日本国憲法77~80条:裁判官の報酬額は絶対保証⁉

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は、第6章「裁判所」の中の司法府と裁判官の独立についてです。ここでも一部にGHQの強い意思が働いていまし。

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

◆ 第77条(最高裁判所の規則制定権)

  1. 最高裁判所は、訴訟に関する手続、弁護士、裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について、規則を定める権限を有する。
  2. 検察官は、最高裁判所の定める規則に従はなければならない。
  3. 最高裁判所は、下級裁判所に関する規則を定める権限を、下級裁判所に委任することができる。

 

本条は、最高裁判所の規則制定権(訴訟に関する手続き、裁判所の内部規律など最高裁判所が一定の事項については規則を定めることができる権利)を規定しています。最高裁判所の規則制定権は、「司法権の独立」を確保する上でなくてはならない「司法府の独立」のための具体的な制度といえます。

 

裁判所の規則制定権は、帝国憲法にはなく、憲法問題調査委員会(松本委員会)試案にも含まれていませんでした。そこで、GHQは行政府からの独立を保持するため、最高裁判所に完全な規則制定権を与えるとの方針の下に、次のような草案を起草しました。

 

GHQ

  1. 最高法院は、規則制定権を有し、これにより訴訟手続規則、弁護士の資格、裁判所の内部規律、司法行政ならびに司法権の自由なる行使に関係あるその他の事項を定む。
  2. 検事は裁判所の職員にして、裁判所の規則制定権に服すべし。
  3. 最高法院は下級裁判所の規則を制定する権限を下級裁判所に委任することができる。

 

これに対して、日本政府はその3月2日案の中で、GHQ案の第2項目の検事に関する規定を削除しました。検事は司法府の人間ではなく、行政職員だからです。しかし、アメリカは、「自らの作成した草案通りにする」としてこれを拒否して、現行憲法の77条となりました。

 

司法省(現法務省)の管轄に入る行政職員(国家公務員)である検察官(検事は検察官という役職の一つ)は、司法権行使の場である最高裁判所の規則に服さなければ、行政を担う政府の政策実行の手段になりかねないことが危惧されたものと推察されます。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

◆ 第78条(裁判官の身分保障)

裁判官は、裁判により、心身の故障のために職務を執ることができないと決定された場合を除いては、公の弾劾によらなければ罷免されない。裁判官の懲戒処分は、行政機関がこれを行ふことはできない。

 

本条前段では、裁判官の罷免限定を規定して、裁判官の身分を保障しています。裁判官の職権の独立をより実効性のあるものにするために、裁判官が身分を失うのは、1)裁判により心身に故障があると決定された場合と、2)「公の弾劾」による場合だけであると定めています。心身の故障を理由とする場合も、罷免の決定や手続きは裁判によって行う必要があります(この裁判を「分限裁判」と呼ぶ)。

 

「公の弾劾」とは、「裁判官などの犯罪や不正を暴き、審判によって罷免させる手続き」のことで、具体的には弾劾裁判所による裁判(日本国憲法第64条)をいいます。弾劾裁判所は、国会に設けられる裁判所で、両議院の議員で構成されます。裁判所法では、裁判官が弾劾裁判にかけられるのは、裁判官が職務上の義務に違反した場合や、職務を怠り、または品位を辱める行状があった場合に限定されています。

 

本条後段では、裁判官の身分保障として、「行政機関は裁判官の懲戒処分(職務上の不正・不当行為についての戒め)を行うことはできない」ことを定めています。懲戒を行う権限は、最高裁判所と高等裁判所が持っており、裁判によって懲戒処分の付すことができます。それでも、裁判官の身分保障の見地より、懲戒処分として罷免することはできません。懲戒処分の種類は、戒告又は1万円以下の過料に限定されています。

 

一方、帝国憲法にも裁判官の身分保障の規定はありましたが、懲戒による罷免も認めていました。

 

帝国憲法第58条(裁判官とその身分保障)

  • 裁判官ハ法律ニ定メタル資格ヲ具(そな)フル者ヲ以(もっ)テ之(これ)ニ任(にん)ス

裁判官は法律に定めた資格を有する者が任命される。

  • 裁判官ハ刑法ノ宣告又ハ懲戒(ちょうかい)ノ処分ニ由(よ)ルノ外(ほか) 其(そ)ノ職ヲ免(めん)セラルヽコトナシ

裁判官は刑法による宣告か懲戒による処分を除いてその職を罷免されることはない。

  • 懲戒ノ条規(じょうき)ハ法律ヲ以(もっ)テ之(これ)ヲ定ム

懲戒の条規は法律で定める。

 

