日本の勲章:菊花章から…旭日章…文化勲章まで

 

2024年6月、天皇陛下が国賓として英国を訪問された際、イギリスの最高勲章「ガーター勲章」を贈られたことが話題となりましたが、天皇陛下も、チャールズ国王に対して、日本の最高勲章「大勲位菊花章 頸飾」を授与されました。日英の両君主がお互いに、国の最高勲章を贈りあっていたのです。

 

日本の最高勲章「大勲位菊花章頸飾」とはどういう勲章なのでしょうか?今回、身近に知られている文化勲章をはじめ、日本の勲章についてまとめました。

 

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<日本の勲章の種類>

 

現在、日本の勲章は、22種類存在し、菊花章、桐花章、旭日章、瑞宝章、宝冠章および文化勲章に大別されます。

 

 

  • 菊花章(きっかしょう)

 

菊花章は、日本の栄典制度における最高位に位置する勲章で、大勲位菊花章頸飾(だいくんい きっかしょう けいしょく)と大勲位菊花大綬章(だいくんい きっかだいじゅしょう)の2種類があります。前者がネックレスの頸飾(けいしょく)(=首飾り)、後者が肩からかける大綬章で、頸飾が最も位が高い勲章です。

 

大勲位菊花章頸飾

(だいくんい きっかしょう けいしょく)

( Collar of the Supreme Order of the Chrysanthemum)

 

最高位の勲章である大勲位菊花章頸飾は、1888年1月の勅令で制定され、日本の勲章では唯一、頸飾(ネックレスの意)の形状をとり、また唯一すべて金でつくられている特別な勲章で、天皇陛下も即位に伴う儀式で身につけられました。

 

大勲位菊花章頸飾は、すでに大勲位菊花大綬章を授与した人のなかで、さらに卓越した功績を成した人に授与されます。したがって、発足以来受章者は少なく、天皇や皇族、また外国人への儀礼叙勲をのぞくと、山県有朋、伊藤博文、大隈重信、大山巌(いわお)、東郷平八郎ら15名しかいません(うち生前に授与された人は6名)。戦後では、吉田茂、佐藤栄作、中曽根康弘、安倍晋三の4名が没後に受章しています。現在、日本でご存命の大勲位菊花章頸飾の保持者は、天皇陛下と上皇陛下のお二人のみです。

 

外国人への儀礼叙勲では、来日した王族や国賓のうち、主として立憲君主制国の国王、大公、首長らに贈られています。チャールズ国王には、皇太子時代の1971年、昭和天皇が英国公式訪問の際、大勲位菊花大綬章を贈り、今回の天皇陛下の公式訪問にあたり、大勲位菊花章頸飾の授与が決定しました。これで、英国君主に対しては、明治時代のエドワード7世(在位1901~1910年)以来、6代続けての授与となっています。

 

大勲位菊花大綬章

(だいくんい きっか だいじゅしょう

( Grand Cordon of the Supreme Order of the Chrysanthemum)

 

大勲位菊花大綬章は、1876年(明治9年)12月に制定され、最高位である大勲位菊花章頸飾に次ぐ勲章です。天皇や外国の国家元首以外の生存者叙勲としては、上位の大勲位菊花章頸飾受賞者が没後受賞あることから、この大勲位菊花大綬章が事実上最高位となります。

 

受章者は、天皇や皇族をのぞくと、戦前は内閣総理大臣や参謀総長クラスが多く、戦後は内閣総理大臣に加え最高裁判所長官も受章しています。外国人への儀礼叙勲は、来日した皇族や国賓を対象に、国家元首レベルの方々に贈られています。前述したように、チャールズ国王には、皇太子時代の1971年、昭和天皇が英国公式訪問の際、大勲位菊花大綬章が贈られました。

 

なお、皇室儀制令で定められていた宮中席次では、大勲位菊花大綬章の帯勲(たいくん)者は内閣総理大臣などの現職の政府高官をも上回る序列第一類に属します(大勲位菊花章頸飾受章者に次ぐ第二位)。

 

 

  • 桐花章(とうかしょう)

 

桐花章は、菊花章に次ぐ日本の高位勲章で、等級はなく、桐花大綬章(とうかだいじゅしょう)のみの単一級からなる、日本における高位勲章の一つです。 1888年1月に旭日章(後述)の中の最上位たる、勲一等旭日桐花大綬章として追加制定されましたが、2002年8月の栄典制度の改革で、「桐花大綬章」と改称された別個の勲章となりました(旭日章とは別種の「桐花章」という勲章に分類され、旭日章より上位)。

 

現在、桐花大綬章(旧称は勲一等旭日桐花大綬章)は、旭日大綬章または瑞宝大綬章を授与するに値する以上の功労のある者に与えられるが、大勲位菊花章の下位に位置する。

 

 

  • 旭日章(きょくじつしょう)

(Order of the Rising Sun)

 

