帝国憲法8・9条 (緊急勅令と独立命令):公共の安寧と秩序のために

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第1章「天皇」の第8条から10条に定められた天皇大権について考えます。

 

とりわけ、8条の緊急勅令大権と9条の命令大権は、議会を通さずに規定できることから、反民主的と、帝国憲法を批判する向きが問題視する条文ですが、実際はどうだったのでしょうか。また、日本国憲法の改正議論においても、緊急事態条項の導入の是非をめぐって賛否が分かれており、帝国憲法8条は、将来の憲法像を考える上でも示唆に富んでいます。

 

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第8条(天皇の緊急勅令大権)

  • 天皇ハ公共ノ安全ヲ保持シ 又ハ其ノ災厄ヲ避クル為 緊急ノ必要ニ由リ帝国議会閉会ノ場合ニ於テ 法律ニ代ルヘキ勅令ヲ発ス

天皇は公共の安全を保持し、またはその災厄(さいやく)を避けるため、緊急の必要がありかつ帝国議会が閉会中の場合において、法律に代わる勅令を発することができる。

 

  • ノ勅令ハ次ノ会期ニ於テ 帝国議会ニ提出スヘシ 若議会ニ於テ承諾セサルトキハ政府ハ将来ニ向テ其ノ効力ヲ失フコトヲ公布スヘシ

この勅令は、次の会期に帝国議会に(法律案として)提出しなければならない。もし議会において承認されなければ、政府は将来その勅令が効力を失うことを公布しなければならない。

 

勅令:天皇が発する命令。議会を通さない法律のこと。

 

<既存の解釈>

帝国議会が閉会中、災害や凶荒な疫病など緊急な事態が発生した時に、天皇が緊急勅令(緊急命令)を出すことができることを定めている。緊急勅令は、実質的には法律と同じ効力を持っており、政府が議会とは無関係に独自に立法を行うことができた。さらに、緊急勅令は法律に代わる事ができ、現行の法律を停止(変更、廃止)できる。

 

もっとも、本条第二段で議会に承認権を認めているとして、本条を擁護する立場もあるが、神聖で不可侵の天皇が発する勅令を議会が承認しないということは、現実的には困難であた。

これに対して、国会を唯一の立法機関としている日本国憲法では、そのような緊急命令(緊急勅令)は一切認めていない。

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この緊急勅令大権をさだめた伊藤博文と井上毅の真意は何だったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

災害や疫病など緊急事態が発生した場合、公共の安全を保ち、予防救済に努めることが求められます。とりわけ、議会が閉会中となれば、政府が天皇の勅令を法律に代えて、これに対処することは、国家として当然の行為といえるでしょう。

 

ただし、帝国憲法は、この緊急勅令権を本条において保証すると同時に、その乱用を戒めています。まず、緊急勅令を発する場合は、本条第1項に、①公共の安全を維持し、またはその災厄の予防救済の目的があること、②帝国議会の閉会中で、③緊急の必要があること、という条件を置いています。また、運用上も、緊急勅令を発するに当たっては必ず天皇の相談役的な機関である枢密顧問の諮詢(しじゅん)(諮問)を要しました。

 

加えて、本条第2項には、議会にこの特権の監督者としての役割を与え、緊急命令を事後に検査して、これを承諾させる必要のある事を定めています。その際、議会は、緊急勅令が憲法に矛盾したり、または本条1項に掲げた①から③の要件を満たしていないと判断したりした場合は、承諾を拒む事ができました。さらに、もし、次の会期において議会が承諾しなかった場合、政府は更に将来効力を失う旨の公布をしなければならない義務を負いました。

 

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第9条(天皇の命令大権)

天皇ハ法律ヲ執行スル為ニ 又ハ公共ノ安寧秩序ヲ保持シ 及臣民ノ幸福ヲ増進スル為ニ 必要ナル命令ヲ発シ又ハ発セシム 但シ命令ヲ以テ法律ヲ変更スルコトヲ得ス

天皇は法律を執行するために、または公共の安寧(あんねい)秩序を保持し、および臣民の幸福を増進する為に必要な命令(行政権が出す法令)を発し、または発令させることができる。ただし、命令で法律を変更することはできない。

 

*天皇の命令大権は、独立命令とも行政命令とも警察命令とも表現されます(広義には勅令(=天皇の命令)ともいう)。

 

<既存の解釈>

通常、法律を執行するために、行政府が命令を出すことができる。ただし、それは法律が委任するという形をとる。しかし、独立命令は、前条の緊急命令と同様に、議会とは無関係に、政府が議会とは独立して、天皇の名の下に制定することができた。または、全て天皇大権の委任を受けて閣省(内閣と省庁)が出す場合もあった。

