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2022年12月27日

黒田の憂鬱:ようやく認めた?異次元緩和の失敗

現在、日本を襲っているインフレは円安が一因とされ、その円安の背景に、日銀の金融緩和政策の継続と、それに伴う日米金利差の拡大があります。これに対して、黒田東彦率いる日銀は、これまで動こうとしませんでしたが、黒田総裁は、2022年12月20日、長期金利の上限を従来の0.25%程度から0.5%程度に変更すると発表しました。

 

これを受け、市場では実質的な利上げ(金融引締め)と動揺が走りましたが、黒田総裁は「いわゆる金利引き上げだとか、金融引き締めではない」と述べ、安倍政権のアベノミクスから貫いた異次元の金融緩和を維持する方針に変わりはないと強調しています。黒田総裁、肝いりの異次元の金融緩和政策について考えます。

 

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日米金利差の拡大が引き起こした円安

 

総務省によると、2022年11月の消費者物価指数(生鮮食品を除く、コアCPI)は前年同月比3.7%上昇、第2次オイルショック後の1981年12月以来、40年11カ月ぶりの上昇率となるなど、私たちの日常生活に大きな影響を与え続けています。欧米ではさらに深刻で、インフレ率は10%を超えており、今回のインフレは世界規模で進む歴史的な物価高騰となっています。この影響で、電気・ガスや食料品、原材料、輸送費など幅広い分野の値上げが国民に襲いかかっており、ウクライナ情勢次第ではエネルギーや穀物の価格が一段と上昇する可能もあります。

 

このインフレ対策として、欧米、特にアメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)は、大幅な政策金利の引き上げに踏み切り、その動きを加速させました。これに対して、黒田東彦・日銀総裁は、円安是正のための金融政策を見直す(金利を引き上げてインフレを抑える)考えがありませんでした。

 

世界中どの国も金利を引き上げて、物価を下げようと努力している中、黒田日銀だけが異例の金融緩和策を維持し、他の中央銀行とは異なる独自路線を邁進した結果、とりわけ日米の金利差が拡大しました。

 

金利差が広がれば金利が高いところにお金が流れるのは自然の成り行きです。投資家にとっては、金利の高いドルで資金を運用した方がより多くの利益が出るので、金利の低い円を売ってドルを買う動きが強まり、円安になっているのです(円売り/ドル買い⇒円安/ドル高)。

 

 

異次元緩和の継続

 

では、黒田総裁はどうして、こうした状況を受けても、金融緩和の継続に固執しているのでしょうか?この理由を、昨今のインフレによって利上げを求める声が高まったことに対するこれまでの黒田総裁の発言などから推測してみましょう。

 

まず、黒田氏の現状認識について、「輸入物価の上昇は円安というより、ウクライナ情勢でエネルギーや穀物など資源価格が一段と上昇する影響の方が圧倒的に大きい」と発言しています。

 

確かに、輸入物価の上昇は、ウクライナ情勢の影響を方が大きいことは間違いありませんが、輸入物価の値上がりを通じて商品や原材料価格が割高となるなど、家計や企業に与えるマイナスの影響が、円安の加速とともにより深刻になっていることは、日々の生活感覚から誰もがわかる事実です。

 

円安はプラス

また、黒田総裁は、次の発言から、円安が経済にとってプラスであるとの旧態依然の考えに固執しているようです。「円安には輸出企業の収益を拡大させるメリットも大きく、円安が全体として経済・物価をともに押し上げ、日本経済全体にとってはプラスに作用しているという基本的な構図は変わりない。」

 

かつては、円安になれば輸出価格が割安になって、輸出の拡大につながるといわれてきましたが、企業が海外での現地生産を増やした結果そのメリットは薄れています。「円安は中小企業にはメリットはほとんどない」という財界人も多くいます。

 

黒田総裁が繰り返す「円安はプラス」は、トヨタ自動車など大手輸出企業にとってプラスなのであり、実際、輸出製造業は、アベノミクス(安倍―黒田ライン)の株高を牽引してきました。日本がマクロ経済や為替政策を制定する過程で影響力を持つ重要な経済団体責任者の多くは、輸出に関連する製造業に従事していると指摘されています。

 

アベノミクスの柱が大胆な「金融緩和政策」だったことからもわかるように、安倍政権と二人三脚でやったきた日銀総裁も、彼らの利益を代弁したのかもしれません。しかし、大手輸出企業が潤っている間にも、私たち庶民が物価高で生活がどんどん苦しくなっています。現在、円安は日本経済全体にとってプラスに作用している基本構造ではないでしょう。

 

