国際司法の枠組み:PCA、PCIJ、ICJ、ICC

 

「学び直しの場」として、「国際法」を学習しています。今回は、前回みてきた戦争犯罪や紛争処理を行う国際司法についてです。現在、国際人道法(戦時国際法)を支える役割を担っている機関が、国際司法裁判所(ICJ)や国際刑事裁判所(ICC)です。これらの司法機関を含む国際司法(裁判)全体の仕組みを見てみましょう。

 

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国際司法の枠組み

 

国際紛争における解決方法の手段には、外交的処理と裁判という2つの方法があります。

 

外交的処理には直接交渉、周旋、居中調停(仲介)などがあり、裁判は、仲裁裁判と司法裁判に分けることができます。1899年の第1回ハーグ平和会議で採択された国際紛争平和的処理条約で、以下のように制度化されました。

 

<外交的処理>

 

直接交渉:最も初歩的・基本的な手法で、紛争当事国が直接に、双方の主張の調整を図り、紛争を解決しようとするものです。

 

周旋:第三者が紛争当事国の交渉をとりもって外部から援助すること。紛争当事国へ直接交渉による解決を勧告したり、そのために、会場や施設を提供するなど便宜を図ったりします。

 

仲介=居中調停(きょちゅうちょうてい):第三者がさらに紛争当事国の交渉に加わり、その進捗を助け、当事者の意見調整や、譲歩の勧告、紛争解決案提示にまで立ち入りますが、拘束力はありません。

 

国際審査:事実についての見解の相違から生じた紛争において、個人資格で選出された委員から構成される非政治で中立の国際審査委員会に、客観的な事実認定を行わせて、紛争の解決を促進させる方式。

 

国際調停:同じく第三者的な国際調停委員会が,紛争当事国を、公正な立場から審査して、独立に紛争の解決条件を提示しますが、最終的な報告書は勧告的性格で、拘束力に欠けます。居中調停 (仲介 )との違いは、第三者の介入が調停条約によって組織化されている点で異なります。

 

 

<裁判>

 

外交的に解決できなかった場合、国際紛争の解決を、国際裁判で法に基づいて裁定を下します。その判断が拘束力をもつ点で国際調停と異なります。国際裁判には仲裁裁判と司法裁判があり、両者の差異は裁判所の構成が異なることです。仲裁裁判は、紛争の発生ごとに当事者の合意によって選ばれた裁判官によって裁判が行われるのに対して、司法裁判所は、すでに常駐する裁判官が裁判を行います。

 

◆ 国際司法裁判所

 

国際司法裁判所(ICJ)は、国際連盟時代の常設国際司法裁判所(PCIJ)の後身で、 国境や領土の帰属、条約違反など、国家間の紛争を国際法に基づいて平和的に解決するために設立された、国際連合の主要な司法機関です(国家間の紛争を裁判する)。:

 

ICJには、国内裁判所のように強制管轄権(裁判権)はありませんが、ICJの判決内容の執行は、その決議に法的拘束力を持つ国連安保理が担います。

 

本部はオランダ・ハーグにあり、15名の常任の裁判官(任期9年)で構成されています。

 

ただし、15名の裁判官全員がハーグに「常駐」している(生活の拠点そのもの」を完全にハーグへ移している)(常にそこに住んでいる)わけではありません。

 

裁判所の規程上、常駐が義務付けられているのは「裁判所長」と「事務総長」の2名のみで、裁判官は「常に裁判所の職務に応じられる状態でなければならない」と定められていることから、審理期間や開期中はハーグまたはその近郊に滞在しています。なお、裁判官の兼職は厳しく禁止されています。

 

国際司法裁判所(ICJ)「所長」は「裁判長」のことをさします。裁判所という「組織のトップ(代表)」であると同時に、個々の事件の審理を行う際には「裁判長」として法廷を取り仕切る役割を兼ねています。

 

15名の裁判官の中から、裁判官同士の秘密投票によって選ばれます。任期は3年で、再選も可能です。

 

☞日本人のICJ所長

皇后雅子さまの父で国際法学者の小和田恆判事(裁判官)は、2009年から2012まで、日本人としては初めて、ICJの所長を務められ。また、2024年には、岩澤雄司判事が日本人として2人目のICJ所長に選出され、2024年2月から任期を務めている。

 