旭日章は、1875年(明治8)1月に、日本の最初の勲章として制定されました。現在の授章対象は、内閣総理大臣・知事などの公職者、公益性を有する団体役員、企業経営者、また社会の各分野で顕著な功績をあげた人などで、功績の度合いにより異なります。授与対象は男性に限る運用が行われていましたが、2003年の栄典制度改正の際に男女等しく授与される勲章となりました。

 

旭日章は現在、以下の6等級で運用されています。

旭日大綬章、旭日重光章、旭日中綬章、旭日小綬章、旭日双光章、旭日単光章

 

旭日大綬章(きょくじつだいじゅしょう)

旭日大綬章(旧勲一等旭日大綬章)は、旭日章の最高位で、2002年8月の栄典制度の改革で制定されました。「勲章の授与基準」によれば、旭日大綬章の対象者は、「内閣総理大臣、衆議院議長、参議院議長又は最高裁判所長官の職にあって顕著な功績を挙げた者」とされていますが、実際の受章者には、功績の顕著な県知事や大企業経営者、業界団体役員なども含まれています。

 

なお、旭日大綬章旭日の1ランク下の旭日重光章の受章基準は、「国務大臣、内閣官房副長官、副大臣、衆議院副議長、参議院副議長又は最高裁判所判事の職にあって顕著な功績を挙げた者」を対象としています。

 

 

  • 瑞宝章

 

瑞宝章は、社会・公共のために、多年の功労がある者に授与される勲章で、1888年に制定されました。当初、他の勲章と同様、国家のために尽くした官吏にしか授けられませんでしたが、1892年、広瀬宰平(住友総理事)、渋沢栄一(第一銀行頭取)、古河市兵衛(足尾銅山経営者)、伊達邦成(北海道開拓者)の4人に、「民間人」として初めて勲四等瑞宝章が授与された、民間人でも国家のために尽くした者には授与されました。また、当初、男性のみが授与対象とされていたが、1919年、女性にも等しく授与されることになりました。

 

さらに、瑞宝章は、設立時、旭日章の下位に置かれましたが、2002年に閣議決定された栄典制度の改革、旭日章と同格となり、「国及び地方公共団体の公務または公共的な業務に長年にわたり従事して功労を積み重ね、成績を挙げた者」に授与されることになりました。功績の内容に着目する旭日章と、功労の積み重ねに着目する瑞宝章というように、章の性格が明確にされました。

 

加えて、旭日章にあわせて等級も6段階となり、名称も、瑞宝大綬章、瑞宝重光章、瑞宝中綬章、瑞宝小綬章、瑞宝双光章、瑞宝単光章とされました。

 

 

  • 宝冠章(ほうかんしょう)

(Order of the Precious Crown)

 

宝冠章は、「特別の場合、婦人の勲労ある者」に授与すると定められ、1888年1月、4日に制定された、授与対象を女性に限定した唯一の日本の勲章です。当時は、男性限定の「旭日章」に対し、女性専用の「宝冠章」と位置づけられ、旭日章とは同格となり、瑞宝章より上位の勲章とされました。

 

しかし、2003年11月の栄典制度改正(02年閣議決定)により、それまで授与対象が男性に限定されていた旭日章、桐花章、菊花章が女性にも授与されるようになったため、一般の叙勲はされなくなりました。現在では、日本の女性皇族に対する叙勲と、(国家元首や皇族・王族などの公式訪問の際に行われる)、外国人(外国の女性王族)に対する儀礼叙勲など、特別な場合に限り運用されています。

 

 

  • 文化勲章

 

文化勲章は「文化の発達に関し勲績卓絶なる者」に授与されると規定されているように、わが国の文化の発達に対して顕著な功績のある人に授与される勲章です。受章者は文化功労者のうちから選ばれます。

 

いずれも個人のみを授与の対象としており、団体・法人に授与されることはありません。個人であれば、生存者であると死亡者であることは問われません。また、日本国民であると外国人であることも問われません。

 

叙勲は、春秋叙勲、危険業務従事者叙勲、高齢者叙勲、死亡叙勲、外国人叙勲の区分があります。

 

春秋叙勲は、年に2回、春と秋に発令される定例の叙勲で、春秋叙勲は、春は4月29日(昭和の日)、秋は11月3日(文化の日)に発令され、毎回おおむね4,000名が受章します。

 

危険業務従事者叙勲は、警察官、自衛官、消防吏員、刑務官、海上保安官など「著しく危険性の高い業務に精励した者のうち、国又は公共に対し功労のある」55歳以上の元公務員を対象として、春秋叙勲と同じ日に発令され、毎回おおむね3600名が受章しています。

 

高齢者叙勲は、春秋叙勲で受章していない功労者を対象として毎月1日に発令され、年齢満88歳に達した機会に勲章を授与しています。

 

死亡叙勲は、叙勲対象となるべきかたが死亡した際、随時叙勲されます。原則として死亡日から30日以内に手続を完了します。

 

