アメリカのトランプ大統領は、「私には国際法は必要ない」と豪語し、自身の権力を制約するものは国際法ではなく「自分自身」のみであるとの考えを示しています。
この立場は、力(軍事力・経済力)による支配(単独主義)を明確に象徴し、国際法は強国が自国の利益を正当化するための道具にすぎないと捉えるものです。とりわけ、ジェノサイド罪、戦争犯罪、侵略の罪などの国際法上の「重大な罪」を犯した個人の刑事責任を問う国際刑事裁判所(ICC)に対しては「解体」を宣言するなど、国連をはじめとする国際社会や法学者から、戦後の国際法秩序や「法の支配」を揺るがすものである」と強い懸念と批判を受けています。
そこで、今回、トランプ大統領のアメリカが、解体を口にするまで、国際刑事裁判所(ICC)を叩こうとするかの背景と、国際政治に与える影響について考えます。
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◆ 「私に国際法はいらない」の本音
アメリカは、世界各地で軍事作戦を展開したり、自国の安全保障に関わる重大な決定を下したりする機会が多くあります。
そんな時、もしICCに加盟すれば、自国の兵士や最高指導者が「戦争犯罪」などの容疑で、起訴・逮捕されるリスクを背負うことになります。アメリカにとって、自国の司法権が及ばない「超国家的な裁判所」に自国民の命運を握られることは、国家主権の侵害にあたるとみなされるのです。
とりわけ、ICCの管轄権規定が、アメリカのICCに対する不信の念を強めています。それは、締約国ではない場合でも、①犯罪が「加盟国の領土内」で起きた場合、または、②「国連安全保障理事会(安保理)からの要請があれば、ICCは、非加盟国に対しても管轄権を行使する(非加盟国の犯罪も裁く)ことができるという規定です。
トランプ政権は、この非加盟国の指導者や国民を、ICCが一方的に裁く権限(管轄権)はないとして、ICCの動きを「権限の乱用(権限の逸脱)」であると繰り返し批判しています。
アメリカにとって、最悪のシナリオは、「米軍兵士、警察官、国境警備隊員らが、ICCのような国際裁判所で裁かれ、米国が同意も統制もしていない国際法の下で有罪とされ、外国で収監されるような事態です。
何より、トランプ大統領自身、移民の強制送還や、麻薬密輸船とされる船舶への攻撃、ベネズエラやイランでの軍事行動に関して、自らにICCの捜査の手が及ぶことを最も恐れていることが容易に推察できます。
◆ ICCへの米国の圧力
もともと、アメリカは、海外に派遣した自国兵士が政治的理由で裁かれることを嫌い、ICCに加盟していませんが、現に、2020年、アメリカは、アフガニスタンでの米軍の行為について、ICCから予備調査を受けた経緯があります。
それゆえ、トランプ政権(第2次)になって、ICCへの圧力を強め、2025年2月、国際刑事裁判所(ICC)の関係者や支援者を対象とする「大統領令」に署名し、以下の内容を含む制裁措置を課しました。
資産凍結(経済制裁)
制裁対象に指定された人物が、米国内または米国人が管理・所有する場所に保有している資産や不動産の権利を凍結する。
米国人や米国企業が、対象者に対して資金、物品、サービスを提供することを禁止する。
これにより、米国の銀行口座やクレジットカード、米IT企業のクラウドサービスなどの利用を制限する強力な措置(二次制裁のリスクを含む)となっています。
入国禁止・査証(ビザ)の発給制限
制裁対象となったICCの職員、代理人、捜査協力者、およびその即時家族(配偶者や子供など)の米国への入国(移民・非移民)を原則禁止する。
赤根所長ら幹部への個人制裁
この2025年2月の大統領令を根拠に、トランプ政権は、2026年8月、ICCの赤根智子所長や検察官・幹部職員に対して、個人制裁を課しました。
この時の理由としては、ICCがイスラエルによるガザ地区での軍事行動を「戦争犯罪」とみなし、ネタニヤフ首相らに逮捕状を出したことへの対抗措置でした。実際、ネタニエフ首相の逮捕を「同盟国に対する政治的な攻撃であり、自己防衛の権利を侵害するものだ」と猛烈に非難しました。
ICC本体への制裁
さらに、同年10月には、ICC(裁判所本体)そのものもアメリカの経済制裁対象に指定しました。アメリカ企業との金融取引やITサービスの利用が全面的に禁止されるなど、ICC解体をめざし、個人だけでなく組織全体を完全に追い詰める強硬な措置へと拡大しています。
最後通牒?