国家が付託            

国際司法裁判所では、個人が国際司法裁判所に訴えを起こすということはできず、国家が付託する訴訟を国際法に従って解決しています。また、原則として裁判は、全ての当事国が同意しない限り行われず、裁判も一審制で控訴は認められていません。

 

例えば、韓国が不法に占拠している竹島に関して、日本は国際司法裁判所に裁定を求めるべく韓国に、ICJへの付託を提案していますが、韓国側がこれを拒否していることから、国際司法の判断は入れないのが現状です。

 

☞ICJへの付託提案

日本は、1954年、62年、2012年にICJへの付託を提案したが、韓国側は拒否した。

 

選択条項受託宣言

国際司法裁判所の裁判には全ての当事国の同意が必要ですが、国連加盟国は、訴えられれば無条件に応じるという選択条項受託宣言(任意条項受託宣言)を行なうことができます。

 

この宣言は、裁判による国際紛争の解決を広めるために、ICJの強制管轄権を受け入れることを認めるもので、相互主義の前提に立って、選択条項受託宣言を行っている国同士であれば、一方の訴訟に対して自動的に応じる制度です。

 

ただし、言い方を変えると、選択条項を受諾していると、同じく受諾している国から一方的に提訴された場合、原則として裁判を拒否できず応訴する義務が生じます。

 

日本は選択条項受託宣言(強制管轄権の受諾宣言)をしていますが、この一方的に提訴されるリスクにさらされた事案に「南極海捕鯨訴訟」があります。

 

南極海捕鯨訴訟

これは、オーストラリアが、日本による南極海での調査捕鯨は国際捕鯨取締条約に違反するとして中止を求めて起こした訴訟で、国際司法裁判所は2014年3月、日本の調査捕鯨は条約違反と認定、今後実施しないよう命じました。

 

その後、敗訴した日本は、2019年に国際捕鯨取締条約(ICRW)から脱退(同条約に基づいて設置されている国際捕鯨委員会(IWC)からも自動的に脱退)し、捕鯨活動を再開しました。

 

この時、日本はオーストラリアの訴訟に応じなければ、国際捕鯨委員会を脱退せずに済んだはずなのですが、選択条項受託宣言を行なっているために裁判に臨んだという経緯があります。

 

☞選択条項受託宣言をしている国の数

2026年9月現在、強制管轄権を受諾するとの宣言を行っている国の数は75か国にとどまっている。2026年2月にアイスランドが受諾宣言を国連事務総長に寄託したことで、それまでの74か国から1か国増加した。日本は1958年に受諾宣言を行った。

 

選択条項受託宣言の起源

選択条項受託宣言の仕組みは、常設国際司法裁判所(PCIJ)の時代に創設されたもので、1920年のPCIJ規程起草当時、中小国家は「裁判所に完全な強制管轄権(すべての国家間の紛争を自動的に裁判できる権限)を与えるべきだ」と主張しました。

 

しかし、大国がこれに強く反対したため、妥協案として生まれたのが選択条項です。

「強制管轄権を原則とはしないが、それを望む国は任意で選択して、『同じ義務を負う国との間では、事前の合意なしに裁判所の管轄に従います』と宣言できる」という仕組みにしたのです。

 

これによって、国際社会に「事前に裁判の管轄を認める」という慣習を根付かせる契機となりました。実際、国際裁判が「事件が起きてからの合意」に頼らずに起動させた事例がありました。

 

仮保全措置(暫定措置命令)

また、国際司法裁判所(ICJ)の訴訟には、当事国の同意が必要ですが、ICJは、いずれかの当事者からの要請により仮保全措置(暫定措置命令)を発出することができます。仮保全措置は、緊急に必要と認める場合に、状況を凍結させるために、当事者に対して行う一種の暫定的な差止命令です。

 

ただし、ICJは、ICJが命じた仮保全措置の履行は法的拘束力があると主張していますが、現実的には各国の意志に依存しています。

 

たとえば、ロシアによるウクライナへの軍事行動に対して、ウクライナ側が、国際司法裁判所(ICJ)にロシアを提訴したことを受けて、ICJは、ロシアに対して、軍事作戦を直ちに停止することを求める暫定措置命令を出しましたが、ロシア側は応じませんでした。

 

ICJの勧告的意見(諮問機関としての役割)

