帝国憲法3条 (天皇の不可侵性):不敬禁止の条文

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第1章「天皇」の第3条について考えます。現在では天皇の絶対性・神権性の表れと批判されがちな3条ですが、よく調べてみると別の側面も見えてきます。

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帝国憲法 第3条(天皇の無答責・不可侵)

天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

天皇は神聖にして、侵してはならない

 

 

<既存の解釈>

天皇は、仰ぎ尊ぶべき神聖な存在で、干犯(干渉し権利を侵すこと)してはならないと定めている。天皇は絶対者で、その天皇の絶対性を本条では「神聖不可侵」という言葉で表現している。

 

帝国憲法の本文に先立つ「告文」が「皇祖皇宗の神霊」への言上であり、第1条で「万世一系の天皇」を謳い、さらに本条で「天皇は神聖にして…」との表現を使うことによって、天皇の神権性がいっそう強化されている。

 

そういう性質を持つ天皇は、神聖不可侵なので、無答責(責任を問われない)とされ、国内法上、一切の法的、政治的責任を負うことはない。つまり、天皇というものは、神域とでもいうべき領域にいて、憲法とか法律上の責任をあらかじめ免責されている。また、天皇は神聖であるので、人々は天皇に対して侮辱など不敬を働いてはならず、非難したり議論したりすることもできない。

 

帝国憲法は、君主の権限が大きいプロシア(ドイツ)の憲法の影響を受けており、本条はその典型的な例と言える。第1条とともに、天皇の絶対性を定めた条文と一般的には解されている。

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こうした見解に対して、帝国憲法3条にかけた伊藤博文と井上毅の真意はどこにあったのでしょうか?

  

<善意の解釈>

文言通りに解釈すると、本条は天皇の絶対性を規定したものと誤解されがちですが、実際はそうではありません。

 

天皇が神聖であるとは、天皇が日本という「国家の尊厳を代表する」と同じ意味を持っていると解されています。天皇は国家の最高儀礼を行う存在ですから、臣民は不敬罪などの侮辱を行ってはいけないと述べているのです。

 

また、天皇は立憲君主(憲法に基づいて統治が認められた君主)であり、絶対君主とは異なり、立憲君主に法的・政治的行為に責任は及びません。絶対君主制の国家が戦争に敗れれば、その君主が責任を問われ、退位させられ、国家そのものが滅びる(消滅する)場合もあります。

 

帝国憲法においてはそうではなく、むしろ「神聖不可侵である天皇に責任が及ばないよう、実際の権力は政府が行使する」との原則が導かれています。

 

帝国憲法でも,大臣の輔弼を規定する第55条との関係で大臣が責任を負うことになっています。天皇が免れた責任は、事に当たって天皇を補弼・賛助・協賛する立場の機関(内閣や議会)が代わりに負うのです。すべての国事行為は統治権の総覧者天皇の名において行なわれますが,その責任は輔弼者,協賛者に帰せられ,天皇は責任を問われません。

 

このように、本条は、不敬をもって天皇を干犯することはできないこと(天皇に対する不敬の禁止)と、天皇が立憲君主としてその全ての行為に責任がないこと(天皇の君主無答責の原則)を規定しています。これが「侵(おか)スべカラズ」の本当の意味です。少なくとも、天皇は政治にかかわって勢力を振るうヨーロッパのような絶対君主ではないことを、この条文から読み取る必要があります。

 

また、こうした君主の不可侵性の規定は、帝国憲法だけにあるのではありません。近代ヨーロッパの憲法において、「君主は過ちをなしえず」として、国家元首としての君主は、現実政治を超越したところに位置づけ政治的責任を問わない「君主無答責の原則」を定めていました。現在でも、世界の立憲君主国家には同様の規定があります。

 

世界中の近代憲法はイギリスの不文憲法と言われていますが、それを成文化したのは、フランス革命の最中、ルイ16世の処刑ですでに廃止された1791年のフランス憲法とされています。その12条1項に「君主は神聖にして侵すべからず」とあります。また1791年のフランス憲法を参考にして、現存している最古の憲法といわれているのが、1831年のベルギー憲法で、その第63条に、「国王の身体は侵すべからず」と規定されました。この条文は今でも世界の君主国の模範となっていると評価されています。確かに帝国憲法は、君主色の強いプロシア憲法をお手本にしたと言われていますが、そのプロイセンの憲法もベルギー憲法を参考にしています。

 

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

 

(2022年10月22日)