日本国憲法の基本的人権(各論)について、2回に分けて解説します。前半の自由権についてです。
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自由権とは、国家の干渉を排除し、個人の自由を確保し得る権利です。18、19世紀の夜警国家=立法国家の時代の代表的な人権で、「国家からの自由」とも形容されます。日本国憲法では、精神的自由権・経済的自由権・人身の自由と3つに分けて自由権が規定されています。
(1) 精神的自由権(精神の自由)
精神の自由は、「思想・良心の自由」「信教の自由」「表現の自由」「学問の自由」の3つに分類されます。
思想・良心の自由(第19条)
思想及び良心の自由は、これを侵してはならない
内面(内心)の自由ともいわれる思想・良心の自由は、人間の内面の精神活動の自由を保障したもので、「公共の福祉に反しない限り」という留保(制限)もつかない絶対無私の人権です。
信教の自由(20条)
① 信教の自由は、何人に対してもこれを保障する。いかなる宗教団体も、国から特権を受け、又は政治上の権力を行使してはならない
② 何人も、宗教上の行為、祝典、儀式又は行事に参加することを強制されない
③ 国及びその機関は、宗教教育その他いかなる宗教的活動もしてはならない
信教の自由は、宗教に関する自由で、「信教」には、信仰の自由、宗教的行為(宗教活動)の自由、宗教的結社の自由という3つの自由が含まれる。信教の自由について争われた裁判には、オウム真理教解散命令事件があります。
宗教法人オウム真理教解散命令事件
解散命令が、宗教的結社の自由を侵害するか否かで争われた裁判では、それによって法人格が剥奪されるだけであって、信者は法人格を有しない宗教団体として存続させられることなどを理由に、憲法には違反しないとしました。
政教分離原則
信教の自由から、派生的に、政教分離の原則が定められています(同条3項)。政教分離原則とは、国家と宗教は関わり合ってはならないという要請を言いますが、この原則を反映し、公教育における宗教教育が禁止されます。
また、小泉元首相をはじめとする首相や閣僚の靖国神社参拝も、政教分離の原則の中で問題視されました(最高裁は、訴えの利益がないとして憲法判断を回避)。
政教分離の原則に反するか否かについては、以下のような判例があります。
・特定宗教に基づく宗教教育を施すことを目的とし、国公立の宗教学校を設立することは違憲。
・私立学校で宗教教育を行うことは合憲。
・国公立学校に、宗教の意義を学問的に解明する趣旨で宗教学の講座を設けることや、特定の宗教の歴史の講座を設けることは、「宗教教育」にはあたらず合憲。
ただし、政教分離の原則は制度的保障の規定であって、信教そのものを直接保障するものではないと解されています。制度的保障とは、国家と宗教の分離を制度として保障することによって、間接的に信教の自由を確保しようとするものです。
また、財政面から政教分離原則を補足しているのが、憲法89条で、公金その他の公の財産を宗教上の組織・団体等、または公の支配に属しない慈善、教育若しくは博愛の事業のために使用させたり、支出したりすることを禁じています。
目的効果基準
もっとも、政教分離規定において、国家と宗教というのは一切関わってはならないのではなく、「相当とされる程度を超える関わりだけ許されない」とする立場が有力で、その基準として、「目的効果基準」が多くの場合、採用されています。
目的効果基準とは、「当該国家行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進または圧迫、干渉になるか否か」で判断するというものです。過去には、97年の愛媛玉ぐし料訴訟判決において、違憲判決が出されたことがあります。
愛媛玉ぐし料訴訟判決
愛媛県が、護国神社および県内の愛媛護国神社に玉串料、供物料等の名目で公金を支出した行為は、
➀目的が宗教的意義を持ち、
②効果が特定の宗教に対する援助、助長、促進になる
として、県と靖国神社との相当とされる限度を超えるものであって、20条3項で禁じられる「宗教的活動」にあたり、また89条にも反すると判示されました。
表現の自由(21条)
① 集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。