一方、国際司法裁判所(ICJ)は、国家間の法律的紛争(訴訟)に対する判決を下すという役割だけでなく、国連総会や安全保障理事会などの国連機関・専門機関からの求めに応じて(諮問された)、条約解釈などの法律問題に関する勧告的意見を与えるという任務もあります。

 

核兵器の威嚇または使用の合法性

たとえば、1995年11月には、世界保健機関(WHO)などが「核兵器使用は国際法上の義務違反に当たるか」と、ICJに勧告的意見(司法判断)を求めました。背景には、被爆50周年に向けて、非政府組織(NGO)を中心に核兵器廃絶を求める運動が強まったことがあります。

 

1996年7月、国際司法裁判所(ICJ)は、核兵器の使用と威嚇は「国際法(特に国際人道法)の原則や規則に一般的に違反する」との判断を示しました。それまでこの非人道的な兵器は国際的に裁かれることがありませんでしたので、ICJの判断は、歴史的(画期的な)な勧告的意見(司法判断)となりました。。

 

ただし、「国家の存亡がかかわる自衛の極限状況」における合法性・違法性については、裁判官の間でも意見が真っ二つに割れ、最終的な判断を下すことができませんでした(判断を避けた)。

 

 

◆ 常設国際司法裁判所(PCIJ)

(1922〜1946)

 

常設国際司法裁判所(PCIJ)は、国際法に基づいて国家間の(法的な)紛争を平和的に解決することを目的に、1922年2月、国際連盟創設(1920年1月)に呼応する形で設立されました(法的には、連盟と独立した常設の裁判機関)。

 

国際司法裁判所(ICJ)の前身で(にあたり)、本部はオランダ・ハーグ(の「平和宮」)にありました。

 

国際連盟の総会と理事会の選挙で選ばれた原則15名の裁判官(任期9年)から構成され、所長(裁判長)は、選出された裁判官たちによる「互選(裁判官同士の投票)」によって選ばれました(この選出方法はICJにも引き継がれた)。

 

あらかじめ選ばれた常任の裁判官団が組織として固定(常備)されているという意味において、常設国際司法裁判所(PCIJ)は、歴史上(人類)初の(常設の)国際裁判所と位置づけられます。

 

なお、国際法学者の安達峰一郎判事は、アジア人として初めて、裁判所長(在1931〜1934年)を務めました(第4代の所長)。

 

PCIJでは、現在の国際司法裁判所(ICJ)同様、国際的性質を有する一切の紛争について当事国の付託があったことだけを裁判する(紛争国双方が同意しなければ裁判を始めることができない)仕組みで、「任意条項」を受諾すれば義務的な裁判に応じる選択条項受託宣言の制度もありました。

(正確には、国際司法裁判所(ICJ)が、国際司法裁判所(PCIJ)で創設された仕組みをそのまま受け継いだ)。

 

常設国際司法裁判所(PCIJ)は、活動した短い24年間(1922〜1946年)で、29件の判決と27件の勧告的意見を出し、現代の国際法の基礎を確立したと評価されています。

 

しかし、PCIJは、第二次世界大戦で活動を停止、1946年4月の国際連盟解散とともに消滅し、現在の国際司法裁判所(ICJ)に引き継がれました(PCIJの残した判決や、、現在のICJにもそのまま受け継がれた)。

 

PCIJの制度上・構造上の限界

常設国際司法裁判所(PCIJ)は、国際法の発展に大きく貢献した一方で、国際連盟と同様に「重大な国際危機や大国の暴走を防げなかった」という点で、機能不全に対する厳しい批判を受けました。

 

1930年代のファシズム台頭

まず、当時の厳しい国際政治の現実に対応できませんでした。1930年代、ファシズム台頭にともなって、国際連盟の権威が失墜していくと同時に、PCIJの無力さ(機能不全)も決定的になりました。

 

たとえば、日本、ドイツ、イタリアが国際連盟を脱退し、戦火が拡大していくなか、PCIJは何の抑止力にもなれないどころか、国家が国際ルールを拒否して「力による現状変更」に訴え、国家間は裁判ではなく軍事力や政治的駆け引きで問題を解決しようとしたため。1930年代後半には裁判所の利用自体がほとんどなくなりました。

 

「国家に付託」の限界

また、「強制管轄権」の行使ができないといった常設国際司法裁判所(PCIJ)の制度上の問題も指摘されています。

 