 

つまり、行政が実質的に立法を行うことが可能だったのである。実際、政府は、議会で審議することを避けて、独立命令に基づいて法令を制定してきた。例えば、明治23年の小学校令制定に際し、政府は、法律によるか勅令とするかについて論議されたが、結局勅令をもって公布された。その後は教育に関する基本法令は勅令をもって定められることになった。教育の憲法とされる「教育勅語」もこの文脈で制定に至っている。

 

しかし、政府が議会の審議を回避する方便として、この特権を活用すれば、憲法の条規は空文に帰してしまう。

 

もっとも、本条の但書に「(独立)命令で法律を変更することはできない」と規定されているから、独立命令に濫用の防波堤となっていると説明する向きもあるが、実際、勅令の場合、天皇の意思というお墨付きがあり、その効力は絶大で、勅令は実質的に法律の上であったと言える。

 

これに対して、現行憲法は国会を唯一の立法機関としているので、そのような独立命令は一切認めていない。

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この命令大権をさだめた伊藤博文と井上毅の真意は何だったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

 

議会とは無関係に政府が議会とは独立して天皇の名の下に制定することができる天皇の独立命令(行政命令)の大権は、法律を執行するために必要な場合や法律の詳説を定める場合、また公共の安寧・秩序を保持し、臣民の幸福を増進する為に必要であると判断された場合にのみ発せられます。

 

確かに、独立命令の大権は法律の手続きは不要ですが、本条の但書に「命令で法律を変更することはできない」と規定されています(逆に法律は命令を変更できる)。つまり、独立命令は、法律に代わる事はできず、議会の制定する法律に抵触しない範囲内において発せられ(または法律の欠けている部分を補充することに限定)、効力についても、独立命令の効力は法律の効力に及ばないとされました。

 

もし、双方の内容が矛盾する事態になれば、議会が制定する法律が行政の命令よりも優先されました。行政(政府)は、法律を保護することで、国家の職責をその権限内で尽くすことが期待されていたのです。

 

以上、天皇の緊急勅令大権と命令大権についてみてきましたが、帝国憲法では、次条に官制・文武官制大権を定めています。

 

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第10条(官制・文武官制大権)

天皇ハ行政各部ノ官制及文武官ノ俸給ヲ定メ 及文武官ヲ任免ス 但此ノ憲法又ハ他ノ法律ニ特例ヲ掲ケタルモノハ各々其ノ条項ニ依ル

天皇は、行政各部の官制および文武官(ぶんぶかん)の俸給(給料)を定め、また文武官を任免する。ただし、この憲法または他の法律に特例を規定しているものは、それぞれその条項に従う。

 

官制:行政官庁の設置・廃止・組織・権限などについての規定。行政組織のこと。

文武官:文官(軍事以外の行政事務を取り扱う文民の官吏)と武官(軍事に携わる官吏)

 

<既存の解釈>

明治憲法において、天皇は直轄学校を含む国と地方の行政各部の官局を設置して、その組織や職権を定め、文武官の任用や罷免、また彼らの俸給を制定する大権を保持していた。これらは、議会の法律によらず勅令をもって可能であった。

 

これに対して、日本国憲法では、官制については、国家行政組織法などに基づいて国民の代表者である国会の法律で規定されている。

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帝国憲法第10条(官制・文武官制大権)に対する伊藤博文と井上毅の見解と実際は次の通りです。

 

<善意の解釈>

官制・文武官制大権は、天皇の独裁性の表れではなく、伝統的な権限が引き継がれた結果です。

 

帝国憲法起草者である伊藤博文の「憲法義解」によれば、歴史上も、神武天皇が、国造・県主を、また孝徳天皇が八省を置くなど、天皇が官制・文武官制大権を行使することで職官が整備されてきました。維新後も、天皇が大臣を任免し、勅任以下の高等官(一種の上級公務員)は大臣の上奏(天皇に意見を述べる)により裁可を経て、任免されてきました。

 

ただし、天皇の官制・文武官制大権は、本条後段の「憲法または他の法律に特例を掲(かか)げたるものは各々(おのおの)その条項による」とあるように、例えば、裁判所の構成は、勅令によらず法律でこれを定め、裁判官の罷免は裁判により行われるなど、憲法及び法律の掲げる特例が優先されています。

 

また、憲法上、大臣の任免も天皇大権に属しましたが、事実上組閣の権限は首相に一任されていました。時に天皇は閣僚の選任に難色を示されたこともありましたが,天皇の意向に沿うかどうかは首相の判断次第でした。天皇も最終的には自己の個人的意向は抑制し、首相の決定は尊重されていました。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

 

(2022年10月26日)