② 検閲は、これをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。
表現の自由は、内心を外部に発表する自由のことで、本条で明文化されている表現活動に加えて、報道・取材の自由、政治活動の自由、街頭演説・ビラ貼り・ビラ配りなどの自由や、国民の「知る権利」など「その他一切の」表現活動が保障されている。なお、取材の自由について、判例では「保障」ではなく、「尊重」されると判示されました。
もちろん、一切の表現の自由と言っても、プライバシーの権利や他人の名誉を侵害する(名誉毀損)場合など、「公共の福祉」の観点から制限が加えられる場合があります。
それでも、常に、名誉やプライバシーの保護が優先されるというのでもありません。例えば、名誉棄損罪を定めた刑法230条2第1項では、たとえ、名誉棄損行為であっても、
1)「公共の利害に関する事実」に係り、かつ
2)「その目的が専ら公益を図ることにあった」と認められる場合には、
3)「事実の真否を判断し、真実であると証明があった」ときには、これを処罰しない
と規定しています。
検閲の禁止
表現の自由を確実にするために、憲法21条2項では、検閲を絶対的に禁止しています。また、通信活動も意思や情報を伝達する一種の表現活動とみなされ、その秘密の維持も保障されています。
検閲とは、「行政側(国や自治体)が、言論や出版などの表現物に対して、発表前に思想内容を審査し、場合によってはその表現内容などについて削除や訂正を求めたり、発表を禁止したりする行為」です。
戦後、GHQ(連合国総司令部)は占領政策遂行のために徹底した検閲を実施しました。
教科書検定は検閲か?
93年の「家永教科書訴訟」判決において、最高裁は、「教科書検定が「発表の禁止」を目的としたものではなく、「発表前の審査」といった特質もない、また、検定不合格図書は、教科書としては発行できないが一般図書としては発行できるなどを理由に、教科書検定は憲法の禁止する検閲には当たらない」との判断を示しています。
事前抑制の禁止
出版物に対する裁判所の事前差し止め(事前抑制)については、裁判所は行政機関でないから、「検閲」にはあたらないと解されていますが、事前差し止めも原則禁止で、以下の厳格な要件の下でなら許されます(北方ジャーナル事件)。
1)表現内容が真実でないか、または
2)それが専ら公益を図る目的でないことが明白であって、かつ
3)被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるとき
学問の自由(23条)
学問の自由は、これを保障する。
学問の自由には、国家から干渉されることなく、①学問研究を自由に行い、その結果を発表することができる「学問研究の自由」、②大学における「教授の自由」③「大学の自治」が含まれています。
教授の自由
大学における教授の自由について異論はありませんが、小学校や中学校の義務教育では、一定の範囲での教授の自由は認められるものの、教育の機会均等と全国的な教育水準の確保などの観点から、普通教育における教師に(大学と同じように)完全な教授の自由を認められていません。(旭川学力テスト事件)
具体的には、「公立の小中高の教員は、教科書検定制度に基づいて、*学習指導要領に適合している教科書の使用義務と、学習指導要領の内容に基づいて授業をしなければならない」と判示さています。
☞*学習指導要領
学校教育法に基づいて、文部科学省が告示する初等教育および中等教育における教育課程の基準である。また、学習指導要領のより詳細な事項を記載した「学習指導要領解説」も発行されている。また、これらとは別に、学校教育法施行規則で、例えば小・中学校の教科等の年間の標準授業時数等が定められている。
大学の自治
大学の自治は、国民の学問の自由をより確かなものにするための制度的保障で、大学内部の問題に関して、大学の自主的な決定に任され、かつ外部からの干渉を排除することができる制度です。自治の内容は、➀学長・教授その他の研究者の人事権、②大学の施設管理権(大学の財政を含む)、③学生の管理です。。なお、大学の自治の主体は研究者で、学生ではありません。
(2) 経済的自由権(経済の自由)