前述したように、PCIJは、紛争国双方が同意しなければ裁判を始めることができない仕組みでした。主要国は自国の不利益になるような問題での裁判を拒否し続けました。そのため、本当に解決すべき深刻な政治的対立には手を出せないことが多くありました。

 

「選択条項受託宣言の制度」の限界

「任意条項」を受諾すれば義務的な裁判に応じる選択条項受託宣言の制度もありましたが、大国による慎重姿勢や制度的な抜け穴により、完全には機能しきれませんでした。

 

1920年代後半から1930年代にかけて、イギリスやフランスを含む多くの主要国が受託宣言を行いました。最終的に連盟加盟国の半数以上(50カ国以上)がこの制度に参加し、制度は形の上で普及しました。

 

しかし、国家が宣言を行う際に、「自国の国内管轄事項に関する紛争は除く」や「過去に発生した原因による紛争は除く」といった「留保(除外条件)」を大量に付したことで、実効性が大きく削がれました(都合の悪い紛争を除外した)。

 

また、選択条項は、相互主義が採用され、「双方が同じ義務を負っている範囲」でのみ機能するため、一方が厳しい留保をつけていると、相手国も裁判で「相手が留保しているから、我が国もこの件では裁判に応じない」と主張できました。結果として、実際に裁判を行える「共通の範囲」は非常に狭くなってしまいました。

 

加えて、1930年代後半に入り、ファシズムの台頭や国際連盟の形骸化が進むと、大国間の重大な政治的・軍事的紛争を、当時国同士がPCIJに付託したり、選択条項によって裁判所に引きずり出したりすることは不可能でした。

 

このように、主権国家が命運をかけるような大紛争の前には、一方的な宣言に基づく強制管轄権は無力であったと言わざるを得ません。

 

判決に「強制執行力」がない

仮に、PCIJが強制管轄権を確立できたとしても、その判決に「強制執行力」がありませんでした。連盟規約上、PCIJの判決に従わない国に対しては国際連盟理事会が対策を講じることになっていましたが、国際連盟自体に、強力な軍隊や実効性のある制裁能力がなかったため、判決の執行は事実上「国家の善意や協調姿勢」に依存していた状態だったのです。

 

(詳説①)

PCIJからICJへ

 

第二次世界大戦後、常設国際司法裁判所(PCIJ)から、現在の国際司法裁判所(ICJ)に移行した際、PCIJの規定や判例、伝統の大部分が現在のICJへそのまま受け継がれたため、裁判の仕組み自体に大きな変更はありませんが、前述した「機能不全」を解消することを目指した制度変更はなされました。

 

常設国際司法裁判所(PCIJ)と現在の国際司法裁判所(ICJ)の最大の違いは、組織上の地位にあります。

 

PCIJ⇒国際連盟から「独立」

常設国際司法裁判所(PCIJ)は、国際連盟の予算や選挙システム(連盟総会・理事会での裁判官選出)とは密接に連携しつつも、国際連盟とは法的に独立した独自(常設)の裁判機関で、国際連盟の司法機関ではありません(国際連盟の外部機関という位置づけ)。

 

実際、総会や理事会など国際連盟の「主要機関」のリストにも含まれておらず、裁判自体は連盟から一切の干渉を受けずに独自のルールで運営されていました。

 

国際連盟とは独立しているため、管轄権」や強制権が弱く(限定的に)なってしまいます。たとえば、国際連盟の加盟国であっても、PCIJに自動的に参加するわけではなく(国際連盟の加盟がそのまま裁判所への参加を意味せず)、PCJIの当事国になるには、別個に条約(国際司法裁判所規程)を結ぶ(署名・批准する)必要がありました。

 

また、PCIJの判決を無視された場合(判決不履行時)、連盟規約上、PCIJの判決に従わない国に対しては、国際連盟理事会が対策を講じることになっていましたが、国際連盟理事会が「いかなる措置をとるべきか」を提案できるに留まり、強制力に限界がありました(判決の実効性が弱い)。

 

ICJ ⇒ 国連の主要機関(内部機関)

これに対して、第二次世界大戦後に生まれた国際司法裁判所(ICJ)は、PCIJの強制管轄権と強制執行力の課題を解決すべく組織化されました。

 

ICJは、国連の司法機関(内部機関)であり、国連総会や安全保障理事会と並ぶ「国際連合の主要機関」の1つで、裁判所としての活動資金も国連の予算から賄われています。

 

