神話が教えるホントの教育勅語
「これまで『悪』とされてきたものが実はそうではなかったかも知れない」という問題意識の下、今までの通説に疑いの目を向ける企画「タブーに挑む」シリーズとして、日本国憲法、帝国憲法に続き「教育勅語」を取り上げます。
帝国憲法(明治憲法)とともに、ありとあらゆる批判を現在も受けているのが教育勅語です。教育勅語は、日本の軍国主義の根源とみなされ、ある意味、帝国憲法以上にタブー視、危険しされており、教育勅語について触れることもできない空気が今なおある、というのが現状です。
そこで、あえてタブーに挑み、既存の批判的解釈を紹介した上で、別の視点に立った善意の解釈を、教育勅語の一文ごとに試みます。教育勅語を先入観だけで敬遠していないでしょうか?教育勅語の全文を読んでじっくり考えましょう。
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教育勅語①:記紀から学ぶ「徳」の意味
教育勅語②:近代史からわかる義勇公の精神
教育勅語③:日本書記が明かす八紘一宇の真実
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教育勅語をしっかりと読まれて、読者の皆様の感想はいかがでしょうか?教育勅語を批判される方も、肯定される方も、この企画が、ご自分の考え方に確信を持たせる材料にしていただければ幸いです。
(私論)
結論からいえば、教育勅語も、帝国憲法(明治憲法)と同じように、優れた内容に拘わらず、その運用に失敗したということです。
教育勅語発布後、教育勅語の真意を曲解した解説書「勅語衍義(えんぎ)」などが普及し、それを時の政党政治家や軍部によって利用されました。国家への忠誠心を煽るような、政治的利用が行われ、日本は戦争に進んでいったのです。
一方、帝国憲法と同様、教育勅語の文言だけを取り出して、現代の尺度に照らしながら、批判するというやり方はどこか間違っています。
教育勅語の中で、「若者を戦争に駆り立てた」として、批判者たちが必ず指摘するのが、以下の天皇のお言葉です。
一旦(いったん) 緩急あれば義勇公に奉じ 以(もっ)て天壤無窮(てんじょうむきゅう)の皇運を扶翼すべし
(万一国に危急の大事が起ったならば、忠義と勇気をもって国家のために一身をささげなさい…)(現代語訳)
これについては、教育勅語が発布された時代背景を知っておかなければなりません。それは、世界列強がアジアを中心に植民地を広げ、世界を分割していく帝国主義と呼ばれる時代でした。国連もなく、戦争を禁止する国際法もありません。
戦争は国際紛争を解決する合法的な手段の一つと認識されていた時代において、万一、国に危急のことが起れば(一旦緩急あれば)、自衛するしかない時代、忠義と勇気をもって(義勇公に奉じ)国のために立ち上がり、国を守ろう(…皇運を扶翼すべし)という教育勅語の「お言葉」は、当時、至極当然の徳目でした。そして、実際に日露戦争がおき、日本はロシアの南下を防ぎました。
教育勅語は、天皇の「徳」による統治と、国民の忠と孝が心を一つにして比類なき美しい国柄を築いてきた日本のさらなる発展を期した天皇のお言葉で、決して、法律のように強制されるものではない、道徳的要請です。
教育勅語の一言一句には、明治天皇の意を受け、起草に尽力し、帝国憲法の草案作成にも深くかかわった法制局長官の井上毅(いのうえこわし)と、天皇の信頼の厚い儒家で、枢密顧問官の元田永孚(もとだながざね)の英知が結集されています。
そのような教育勅語が、19世紀の近代日本に誕生し、当時学校教育の基礎となったという歴史的事実を、敬意を持って伝え、それがやがて、時の政治家や軍部に、教育勅語の精神がゆがめられ、大衆扇動の道具として利用されていったという歴史を正しく伝えるべきではないでしょうか?
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「タブーに挑む」シリーズ3部作