勿論、行政機関の意図的な懲戒を避けるために、懲戒についての規定は法律に基づいていなければならないと定めていますが、逆に言えば、これは法律によっていくらでも裁判官を処罰することできることを意味しており、裁判官の身分保障はその分弱いものとなっていたと解されています。

 

戦後、政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)試案でも、帝国憲法58条を現状維持としていました。以下、本条が成立するプロセスあです。

 

GHQ

判事は、公開の弾劾によりてのみ罷免することができる。行政機関または支部により懲戒処分に付せらるること無かるべし。

 

日本側はGHQ草案にあった「裁判官は行政機関によって懲戒されてはならない」との規定を削除し、裁判官が罷免されるケースを「刑罰の宣告、弾劾裁判所の判決、懲戒事犯、心身耗弱を理由とする裁判所の罷免判決(分限裁判のこと)」と具体的に示しました。

 

日本政府の3月2日案

前三条に掲げる場合のほか、裁判官は刑法の宣告、弾劾裁判所の判決、または懲戒事犯もしくは心身耗弱を理由とする裁判所の罷免判決によるにあらざれば、罷免せらるることなし。弾劾に関する事項は、法律をもって之を定む。

 

しかし、アメリカは心身故障に伴う罷免については妥協(GHQ案に付記)しましたが、それ以外は拒否しました。結局、GHQ案に分限裁判による罷免が付記される形で、帝国憲法改正案が起草され、議会で成立しました。

 

このように、日本国憲法の78条では、裁判官に対する手厚い身分保障を、法律より上位の憲法の中で具体的かつ明確に規定しています。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

さらに、次の2つの条文では、最高裁判所と下級裁判所の裁判官について規定し、「裁判官の独立」を通じた司法権の独立をさらに強固なものにしています。日本国憲法第79条を80条とともに解説します。

 

◆ 第79条 最高裁判所の裁判官

  1. 最高裁判所は、その長たる裁判官及び法律の定める員数のその他の裁判官でこれを構成し、その長たる裁判官以外の裁判官は、内閣でこれを任命する。
  2. 最高裁判所の裁判官の任命は、その任命後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際国民の審査に付し、その後10年を経過した後初めて行はれる衆議院議員総選挙の際更に審査に付し、その後も同様とする。
  3. 前項の場合において、投票者の多数が裁判官の罷免を可とするときは、その裁判官は、罷免される。
  4. 審査に関する事項は、法律でこれを定める。
  5. 最高裁判所の裁判官は、法律の定める年齢に達した時に退官する。
  6. 最高裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

 

1項では、最高裁判所は、最高裁判所長官(1名)と、最高裁判所裁判官(判事)(14名)で構成され、長官以外の裁判官は内閣が任命する(最高裁判所長官は憲法6条2項で内閣が指名し天皇が任命)と定められています。

 

次の2~4項は、国民による最高裁判所の裁判官に特有の罷免制度としての国民審査制度について、また、第5項では、最高裁判所の裁判官の定年制(70歳)をそれぞれ定めてい

 

最後に6項では、最高裁判所の裁判官の身分を収入の面からも保障しています。裁判官は、在任中に給料をさげることができません。憲法は国会議員についても、相当額の報酬を受け取ることができると規定しています(49条)が、減額できないとは規定していませんでした。それだけ、裁判官の身分を収入の面からも保障することを重視しています。

 

 

◆ 第80条(下級裁判所の裁判官)

  1. 下級裁判所の裁判官は、最高裁判所の指名した者の名簿によつて、内閣でこれを任命する。その裁判官は、任期を10年とし、再任されることができる。但し、法律の定める年齢に達した時には退官する。
  2. 下級裁判所の裁判官は、すべて定期に相当額の報酬を受ける。この報酬は、在任中、これを減額することができない。

 

下級裁判所の裁判官については、最高裁判所の裁判官と異なり、国民審査制度は設けられていませんが、任期が10年(再任も可)と定められています。また、報酬については最高裁判所裁判官と同じく、「定期に相当額の報酬を受けること、報酬が在任中減額することができない」と規定し収入面からの身分保障がなされています。

 

このような最高裁判所と下級裁判所の裁判官に対する身分保障の規定は、帝国憲法にはありませんでした。そこで、GHQは、自国の憲法を参考にして、ほぼ現行の79条に近い改正案を起草しました。