また、ICJは、国連機関であるので、国連加盟国すべてが自動的に、国際司法裁判所の当事国となります。

 

加えて、安全保障理事会との連携が強化され、ICJの判決を無視した国に対して、無視された側は、安保理に訴えることができます。

 

安保理は、国際司法裁判所(ICJ)の判決を執行するために勧告や制裁措置を決定する権限を持っており、常設国際司法裁判所(PCIJ)と比べて、ICJの「強制執行力」は各段に上がりました。ただし、現在、ICJは、常任理事国の拒否権という新たな壁に直面しています。

 

(詳説②)

PCIJとICJの根拠法

 

常設国際司法裁判所(PCIJ):常設国際司法裁判所規程(PCIJ規程)

国際司法裁判所(ICJ):国連憲章

 

常設国際司法裁判所(PCIJ)は、国際連盟の規約に基づいて構想され、国際連盟規約(第14条)は、「連盟理事会は常設国際司法裁判所の設立計画を策定し、総会に提出しなければならない」と「裁判所を作る」ことを命じています。

 

これに基づいて、実際に裁判所が機能するための、裁判官の選出方法、裁判の手続き、管轄権など具体的な規定が、個別条約としての常設国際司法裁判所規程(PCIJ規程)によって定められました。

 

そのため、常設国際司法裁判所(PCIJ)は、国際連盟の枠組みと連携しつつも、法的には国際連盟の機関(司法機関)ではなく、国際連盟規約から分離された(連盟とは別の独立した)、個別条約(常設国際司法裁判所規程)に基づく機関で、国際連盟の「外部機関」として、連盟と並立する独立した存在です。

 

一方、国際司法裁判所(ICJ)は、国連憲章によって設立された国連の主要な司法機関で、国連憲章第14章(第92条〜第96条)は、国際司法裁判所を国連の主要な司法機関と位置づけ設置を規定しています。

 

また、国連憲章に付属する形で、ICJの組織、権限、手続などを定めた基本的文書である「国際司法裁判所規程」が定められています。

 

この規程は、国連とは別の独立した個別条約ではなく、国際連合憲章と不可分の一部を構成し(一体とされ)ています。これにより、国連加盟国は自動的にこの規程の当事国となります。

 

 

◆ 戦争裁判所(国際刑事法廷)

 

歴史的にみて、戦争裁判所といえば、第二次世界大戦後のニュールンベルク裁判所や極東軍事裁判所が思い出されます。また、冷戦後には、ユーゴスラビアやルワンダなどでの地域紛争に対応するために、旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所、ルワンダ国際刑事裁判所など適宜、戦争裁判所が設置されてきましたが、常設機関は設置できていませんでした。

 

そこで、冷戦後の地域紛争の激化を受けて、1998年に、戦争犯罪など国際犯罪を裁く、常設の戦争裁判所の設置が決定され、2002年7月に、国際刑事裁判所(ICC)が創設されました(厳密には、1998年7月にローマ規程が採択され、2002年7月に発効)。

 

過去の国際刑事法廷

旧ユーゴスラビア国際刑事裁判所(1993〜)

ルワンダ国際刑事裁判所(1994〜2015.12)

シエラレオネ特別裁判所(2002.7〜2013.12)

(シエラレオネ残余特別裁判所、2014〜)

カンボジア特別法廷(カンボジア裁判所内設置の特別法廷)(2006〜)

レバノン特別法廷(2007〜)

 

なお、旧ユーゴスラビアとルワンダの国際刑事法廷は、安保理が設置(安保理の補助機関)しましたが、シエラレオネ、カンボジア、レバノンの各特別法廷は、当時国政府と国連によって共同で設置されました。

 

 

◆ 国際刑事裁判所

 

国際刑事裁判所(ICC)は、ジェノサイド罪、戦争犯罪、侵略の罪などの*国際法上の「重大な罪」を犯した個人の刑事責任を問う常設の国際裁判所で、国連全権外交使節会議にて採択されたICCローマ規程によって2002年7月に設立されました。本部はオランダのハーグに置かれています。

 

*国際法上の「重大な罪」

ジェノサイド(集団殺害)、人道に対する犯罪、戦争犯罪、侵略犯罪をさし、「中核犯罪(コア・クライム)とも呼ばれる。

 