アメリカ政府は、一連の包括制裁について180日間の猶予期間を設けていますが、米国務省はこれを「ICC側がアメリカ側の懸念を解消するための交渉期間」と位置づけています。つまり、「アメリカ人や同盟国(イスラエルなど)への捜査・逮捕状を完全に取り下げて屈服するか、さもなければ完全に終わらせる(解体する)」という事実上の最後通牒を突きつけている状態です。
加えて、トランプ大統領は、2026年7月以降、ICCそのものを「解体する」運動(キャンペーン)を公式に宣言しています。また、2026年9月の国連における一般討論演説で、各国に対し国際刑事裁判所(ICC)から直ちに脱退することを求め、ICCに対する外交的圧力を強化しました。
もっとも、アメリカは、ICCローマ規程の締約国ではないため、一国で同条約制度を廃止に至らせることは容易ではありません。条約制度を消し去る「法的な解体」ではなく、ICCを支える人・資金・通信など、裁判所が機能するための回路(接続)を一つずつ絶ち切り、その制度を事実上、無力化させる「機能的な解体」を狙っているとみられています。
◆ 世界の反応
欧州の団結
このトランプ政権の強硬姿勢に対し、ICC側は「法の支配と国際法秩序への攻撃だ」と激しく反発しています。英国、フランス、ドイツなど欧州は、国際司法の独立性を守るために「ICCを一貫して支持する」との共同声明を出し、日本も日米同盟を重視し、及び腰ながらもICC支持を表明するなど、アメリカの「解体路線」を食い止めるための外交摩擦が厳しくなっています。
相次ぐ離脱
現在、米国のトランプ政権による、ICC解体の圧力や、各国の政治的対立により、加盟国(全125か国)の一部で相次いで離脱やその動きが見られます。
アフリカのサヘル地域からニジェール・ブルキナファソ・マリの3カ国は、2026年6月に正式に国連へ、ローマ規程からの脱退を通知しました(2027年6月に正式脱退が発効する見通し)。
また、同じアフリカのチャドと中南米のベネズエラは、2026年7月に脱退を表明しました。コロンビアも離脱の方向で調整しています。
加えて、2026年9月のトランプ大統領の国連演説を受けて、太平洋の小さな島国のナウルが呼応しました。
ICCからの脱退を表明している国は、アフリカや中南米諸国が多いのですが、これは、「自分たちばかりが、ICCによる訴追の標的にされている」という不満が関係していると言われています。
もっとも、このように、2025年〜2026年にかけて多くの国が脱退を表明していますが、条約の規定上、国連事務総長へ正式に通告してから実際に脱退が発効するまでには1年間の猶予期間があります。 そのため、「脱退に向けた手続き中」または「表明のみ」の段階であり、厳密にはまだ完全には離脱していません。
◆ 問われるICCの実効性と不偏性
それでも、アメリカのICC叩きは、言わば、国際社会の分断を深刻化させることにつながりかねません。
国際法秩序と「法の支配」・「法の正義」は、将来にわたり、世界の平和と安全のためには、欠かすことができない要素の一つです。力の政治(単独主義)を追求する権威主義国家による激しい「反発」と「攻撃」から、ICC(国際刑事裁判所)を守らなければなりません。
<関連投稿>
(参照)
イラン攻撃と国際法
(2026/3/18、Dialogue of People, 根岸陽太)
国際法とイスラエル」
(2024/7/17, Dialogue of People, 根岸陽太)
トランプ政権による国際刑事裁判所(ICC)「解体」宣言が狙うもの
(2026.7.28、Dialogue for People)
トランプ氏のICC脱退呼びかけ、呼応はナウルだけ 欧州など反発
(2026/9/25、ロイター)
「法の支配」による国際秩序の危機―国際刑事裁判所への米国制裁がもたらすもの
(2025.10.11)
米国圧力でICC存続危機 裁判官の半数が制裁対象 加盟国が相次ぎ離脱
〈2026/8/19、産経ニュース〉
ICCから脱退相次ぐ 米国の「解体」圧力に途上国が同調 –
(2026/7/29、日本経済新聞)
(投稿日:2026/10/24)