 

GHQ(現行79条)

  1. 最高法院は、首席判事および国会の定むる員数の普通判事をもって構成する。
  2. 右判事は、すべて内閣により任命せられ、不都合の所為無き限り、満70歳に到るまでその職を免せらるること無かるべし。ただし右任命はすべて任命後最初の総選挙において、爾後(じご)は次の先位確認後、10暦年経過直後、行わるう総選挙において、審査せらるべし。もし、選挙民が判事の罷免を多数決をもって議決したるときは、右判事の職は欠員となるべし。
  3. 右のごとき、判事はすべて定期に適当の報酬を受くべし。報酬は任期中減額せらるること無かるべし。

 

これに対して、日本側は、その3月2日案の中で、最高裁の裁判官の任期を「不都合の所為無き限り、満70歳に到るまでその職を免せらるること無かるべし罪科のない限り、かつ70歳を超えない)」としたGHQ案を削除し、定年も設けないことを主張しました。

 

また裁判官の報酬も、「懲戒の処分、その他法律の特に定める理由によるならば(懲戒処分等の場合には)減額できる」としました。

 

しかし、GHQは「不都合の所為無き限り(罪科のない限り)」という点については削除に応じたものの、退官(定年)についての規定は残されました。ただし、70歳という具体的な数字はなくなりましたが「法律の定める年齢に達した時に退官する」と表現を変える形でGHQ案に戻されました。また、報酬もGHQ案通り無条件の減額不可とされるなど、結局、日本側の主張はほとんど退けられました。

 

一方、現行憲法の第80条に下級裁判所についてはどうでしょうか?GHQ側の草案です。

 

GHQ(現行の80条)

下級裁判所の判事は、各欠員につき最高法院の指名する少くとも二人以上の候補者の氏名を包含する表の中より、内閣これを任命すべし。右判事はすべて十年の任期を有すべく再任の特権を有し、定期に適当の報酬を受くべし。報酬は任期中減額せらるること無かるべし。判事は満七十歳に達したるときは退職すべし。

 

これに対する政府の3月2日案で注目すべきは、最高裁判所同様、下級裁判所の裁判官に対する報酬の減額不可についての「定期に適当の報酬を受くべし。報酬は任期中減額せらるること無かるべし」を削除し、「裁懲戒の処分、その他法律に特に定むる事由によるのほか」として報酬の減額不可に条件を付けました。

 

その後、議会に提出する帝国憲法改正案の作成においては、アメリカは報酬の減額不可を認めず、下級裁判所の裁判官においても、GHQ案に戻されました(それ以外は文言調整のみでそのまま改正案となって成立した)。

 

 

<なぜ、GHQは報酬の減額不可にこだわったのか?>

 

裁判官の身分保障の規定についての日米間のやり取りの中で、アメリカ(GHQ)は、裁判官に対する無条件の報酬減額不可に固執しという印象を受けます。なぜここまでこだわったか?そもそも、裁判官の報酬に関して、わざわざ憲法に明記しなくてもいいのでないか(法律に明記すれば十分でないか)?という疑問もでてきます。その答えは、裁判官の身分保障について定めた自国の憲法典の影響があるようです。

 

合衆国憲法 第3章第1

—– 前略—— 最高裁判所および下位裁判所の裁判官はいずれも、非行なき限り、その職を保持することができる。これらの裁判官は、その職務に対して定期に報酬を受ける。その額は、在職中減額されない。

 

また、こうした、司法権、司法府、裁判官の独立をことさらに強調する背景には、アメリカが独立の前に本国イギリスからの圧政を受けていたことに対する反発があるようです。

 

アメリカ独立宣言の一節

(イギリス)国王は、司法権を確立する法律を承認することを拒むことによって、司法の執行を妨げてきた。

(イギリス)国王は、判事の任期およびその給与の額と支払方法を、国王の一存で左右できるようにした。

 

こうしてみると、GHQが裁判官の減額不可の記載にこだわった理由も、ある意味アメリカの歴史文化からきていることが伺えますし、日本国憲法はアメリカ製という論拠にもなります。もし、日本国憲法が改正されることになれば、日本人のための日本国憲法という観点から、裁判官額不可の規定は不要と言えるかもしれません(国会議員の歳費規定も同様)。

 

 

<参照>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

Wikipediaなど

 

(2022年9月25日)