ICCは、18人の常設の裁判官(判事)から構成され、この中から、所長と2人の副所長(第一・第二)が、裁判官たちの秘密投票によって選出されます。

 

現在の国際刑事裁判所(ICC)の所長は、日本人の赤根智子判事で、2024年3月に日本人として初めてICCの所長(第6代)に選出されました。 ICC所長の任期は3年で、1回に限り再選が認められているため、最大で通算6年間務めることができます。

 

 

締約国は現在(2026年9月末現在)、125か国で、日本は2007年10月に加入しました。

 

しかし、アメリカは、海外に派遣した自国兵士が政治的理由で裁かれることを嫌い(米兵が政治的な意図で不当に訴追されることを警戒)、2002年5月に、ローマ規程への署名を撤回、ICCには加盟していません(正確には署名したが、大統領は批准を上院に求めなかった)。

 

それどころか、トランプ政権にいたっては、ICCの赤根智子所長ら幹部に資産凍結などの強い制裁を科しただけでなく、ICCそのものを解体させようとしています。

 

また、ロシアも、 一時設立条約(ローマ規程)に署名したものの、2016年にクリミア併合をICCから「国際的な武力紛争(占領)」とみなされたことに反発し、署名を撤回し、ICC締約国から脱退しました。

 

そのほか、中国、イスラエル、インド、イラン、トルコ、サウジアラビア、北朝鮮も未加です。

 

一方、現在、アフリカのサヘル地域のニジェール、ブルキナファソ、マリ、チャド、中南米のベネズエラ、コロンビア、太平洋ナウルは、ICCからの脱退を表明しています。

 

ただし、国際刑事裁判所(ICC)の設立条約である「ローマ規程」から、正式に手続きを経て完全に脱退が完了した国は、これまでに、2017年のブルンジと、2019年のフィリピン2カ国のみです

 

逆に、ハンガリーや、ガンビアや南アフリカは、かつて一度脱退を表明したことがありますが、その後に政権交代や国内裁判所の判決などによって撤回し、現在も加盟国に留まっている国もあります。

 

ICCの管轄権

国際刑事裁判所(ICC)は世界中の犯罪を無条件に裁けるわけではありませんが、締約国でなければ、ICCは管轄権(裁判権)を行使できないかと言うとそうでもありません。

 

締約国ではない場合でも、①犯罪が「加盟国の領土内」で起きた場合、または、②「国連安全保障理事会(安保理)からの要請があれば、ICCは、非加盟国に対しても管轄権を行使する(非加盟国の犯罪も裁く)ことができます。

 

アメリカやロシアが、ICCに加盟しないだけでなく、ICCに対して、「非加盟国である自国の主権を侵害している」「同意していないのに権限を乱用している」と批判的であるのは、まさにこの管轄権の仕組みが原因です。

 

ICCの執行権

しかし、仮に逮捕状が出ても(出たからといって)、裁判所には、独自の警察組織や執行機関がない(持っていない)ため、ICC職員が、その国に行って、直接、被疑者を拘束(逮捕)することはできません。

 

実際の逮捕や身柄の引き渡しは、ICCに加盟している各国の警察の協力に100%委ねられることになります。実際、ローマ規程86条以下で規定されているように、逮捕・引渡し(89条)、証拠収集や証人保護などの捜査協力(93条)、免除の放棄(98条)、刑の執行(103条以下)について、各国の協力が不可欠です。

 

ICCはこれまでに数名の国家元首(大統領や首相)級に対して、逮捕状を出して(発付して)いますが、自国の拒否や非加盟国への逃亡により、そのほとんどは未だに身柄を拘束できておらず、国際指名手配(逃亡)状態が続いています。

 

逮捕に至っていない主な事例(現在も逃亡・拒否中)

オマル・アル=バシール(スーダン元大統領)

ウラジーミル・プーチン(ロシア大統領)

ベンヤミン・ネタニヤフ(イスラエル首相)

 

一方、実際に逮捕・身柄引き渡しに至り、オランダ・ハーグの法廷に送られたのは、歴史上わずか2人で、これは極めて異例なケースです。

 

実際に身柄が引き渡された事例

ロラン・バグボ(コートジボワール元大統領)

ロドリゴ・ドゥテルテ(フィリピン前大統領)

 

なお、国際刑事裁判所(ICC)については、別投稿で詳説します。

 

 

◆ 常設仲裁裁判所(PCA)

 

