国際刑事裁判所(ICC):「国際正義の番人」の現実

 

米トランプ大統領と露プーチン大統領、戦後の超大国のリーダーが、戦後の国際法秩序を無視して「力による支配」を推し進めようとしています。とりわけトランプ大統領は、自分には「国際法はいらない」と豪語し、国際刑事裁判所(ICC)の解体を宣言しています。今回は、現在、アメリカやロシアによる激しい反発の矢面に立たされているICCについて解説します。

 

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<国際刑事裁判所(ICC)の概要>

 

◆ ICCとは?

国際刑事裁判所(ICC)は、ジェノサイド罪、戦争犯罪、侵略の罪などの*国際法上の「重大な罪」を犯した個人の刑事責任を問う常設の国際裁判所で、国連全権外交使節会議にて採択されたICCローマ規程によって2002年7月に設立されました。本部はオランダのハーグに置かれています。

 

*国際法上の「重大な罪」

ジェノサイド(集団殺害)、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪をさし、「中核犯罪(コア・クライム)とも呼ばれる。

 

ICJとの違い

国家間の紛争を扱う国際司法裁判所(ICJ)(1945年創設)は、「国連憲章」の中に裁判所の設立が明記され、法的な意味でも実態としても完全な国連の内部機関であり、国連の主要司法機関です。

 

これに対して、国際刑事裁判所(ICC)は、国連から「独立」した常設の国際機関に分類されます。国連とは全く別の「ローマ規程」という独自の条約に基づいて設立された独立した国際組織です。複数の国家が条約を結んで設立した「政府間組織」であるため、法的には独立したひとつの国際機関(国際法人)になります。

 

国連とは協力関係の協定を結んでいますが、国連の一部(国連機関)でもなく、国連総会などの下部組織でもなく国連の指示を受けて動く機関ではありません。

 

国際司法裁判所(ICJ)= 国連の内部機関

国際刑事裁判所(ICC)=国連とは独立した外部機関

 

ICCの裁判官

ICCは、18人の常設の裁判官(判事)から構成され、この中から、所長と2人の副所長(第一・第二)が、裁判官たちの秘密投票によって選出されます。

 

現在の国際刑事裁判所(ICC)の所長は、日本人の赤根智子判事で、2024年3月に日本人として初めてICCの所長(第6代)に選出されました。 ICC所長の任期は3年で、1回に限り再選が認められているため、最大で通算6年間務めることが可能です。

 

◆ ICCの締約国

 

締約国は現在(2026年9月末現在)、125か国で、日本は2007年10月に加入しました。

 

しかし、アメリカは、海外に派遣した自国兵士が政治的理由で裁かれることを嫌い(米兵が政治的な意図で不当に訴追されることを警戒)、2002年5月に、ローマ規程への署名を撤回、ICCには加盟していません(正確には「署名したが、大統領は批准を上院に求めなかった」)。

 

それどころか、トランプ政権にいたっては、ICCの赤根智子所長ら幹部に資産凍結などの強い制裁を科しただけでなく、ICCそのものを解体させようとしています(後述)

 

ロシアも、 一時設立条約(ローマ規程)に署名しましたが、2016年にクリミア併合をICCから「国際的な武力紛争(占領)」とみなされたことに反発し、署名を撤回し、ICC締約国から脱退しました。

 

軍事大国にとって、ICCに加盟すれば、自国の兵士や最高指導者が「戦争犯罪」などの容疑で、起訴・逮捕されるリスクを背負うことになります。それは、自国の司法権が及ばない「超国家的な裁判所」に自国民の命運を握られることを意味し、これを、国家主権の侵害にあたると捉えられ嫌っているのです。

 

そのほか、中国、イスラエル、インド、イラン、トルコ、サウジアラビア、北朝鮮も未加です。

 

中国などは、ICCが、欧米諸国の価値観や政治的意図(人権外交など)を、不公平に押し付け、自国の内政干渉や政権批判の道具として運用するのではないかという懸念を強く持っています。

 

一方、現在、アフリカのサヘル地域のニジェール、ブルキナファソ、マリ、チャド、中南米のベネズエラ、コロンビア、太平洋ナウルは、ICCからの脱退を表明しています。

 

ただし、国際刑事裁判所(ICC)の設立条約である「ローマ規程」から、正式に手続きを経て完全に脱退が完了した国は、これまでに、2017年のブルンジと、2019年のフィリピン2カ国のみです(後述)。

 