日銀総裁は、庶民の心を理解していないことは、今年の6月の講演で「日本の家計が値上げを受け入れている」と発言したことに対して、ネットで叩かれ「釈明」を強いられたことに如実に表れています。人々が物価高に悲鳴をあげていた頃のこの発言は、何かの経済統計の結果から導き出したようですが、黒田氏が、データとか理論だけを振りかざす「机上のエコノミスト」と同じレベルだったとは信じたくはありません。

 

上がる物価と上がらない賃金

加えて、黒田総裁が金利を低く抑え続けることが必要だとしているもう一つの理由は、日本の物価高は、アメリカとは異なり、景気の回復と賃金の上昇をともなっていないことにあります(もっとも、現在のアメリカは、物価が上がり過ぎて、賃上げが追い付かないという問題を抱えている)。賃金が十分に上がらず物価だけ上がる状況は、景気にマイナスの影響をもたらす恐れがあるとして、黒田日銀は金利を低く抑え続けることが必要だとしています。今の物価上昇は、黒田総裁がめざしている「経済が力強く回復したことによる物価の上昇」ではないのです(その意味で現在の物価上昇は「悪い物価上昇」と呼ばれている)。

 

これは、日本とアメリカのインフレの要因が異なることからくる結果です。日本の物価上昇は、アメリカのように、需要が高まってインフレになるディマンド・プルインフレではなく、費用の増大に伴い物価が上がるコスト・プッシュインフレによるものです。

 

アメリカの場合、物価上昇というマイナスの側面がある反面で、景気拡大というプラスの面があり、21年4月以降、経済成長率が顕著に高まりました。これに対して、日本は、21年10月以降は、輸入物価が上昇したことにより、産出量が減り、経済成長率も顕著に低下していきました。むしろ、成長率がマイナスにならなかったのは、コロナからの回復期待に伴う消費の増大など景気を下支えたと解されています。

 

だた、前述したのように、日本の場合に物価上昇が欧米諸国ほど激しくありません。通常、景気がよくなり失業率が低下すると、物価と賃金が上昇するという関係が見いだされます。しかし、日本では2000年以降、こうした相関関係が見られなくなり、産出量が増加しても(景気がよくなっても)、欧米と比較して、物価と賃金がそれほど上がっていません。

 

日本では長年、企業がコスト高を価格に反映させず(物価は上がらず)、人件費などで圧縮させる(賃金は上がらない)傾向がありましたが、今回のインフレ局面では、こうした企業努力も限界で、多くの企業で賃金は据え置かれたまま、物価は軒並み上昇している状況です。

 

また、特に賃金に関しては、相対的に賃金が低い非正規雇用が増え、労働市場が正規労働者と非正規労働者で二分されていることなどが原因で、低く抑えられています。これは労働市場の構造的な問題であり、この問題をマクロ的な金融緩和政策で解消できるものではありません。

 

 

10年経っても成果を出せない異次元緩和

 

ここまで、政策の視点から、黒田総裁が、金融緩和の継続を訴える理由をみてきましたが、それ以上に、黒田氏のプライドとメンツが関係しているように思われます。

 

2013年3月に日銀総裁の地位に就いた黒田東彦氏は、長引くデフレ脱却のために「2年で物価上昇率2%の実現」を目標に掲げ、「黒田バズーカ」ともてはやされた大規模な金融緩和政策(量的質的金融緩和政策)を採用してきました。景気浮揚を促す金融緩和は金利を引き下げ、円安・株高を誘引させ、特に、大手輸出企業は高収益と株高の好循環を実現してきました。

 

しかし、実体経済の方は、2年間での達成を目指した目標は果たせなかったどころか、「異次元」の金融緩和の導入から10年が過ぎようとしていますが、いまだに実現していません。

 

この間、日銀は、ゼロ金利政策とともに、量的・質的金融緩和政策を拡大させ、マイナス金利政策、さらには、10年国債の利回りをゼロ水準に誘導する、「長短金利操作付き量的・質的金融緩和(イールドカーブ・コントロール)」を継続させ、現在に至っています。しかも、黒田総裁は、「物価目標を達成するまで続けると約束し」強気の姿勢を崩しませんでした。

 

10年かけても2%のインフレ目標は実現できないまま、黒田総裁が金融引き締めに転換すれば、自己否定につながり、晩節を汚すことになるだけでなく、同時に、アベノミクスも失敗であったことを認めることになってしまいます。

 

持続的な物価上昇が根付くにはそれを上回る賃上げが不可欠で、政府・日銀が掲げる2%の物価安定目標を達成するには、毎年3%程度の賃上げが必要だと試算されています。国内で最後に3%の賃上げが実現したのは、バブル末期の1990年代初めまで遡らなければならないそうですから、達成は難しいと見られています。

