帝国憲法37~40条:議会は法律を作れなかった?

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第3章「帝国議会」の中の議会の権能についてです。よく、戦前、法律を最終的に決定するのは天皇で、帝国議会は法律を作れなかったと批判されますが、実際どうだったのでしょうか?

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

帝国憲法 第37条(法律の要件)

テ法律ハ帝国議会ノ協賛ヲ経ルヲ要ス

全ての法律は、帝国議会の協賛(協力と同意)を必要とする。

 

<既存の解釈>

明治憲法では、天皇に立法大権を付与し(第5条)、法律の公布・執行には、天皇の裁可を必要としていた(第6条)。これをふまえ、本条で、帝国議会を天皇の立法権に対する協賛機関と位置付けている。

 

これに対して、日本国憲法は、天皇の立法行為への関与を排除し、国民主権の観点から、国会を国憲の最高機関、唯一の立法機関と位置づけている。

 

日本国憲法 第41条
国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。

――――――

 

こうした批判に対し、帝国憲法を起草した伊藤博文や井上毅の意図は次のようにまとめることができます。

 

<善意の解釈>

帝国憲法において、天皇は単独で立法を行なうことはできず、法律の制定には、必ず帝国議会の協賛(協力と賛成)を経る必要がありました。実際、法律は、議会の審議を経なければなりませんし、かつ一方の院(例えば貴族院)が可決しても、もう一方の院(例えば衆議院院)が否決すれば、法律とすることもできませんでした。

 

このように、本条では協賛機関としての帝国議会の立法における役割の重要性が強調されています。これこそが帝国憲法下の日本は、天皇の絶対王政的な統治ではなく、立憲政治の大原則に基づいていた証しでもあります。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

帝国憲法 第38条(両議院の法律案議決権・法律案提出権)

両議院ハ 政府ノ提出スル法律案ヲ議決シ 及各々法律案ヲ提出スルコトヲ得

両議院は、政府の提出する法律案を議決し、また法律案を提出する事ができる。

 

<既存の解釈>

天皇の協賛機関としての議会の役割として、両議院(貴族院と衆議院)に、政府が提出する法律案の議決権と、法律案提出権を認めている。帝国議会は、自ら法律を制定する権限がないので、法律案を提出したり、法律案を事前に審議し同意を与えたりすることによって天皇を補佐する協賛の権限だけしかなかったことを具体的に示している。

 

天皇には、議会の召集・開閉の勅命や法律裁可に加えて、会期中、全て国務大臣に議案等を提出させる権限があったので、これによって、政府は、法律を起草し、天皇の命によって議案とし、両院に付すことができた。これは、現在でいう内閣提出法案のことであるが、日本国憲法では、天皇ではなく、内閣総理大臣が内閣を代表して議案を国会に提出することを認めている。

――――――

 

これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文や井上毅の本条に対して持っていた見解は次のように類推されます。

 

<善意の解釈>

両議院による法律案議決権と法律案提出権の規定から、議会は天皇の協賛機関であると言っても、法律を制定する必要があると判断したときは、両院自らの意思で、法案を提出することができました。その際、一方の議院(貴族院か衆議院)が法案を提出すると、もう一方の議院が同意または修正の上、可決した後、天皇の裁可があって法律として成立しました。

 

本条文については、帝国議会は、天皇の協賛機関として天皇の指示通りに活動する協議体ではなく、自らの意思をもった能動的な機関であったということがわかります。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

帝国憲法 第39条(一事不再議)

両議院ノ一(いつ)ニ於テ否決シタル法律案ハ 同会期中ニ於テ再ヒ提出スルコトヲ得ス

両議院の一方で否決された法律案は、同じ会期中に再び提出する事はできない。

 

<既存の解釈>

本条が定めた「一事不再議の原則」は、当時議会において、自由民権派が執拗に自らの提案する議案の審議を求めて、議会の運営を妨害するような弊害が予想されたことから、憲法で防波線を張ったものと解される。

――――――

 

<善意の解釈>

本条が定めた「一事不再議の原則」は、議案の再提出が認められ同一案件について重ねて議決すると、立法活動という議会の権利を損なうだけでなく、会期を延長して一つの議案にかかりっきりになってしまい議会が停滞するという弊害を避けるために規定されました。

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

帝国憲法 第40条(両議院の建議権)

両議院ハ法律又ハ其ノ他ノ事件ニ付キ 各々其ノ意見ヲ政府ニ建議スルコトヲ得 但シ其ノ採納ヲ得サルモノハ 同会期中ニ於テ再ヒ建議スルコトヲ得ス

両議院は、法律またはその他の事件について、各々その意見を政府に建議(意見や希望を申し述べること)する事ができる。ただし、政府から採用されなかったものは、同じ会期中に再び建議する事はできない。

 

<既存の解釈>

両議院に対して、新たな法律の制定や旧法の改正や廃止を政府に建議する(意見や希望を申し述べる)権限を与えている。しかし、提出議案の裁可の有無は天皇の勅命によりなされましたが、建議の採否は政府が判断するものであった。

 

また、両議院に政府に対する建議権を保障しつつも、採用されなかった場合は、同会期中の再建議不可を定めている。これも前条同様、自由民権派らの執拗な追求があった場合に対処する防波堤的な意味があったと解される。

―――――――

 

これに対して、伊藤博文の本条制定おいて何を意図していたのでしょうか?

 

<善意の解釈>

本条に関して、帝国憲法起草者の伊藤博文は、両議院の建議権の趣旨を次のように説明しています。「各議院が多数に任せて、無理に法律の条項を制定しようとすると、議会の延長を繰り返したり、成立した条文も手落ちがあったりという弊害を免れない。ゆえに、むしろ熟練の行政官に建議をして、採用されれば、法案の起草や制定を政府に委ねることができる。」

 

また、同一会期中に再建議することができない理由として、伊藤博文は「議院の意見で政府に採用されなくて、議論が紛糾したり、脅迫まがいの交渉が行われたりするのを防ぐ」ことをあげています。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年11月5日)