帝国憲法14条 (戒厳大権):戒厳も立憲主義とともに

 

私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向けた「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回は、第1章「天皇」の第14条から16条まで規定された天皇大権について主に考えます。天皇大権の規定は、天皇に絶対的(独裁的)な権力を与えたと一般的には批判されますが、実際はどうだったのでしょうか?「明治憲法=軍国主義」というイメージが定着してしまっている中、戒厳(令)と聞くとは戦争を印象づけてしまいがちです。

 

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第14条(天皇の戒厳大権)

  • 天皇ハ戒厳(かいげん)ヲ宣告ス

天皇は戒厳を宣告する。

  • 戒厳ノ要件及効力ハ法律ヲ以テ之ヲ定ム

戒厳の要件や効力は法律によって定める。

 

<既存の解釈>

外敵・内変、戦時など非常事態が発生し、戒厳令が宣告された場合、法律が停止され、行政、司法の全権または一部の権限が軍に移される。そうなると一般の人々の権利に重大な影響を及ぼしてしまうのは明白である。こうした規定は日本国憲法にはない。

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これに対して、伊藤博文と井上毅は、戒厳大権の行使には、慎重さを期していたことがわかります。

 

<善意の解釈>

19世紀の弱肉強食時代、これから戦争が始まるとなると(またはそれと同等な危機的状況に国民が直面することが明白になった場合)、戒厳令が敷かれるのは避けられません。ただし、天皇の戒厳大権が行使された場合、人々の権利に重大な影響を及ぼすので、戒厳大権は、法律の条項に準拠した上で行使されなければならないと本条2項に規定されました。

 

具体的には、法律によって、戒厳の要件(必要な規程)や効力(権力の及ぶ限界)を定め、また運用上も、国務大臣や枢密顧問の輔弼が不可欠とされ、慎重に実施されるような歯止めがかけられていました。さらに、現実的にその運用そのものも、天皇が直接行使するのではなく、軍の将帥(軍隊を率いて指揮する大将)に委任されていました。

 

帝国憲法4条から規定されている天皇大権の残りは、現在の日本国憲法においても形を変えて存続している勲爵栄典授与大権と恩赦大権です。また、第1章「天皇」の最後に「摂政」について書かれています。

 

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第15条(天皇の勲爵栄典授与大権)

天皇ハ爵位(しゃくい)勲章(くんしょう)及其(そ)ノ他ノ栄典ヲ授与(じゅよ)ス

天皇は爵位、勲章およびその他の栄典を授与する

 

爵位:貴族の血統による身分、または国家に貢献した政治家・軍人・官吏などに国から与えられる栄誉称号。爵(しゃく)は公(こう)・侯(こう)・伯(はく)・子(し)・男(だん)の5等級に分かれた。1884(明治17)年の華族令により制定。爵位が与えられると華族に列せられた。

勲章:国家・社会に対する功労者を表彰して国家から与えられる記章。

栄典:国や社会に対して功労のあった人を表彰して与える待遇・地位・称号などの総称。位階・勲章・爵位・褒章などがある。

 

<既存の解釈>

明治憲法では、栄典授与が天皇の独立した大権として規定された。日本国憲法でも、天皇が栄典の授与を行うが、大権として行使されるのではなく、内閣の助言と承認の下で行われた。

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帝国憲法(明治憲法)を否定的にとらえる向きは、天皇大権と聞いただけですべてを否定しがちですが、帝国憲法起草者の伊藤博文の本条に関する見解は至極、自然な発想でした。

 

<善意の解釈>

太古は姓(かばね)を用いて貴賎を分けていましたが、推古天皇の治世に摂政の聖徳太子が初めて冠位十二階を定めて諸臣に分け賜れて以来、栄典授与大権は天皇にありました。本条もその伝統を引き継ぐものです。したがって、勲爵(くんしゃく)栄典授与が天皇の大権となっていることに何も問題はありません。

 

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第16条(天皇の恩赦大権)

天皇ハ大赦(たいしゃ)特赦(とくしゃ)減刑(げんけい)及復権ヲ命ス

天皇は、大赦、特赦、減刑および復権を命じる

 

大赦:政令で定めた罪について、一つの有罪の言い渡しの効力および公訴権を消滅させること。

特赦:有罪の言い渡しを受けた特定の者に対してその刑を赦すこと。

減刑:既に宣告された刑を減らすこと。

復権:剥奪された公権(権利や資格)を元に戻すこと。

これらを総称して恩赦といい、国家的祝賀に際して行われる。

 

<既存の解釈>

前条同様、恩赦も天皇の独立した大権として規定された。日本国憲法では、恩赦は内閣の権能で、天皇は国事行為として認証のみ行う。

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伊藤博文の本条に対する見解です。意外な視点に基づいて書かれていました。

 

<善意の解釈>

帝国憲法の起草者である伊藤博文は、自らの憲法解説書「憲法義解」の中で、天皇の恩赦大権の意義を次のように説明しています。

 

「国家は、司法府を置き、法廷を設け、臣民の権利を保護しているが、法律はいまだに社会の隅々まで反映されていない。また、時として、犯人の側にも同情すべき者がいることも事実である。こうした背景下、恩赦の権は、天皇の情け深い特典として、法律の及ばないところを補い、民に温情を得られない者が無いようにするために規定した。」

 

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第17条(摂政)

  • 摂政(せっしょう)ヲ置クハ皇室典範ノ定ムル所ニ依ル

摂政を置く場合は皇室典範に定められている規定による

  • 摂政ハ天皇ノ名ニ於テ大権(だいけん)ヲ行フ

摂政は天皇の名において大権を行使する

 

摂政:天皇に代わって、天皇の国事行為に関する政務を執り行うこと。

大権:国家行為を行う権限。

 

<既存の解釈>

プロシア(ドイツ)においては、両院を召集し両院の合議によって摂政を設置する必要性を議決していましたが、明治憲法では、摂政設置の当否についての規定はありませんでした。伊藤博文も帝国憲法の解説書のなかで、「臣民に議論されることではない」と切り捨てています。

 

<善意の解釈>

天皇に予期せぬことがあり、政治を自ら行うことができないなどという非常時に備え、摂政の制度を憲法の中で規定しています。しかし、摂政を置く場合は皇室典範に定められている規定によるとして、摂政を置く要件等を皇室典範に譲り、憲法には書かれていません(現行憲法も同様)。摂政の設置は、皇室の家法によるもの、すなわち、もっぱら皇室に属する事であり、臣民の議論の対象ではないというのがその背景にあるようです。

 

 

<参照>

帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 明治憲法への冤罪をほどく!

日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法のなりたち

 

 

<参考>

明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)

帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)

憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)

憲法(伊藤真、弘文社)

Wikipediaなど

 

(2022年10月26日)