経済の自由には、「居住・移転および職業選択の自由」と「財産権」があります。
居住・移転および職業選択の自由(22条)
① 何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。
② 何人も、外国に移住し、又は国籍を離脱する自由を侵されない。
「居住・移転および職業選択の自由」の「職業選択の自由」には、選択するだけでなく、選択した職業を遂行する「遂行の自由」や、自ら営業主となって営利を営む「営業の自由」も含まれています。
ただし、世の中には、公共の福祉の観点から、政策的な理由で課された、社会経済活動を活性化させるような積極的な「政策目的規制」(積極目的規制)や、病気や災害などを防止する公共の安全の秩序と維持の観点に立った消極的な「警察目的規制」(消極目的規制)によって、営業の自由が制限される場合があります。
職業選択の自由にかかる制約
政策目的規制 (積極目的規制)
社会的・経済的弱者の救済、調和のとれた経済社会をつくるための制約のこと。郵便事業の国の独占事業化、電気・ガスの事業を特許制にすることなどがこれに当たります。
警察目的規制 (消極目的規制)
内在的制約とも言い、危険を防止するための制約のこと。例えば、貸金業は届出制、小売商、飲食店や道路運送業は営業許可制、医師や弁護士は資格取得制、建築業は登録制となっており、誰もが自由に営業できるわけではありません。
職業選択の自由の「営業の自由」をめぐり、小売市場と薬局の距離制限規定(営業許可制)について最高裁で争われた。
- 小売市場距離制限事件
小売商業調整特別措置法の、(一つの建物を小さく区切られた場所で小売商らが店舗を持つ)小売市場を新たに開設するには、既存の市場から一定の距離が離れていなければならないという距離制限規定が、小売市場業者の営業行為を不当に制限したものであるかが争われました。
最高裁は、小売市場の許可制とその許可条件としての距離制限は、国が社会経済の調和的発展をめざすという観点から中小企業保護政策の一方策としてとった措置(積極目的規制)ということができ、「著しく不合理であることが明白であるとは認められない」として(「明白性の基準」を採用)、同法を合憲としました。
- 薬局距離制限事件
薬事法の規定にある距離制限などにより、薬局開設の許可を得られなかった薬剤師Xが。そこで、薬事法の同規定が憲法22条の営業の自由に違反するとして出訴しました。
薬事法で薬局開設に距離制限が設けられた理由は、薬局が乱立して競争が激化すると、互いに経営を圧迫し、集客維持のために安い不良薬品の供給に走る可能性があるから規制しようというものでした。
これに対して、最高裁は、薬局開設の距離制限までかけなくても、薬局の乱立を防ぎ、不良薬品を排除できるとして、薬事法の距離制限が、「不良医薬品の供給の防止等の目的のために必要かつ合理的な規則を定めたものということができない」として(「厳格な合理性の基準」)を採用)、違憲の判断を下しました。
☞政策目的規制 ⇒ 明白性の基準
社会的・経済的弱者を保護するための積極的政策的制約は、合憲となる場合が多く、違憲となるには、立法府による法的規制措置が「著しく不合理であることが明白である場合」に限られる。判断の前提として社会経済政策に関する資料が必要であるが、その資料を収集する能力は、裁判所よりも、国会の方が優れている。裁判所としては、国会の立法判断を尊重すべきであるとする立場をとる。
☞警察目的規制 ⇒ 厳格な合理性の基準
国民の生命や健康に対する危険の防止するための消極的内在的制約の場合、「より緩やかな規制手段が存在すれば違憲とする」べきであるとされる。規制立法の妥当性を判断する場合には、社会政策資料が不要であるので、裁判所の判断能力に問題はないとする。
財産権(29条)
① 財産権は、これを侵してはならない。
② 財産権の内容は、公共の福祉に適合するように、法律でこれを定める。
③ 私有財産は、正当な補償の下に、これを公共のために用ひることができる。
財産権とは、国民一人一人が各自で、土地、株式、特許権、河川利用権などの財産を所有できるという権利です。財産権の保障を強化するために、制度的保障として、土地など生産手段の私有を保障した私有財産制度も確立しています。
