帝国憲法71条:前年度予算の再利用は禁じ手か?

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第6章「会計」の中の「予算不成立時の前年度予算施行」という規定を中心に解説します。

 

62条から始まった6章の「会計」に規定は、ここまで、批判こそあれ、議会協賛(承認)や予算法律主義など、日本国憲法の「財政」の規定と共通していますが、71条だけは、現行憲法と大きく異なる内容です。民主政治の禁じ手とも批判される予算の前年度踏襲について考えてみましょう。

 

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帝国憲法 第71条(予算不成立時の前年度予算施行)

帝国議会ニ於(お)イテ予算ヲ議定(ぎてい)セス 又ハ予算成立ニ至(いた)ラサルトキハ 政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ

帝国議会において予算を議決せず、または予算が成立しないときは、政府は前年度の予算を施行しなければならない。

 

<既存の解釈>

「国家の歳出歳入は、毎年予算によって決める」(64条1項)との規定の例外として、予算不成立の場合、前年度予算を施行することを定めている。この前年度予算踏襲制は、予算が成立せず、行政機関が麻痺したり、軍隊への食料供給が滞ったりするような国家経営の存立が危ぶまれる状態に陥ってしまう場合の対応策として採用された。

 

日本国憲法には予算不成立の場合に対処するための規定が存在しないが、こうした場合には、予算が成立するまでのつなぎとして暫定予算を組むことで対応している。財政民主主義(ここでは民意を代表する国会の予算承認を尊重すること)に則って、あくまで国会の議決により、毎年予算を成立させている。

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この予算不成立時に前年度予算を施行するという制度(前年度予算踏襲制)は、第5章(予算)の中で特筆される規定です。起草者たちに何か思惑のようなものはあったのでしょうか?また、成立の背景も合わせて紹介します。

 

<善意の解釈>

予算不成立の場合の前年度予算施行についての規定は、議会によって予算案が否決された時に備えての「保険」規定といえます。政府は予算額が決定されなければ予算執行できません。民権派中心の議会(衆議院)の立場から言えば、予算を人質に取りさえすれば、政府を抑え込むことが可能です(内閣を倒壊させることもできる)。

 

そこで、政府はこのような場合に備えて、あらかじめ予算案不承認の際の、前年度予算踏襲制を定めました。前年度のものとはいえ、既に議会の承認を得ているので有効だとの考え方に立っています。これはスイス憲法やスウェーデン憲法の規定に倣ったものです。

 

◆ 71条はこうして生まれた!

 

伊藤博文の「憲法義解」には、本条を規定した背景について次のように書かれています。

「議会において予算が議定されなかったり(審議・議決を経ることなく)、予算成立に至らなかったりした時は、行政機関を麻痺させてしまい、最悪の場合は、国家の存立すら危うくしてしまう。アメリカでは、3カ月間軍への給与の支払いが怠ることとなり、オーストリアでは予算が全部破棄されたこともあった。これは民主主義国家が陥ってしまう結果であり、日本では採用されるべきではない。また、ある国では、議会を無視して、政府の意思で財政を行うこともあるが、立憲主義国家として当然なされるべきではない。」

 

帝国憲法がモデルにしたとされる1850年のプロシア憲法でも予算が不成立に終わった場合の明文規定はありませんでした。軍拡計画を盛り込んだ予算案を議会が否決して国政が麻痺した際に、首相のビスマルクは、「憲法に明文上の規定がない以上、憲法施行以前と同様に国王は独断で歳出を定める固有の権限がある」として、下院の否決を無視して予算を施行して政治の混乱を乗り切ったという逸話もあります。

 

こうしたプロシアにおける予算紛争の経験を踏まえて、明治憲法起草に助力したドイツ人顧問ロエスラーは、議会が政府提出の予算案を否決した場合に、天皇の裁決という形で政府が予算原案を執行できるとの案を提案したとされています。

 

このように、議会の予算議定権が空文化されず、かつ政府と議会の対立で、予算が議決できないという政治の混乱を避けるために、予算が不成立の場合に、前年度予算を施行することが決定されることになったのでした。

 

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帝国憲法 第72条(会計検査院)

  • 国家ノ歳出歳入ノ決算ハ 会計検査院之ヲ検査確定シ 政府ハ其(そ)ノ検査報告ト倶(とも)ニ之(これ)ヲ帝国議会ニ提出スヘシ

国家の歳出入の決算は、会計検査院が検査、確定し、政府はその検査報告とともに決算を帝国議会に提出しなければならない。

 

  • 会計検査院ノ組織及(および)職権ハ法律ヲ以(もっ)テ之(これ)ヲ定ム

会計検査院の組織および職権は法律で定める。

 

本条では、会計検査院が、国の会計の決算を行なうことが明文規定されています。日本国憲法でもほぼそのまま踏襲されています。なお、会計検査院は、政府が一年間に行った財政行為を事後的に検査する機関で、各省の出納官が提出する決算報告書を確認し、予算が正しく合法的に使われたかを調べるとともに、予算超過や予算外の支出を検査します。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年11月10日)