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2019年08月16日

ニュース:京都五山送り火

古都の夜空に 京都五山送り火

(2019年8月16日、NHK news web一部抜粋)

京都のお盆の伝統行事「京都五山送り火」が16日行われ、火でともされた「大」の文字などが夜空に浮かび上がりました。「京都五山送り火」は、お盆に迎えた先祖の霊を送る京都の伝統行事で、300年以上の歴史があるとされています。

 

まず、京都市左京区の大文字山の火床に一斉に火がともされ、山の斜面に大きな「大」の文字が浮かび上がりました。続いて京都の街を囲む5つの山々に、「妙法(みょうほう)」、「船形(ふながた)」、「左大文字(ひだりだいもんじ)」、「鳥居形(とりいがた)」の順で火がともされました。炎で描かれた文字と形で彩られた古都の夜空を楽しもうと大勢の観光客が訪れ、このうち、京都市中心部のビルの屋上には、地元の人も含めておよそ400人が集まり、幻想的な風景に見入っていました。

2019年05月19日

ニュース:東京・神田祭と浅草三社祭

<三社祭>

 

三社祭「宮出し」 令和の活気、浅草駆ける

(毎日新聞2019年5月19日)

東京・浅草に初夏の訪れを告げる浅草神社(東京都台東区)の三社祭が19日、最終日を迎えた。本社神輿(みこし)3基を境内から街に担ぎ出す「宮出し」があり、祭りは最高潮に達した。神事の後、氏子たちの一本締めを合図に午前5時45分ごろ、宮出し。法被を着た担ぎ手たちが「オイサ」と威勢の良い掛け声でみこしを揺らしながら、浅草神社の隣の浅草寺の境内や仲見世など浅草の街中を練り歩いた。

 

絢爛100基の神輿が練り歩く 東京・浅草の三社祭

(2019.5.18、産経)

東京・浅草の三社祭で18日、浅草神社の氏子44ケ町の神輿(みこし)による「町内神輿連合渡御」が行われ、新天皇の即位と新元号「令和」を祝って、浅草寺の本堂裏に約100基の町神輿が参集した。氏子たちによる手締めのあと、1基ずつ出発。浅草神社でのおはらいを受け、威勢のいい掛け声とともに東京の下町へと繰り出していった。三社祭は19日が最終日。早朝から3基の浅草神社の本社神輿が神社を出発する「宮出し」が行われる。

 

三社祭が浅草でスタート 3日間で150万人見込み

(2019年5月17日、日刊スポーツ)

三社祭が17日、東京・浅草でスタートした。3日間で150万人の人出が見込まれる。初日の大行列にも、多くの見物客が訪れた。おはやし屋台を筆頭に町を練り歩いた後は、東京都無形文化財の「びんざさら舞」も奉納された。18日は浅草氏子44ケ町の町内みこし約100基の渡御が予定され、にぎわいが予想される。

 

三社祭とは?

三社祭りは浅草神社の祭です。浅草神社は、「浅草寺をつくった土師真中知命(はじのまつちのみこと)と聖観世音菩薩を川から引き揚げた漁師の檜前浜成(ひのくまのはまなり)・竹成(たけなり)兄弟をまつる神社で、明治維新の神仏分離令によって浅草寺と分かれ、明治元年に三社明神社と改められ、同6年に浅草神社となった」と伝えられています。

 

三社祭りの1日目は、浅草神社で五穀豊穣を祈願して無形文化財「びんざさら舞」を奉納します。びんざさらとは、竹や木の薄い板を何枚も重ねて紐で綴った楽器です。2日目は氏子44町会から約100基の神輿が出て、浅草神社でお祓いを受けた後、「セイヤ、セイヤ」の掛け声とともに各町内を渡御します。最終日は宮出しで3基の大きな宮神輿が氏子たちに担がれて発進します。三社祭の神輿は、「魂振り(たまふり)」と言って激しく神輿を上下左右に動かします。わざと荒々しく揺さぶることで、神輿に坐す神様の霊威を高め、豊作・豊漁や、疫病が蔓延しないことを祈願するそうです。

 

(浅草神社、「暮らし歳時記」HPなどから参照・引用)

 

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<神田祭>

 

平安絵巻華やかに 「神田祭」で1000人が都心練り歩く

(2019年5月11日、NHKニュース)