財産権(29条)は、「公共の福祉」による財産権の制限を認めた上で(2項)、「正当な補償」と「公共のために用いる」(3項)ことを条件として、私有財産を公共用地に提供させたり、使用に制限をかけたりできます(=正当な補償を行えば、私有財産を公共のために用いることが許されている)。従って、高速道路やダム建設など公共の必要性がある場合、正当な補償を受けて近隣住民が立ち退かなければならない場合もあります。
正当な補償」とは、原則として、当該財産のもつ客観的価値と一致する額の補償(完全補償)が必要である。*土地収用法における損失の補償は、完全な補償をなすべきであると判示しました。例外として、農地改革のような特殊な場合には、当該財産について合理的に算出された相当額の補償(相当補償)で足りると解される。
「公共のために用いる」とは学校や病院、鉄道や道路の建設など、不特定多数人の利益をはかる公共事業のためには私有財産を提供してもらったり、戦後の農地改革のように公共の利益のために収用された財産を、他の個人に分配してもらったりする(特定人の利益をはかる)場合などがあげられます。
☞土地収用法
道路や河川などの公共事業のために必要な土地を、所有者が反対しても強制的に取得できる要件や手続きを定めた法律
もっとも、「正当な補償」については、私有財産に対して制約することがあれば、常に補償しなければならないというのではない。正当な補償が必要なのは、「公共の福祉のために用いる」場合で、かつ特定の個人に対して「特別の犠牲」を課す場合に限られます。
例えば、災害防止のために、ため池の堤とうでの耕作などを禁止した条例に対して、ため池の堤とうを使用できる財産権を有する人たちへの補償は、「当然受忍しなければならない責務」として、補償の必要はない、という判例の判示もある(奈良県ため池条例事件)。
このように、経済の自由は、所得格差の是正など「公共の福祉」の観点から、精神の自由以上に強い制約を受けることが認められています(経済の自由に関する規制は合憲と出やすい)。
一方、財産権に対する規制の合憲性については、森林法の共有林分割制限規定が争われましたが、最高裁は、職業選択の自由の場合と同じような積極消極二分論を採用せず、規制の目的、必要性、内容、制限される財産権の種類・性質、及び制限の程度等を比較衡量で決すべきとしています。
森林法共有林分割制限規定(87年4月)
共有林の分割を制限した森林法186条の規定は、「森林の細分化を防止し、森林経営の安定をはかるとする立法目的の合理性は認められるが、持分価額2分の1以下の共有者の分割だけを許さないことに、強い社会的な必要性は見いだせない」として、最高裁は、「当該規制手段が、立法目的との間に合理的関連性を欠き、必要な限度を超えるもの」として、29条2項に違反し、違憲であるとしました。
☞森林法共有林事件
父親から4つの山林を生前贈与され、それぞれ2分の1ずつの持ち分で共有していた兄弟がいたが、後に、兄が弟の了解なしに山林内の立木を伐採して売ったことから、2人が対立した。弟は、4つの山林を半分に分筆(ぶんぴつ)して、兄弟が別々に1人で持つことを提案したが、兄が拒否した。弟は、裁判所に分割の請求をするとして裁判を起こそうとしたが、当時の森林法186条には、「持分価格で過半数を超えない共有者の分割請求を否定する」規定があった。弟は、分割を認めない森林法の規定は憲法29条の財産権の侵害に当たるとして訴えた。
(3) 人身の自由
人身の自由(身体の自由)は、国家の都合による不当な逮捕や裁判を防止するための権利であり、「奴隷的拘束・苦役からの自由(18条)」と、「適正手続きの保障(31条)」に大別されます。
奴隷的拘束・苦役からの自由(18条)
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
本条は、人間の尊厳を否定するような奴隷的拘束や、犯罪処罰以外に「その意に反する」強制的に苦役を課すといった、非人道的な自由の拘束を禁止しています。なお、日本国憲法は兵役義務を規定していないことから、18条の「その意に反する苦役」には、徴兵制は含まれると解されている。
適正手続きの保障(第31条)
何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。
