日本国憲法97~99条 (最高法規):合衆国憲法の精神満載!

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は、第10章の「最高法規」です。基本的人権の永久・不可侵性が確認(97条)した上で、憲法の最高法規性を謳い(98条)、最高法規である憲法の擁護義務(99条)について書かれています。

 

実質的に最終章になる本章において、国の法秩序の根本となり、人間の権利・自由をあらゆる国家権力から守る憲法の不可侵性と優位性が改めて強調されました。

 

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◆ 第97条(基本的人権の本質)

この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。

 

日本国憲法第11条では、人間が生まれながらに有すると考えられる基本的人権を「侵すことのできない永久の権利」として、国民が享有できることを定めていました。

 

第11条(基本的人権の亨有)

国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

 

これに対して、97条は、改めて基本的人権の本質を、「日本国憲法が保障する基本的人権は、法律によっても憲法改正によっても、侵すことのできない永久の権利として信託された(譲り渡されたものではなく預けられた)」と規定しています。11条との違いは、11条にはなかった基本的人権の由来や性質について書かれていることです。

 

ただ、本質的に同じ基本的人権について規定された2つの条文が、どうして11条と97条とに離れて書かれたかと、不思議に思われる読者もいるのではないかと思います。

 

11条の解説でも説明したように、この97条に至るGHQ(総司令部)の草案は、日本国憲法11条(基本的人権の享有)となった草案の一部を、日本政府が3月2日案の起草の際に、削除したものをこちらに移したものでした。しかも、基本的人権に関して2つの条文に分けたのは、GHQ(総司令部)ではなく、日本側の意向でした。

 

この辺りの経緯については、「日本国憲法11・12条(人権の基本原則)」を参照下さい。

 

GHQ案(97条)

この憲法により日本国の人民に保障せらるる基本的人権は、人類の自由たらんとする積年の闘争の結果なり。時と経験の坩堝(るつぼ)の中において永続性に対する厳酷なる試練によく耐へたるものにして永世不可侵として現在および将来の人民に神聖なる委託を以って賦与せらるるものなり。

このGHQ案のひな形になったのが、フランス人権宣言でした。興味深いことに、「基本的人権」という文言は、合衆国憲法にも独立宣言にも一度もでてきていません。基本的人権規定の土台はフランス人権宣言にあります。

 

フランス人権宣言 第4条(自由の定義・権利行使の限界)

自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。

 

この「自由」の理念は、イギリスの思想家で合衆国憲法をはじめ欧米諸国の人権規定等に多大な影響を与えたロックが主張する「自由」に由来していると言えます。そのロックの影響の下で書かれた世界最初と言われる人権規定(宣言)が、フランスの人権宣言よりも前に書かれたアメリカのバージニア権利章典です。

 

バージニア権利章典(1776 年)

1.すべての人は生来ひとしく自由かつ独立しておリ、一定の生来の権利を有するものである。これらの権利は人民が社会を組織するに当たり、いかなる契約によっても、人民が子孫からこれを奪うことのできないものである。かかる権利とは、すなわち財産を取得所有し、幸福と安寧とを追求獲得する手段を伴って、生命と自由とを享受する権利である。

 

日本国憲法第97条の記述と内容としてはほぼ同じであり、バージニア権利章典の日本国憲法への影響性を指摘することができるのではないでしょうか。

 

さて、GHQ案に対する日本政府の対応ですが、3月2日案の起草の際に、「本条の内容は別条で定める」とGHQと申し合わせがありましたが、3月2日案には特に記載されませんでした。

 

しかし、議会に提出するための帝国憲法改正案では、GHQ案が修正の上、復活しました。その際、例えばGHQ案にあった「人類の自由たらんとする積年の闘争の結果なり」は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」に改められました。「闘争」というマルクス主義の用語は敬遠された形です。いずれにしても、この改正案はそのまま議会を通過して、現行の97条となりました。

 

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◆ 第98条(最高法規性)

  1. この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
  2. 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。

 

第1項では、「国会が作る法律も、内閣や省庁が作る命令(政令や省令)も憲法に反することはできない」と定めて、憲法の最高法規性を謳っています。実際、憲法は、法律以下の国内法に対して最上位にあり、憲法を頂点として、その下に法律、命令(政令、省令等)、条例という順序で段階構造をなしています。

 

また、最高法規である憲法は、日本においては条約よりも上位であるとの見方が一般的ですが、第2項では、憲法より下位である条約も遵守することを規定しています。

 

帝国憲法において、憲法に反しない現行法規の有効性(憲法に反する法律や命令などの法規は無効である)について同様の規定は書かれていましたが、「憲法が最高法規である」との言及はありませんでした。

 

帝国憲法第76条(現行法規の有効性)

