日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は第7章「財政」の中の皇室経費についてです。
日本国憲法8条の皇室財産の管理について規定に続き、財政面から戦前の天皇制を終わらせようとするGHQの意図がよくわかります。
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第88条(皇室経費)
すべて皇室財産は、国に属する。すべて皇室の費用は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
本条は、皇室財産の国有化を規定し、皇室費用は国会が民主的に管理することを謳っています。日本国憲法8条で「皇室の財産授受については国会の議決が必要である」と皇室の財産管理について定めていましたが、本条ではさらに皇室経費について定めています。
皇室経費については、帝国憲法でも規定されていましたが、予算に対する議会協賛の原則の例外として定められ、皇室経費は議会の協賛を必要とされませんでした。また、帝国憲法下では、皇室費は議会の審議を受けずに毎年定額が確保されていました。
帝国憲法第66条(皇室経費)
皇室経費ハ現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之(これ)ヲ支出シ将来増額ヲ要スル場合ヲ除ク外(ほか) 帝国議会ノ協賛(きょうさん)ヲ要セス
皇室経費は現在の定額によって、毎年国が支出し、将来に増額を必要とする場合を除いてそれ以外は、帝国議会の協賛を必要としない。
これに対して、政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)では、第66条の規定を改め、「皇室経費中その内廷の経費に限り定額により毎年国庫より、これを支出し、増額を要する場合を除く外、帝国議会の協賛を要せざる」ものとすることを決定していました。
内廷費:天皇及び内廷にある皇族(内廷皇族)の日常の費用その他内廷諸費に充当されるため支出される費用。内廷(ないてい)皇族とは、独立した宮家を持たない宮廷内部の皇族を指す語である。具体的には、皇后、太皇太后、皇太后、皇太子とその家族、未婚の皇子女を指す。
戦前の天皇制は解体、民主化をめざす総司令部からすれば、「皇室の経費」を「皇室経費中その内廷の経費に限り」に変えただけの改正案は、微修正としか映らず、GHQはこれに大幅修正が加えました。
GHQ案
世襲財産を除くほか皇室の一切の財産は、国民に帰属すべし。
一切の皇室財産よりする収入は国庫に納入すべし。
しかして法律の規定する皇室の手当および費用は国会により年次予算において支弁さらるべし。
総司令部案を受けた政府は、GHQ案の皇室財産の国庫帰属に関する部分を削除して以下の対案を示しました。
3月2日案
皇室経費に関する予算は、国の予算の一部とす。世襲財産を除く皇室財産につき生じる収支また同じ。
しかし、その後、議会に提出する帝国憲法改正案作成の際のGHQとの「協議」において、3月2日案で削除されていた皇室財産の国庫帰属に関する部分は、ほとんど同じ形の規定が復活させられました。
帝国憲法改正案
世襲財産以外の皇室の財産は、すべて国に属する。皇室財産から生ずる収益は、すべて国庫の収入とし、法律の定める皇室の支出は、予算に計上して国会の議決を経なければならない。
さらに、帝国憲法改正案に対する衆議院での審議において、皇室財産の国庫帰属に関する規定に関し、「世襲財産を存置しながら、その収入はすべて国庫に帰属することは不合理である」とする意見が出されました。
そこで、衆議院小委員会では、「皇室財産から生ずる収益は、すべて国庫の収入とし」の部分を削除する案がまとめられました。しかし、総司令部側から、「ならばすべて皇室財産は、国に属するべきである」との提案(指示)がなされます。
議会では結局、GHQの提案通り、衆議院修正として「やむをえず」可決され、現行88条の規定となりました。保守派からすれば、皇室の財産を守ろうとした苦肉の修正提起が、逆にやぶ蛇となってしまいました。
日本国憲法第88条をめぐるやり取りをみても、「天皇」や「戦争放棄」に関する規定については一切の妥協を許さないGHQの政策スタンスがここでも確認できます。
皇室の財産と皇室の費用については、マッカーサー3原則に記載はありませんでしたが、マッカーサー3原則に先立つ国務・陸軍・海軍三省調整委員会(SWNCCスウィンク)の報告書「日本の統治制度の改革」の方針(SWNCC228)には次のような記載があります。
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皇室財産を国の管理とし、皇室費を毎年の予算の中で取り扱うこと。
一切の皇室収入は国庫に繰り入れられ、皇室費は、毎年の予算の中で、立法府によって承認さるべきものとすること、などの諸規定が含まれなければならない。
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88条の原点はここにあるわけです。前述したように、帝国憲法には皇室の費用についてしか定めていませんでしたが、日本国憲法では、皇室の費用だけでなく、8条で皇室の財産授受についても取り上げ、戦前の天皇制の解体を徹底的に行おうとした経緯がわかります。
<参照>
その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。
<参考>
憲法(伊藤真 弘文堂)
日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)
NHKスペシャル「日本国憲法誕生」
アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)
Wikipediaなど
(2022年9月29日)