逆に、ハンガリーや、ガンビアや南アフリカは、かつて一度脱退を表明したことがありますが、その後に政権交代や国内裁判所の判決などによって撤回し、現在も加盟国に留まっている国もあります。

 

◆ ICCの管轄権

 

国際刑事裁判所(ICC)は世界中の犯罪を無条件に裁けるわけではありませんが、締約国でなければ、ICCは管轄権(裁判権)を行使できないかと言うとそうでもありません。

 

締約国ではない場合でも、①犯罪が「加盟国の領土内」で起きた場合、または、②「国連安全保障理事会(安保理)からの要請があれば、ICCは、非加盟国に対しても管轄権を行使する(非加盟国の犯罪も裁く)ことができます。

 

① 犯罪が「加盟国の領土内」で起きた場合(領域主義)

 

ローマ規程(12条)では、ICCは、犯罪容疑者の国籍がどこであるかに関わらず(行為者の国籍を問わず)、事件(犯罪)がICC加盟国(締約国)の領域(領土または加盟国の登録船舶・航空機内)で発生した」のであれば、ICCが管轄権を行使しうると定め、ICCは、その事件を捜査・起訴することができます。

 

これは、犯罪が行われた領域の国家に裁判権が認められるとする国際法上の「属地主義(=領域主義)」にしたがっています。

 

または、事件の発生地の国か、容疑者の国籍がある国のどちらかがICCの管轄権(裁判権)を認める受諾宣言をすれば、たとえ、両国が非締約国であっても、非加盟国への管轄権が成立します。

 

したがって、たとえば、ICC非加盟国のアメリカの国民が、締約国または管轄受諾国の領域で中核犯罪を行ったと疑われる場合には、ICCの管轄が及びます。

 

実際、ロシアのプーチン大統領と、イスラエルのネタニヤフ首相への逮捕状(後述)はこれに該当します。

 

② 国連安全保障理事会(安保理)が事件を付託した場合

 

犯罪が起きた場所も、容疑者の国籍も「ともに非加盟国」である場合でも、国連安保理が国連憲章第7章(国際平和の維持)に基づき「この事件をICCで捜査すべきだ」と決議(付託)した場合、ICCは例外なく管轄権を行使できます。

 

国連加盟国はすべて国連憲章に縛られているため、ICC非加盟国であってもこの手続きを拒絶できません。

 

たとえば、過去に非加盟国だったスーダン(ダルフール紛争)やリビアでの大虐殺・人道に対する罪について、国連安保理の付託によってICCが捜査を行い、当時の指導者らを起訴しました。

 

このように、アメリカやロシアが、ICCに加盟しないだけでなく、ICCに対して、「非加盟国である自国の主権を侵害している」「同意していないのに権限を乱用している」と批判的であるのは、まさにこの管轄権の仕組みが原因です。

 

ICCの「補完性の原則」

もっとも、裁判所が管轄権を有するというだけで、直ちに特定の米国人への捜査や逮捕が始まるわけではありません。

 

ローマ規程(17条)には、「補完性の原則」という重要なルールがあります。これは、ICCが非加盟国を裁く際には(実際に管轄権を行使するのは)、国内の裁判所が機能しておらず、関係国が捜査や訴追を真に行う意思・能力がない場合に限られる(場合にのみ介入できる)という規定です。

 

したがって、もし、当該国が同じ人物の同じ行為を独立かつ真正に調査しているなら、第一に責任を担うのは当該国自身の司法制度であり、ICCはあくまでも補完的な役割に徹することになります。

 

◆ ICCの裁判手続きの流れ

 

逮捕状を要請

ICCの捜査は、①締約国による付託、②国連安全保障理事会による付託、または③検察官による職権での開始という手続(トリガーメカニズム)を通じて動きます(ローマ規程13条)。

 

捜査の開始後も、特定の人物について逮捕状が発付されるには、予審裁判部が、その人物が裁判所の管轄犯罪を行ったと信じるに足りる合理的な根拠があると判断しなければなりません。

 

検察官と判事(裁判官)

ICCの内部は、捜査を行う「検察局」と、審理・判断を行う「裁判部」に完全に分かれています。

 

ICC検察官は、捜査側で、 戦争犯罪などの証拠を集める役割を担っていますが、検察官自身には逮捕状を出す(発行する)権限はありません

 

ICC判事は、判断側で、検察官が集めた証拠を客観的に見て、「本当にこの人物を逮捕・起訴するに値する十分な理由があるか」を厳正に精査します。

 

したがって、ICCの検察官は、独自の判断だけで容疑者を指名手配(逮捕)することはできず、裁判官(判事)のチェックと許可が必要になります。

 

