日本国憲法55~58条:国会の権限も合衆国憲法から

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりた」を連載でお届けしています。第4章の「国会」の中から、今回は、会議の原則や議院の権能(権限)についてとりあげます。なにやら抽象的で難しそうですが、その成立の経緯を考えるというテーマに即してみれば、興深い側面が明らかになりました。

 

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  • 55条(資格争訟裁判権)

両議院は、各々その議員の資格に関する争訟を裁判する。但し、議員の議席を失はせるには、出席議員の3分の2以上の多数による議決を必要とする。

 

本条前段で、議院に資格争訟裁判権を認めています。この議員の資格の有無を問う争訟のことを「議員の資格争訟」と言います。議員の資格争訟裁判は、例えば、①被選挙権を失う可能性のある行為や、②議員と兼職することが禁じられた職に就いていた疑いがあった場合などにおこされます。

 

議員の資格の有無についての争い(議員の資格争訟)は、本来、裁判所の権限に属する事項ですが、(55条では)議院の自律性を尊重して、裁判所で争うことができず、当該議員の所属する議院が自ら行うとしているのです。

 

両議院の資格争訟裁判権について、直接定めた条文は帝国憲法にはありませんでした。GHQが帝国憲法になかった議院の資格裁判権を日本国憲法に新たに定めた理由は?と言えば、憲法学では、議院の行政府からの自立(独立)を強調するためと説明されていますが、日本国憲法制定の段階では、やはり自国の合衆国憲法にその規定があったからだと答えることもできるでしょう。

 

合衆国憲法第1章第5条第1項

両議院は、各々その議員の選挙、選挙の結果および資格に関して判定を行うものとする。(以下略)

 

GHQ

国会は、選挙および議員の資格の唯一の裁決者たるべし。当選の証明を有するも、その効力に疑ある者の当選を拒否せんとするときは、出席議員の多数決によるを要す。

 

GHQ案を受けた政府案(3月2日案)では、文言調整がなされるとともに、議員の資格を失わせる要件として、GHQ案の多数決を3分の2へ変更しました。この時の変更はGHQより認められ、現在に至っています。

 

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  • 56 (定足数と表決数)

①両議院は、各々その総議員の3分の1以上の出席がなければ、議事を開き議決することができない。

②両議院の議事は、この憲法に特別の定のある場合を除いては、出席議員の過半数でこれを決し、可否同数のときは、議長の決するところによる。

 

第1項は議院の議事(議会審議)、議決のための定足数(最低限度の出席者数)を、また第2項では議事における賛成のための表決数を定めています。

 

本条の土台となった総司令部案です。

 

GHQ

議事を行ふに必要なる定足数は、議員全員の三分の一より少からざる数とす。この憲法に規定する場合を除くのほか、国会の行為はすべて出席議員の多数決によるべし。可否同数なるときは議長の決する所による。

 

このGHQ案が文言を修正されつつも、56条になりました。ではGHQが草案のたたき台にしたのは、まず自国の合衆国憲法だったと思われます。

 

合衆国憲法 第1章第5 条第1

…各々の院は、その議員の過半数をもって議事を行うに必要な定足数とする。

 

ただし、合衆国憲法には、議会の定足数についての規定はあっても、表決に関する項目は含まれていません。また、定足数も合衆国憲法では議員の「過半数」であるのに対し、GHQ案では「3分の1」となっており、GHQは自国の憲法の規定をそのまま移行させたのではありませんでした。

 

では、GHQ(アメリカ)は自国の憲法以外に、何を参考にして56条の原案を起草したかといえば、帝国憲法であったことが伺えます。

 

帝国憲法では、議事議決のための定足数と表決数については、それぞれ別の条文で規定されていました。

 

帝国憲法第46条(定足数)

両議院ハ各々其(そ)ノ総議員三分ノ一以上出席スルニ非(あら)サレハ 議事ヲ開キ議決ヲ為ス事ヲ得(え)ス

両議院はそれぞれその議院の総議員の三分の一以上出席しなければ、議事を開き議決する事ができない。

 

帝国憲法第47条(表決数)

両議院ノ議事ハ過半数ヲ以テ決ス 可否同数ナルトキハ議長ノ決スル所ニ依(よ)ル

両議院の議事は過半数で決まる。可否同数となった場合は議長が決する。

 

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  • 57条(会議公開の原則)
  1. 両議院の会議は、公開とする。但し、出席議員の3分の2以上の多数で議決したときは、秘密会を開くことができる。
  2. 両議院は、各々その会議の記録を保存し、秘密会の記録の中で特に秘密を要すると認められるもの以外は、これを公表し、且つ一般に頒布しなければならない。
  3. 出席議員の5分の1以上の要求があれば、各議員の表決は、これを会議録に記載しなければならない。

 

本条第1項では、国民主権の原理の下、国会の会議の「公開の原則」を規定しています。また、第2項では、会議公開の原則の趣旨を生かすために、両議院に対して「国会の会議の議事録の保存・公表・頒布の義務付け」を求めています。