  • 法律規則命令又ハ 何等(なんら)ノ名称ヲ用(もち)ヰ(い)タルニ拘(かかわ)ラス 此(こ)ノ憲法ニ矛盾(むじゅん)セサル現行ノ法令ハ総(すべ)テ遵(じゅん)由(ゆう)ノ効力ヲ有ス

法律・規則・命令または何らかの名称を用いても、この憲法に矛盾しない現行の法令は、全て遵守されるべき効力を有している。

 

また、民間の憲法研究会の「憲法草案要綱」にも、「この憲法の規定並精神に反する一切の法令及制度は直ちに廃止す」と、帝国憲法76条と同様の規定がありました(最高法規についてはなかった)。

 

では、そもそも憲法の最高法規性について、日本国憲法では独立した章として規定されたかといえば、言うまでもなく、アメリカ合衆国憲法に、憲法の最高法規性が明記されているからでしょう。

 

アメリカ合衆国憲法 第6章第2 項

この憲法、(中略)は、国の最高法規である。(後略)

 

ただ、憲法に反しない現行法規の有効性についての規定は合衆国憲法にないことから、GHQ(総司令部)は、文言から判断して、憲法研究会の草案を参考にしつつ、GHQ草案を書き上げたと推察されます。

 

GHQ
この憲法ならびにこれに基き制定せらるる法律および条約は、国民の至上法にして、その規定に反する公の法律もしくは命令および詔勅、もしくはその他の政府の行為またはその部分は法律上の効力を有せざるべし。

 

これに対する政府の3月2日案も、その後の帝国憲法改正案も、文言の調整がなされたものの、基本的にはGHQ案に沿った文面で起草されました。

 

しかし、議会で審議入りした帝国憲法改正案は、衆議院での修正審議において、憲法のほかこれに基づく法律及び条約までも最高法規としていた点について、不合理であるとして削除されました(総司令部側も了承)。ではどうして、特にGHQは当初(GHQ案)から、憲法のほかこれに基づく法律及び条約を最高法規としていたのかというと、それは、合衆国憲法第6章ではそうなっていたからだということが明らかです。

 

合衆国憲法第6章第2 項[最高法規]

この憲法、およびこれに準拠して制定される合衆国の法律、ならびに合衆国の権限にもとづいて締結された、または将来締結されるすべての条約は、国の最高法規である。(後略)

 

なお、GHQ案になかった現行の98条第2項の国際法規尊重に関する規定は、帝国議会での審議の際、日本側の発意で追加されたもので、GHQの意思ではありませんでした。

 

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◆ 第99条 (憲法尊重擁護の義務)

天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。

 

「すべての公務員は、憲法を尊重し、憲法を擁護する義務がある」、逆に言えば、公務員は憲法に違反するような行為をしてはならず、また、そうした行為に対して抵抗し、憲法の存立を確保する義務があるとして、公務員への憲法尊重擁護義務を定めています。

 

ここでいう公務員には、天皇、摂政、国務大臣、国会議員、裁判官を含むすべて国家の権力(公権力)行使に関わる人々を指しています。これは、憲法が公権力の行使を統制するものだからです。ここには「国民」は含まれていません。国民は、公権力を行使する立場ではないので、憲法を守る義務がある人には挙げられていません。国民は彼ら(公務員)が、憲法を尊重し擁護しているかどうかに絶えず注視する役割を担っていると解釈されています。

 

帝国憲法には、特に憲法擁護義務を直接に規定した条文はありませんでした。そうすると新たな項目としてこの規定が置かれた理由は、合衆国憲法に書かれていたからであると想定されます。

 

合衆国憲法第6章第3 項[最高法規]

この憲法に定める上院議員および下院議員、州の立法部の議員、ならびに合衆国および各州のすべての行政官および司法官は、宣誓または宣誓に代る確約により、この憲法を擁護する義務を負う(後略)。

 

合衆国憲法の趣旨に沿って書かれたGHQ案は次のような内容でした。

 

GHQ

天皇皇位に即きたるとき、並びに摂政、国務大臣、国会議員、司法府員および、その他の一切の公務員、その官職に就きたるときは、この憲法を尊重擁護する義務を負う。

この憲法の効力発生する時において官職にある一切の公務員は、右と同様の義務を負うべく、その後任者の選挙または、任命せらるるまで官職にとまるべし。

 

これを受けた政府の3月2日案では、後段を削除、前段も簡潔にしましたが、その後のGHQとの協議でも、ほぼそのまま採用され、帝国憲法改正案となりました。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

 

<参考>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

NHKスペシャル「日本国憲法誕生」

憲法研究会「憲法草案要綱」

世界憲法集(岩波文庫)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

Wikipediaなど

 

(2022年9月30日)