帝国憲法33~36条:貴族院はバランサー!?

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回から第3章「帝国議会」に入ります。本章は33条から54条からなり、その中で両議院(貴族院と衆議院)についての規定が大半を占め(33条~51条)、残りの52条から54条が議員等に対する規定です。まず、両議院の仕組みについてみていきましょう。

 

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帝国憲法 第33条(両院制)

帝国議会ハ貴族院 衆議院ノ両院ヲ以テ成立ス

帝国議会は、貴族院と衆議院の両院で成立する。

 

<既存の解釈>

帝国議会は、華族など上流貴族からなる公選でない貴族院と、庶民の中から選挙で選ばれる衆議院からなる二院制であった。貴族院を設置したのは、皇室の後ろ盾として保守の勢力を確保するためであった。名門貴族を立法の審議に参与させることで、当時、自由民権運動派がめざす急進的な政党政治が展開されることを防ぐ狙いがあったのである。もし、衆議院だけの一院制となれば、自由民権派が多数派を占めてしまうことが懸念されたからだ

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これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文や井上毅は何を考えながら、本条を定めたのでしょうか?

 

<善意の解釈>

帝国議会が二院制であった理由は、社会の多方面からの意見を取り入れ、それぞれの立場・視点からの議論を尽くせる公平な議会が求められたからです。憲法起草者の伊藤博文も、「もし、二院制にしないのであれば、多数による専制となり、横暴な政治になりかねない、上流社会の視点と庶民の視点とを合わせもってはじめて公平に議論をなし、適切な世論を形成することができる」、また「両院が互いに牽制しあい平衡を維持」できるとして、二院制を「車輪の両輪」だと高く評価しています。

 

日本国憲法でも、本条文と同じように、二院制を規定しています(もっとも現在の二院制は、参議院と衆議院)。

 

日本国憲法 第42条

国会は衆議院及び参議院の両議院でこれを構成する。

 

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帝国憲法 第34条(貴族院の組織)

貴族院ハ 貴族院令ノ定ムル所ニ依リ 皇族華族及勅任セラレタル議員ヲ以テ組織ス

貴族院は貴族院令の定める所により、皇族、華族や勅任された議員をもって組織される。

 

皇族:(天皇を除く)天皇家一族。

華族:貴族として遇せられた特権的身分。皇族の下、士族の上に置かれ、公(こう)・侯(こう)・伯(はく)・子(し)・男(だん)の爵位を持つ。

 

<既存の解釈>

貴族院は、皇族・華族と(天皇によって特別に任命された)勅任議員で構成された。その選出方法も世襲、互選、または勅任で、国民の選挙で選ばれたわけではない。また任期も多くが終身であるなど、民主的であったとはいえない。貴族院は、まさに特権階級のための議院であった。

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これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文や井上毅が本条を定めた意図は何だったのうでしょうか?

 

<善意の解釈>

前条でも説明したように、上流社会を代表する貴族院は、政党の偏った主張や、横暴な議論に偏ることがないようにするというような議会の均衡調和を図る役割を担っていました。また、勅任議員には、国に勲労のあったもの、また学識のある人材が集まっており、議会において、国民のより良識かつ慎重な議論がなされることが期待されていました。

 

◆ 貴族院について

明治憲法の制定、その後の議会開設には、板垣退助ら自由民権運動の力が大きく働きました。彼らはその目的が実現すると、次は、議会内(衆議院)で多数派を占め、内閣を組織して政治を動かす政党政治の実現をめざすことになります。

 

実際、憲法発布の翌1890年に開催された第一回帝国議会では、立憲自由党や立憲改進党などの民権派の政党(民党)が衆議院の過半数を占めるなど、民権派は衆議院で多数派を占め、薩長中心の藩閥政府と対峙していくことになります。

 

こうした民権派の伸長に対して、藩閥政府がその議会内で、民権派を抑制するために置かれたのが貴族院です。1883(明治16)年に、ヨーロッパに派遣されて憲法調査を行っていた伊藤博文が帰国すると、憲法制定・国会開設の準備を始めますが、憲法草案の作成にかかるのではなく、まず、1884(明治17)年に華族令を定め、華族の範囲を広げて、旧上層公家・大名以外からも国家に功績のあったものが華族になれるようにして、将来の貴族院の土台をつくりました。

 

帝国議会は、対等の権限を持つ貴族院と衆議院からなっていたので、衆議院の立法権行使は、華族や勅任(選)議員などからなる貴族院の存在によって実質的に制限されていました。

 

もっとも、多くの制限があっても議会の同意がなければ予算や法律は成立しなかったので、反政府の立場をとる民権派の政党は予算案を武器に政府に衆議院で対抗していきます。政府は議会(衆議院)との間で妥協をはかるようになり、衆議院における政党の政治的影響力が次第に増大していくことになるのです。

 

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帝国憲法 第35条(衆議院の組織)

衆議院ハ 選挙法ノ定ムル所ニ依リ公選セラレタル議員ヲ以テ組織ス

衆議院は、選挙法に定められている方法で公選された議員により組織される。

 

<既存の解釈>

衆議院は、貴族院と異なり、広く国民による選挙で選ばれた議員で構成される。ただし、その資格とその任期等、議員選挙の規定を別の法律に譲り、憲法に具体的な記載はない。日本国憲法では、本条と同じような内容の条文があるが、議院選挙に関する規定も存在している。

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これに対して、帝国憲法を起草した伊藤博文や井上毅の本条を定めた意図は何だったのでしょうか?

 

<善意の解釈>

議員選挙の具体的な規定を法律に譲ることについて、伊藤博文は、「選挙の方法については将来、時宜の必要に応じて補修するための便宜を図るため」とあえて、憲法でその細かな規定まで決めておくことはしないと述べています。

 

確かに、日本国憲法では、本条の同じ内容を明記した第43条をはじめ、議院の資格や選挙に関する規定がありますが、その内容は法律に依拠する旨を規定している条文が多くあります。

 

日本国憲法 第43条

  • 両議院は、全国民を代表する選挙された議員でこれを組織する。
  • 両議院の議員の定数は、法律でこれを定める

 

日本国憲法 第45条
衆議院議員の任期は、四年とする。但し、衆議院解散の場合には、その期間満了前に終了する。

 

日本国憲法 第47条
選挙区、投票の方法その他両議院の議員の選挙に関する事項は、法律でこれを定める

 

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帝国憲法 第36条(両議院議員兼職の禁止)

何人モ同時ニ両議院ノ議員タルコトヲ得ス

誰も同時に両議院(両方の議院)の議員になる事はできない。

 

両議院議員の兼職禁止を規定していますが、同じ条文が日本国憲法にもあります。

 

日本国憲法 第48条

何人も,同時に両議院の議員たることはできない。

 

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年11月5日)