そのため、ICC検察官は、捜査を通じて、個人の犯罪行為の証拠が得られた場合、「証拠が揃ったので、逮捕状を出してください」と、ICC判事に向けて、「容疑者召喚のための逮捕状」を要請します。これは、容疑者の身柄を拘束し、裁判所へ強制的に連れてくる(召喚する)ための逮捕状です。

 

この要請を受けて、ICCの判事が承認すると、正式に逮捕状が発付(発行)され、国際的な指名手配状態になります。

 

ICCには執行権がない

しかし、仮に逮捕状が出ても(出たからといって)、裁判所には、独自の警察組織や執行機関がない(持っていない)ため、ICC職員が、その国に行って、直接、被疑者を拘束(逮捕)することはできません。

 

実際の逮捕や身柄の引き渡しは、ICCに加盟している各国の警察の協力に100%委ねられることになります。

 

実際、ローマ規程86条以下で規定されているように、逮捕・引渡し(89条)、証拠収集や証人保護などの捜査協力(93条)、免除の放棄(98条)、刑の執行(103条以下)について、各国の協力が不可欠です。

 

逮捕状が出た後の「加盟国の義務」

逮捕状が発付されると、125のすべてのICC締約国(加盟国)に対して、その容疑者が自国の領土に入った場合に「逮捕してICCへ引き渡す法律上の義務」が生じます。

 

これにより、容疑者は加盟国への渡航が事実上不可能になり、国際的な移動が大きく制限されるという強力な外交的・政治的ペナルティを受けることになります。

 

たとえば、ロシアはICCに加盟していないので、「容疑者」のプーチン大統領の身柄を引き渡さないとみられています。しかし、容疑者(プーチン大統領)が国外に移動すれば、その国がICC加盟国であれば(対象者がICCに協力する国へ渡航した場合)、そこで逮捕の可能はあります(逮捕の現実的可能性が生じる)。

 

それでも、逮捕状がそれだけで各国の国内法上執行可能になるわけではないという現実があります。

 

たとえば、ニューヨーク市のマムダニ市長が、国連本部を訪れたネタニヤフ首相の逮捕を掲げましたが、市にはICC逮捕状を独自に執行する法的権限がないことが明らかになり、実現しませんでした。

 

 

<実際に出された逮捕状>

 

ICCはこれまでに数名の国家元首(大統領や首相)級に対して逮捕状を出して(発付して)います。しかし、自国の拒否や非加盟国への逃亡により、そのほとんどは未だに身柄を拘束できておらず、国際指名手配(逃亡)状態が続いています。

 

◆ 逮捕に至っていない主な事例

(現在も逃亡・拒否中)

 

  • バシール スーダン元大統領

オマル・アル=バシール元大統領に対するICCの逮捕状は、これまでに計2回出されています。

 

1回目:2009年3月4日

容疑:ダルフール紛争における「戦争犯罪」および「人道に対する罪」。

当時、ICCが現職の国家元首(大統領)に対して、逮捕状を出した初めての歴史的ケースとなりました。

 

2回目:2010年7月12日

容疑:ダルフール紛争における、より重い罪である「ジェノサイド(集団殺害)の罪」として追加発付。

ICCがジェノサイド容疑で逮捕状を出した初めての事例です。

 

最初の逮捕状から15年以上が経過し、国内で政権が崩壊したものの、現在も、ICCへの身柄引き渡しや逮捕は実現していません。

 

バシール元大統領は、2019年の国内デモとクーデターによって大統領の座を追われ、その後スーダン国内で身柄を拘束されていました。一時は当時の暫定政府が、ICCへ引き渡す方針を示しましたが、国内の政情不安や軍事衝突(内戦)の激化により有耶無耶となり、国際社会からの要求を拒み続けて今日に至っています。

 

  • プーチン ロシア大統領

容疑: ウクライナからの子供たちの不法連行・移送(戦争犯罪)

 

ロシアはICC非加盟国ですが、侵攻先であるウクライナがICCの管轄権を受け入れる宣言をしているため、2023年3月、ICC検察官の要請に基づき予審裁判部が逮捕状を発付しました。現職の国連安保理常任理事国のトップに対する逮捕状として、世界に大きな衝撃を与えました。しかし、ロシアはICCに非加盟であり、引き渡しを拒否しています。

 

なお、ウクライナは、ローマ規程に署名はしているものの、未批准で、正式な加盟国ではありませんが、ICCの管轄権を受諾する宣言は行っています。

 

