトン女男爵、元EU外務安全保障政策上級代表)

クリス・パッテン

(バーンズのパッテン男爵、最後の香港総督)

スチュアート・ピーチ卿

(空軍大将、元北大西洋条約機構(NATO)軍事委員会委員長)

エイジェイ・カッカー

(カッカー男爵、ユニバーシティ・カレッジ・ロンドン教授(医学部外科学)。

(計39人、2024年6月末現在)

 

 

 

<関連投稿>

イギリスの勲章②:オーダーとデコレーション

日本の皇室とイギリスの王室の絆

日本の勲章:菊花章から…旭日章…文化勲章まで

 

 

<参照>

英王室、天皇陛下にガーター勲章を授与 刻まれた日英の歴史

(毎日新聞2024/6/26)

天皇陛下に英国最高勲章「ガーター勲章」、明治から5代続けて天皇に授与

(2024/06/26 読売新聞)

ガーター勲章 陛下も一員、現存最古の騎士団

(2016/6/16、産経ニュース・関東学院大教授・君塚直隆)

両陛下イギリス訪問へ 3代の天皇と英王室の深い交流

(2024年6月15日、日テレ)

天皇皇后両陛下、22日からイギリス訪問 王室と絆深める

(2024年6月16日、日経)

天皇陛下にも授与!イギリス最高位の「ガーター勲章」受章者を総覧

(2024/06/28 25ans)

コトバンク

Wikipediaなど

 

(2024年7月9日)