日本国憲法(財政): GHQが消した幻の憲法草案

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は第7章「財政」の中で、GHQによって消された憲法改正草案を紹介します。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

<幻となった憲法草案文>

 

帝国憲法で定められていた財政に関する条文の中で、政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)が修正案を出していたにもかかわらず、総司令部によって丸々削除された規定がいくつかあります。それらは、1)歳出に対する議会承認要件の例外について、2)緊急勅令による歳出について、3)予算不成立時の前年度予算施行についての3つです。

 

 

◆ 歳出に対する議会承認要件の例外

 

帝国憲法第67条

憲法上ノ大権(たいけん)ニ基(もと)ツケル既定ノ歳出 及(および)法律ノ結果ニ由(よ)リ 又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ 政府ノ同意ナクシテ帝国議会 之(これ)ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得(え)ス

憲法上の大権に基づく規定の歳出、および法律の結果による歳出または法律上政府の義務に属する歳出は、政府の同意がなければ、帝国議会は排除または削減することはできない。

 

政府の松本委員会では、「憲法上の大権に基づける既定の歳出および」を削除して、本条を生かそうとしましたが、GHQ案から除外されました。

 

 

◆ 緊急勅令による歳出

 

帝国憲法第70

公共ノ安全ヲ保持スル為(ため) 緊急ノ需要アル場合ニ於(おい)テ 内外ノ情形(じょうけい)ニ因(よ)リ 政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能(あた)ハサルトキハ 勅令ニ依(よ)リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得(う)

公共の安全を保持する為、緊急に必要がある場合において、内外の情勢によって政府は帝国議会を召集することができないときは、勅令によって財政上の必要な処置を行うことができる。

 

松本委員会は試案で、「召集することができないときは」の次に「帝国議会審議会の議を経て」を加えましたが、こちらもGHQは無視しました。

 

 

◆ 予算不成立時の前年度予算施行

 

帝国憲法第71条

帝国議会ニ於(お)イテ予算ヲ議定(ぎてい)セス 又ハ予算成立ニ至(いた)ラサルトキハ 政府ハ前年度ノ予算ヲ施行スヘシ

帝国議会において予算を議決せず、または予算が成立しないときは、政府は前年度の予算を施行しなければならない。

 

憲法問題調査員会(松本委員会)は、試案で、71条の内容を全面改定し、以下のように、暫定予算の策定を明記する改正案を出していました。

 

松本案

会計年度に予算成立に至らざるときは、政府は会計法の定むる所により、三ヶ月以内の期間を限り前年度の予算の範囲内に於て暫定予算を作成し、これを施行すべし。(以下略)

 

この3つの条文のうち、前の2つは、天皇大権に関連するものであったので、戦前の天皇制を徹底的に潰す意思であったGHQが削除したことは容易に想像できます。

 

一方、最後の「予算不成立時の前年度予算施行」の規定については、SWNCC228「日本の統治制度の改革」に次のような報告があります。

 

――――――

(帝国)憲法は、予算が議会によって否決されたときには、前年度の予算が自動的に効力を発生すると規定している(第71条のこと)。その結果、総理大臣は、たとえ下院(衆議院のこと)で信任投票をかちうることができなくとも、少なくとも前年度と同一の予算が確保されるということを、念頭においていたのである。
――――――

 

アメリカ政府の目には、「戦前の日本政府は、予算が成立しなくても、つまり国民を代表する立法府の信任を得ていなくても、前年度予算を継続していた」と映っていたことがわかります。ということは、SWNCCは、この制度がなくなれば、「政府は、国民を代表する立法府の信任を失ったときは、財源がないため、会計年度の終りに辞職を余儀なくされる」とみたのです。予算不成立時の前年度予算施行制度を廃止することは、国会に対して責任を負う内閣を作るという占領政策にも合致することになると解されたのでしょう。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

<参考>

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)

Wikipediaなど

 

(2022年9月29日)