ロシアは非加盟国であるため、ICCの逮捕状そのものは「無効だ」と無視しつつも、プーチン大統領が、南アフリカやモンゴルなどICC加盟国を訪問する際の外交通商リスクを突かれました。

 

そこで、赤根所長らICCの幹部に対して、「指名手配」「実刑判決(欠席裁判)」「身柄の引き渡し要求」という、直接脅かす極めて激しい法的・肉体的な報復措置で対応しています。

 

  • ネタニヤフ イスラエル首相

 

容疑: パレスチナ自治区ガザ地区における人道危機に関わる戦争犯罪・人道に対する罪

 

イスラエルもICC非加盟国ですが、被害地域であるパレスチナ自治政府がICCに加盟しているため、ICC検察官が、2024年に逮捕状を要請し、その後の審査を経て判事により、イネタニヤフ首相に逮捕状が発付されました。しかし、イスラエルも非加盟であり、引き渡しを拒否し反発を強めています。

 

なお、このよき、当時のイスラエル国防相、イスラム組織ハマ‌スの軍事部門幹部にも、逮捕状が出されました。

 

これに対して、実際に逮捕・身柄引き渡しに至り、オランダ・ハーグの法廷に送られたのは、歴史上わずか2人で、極めて異例なケースです。

 

 

◆ 実際に身柄が引き渡された事例

 

  • バグボ コートジボワール元大統領

 

時期: 2011年に引き渡し

罪状:2010年の大統領選後の混乱・武力衝突における「人道に対する罪」

 

ロラン・バグボ元大統領)は、自国内の政争に敗れて身柄を拘束された後、ICCへ身柄が引き渡され、国家元首として初めてICCの法廷に立ちました。なお、その後の裁判で2019年に無罪判決(2021年確定)となっています。

 

  • ドゥテルテ フィリピン前大統領

 

時期: 2025年3月に引き渡し

罪状:人道に対する罪(殺人、殺人未遂など)

 

ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領は、大統領在任中(2011年〜2019年)、強権的な薬物取り締まり(悪名高い、通称「麻薬戦争」)を実施、適切な司法手続きを経ない「超法規的殺害」を、警察や自警団(私設暗殺団)に命じ、数千人から数万人規模の薬物密売人や容疑者が殺害され、国際的な人権問題となりました。

 

これに対して、2025年3月、ICCから、「人道に対する罪」の容疑で、逮捕状が出され(訴追され)ました。検察側は、少なくとも76人の殺害への直接的な関与を指摘しています。

 

ICCからの逮捕状発行を受け、フィリピン国内の政権交代に伴う、マルコス現政権との政治的対立の末に、ドゥテルテ元大統領はフィリピン国内で警察に逮捕されました。その結果、オランダ・ハーグにあるICCの拘置所に移送され、現在も収容が続いています。 アジアの元国家元首としては初の身柄引き渡し例です。

 

その後、ドゥテルテ元大統領は、2026年4月にICCにより正式に起訴(公判開始を決定)されました。弁護側は「フィリピンは2019年にICCを脱退しているため管轄権がない」などと主張して抗弁していましたが、ICC側はいずれの訴えも却下しました。2026年11月30日に初公判が予定されています。一審の判決が出るまでには数年を要する見通しです。

 

このように、独自の警察権を持たないICCにとって、主権を持つ「国家のトップ」を実際に逮捕・連行することは極めてハードルが高く、「国内の政権交代や政争によって庇護を失ったタイミング」でしか、実際の身柄確保には至っていないのが実情です。

 

また、ICCを公式に脱退した国の経緯をみても、ICCの国際司法機関としての課題を知ることができます。

 

 

<ICCから脱退した国>

 

前述したように、国際刑事裁判所(ICC)から、正式に脱退した国は、ブルンジとフィリピンの2か国のみです(2026年10月末現在)。

両国が国際刑事裁判所(ICC)を脱退した最大の理由は、どちらも「自国の政権(大統領)による人権侵害や弾圧に対し、ICCが本格的な調査・捜査に乗り出したことへの反発でした。

 

◆ ブルンジ 

(2017年に正式脱退。ICC史上初の脱退国)

 

2015年、当時のピエール・ンクルンジザ大統領が憲法に違反する形で「3選」を目指して大統領選に立候補しましたが、国内で大規模な政治暴動やクーデター未遂が発生すると、政府はこれを武力で激しく弾圧し、多数の死者や数十万人の難民が発生しました

 

これに対して、 国連やICCの検察官が、政府による処刑や拷問、超法規的殺害を「人道に対する罪」にあたる可能性があるとして予備調査を開始したことに、ンクルンジザ政権が猛反発しました。

