日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は第8章「地方自治」についてです。明治憲法には規定されていなかった地方自治について、GHQはどのように日本国憲法に書き込もうとしたのでしょうか?
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地方自治とは、地方における政治・行政をその地域の住民の意思に基づき、国からは独立した地方公共団体が自主的に行うことです。日本国憲法では、民主主義の進展のため、また中央政府への権力集中の弊害の防止などのため、地方自治が需要な意義を持つことを認めて、第8章として取り上げています。
帝国憲法下の日本では、中央集権体制が確立し、地方自治という発想に欠け、国が地方を治めるための諸制度が整備されていたため、帝国憲法には地方自治に関する規定はありませんでした。
GHQ民政局では、マッカーサー草案の作成指令を受け、「地方行政に関する委員会」のセシル・G・ティルトンをチーフとしたメンバーによって、「地方行政」についての草案作成が進められていました。彼らは当初、地方自治体の権限を強くした、自国の連邦制に近い一種の「地方主権」を意図していたとされています。
ところが、GHQでは、「首長、地方議員の直接選挙制は認めるが、日本は小さすぎるので、州権というようなものは認められない」との方針が確認されました。このため、全体のとりまとめ役を果たしていた運営委員会によって、「地方行政に関する委員会」の草案が全面書き換えられることになったという経緯も明らかにされています。そうした経緯で生まれた地方自治に関する規定の実際をみてみましょう。
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◆ 第92条(地方自治の基本原則)
地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。
地方自治の本旨とは、地方自治の本来の原則のことで、住民自治と団体自治の二つの要素があります。住民自治とは地方自治がその地域の住民の意思に基づいて行われることをいい、団体自治は、地方自治が国から独立した地方公共団体の意思と責任の下で行われることをいいます。
本条は、GHQではなく、日本政府が独自に起案したもので、ほぼ修正なくそのままGHQも認めた稀有な条文です。3月2日案の中で、地方自治の総則的規定として出されました。
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◆ 第93条(首長制)
- 地方公共団体には、法律の定めるところにより、その議事機関として議会を設置する。
- 地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が、直接これを選挙する。
1項で、住民の代表機関である地方議会の設置について定め、2項で、地方公共団体の長(首長)、地方議会の議員等を住民の直接選挙で選出すると規定しています。議決機関としての議会と長とを、ともに住民の直接選挙で選び、住民の代表機関としてそれぞれの権限と責任とを分けられる制度のことを首長制といいます。
首長制(93条)に関する当初の総司令部案は、以下のように、冗長な感じを与える内容でした。
GHQ案
府県知事、市長、町長、徴税権を有する、その他の一切の下級自治体および法人、府県および地方議会、ならびに国会の定むる、その他の府県および地方役員はそれぞれその社会内において直接普遍選挙により選挙せらるべし。
そこで、日本政府は、その3月2日案で、GHQ案の府県・市・町・村という表現を改めて「地方公共団体」とするとともに、地方議会の設置と、首長・議員の直接選挙制という趣旨を明確にわかりやすい表現に直しました。
3月2日案
- 地方公共団体には、法律の定むる所により、その議事機関として議会を設くべし。
- 地方税徴収権を有する地方公共団体の長およびその議会の議員は、法律の定むる所により当該地方公共団体の住民においてこれを選挙すべし
これに対し、憲法改正案起草の過程で、GHQ(総司令部)側から、選挙の対象に「地方公共団体の長およびその議会の議員」に加えて、「団体の長以外の法律で定める吏員」を付記し、またそれらの選挙について「直接」を加えよとの要請(指示)があり、改められました。結果として、帝国議会の審議では多少の文言調整がありましたがそのまま成立しました。
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◆ 第94条(地方公共団体の権能)
地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる。
地方公共団体の権能として、①財産の管理、②事務の処理、③行政の執行、④(法律の範囲内での)条例の制定の4つを規定しています。これらは団体自治の原理を前提としています。
条例:地方公共団体がその自治権(自主立法権)に基づいて制定する法のこと。
GHQ案
首都地方、市および町の住民は、彼らの財産、事務および政治を処理し、並びに国会の制定する法律の範囲内において彼等自身の憲章を作成する権利を奪はるること無かるべし
政府は、GHQ案に対して、その3月2日案で、読みやすい文章に変更するとともに、「財産の管理(自治体の財産管理権)」を削除して起草しました。
3月2日案
地方公共団体の住民は、自治の権能を有し、法律の範囲内において条例および規則を制定することができる。
しかし、議会に提出する帝国憲法改正案の作成において、GHQとの「協議」では、日本政府が削除した財産管理の部分が復活する形となって、現行の94条となりました。
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◆ 第95条(特別法についての住民投票)
一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
特定の地方公共団体だけに適用される特別法(地方特別法)は、その住民の投票による過半数の同意がなければ、国会はその特別法を制定できないと定めています。
この条文が成立するまでの過程をGHQ案、政府の3月2日案、両者「協議」による帝国憲法改正案の順にみてみましょう。
GHQ案
国会は、一般法律の適用せられ得る首都地方、市または町に適用せらるべき地方的または特別の法律を通過すべからず。ただし右社会の選挙民の大多数の受諾を条件とするときはこの限にあらず。
3月2日案
一の地方公共団体にのみ適用ある特別法は、法律の定むる所により、当該地方公共団体の住民多数の承認を得るに非ざれば、国会これを制定することを得ず。
帝国憲法改正案
一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会は、これを制定することができない。
地方特別法が成立するための条件としてあげられた住民投票において、GHQ案が「大多数の受諾」、これを3月2日案では「多数の承認」に変わり、最後は「過半数の同意」となりました。これは、条件を明確にするとともに、地方特別法が認められやすい方向に変化したことを示していますが、基本的にはGHQ案通りとみていいでしょう。
以上、日本国憲法において、地方自治についての規定がいかなる経緯で書き上げられたかについてみてきました。
なお、地方自治に関する規定そのものは、帝国憲法にも、憲法研究会の「憲法草案要綱」にもありませんでした。アメリカの合衆国憲法にも独立した章で地方自治について定められていません。ましてや、冒頭で示したように、アメリカのように自治体に強い権限を与える制度の導入を見送っています。そうした影響があったのでしょうか、他の章と異なり、日本国憲法の草案策定の過程において、大きな論争は少なかったような印象を受けます。
<参照>
その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。
<参考>
憲法(伊藤真 弘文堂)
日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)
Wikipediaなど
(2022年9月29日)