外国人叙勲には、日本との友好親善などに顕著な功績のあった外国人に対する叙勲(功労のあった外国人に対する春秋外国人叙勲)と、来日した国賓や、離任する特定国の駐日大使などに対して実施する叙勲(国賓等に対する儀礼叙勲)があります。いずれも外務大臣からの推薦に基づいて行われます。

 

 

日本の勲章の制定の経緯>

 

  • 勲章の創設

1875(明治8)年4月、日本で初めての勲章となる旭日章(きょくじつしょう)が創設されました(勲一等から勲八等まで8等級があった)。

 

また、翌1876年には、旭日章の上位に、大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじゅしょう)が新設されました。イギリスのガーター勲章やスウェーデンのセラファン勲章、またデンマークの象勲章など、当時の王室国家は、普通勲章の上に最高勲章を設けていたことに倣(なら)ったとされています。

 

  • 勲章の増設

 

さらに、1888年(明治21年)には、大勲位菊花大綬章の上位に、最高位の勲章として、大勲位菊花章頸飾(だいくんい きっかしょう けいしょく)が置かれました。

 

実は、この年は、同章も含めて、勅令によって、宝冠章、瑞宝章(ずいほうしょう)など、多くの勲章が増設されました。

 

また、旭日章の中の最上位「勲一等旭日大綬章」の上に、特別な功労者に授与される「勲一等旭日桐花大綬章」が追加制定されたのもこの年です。勲一等旭日桐花大綬章は、現在の旭日桐花大綬章となります(桐花章が旭日章から分離独立)。

 

なお、1888年の勲章増設の勅令には、1890年に創設され、武功抜群の軍人に授与された金鵄勲章(きんしくんしょう)も含まれていました。しかし、1947年、GHQ(連合国軍総司令部)の命により出された「内閣官制の廃止等に関する政令」によって廃止されました。

 

 

  • 戦後の日本勲章の運用

 

その後、第二次世界大戦後に生存者叙勲は、一時停止されましたが、1964年に再開され、同じ勲章制度が引き継がれました。ただし、戦前は天皇の勅令によりましたが、戦後は、日本国憲法に基づいた運用となります。

 

日本国憲法第14条3項後段では「栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。」とされており、勲章の世襲はできず、佩用(はいよう)できるのは授与された本人のみとなります。

 

日本国憲法第7条7号は天皇の国事行為の一つとして「栄典を授与すること」を定め、同条を根拠に「栄典」の一つとして天皇が勲章を授与します(勲章の授与は、天皇の名で行われる)。もっとも、栄典授与の実質的決定権は内閣にあります。また、勲章制度を定める法律はなく、政令(政令とみなされる太政官布告、勅令)及び内閣府令(内閣府令とみなされる太政官達、閣令)に基づいて運用されています。

 

 

  • 現在の栄典制度

 

さて、そうした、戦後の栄典制度の運用において、大きな制度改革は、2002年(平成14)8月に閣議決定された「栄典制度の改革について」に基づいて、翌年の2003年(平成15年)11月3日に行われた栄典制度改正です。

 

まず、1888年に旭日章の中の最上位に追加制定された勲一等旭日桐花大綬章を、旭日章から分離させ、桐花大綬章とし、旭日章より上位の桐花章という別の勲章に改められました。その際、勲一等など勲等(数字)の表示をやめさせるなど大幅に整理されました。

 

また、それまで授与対象が男性に限定されていた旭日章(桐花章)、菊花章が女性にも授与されるようになったため、女性向けの勲章であった宝冠章の一般の叙勲はされなくなりました。

 

さらに、旭日章の下位にあった瑞宝章を同格にし、旭日章は功績の内容に着目し、瑞宝章は功労の積み重ねに着目するというように、授章基準に違いをつけました。

 

主な出来事

1875(明治8)年、旭日章(きょくじつしょう)

1876(明治9)年、大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじゅしょう)

1888(明治21)年、大勲位菊花章頸飾(だいくんい きっかしょう けいしょく)

宝冠章瑞宝章(ずいほうしょう)勲一等旭日桐花大綬章

2003(平成15)年、桐花大綬章(桐花章)、旭日章と瑞宝章が同格

 

日本の勲章のランク

大勲位菊花章頸飾

大勲位菊花大綬章

桐花大綬章

旭日大綬章=瑞宝大綬章

 

 

<関連投稿>

日本の皇室とイギリスの王室の絆

イギリスの勲章:ガーター勲章とガーター騎士団

イギリスの勲章:オーダーとデコレーション

 

 

<参照>

英王室、天皇陛下にガーター勲章を授与 刻まれた日英の歴史

(毎日新聞2024/6/26)

ガーター勲章 陛下も一員

(2016/6/16、産経ニュース)

コトバンク

Wikipediaなど

 

(2024年7月9日)