常設仲裁裁判所は、1899年のハーグ国際平和会議で締結された国際紛争平和的処理条約によって、1901年に組織された国際仲裁裁判所で、外交交渉、周旋、仲介など外交上の手段によっては処理できない国際紛争について、事実認定、調停および各種仲裁など幅広い紛争解決手続きを提供しています。

 

事務局(本部)は 、オランダのハーグにあり、現在の締約国数は129か国です(日本は1912年以来締約国)。129番目の加盟国は、2026年9月に加入したソマリアで、2024年の東ティモール、バヌアツに続きました。

 

国際司法裁判所(ICJ)や常設国際司法裁判所(PICJ)とは異なり、国家間紛争のみならず、国際機関、民間主体(企業)、個人などが当事者となれるだけでなく、相手国が拒否しても手続きは進めることも可能です。

 

また、締約国以外であっても,PCAに事案を付託すれば訴訟当事者となれます(これについてはICJ、PICJと同じ)。

 

名簿が「常設」

常設仲裁裁判所には、裁判官が本部(ハーグ)に常駐しているわけでもなく、常勤の裁判官は1人もいません。「常設」とは名ばかりで、裁判官の名簿が常設(常備)されています。

 

常設仲裁裁判所では、特定の紛争が持ち込まれた(仲裁裁判を行うことになった)場合、紛争当事国が話し合って、その都度名簿の中(裁判官リスト)から裁判官(仲裁人)を選任されます。その後、裁判基準、裁判手続きなどに合意して(ルールをその都度決めて)、裁判体が結成され(「仲裁裁判廷」を立ち上げ)、裁判が開始されます。

(仲裁裁判所では裁判官が割り振られる)

 

裁判官名簿(仲裁人リスト)

PCAの加盟国(129カ国)は、自国から最大4名まで「国際法の専門家」を裁判官名簿に登録することができます。したがって、名簿全体には 「4人 × 加盟国数」=数百名 の裁判官候補が並んでいます。

 

選任された裁判官は、任期6年,再選可ですが、普段は自国で教授や弁護士、外交官などをしており、ハーグに常駐していません。 常設仲裁裁判所(PCA)では、一つの裁判ごとに3名または5名の裁判官が担当しますが、通常裁判の場合は5名で構成されるケースが一般的です。

 

司法裁判との違い

現在の国際司法裁判所(ICJ)と、その前身の常設国際司法裁判所(PCIJ)は「司法裁判」で、紛争が起きたときには、すでに固定された15名の裁判官がおり、裁判基準(国際条約や国際慣習法など)や裁判手続き(規程や規則)もあらかじめ完全に定まったものが用意されています。仲裁裁判所のよう、当事国がその都度ルールを合意する必要はありません。

 

法的拘束力を持つが法執行する権限はない

仲裁裁判は、通常の裁判(司法裁判)とは異なるため、内容の不服を理由としてやり直しの裁判を求める「上訴(控訴や上告)」をすることは原則できません。

 

仲裁判断(判決に相当するもの)は一審限りで最終的なものであり、裁判所の確定判決と同一の効力を持ちます。というのは、仲裁制度は、当事者双方が「裁判所の判決ではなく、自分たちが選んだ仲裁人の判断に最終決定を委ねる」という合意(仲裁合意)のもとで行われるからです。

 

南シナ海仲裁裁判(2016年)

この「法的拘束力を持つが法執行する権限はない」ことをよく示す事例として、フィリピンと中国の間で争われた南シナ海仲裁裁判があります.

 

フィリピンは、2013年1月、中国を相手に、南シナ海に対する中国の領有権の主張や人工島の建設などが国際法に違反するとして、常設仲裁裁判所へ提訴しました。

 

このとき、PCAは、中国が主張する「*九段線」の歴史的権利には法的根拠がなく、国際法(国連海洋法条約)に違反するという判決を下しました(と裁定しました)。

 

これに対して、中国は、常設仲裁裁判所の判断に反発、「判決は無効であり、受け入れない」と拒絶し、その後も実効支配や軍事拠点化を継続しました。もっとも、この判決に法的拘束力はあるので、中国が進める人工島造成などの正当性は、国際法上はなくなりました。

 

☞九段線

中国が南シナ海のほぼ全域における領有権や海洋権益を主張するため、地図上に独自に設定している9本のU字形の破線のこと。

 

 

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(投稿日:2026/10/22)

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