 

ブルンジ政府は、ICCの調査を「西欧諸国による不当な内政干渉であり、政権交代を狙った政治的道具だ」 と非難。また、「ICCはアフリカの国ばかりを不当に標的にしている」というアフリカ諸国全体の不満を代弁する形で、2016年に脱退を通告し、翌年正式に離脱しました。

 

ンクルンジザに対する逮捕状

ICCは2017年11月、ブルンジの反体制派弾圧を「人道に対する罪」にあたるとして正式な捜査を開始しました。もし捜査が順調に進み、十分な証拠が集まれば、首謀者であるンクルンジザ大統領に逮捕状が出る可能性は極めて高かったとされています。

 

しかし、ンクルンジザ大統領は2020年6月、在任中に55歳で心不全により急死しました。ICCは個人を裁く裁判所であるため、容疑者や対象者が死亡した場合、訴追や逮捕状の発付は行われません。結果として、彼が法廷に立たされることはなくなりました。

 

◆ フィリピン

(2019年に脱退手続き完了)

 

前述したように、ドゥテルテ前大統領が進めた、「麻薬戦争(超強硬な麻薬犯罪取り締まり)」による麻薬容疑者の大規模殺害について、 2018年2月、ICCの検察官は、「人道に対する罪」の疑いで予備調査を開始すると発表しました。

 

これに激怒したドゥテルテ大統領は、わずか1カ月後の2018年3月にICCへの脱退を一方的に国連へ通告しました。

 

脱退後も続くICCの追求

しかし、ICCの規定(ローマ規程第127条)により、「脱退しても、加盟国だった期間に起きた犯罪の捜査権は消えない」と定められているため、両国に対する脱退後もICCによる捜査の手は完全には止まっていません。

 

ブルンジでは、大統領本人は亡くなりましたが、ICCによるブルンジの事件に対する捜査自体は継続され、大統領の指示を受けて実際に残虐行為(超法規的殺害、拷問、性的暴行など)を行った政府高官、国家情報機関(SNR)の幹部、与党の民兵組織(インボネラクミ)の指導者らは、現在もICCの捜査・訴追の対象となっています。

 

また、脱退後のフィリピンでも、ICCは捜査を続けられ、ドゥテルテ前大統領はその後、実際にICC関連の動きで逮捕されるといった歴史的な進展を迎えています。

 

 

<国際法の限界と挑戦>

 

優先される自国の利益

ブルンジとフィリピンの脱退に対する国際社会の反応は厳しく、両国とも「自らの凄惨な弾圧行為や戦争犯罪について、国際法による刑事責任や逮捕の手から逃れる(免責を得る)ための自己保身の脱退である」と強く非難されています。

 

いずれにしても、各国が、ICCに加盟する、しないの決定は、「国際法による正義(法の支配)」よりも「自国の利益・安全保障・主権の絶対性」を最優先するという共通の現実主義的な政治判断にもとづいています。

 

このように、国際刑事裁判所(ICCに限らず、国際司法裁判所(ICJ)、)、常設仲裁裁判所(PCA)など国際司法機関には、国内裁判所のように強制管轄権がありません。国内刑法であれば、警察・検察が強制捜査し、裁判所が有罪と判断すれば、検察官が刑罰の執行を指揮しますが、国際法分野では、国際法違反に制裁を加え遵守を強制する権限をもつ機関がないのが実情です。そうなってくると、強制力がない国際法はいわゆる「法」ではないとも考えられ、実際、国際法は道徳にすぎず、任意の合意でしかないと言われても仕方ありません。

 

しかし、国際法を強制的に遵守させる権限をもつ国際機関を設置しようとすれば、今度はそれ自体が各国の主権を侵害して国際法違反だということになりかねません。国際社会において、各国家は原則として対等(=主権国家対等の原則)であるため、国家の上位に立つ権力機関や法体系は存在しないのです。

 

近年の国際情勢において、とりわけ、ICCは、権威主義国家による激しい反発の矢面に立たされており、その実効性や不偏性が改めて問われています。

 

 

<関連投稿>

国際法

 

(参照)

イラン攻撃と国際法

(2026/3/18、Dialogue of People, 根岸陽太)

国際法とイスラエル」

(2024/7/17, Dialogue of People, 根岸陽太)

「法の支配」による国際秩序の危機―国際刑事裁判所への米国制裁がもたらすもの(2025.10.11)

 

 

(投稿日:2026/10/25)

むらお政経塾「レムリア」