 

江戸三大祭りの一つとされる「神田祭」で11日、平安時代の色鮮やかな装束を身にまとった人たちが都心を練り歩く「神幸祭(しんこうさい)」が行われています。「神田祭」は、東京 千代田区にある神田明神が、江戸時代から続く祭事として2年に1度行っています。3日目の11日は、祭りのハイライトの一つ、「神幸祭」が行われ、出発を告げる神事のあと、平安時代の色鮮やかな装束を身にまとった神職や羽織はかま姿の氏子など約1000人が行列をなし、神社を出発しました。行列は「鳳輦(ほうれん)」と呼ばれる大きなみこしを中心に弓や刀を持った人や馬車、それに人力車も加わり、数百メートルの長さにおよびました。神田祭りは今月15日まで続き、12日は、大小200を超えるみこしが神田明神を目指す「神輿宮入」が行われます。

主な行事
5/11〈神幸祭〉神田明神の宮神輿の巡行
5/12〈神輿宮入〉神田明神に町神輿が練り込み
5/15 〈例大祭〉 神田明神で行われる神事

 

神田祭りとは?

神田祭は、江戸総鎮守「明神」の祭礼です。京都の祇園祭、大阪の天神祭とともに日本の三大祭りの1つとされています。神田祭には、奇数の年に行われる神輿の出る「本祭(ほんまつり)」と、偶数の年に行われる神輿が出ない「蔭祭(かげまつり)」の2つがありますが、一般に神田祭というと賑やかな本祭を指します。本祭りは山王祭と隔年で行われます。

 

1300年以上の歴史ある神田明神ですが、特に祭が盛んになったのは江戸時代です。慶長5年(1600)の関ヶ原の戦いにおいて、徳川家康が神田明神に戦勝を祈願して勝利したとされています(例大祭はこの9月15日に行われている)。戦の前には、必ず家来に神田明神で戦勝を祈らせたとも言われています。その後、徳川家康は見事天下統一を果たし、神田明神に感謝して立派な社殿や神輿を寄進。以後、神田明神は、徳川幕府によって江戸城を守護する神社となりました。家康の支援により、祭りは現在のような盛大なものになり、将軍が上覧する「天下祭」と呼ばれていました。

 

神田明神は、大手町、丸の内、神田、日本橋、秋葉原、築地魚市場など都心の108の氏子町の総氏神で、神社は天平年間(8世紀)創建です。

 

神田祭の見どころは、平安時代の衣装をまとった500人ほどの行列「神幸祭(しんこうさい)」で、神田明神の周辺地域を守る神々が3つの神輿、大黒様を乗せた「一の宮鳳輦(いちのみやほうれん)」、恵比須様を乗せた「二の宮神輿(にのみやみこし)」、将門様を乗せた「三の宮鳳輦(さんのみやほうれん)」に乗って、町々を祓い清めるという趣旨で行われ、氏子の108町会を巡ります。平安時代の衣装の人々は、神々の付き添いだそうです。

 

神幸祭の翌日には、神田神社周辺の町からおよそ100基の神輿が出され、神田明神へと向かいます。これを「神輿宮入(みこしみやいり)」(「神輿渡御」)と呼びます。氏子町が町神輿を競い合う祭りの華とも言えます。最終日は、祭りの締めくくりとして最も重要な神事、例大祭が執り行われ、平和と繁栄が祈願されます。

 

(東京観光財団や主催者側のHPなどを参照)

 

 

 

2019年05月16日

ニュース:令和初の京都・葵祭

令和最初の葵祭、平安絵巻にうっとり

(2019/5/15、京都新聞)

 

京都三大祭りのトップを飾り、令和最初の葵祭が15日、京都市内で繰り広げられた。平安王朝を再現した優雅な行列が新緑の映える都大路を進み、沿道の人たちを華やかな絵巻の世界に引き込んだ。下鴨、上賀茂両神社の例祭で「源氏物語」にも登場するなど時代を超えて受け継がれてきた。正式には「賀茂祭」だが、祭りに関わる人たちや社殿にフタバアオイとカツラで作った葵桂を飾ることから「葵祭」と呼ばれるようになった。

 