 

あくまで金融緩和政策の継続に固執する、今の黒田総裁は、医師が、患者さんにある薬を処方しても効かないから、投薬量を増やして、治るまでその薬を使い続けようとする「やぶ医者」の行為と同じことをしている印象を受けます。

 

薬は効かなければ変えないといけません。人は、投薬治療を続けると、たとえ正しい処方であったとしても副作用を起こし、誤った処方であれば死に至らしめることさえあります。10年に及ぶ異次元の金融緩和政策によって、日本経済も最近では副作用が次々と表面化しています。

 

例えば、成長できる力を測る潜在成長率と呼ばれる統計があります。NRI(野村総合研究所)によると、この日本経済の潜在力を測る指標は、日銀が現在の異例の金融緩和策を導入した2013年頃からほぼ一貫して低下し、現在ではほぼ0%となっています。異例の金融緩和が、成長を促進させるどころか、潜在成長率の低下も食い止める力も発揮しなかったことを示しています。

 

 

需要制約から供給制約へ

 

そんな中、新型コロナウイルスの感染拡大に伴う港湾労働者の不足や、ロシアによるウクライナ侵攻が勃発したことによる資源価格が高騰し、日本の物価上昇率は2%を超えてきました。物価上昇が、日銀が長年実施した金融緩和政策の結果ではなかったのは皮肉な結果です。しかも、前述したように、足元の物価上昇は原油や穀物高など輸入コスト上昇によるもので、黒田総裁がめざす、持続的・安定的な物価上昇とはほど遠いものです。

 

これまでデフレ脱却を目標として行われた黒田日銀による金融緩和政策は、需要不足からきたものでしたが、今回、新型コロナウイルスの世界的感染の拡大や、ロシアによるウクライナ侵攻などを起因とする供給制約の問題です。

 

デフレ脱却のための政策を、今のインフレの時代にも適用させようとするのは無理があります。経済の潮目が変わったにもかかわらず、黒田総裁は「短期金利をマイナス、長期金利を0%程度(変動許容幅の上限を0.25%)」とする、これまでの金融緩和政策を変更することを頑なに拒否してきました。

 

 

金利引き上げの時

 

しかし、こうした背景下、今、黒田日銀がとるべき対応は金利上昇容認で、異常な低金利状態から、金利を正常化させることです。

 

円高でインフレ抑制

物価上昇(インフレ)の問題は、輸入物価高騰からきており、これを引き起こしている一因が戦争と円安です。日銀はウクライナ戦争による供給障害には対応できませんが、円安には対処できます。円安が特に日米の金利差からきているのであれば、金利上昇を容認することによって、為替レートは円高になり輸入物価の上昇は抑えられます。

 

もちろん、金利上昇の容認は金融引き締めになってしまうため、景気には悪影響を与えます。一般に考えられることが、金利上昇によって、企業の設備投資が抑えれるというものですが、最近の日本では、設備投資は金融機関からの借り入れというよりは、日銀の金融緩和政策の恩恵で、ため込んできた内部留保で賄われている場合のほうが多いから、その影響は限定的になるとの指摘もあります。逆に、むしろ、円高を通じて、輸入物価が下がることによって、原材料費や光熱費の負担が抑えられると同時に、産出量が増え、経済を拡大させることになるのです。

 

こうした背景から懸命な識者やエコノミストは、政策金利(短期金利)を現状の-0.1%から引き上げてマイナス金利政策を解除し、また、長期金利(10年国債の利回り)のコントロールをやめ、上昇を一定程度容認する政策調整を行うことを提言していました。

 

そして、今回、黒田総裁は長期金利の上限を従来の0・25%程度から0・5%程度への変更を認めたことは、金利の正常化に向けての第一歩であり歓迎すべきことだと思われますが、当のご本人は「金融引締めではない」を繰り替えしています。

 

超低金利の日常

もちろん、金利引き上げに対する懸念は山ほど指摘されています。例えば、1000兆円を超える国債残高への影響が懸念されています。財務省は、金利が1%上昇すれば、国債の元利払いに充てる国債費は3.7兆円上振れする、と試算しています。また、長期金利が0.1%上昇すれば、国債の利払いが毎年1兆円も増えるという別の試算もあります(今回の変更のように長期金利が0.25%から0.5%まで上昇すれば、毎年2.5兆円の負担が増えることになる)。

 