「適正手続きの保障」は、捜査・逮捕・裁判など刑事手続きの段階で、法律が定める適正な手続きによらなければ、死刑や懲役などの刑罰を受けないことを定めています。裁判では、どういう犯罪があり、それに対してどういう刑罰があるかを明確に定めていなければなりません。これを罪刑法定主義と言います。
憲法31条は、人権そのものを規定したものではなく、刑事手続きにおける人権保障についての基本原則を定めています。その具体的な手続的保障として、*被疑者の権利と*被告人の権利が規定されています。
☞被疑者:逮捕から*起訴までの段階で、捜査の対象となっている者。
☞被告人:起訴されて、裁判を受けている者(民事訴訟では被告と呼ばれる)。
☞起訴:訴えを提起すること。 検察官が裁判所に対し、犯罪事実について審判を求めること。
被疑者の権利
被疑者の権利(主に33条~36条)は、捜査・逮捕段階における権利のことで、令状主義が保障され、令状なく、不当に逮捕されたり、拘留・拘禁されたりされません(33条)。
また、逮捕されても、抑留・拘禁の理由が告げられ、弁護人を依頼する権利などが保障されています(34条)。
さらに、令状なく、不当に住居の不可侵、捜索・押収を受けない権利などが保障されています(35条)。
加えて、「公務員による拷問…は、絶対にこれを禁止する」(36条前半)と、取り調べにおける拷問を禁止している。憲法の条文中に「絶対」という記述があるのは、日本国憲法全103条中、36条だけで、公共の福祉による例外も認めていません。
被疑者の弁護人依頼権
被疑者の段階で、弁護人を依頼する権利は与えられていますが、国選弁護人を付けることを、憲法は保障していません。これが冤罪発生の原因であるとの指摘を受け、現在では、刑事訴訟法の改正により、一定の範囲で被疑者にも、拘留時から国選弁護人を依頼できる「被疑者国選弁護制度」があります。
被告人の権利
被告人の権利(主に37条~39条)は、裁判時における権利のことで、37条において、公平で迅速な公開裁判を受ける権利や、証人審問権・喚問権、さらには弁護人依頼権が保障されています。もし、経済的な理由で弁護人を依頼できない場合は、公費で国選弁護人がつきます。
かつて、自白は「証拠の王」とみなされ、自白を得るための拷問や脅迫などが行われていたことから、日本国憲法では、38条で、供述と自白について「自己に不利益な供述を強要されない権利 (供述拒否権)を保障しました。これを受け、刑事訴訟法は、被疑者ならびに被告人に黙秘権を認めています。
また、拷問や脅迫など不法な手段や、長期間の不当な勾留によって得た自白は、刑事裁判の証拠とすることができず (自白法則)、さらに、自白だけを証拠に被告人を有罪にすることはできません(補強法則)。ここから「無罪の推定」という原則が生まれました。なお、供述拒否権など自白に関する規定は、当然、被疑者の権利でもあります。
☞無罪の推定
刑事裁判で有罪の判決がでるまでは、被告人を「罪を犯していない人(無罪)」として扱わなければならない」とする原則。
加えて、適正手続きの保障は、判決においても適用され、刑事事件では「遡及処罰の禁止」、「一事不再理」、「二重処罰の禁止」が、憲法39条で保障されています。
☞遡及処罰の禁止
行為の後に法律を作り、さかのぼって処罰できないこと。「先日の行為は、現在違法となったので処罰する」とはいえない。
☞一事不再理
一度無罪が確定したら、同一事件について再び刑事責任は問われないことで、「あの時は無罪だったが、新たな証拠がでたので罰する」とはならない。これは、本人に不利益になる再審を禁止する規定なので、量刑を軽くするための再審や、有罪から無罪にするための再審は認められている。また、一度審理し終えたら、刑事事件として再度審理することはできないが、民事事件として損害賠償を請求することは可能である。
☞二重処罰の禁止
一つの行為を前とは異なる罪として再度処罰することを禁止するもので、例えば、「横領罪で有罪判決を受けた人が、後になって詐欺罪も問われて刑期が延びる」ことはない。
また、36条後半の「公務員による…残虐な刑罰は、絶対にこれを禁止する」は、被告人の権利である。なお、「死刑」は「残虐な刑罰」に当たらないと解されている。