午前10時半に約500人の行列が京都御所(上京区)の建礼門前を出発した。狩衣(かりぎぬ)姿の肝煎(きもいり)を先頭にした本列(近衛使代列)ではフジの花で彩られた牛車などが玉砂利をきしませて進んだ。女官が先導する斎王代列(女人列)が続き、十二単(ひとえ)姿の第64代斎王代、負野(おうの)李花さん(23)が乗る専用の輿(こし)「腰輿(およよ)」が近づくと歓声が上がった。(京都新聞)

 

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葵祭について(京都観光協会のサイトから抜粋)

 

葵祭の〝あおい〟とは、行列の御所車、勅使、供奉者の衣冠などに飾られた緑の葉のことです。葵祭は、もともとは「賀茂祭」と呼ばれていましたが、江戸時代に祭が再興されてから葵の葉を飾るようになり、「葵祭」と呼ばれるように。祭で使われる葵は毎年両神社から御所に納められています。

 

祭の見どころは、天皇の使者である勅使が下鴨、上賀茂の両神社に参向する道中の「路頭の儀」。近衛使(勅使代)をはじめ検非違使、内蔵使、山城使、牛車、風流傘、斎王代など、古の姿そのままに馬36頭、牛4頭、500余名の行列が京都御所建礼門前より出発し、王朝絵巻さながらに行われます。平安貴族の装束を身にまとった人々の行列は、葵祭のハイライト。

 

五衣裳唐衣(いつつぎぬものからぎぬ)をまとい、腰輿(およよ)という輿に乗って登場する斎王代は、葵祭のヒロイン。平安時代には内親王が「斎王」として祭に奉仕していましたが、鎌倉時代に途絶えていました。昭和31(1956)年、葵祭を盛り上げようと市民から斎王代が選ばれ、女人列が復活しました。

 

平安貴族の装束をまとった行列が有名な葵祭。そのほかにもたくさんの行事が開催されています。5月1日の競馬足汰式(くらべうまあしぞろえしき)、5月3日は流鏑馬(やぶさめ)神事、5月4日には斎王代女人列御禊神事など、「前儀」と言われるさまざまな儀式が下鴨神社や上賀茂神社で行われます。

 

 

2017年09月20日

比叡山延暦寺「千日回峰行」達成

比叡山延暦寺「千日回峰行」、戦後14人目達成
(TBSニュース、2017年9月18日)

 

滋賀県大津市の比叡山延暦寺に1000年以上伝わる「千日回峰行」に挑む僧侶が1000日に及ぶ荒行を18日朝、達成しました。この行を成し遂げたのは戦後14人目です。延暦寺の荒行「千日回峰行」を満行したのは、善住院の住職・釜堀浩元さん(43)です。釜堀さんは、これまでに比叡山の峰々を巡礼する「回峰行」や9日間の断食などの過酷な修行をやり遂げ、18日朝、最後の巡礼を終えて1000日間、7年に及ぶ修行を満行しました。この行を成し遂げたのは戦後14人目で、釜堀さんには生き仏で信仰の対象となる「大行満大阿闍梨」という称号が与えられました。

 

2016年05月17日

ニュース:NYで仏教徒パレード

NYで釈迦の誕生日祝う=各国の仏教徒がパレード-米
(時事ドットコム、2016/05/17)

 

米ニューヨーク中心部マンハッタンの教会で15日、仏教の開祖・釈迦(しゃか)の誕生日を祝う行事「灌仏会(かんぶつえ)」(通称・花まつり)が旧暦に合わせ開かれ、現地で布教に励む世界各国の仏教徒約150人が一堂に会した。

 

色とりどりの法衣に身を包んだ仏教徒らは、鐘や太鼓を鳴らしながら教会周辺をパレード。中国の獅子舞やカンボジアの踊りなど、各国それぞれの祝い方で高層ビル街を練り歩いた。その後の式典では、生誕時の釈迦をかたどった仏像に甘茶を掛ける伝統儀礼のほか、各国の僧侶による読経や講話が行われた。チベットやバングラデシュの子どもらによる歌やダンスも披露された。

 

行事を主催したニューヨーク仏教連盟の会長で浄土真宗の僧侶、中垣顕実さん(55)は「連盟発足から30年の節目の行事に、いろいろな国の人が参加してくれた」と感慨深げに話した。