しかし、冷静な専門家は、この程度の国債費の増加で、一気に財政危機が起きるものではない、仮に、政策金利を+0.1%程度まで引き上げたぐらいで、そうした事態は起こらないとみています。むしろ、政府が大規模金融緩和に便乗して、財政支出を野放図に増やし続けた「副作用」の方を問題視しています。

 

また、金利の上昇で懸念されるのは、住宅ローン金利の負担増加です。日銀の資金循環統計によれば、住宅ローンの融資残高は、マイナス金利が導入された2016年以降に増加傾向が強まり、過去10年間では40兆円ほど増えたといいます。

 

こうした異次元緩和の恩恵者にとって、長期金利が上昇していけば、今後住宅ローンの破産予備軍が増えていくことが懸念されています。しかし、住宅ローンを抱えている家計にとっても、金利の上昇で円高に振れ、輸入物価の低下によってインフレが抑えられる利点のことを忘れてはいけません。何より、預金に利子がついて、家計を助けてくれます。むしろ、超低金利が長く続いたため、金融機関の中には返済計画が緩い融資を実行していたところもあるというような「副作用」の方がやはり問題です。

 

これらの懸念は、政府も金融機関も国民も、異常な低金利に馴れてしまったことからきています。金利は低金利でないと、つまり現状の金融緩和状態が継続されなければ、社会が回らない日本経済となってしまったのかもしれません。薬漬けにされている人は、もはやその薬なしには生きていけなくなるのと同じです。もし、その薬が本来必要のないものであったとしたら、なおさらです。

 

正常な社会で金利はプラス

金利は本来、プラスであるのが当然で、おカネを預ければ利子がもらえ、おカネを借りれば利子を払うのが当たり前です。マイナス金利が適用される社会というのは、当たり前でないいびつな構造になってしまっています。

 

今回の日銀の発表を受けて、「長期金利1.0%」といった時代が来るかもしれない、という意見がありますが、黒田氏が日銀総裁に就任する前であれば、長期金利1.0%も政策金利+0.1%も(超)低金利の水準でした。

 

異次元緩和は、緊急時の処方箋で、それを10年続けることは、冷静に考えれば、異常なことなのです。2年で達成の目標が実現できなかった次点で、修正が必要でしたし、その後も継続されたとしても、少なくとも出口戦略は立ておくべきでした。

 

今回のインフレは、金利を元の正常にもどす絶好のチャンスですが、ここまでの段階で黒田総裁は意固地になって、政策の継続続けようとした結果、そのチャンスは逃してしまいました。いたずらに、引き延ばしつづけた黒田総裁の「罪」は重く、日銀の長すぎた超金融緩和の後始末は、今後長期にわたって続きます。

 

日本銀行の黒田東彦総裁が任期満了を迎える2023年4月までに、少なくも、マイナス金利政策の解除と、イールドカーブ・コントロールを廃止によって、金利水準をできるだけ正常化させることが、後世の世代への罪滅ぼしになります。

 

まとめ

 

私たち庶民はインフレに苦しめられています。ですから、その要因となっている円安対策も含めて、金利の引き上げ正常に戻すことが肝要です。金利が正常に戻れば、日々の生活の物価が下がり、私たちは預金から利子収入を得ることができます。

 

ただし、これには時間がかかります。その間、政治の出番で、税制や補助金など財政出動が必要です。これに対して財政赤字を増やすと批判されるかもしれませんが、金利の正常化は円高による輸入物価の安定を及ぼし、これによって、生産が拡大し、景気も回復、税収は増加していくのです。

 

ですから、今、防衛費のための増税などありえません。優先順位は、インフレの収束と国民生活の安定が先です。それでも防衛体制の充実がすぐに必要というなら、その財源は増税でなく国債です。

 

 

<参照>

ついに「黒田バズーカ」炸裂!日銀「大転換」でゾンビ企業とマンション住民を襲う「借金地獄」の厳しすぎる現実

(2022.12.26、現代ビジネス)

異次元緩和「日本の実態に合わない」元日銀理事が斬る

(2022/10/6、毎日新聞/岡大介)

日銀は円安進行にどう対応すべきか

(2022/07/19、NRI)

日本銀行の正常化策は経済悪化、財政危機を招くか

(2022/07/20、NRI)

絶望の円安136円…国民軽視「鬼の日銀」が絶対に利上げしない3つのワケ

(2022.06.27みんかぶ/佐藤健太)

止まらない円安~日銀のジレンマ

(2022.04.12、NHK解説室)

日本のインフレ対策には「金利上昇の容認」が必要な理由、マクロ経済学で解説

(2022/09/08、Diamond online 野口悠紀雄)