 

会議公開の原則は、帝国憲法でも定められていました。

 

帝国憲法第48条(会議の公開)

両議院ノ会議ハ公開ス但(ただ)シ政府ノ要求又ハ其(そ)ノ院ノ決議ニ依(よ)リ 秘密会ト為(な)スコトヲ得(う)

両議院の会議は公開とする。ただし、政府の要求またはその院の決議によって、秘密会とする事ができる。

 

政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)では、帝国憲法改正の試案として、同48条の中の「政府の要求」を削除しました。

 

これに対して、GHQは、松本委員会の案では不十分として、秘密会の禁止、議事の記録に関する詳細な規定を付記し、国会の会議公開の原則を徹底させました。

 

GHQ

国会の議事は、これを公開すべく秘密会議はこれを開くことを得ず。国会はその議事の記録を保存し、かつ発表するべく、一般公衆はこの記録を入手しうべし。出席議員二割の要求あるときは議題に対する各議員の賛否を議事録に記載すべし。

 

GHQ案は、明らかに合衆国憲法の議会手続きに関する条項に起因しています。

合衆国憲法 第1章第5 条第3

両議院は、各々その議事録を作成し、その院が秘密を要すると判断する部分を除いて、随時これを公表しなければならない。各院の議員の表決は、いかなる議題についても、出席議員の5 分の1 の請求があれば、これを議事録に記載しなければならない。

 

GHQ案を受けた政府案(3月2日案)ではGHQ案を追認しましたが、議会に提出する最終的な帝国憲法改正案では、厳格な条件付きで(GHQ案で禁止とされた)秘密会議にする要件を加える修正をGHQとの交渉で可能にしました。

 

結果的に日本国憲法57条1項は、対応する帝国憲法の条文に近い形で成立させることができた半面、2項、3項の議事手続き等に関する規定についてはGHQ案がそのまま採用された形となっています。

 

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  • 58条(役員選任権・議員規則制定権・懲罰権)
  1. 両議院は、各々その議長その他の役員を選任する。
  2. 両議院は、各々その会議その他の手続及び内部の規律に関する規則を定め、又、院内の秩序をみだした議員を懲罰することができる。但し、議員を除名するには、出席議員の三分の二以上の多数による議決を必要とする。

 

第1項では、衆参両議院による「役員選任権」を、また第2項は前段で両議院による両議院における会議の手続や内部規律に関する規則などの「議員規則制定権」を、さらには

第2項の後段で、両議院による「議員懲罰権」をそれぞれ規定しています。

 

各議院には、他の国家機関や他の議院から監督や干渉を受けることなく、その内部組織および運営等に関し自主的に決定できる自律権が認められています。第55条と同様に議院の自律権の表れです。

 

帝国憲法では、本条の役員選任権、議員規則制定権、懲罰権(また、解釈によっては日本国憲法55条の議院の資格訴訟の裁判権)を両議院の内部規則制定権として、一つの条文にまとめて規定されていました。

 

帝国憲法第51条

両議院ハ此(こ)ノ憲法及議院法ニ掲(かか)クルモノヽ(のの)外 内部ノ整理ニ必要ナル諸規則ヲ定ムルコトヲ得(う)

両議院はこの憲法と議院法に掲げてあるもの以外に、院内の整理に必要な諸規則を定めることができる。

 

帝国憲法起草者の伊藤博文は、その解説書である「憲法義解」の中で、「内部の整理に必要なる諸規則」とは、議長の推選、議長及び事務局の職務、各部署の分設、委員の推選、委員の事務、議事規則、議事記録、請願取扱い規則、議院休暇規則、紀律及び議院会計などをいうと説明しています。

 

政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)の試案は、帝国憲法第51条を現状維持としましたが、GHQは、具体的な権利を示し、文言調整を経て原則そのまま、現行規定となりました。

 

GHQ

国会は、議長およびその他役員を選定すべし。国会は議事規則を定め、並に議員を無秩序なる行動により処罰および除名することをう。議員除名の動議ありたる場合にこれを実行せんとするときは、出席議員の三分の二より少からざる者の賛成を要す。

 

この草案の土台となったのは、やはり自国の合衆国憲法であったと推察されます。

 

合衆国憲法 第1章第5条第2項

両議院は、各々その議事規則を定め、秩序を乱した議員を懲罰し、3 分の2 の同意によって議員を除名することができる。

 

こうしてみると、日本国憲法第55条(資格訴訟裁判)から第58条(役員選任・議院規則等)までの衆議院と参議院の両議院についての規定は、少なくともGHQ案を見る限り、合衆国憲法第5条の議会手続きの規定を細切れに分割したものということができます。

 

合衆国憲法第1章第5条

[第1 項]両議院は、各々その議員の選挙、選挙の結果および資格に関して判定を行うものとする。(55条)各々の院は、その議員の過半数をもって議事を行うに必要な定足数とする。(56条)定足数に満たない場合においても、 翌日に延会とし、各々の院の定める方法および制裁によって、欠席議員の出席を強制することができる。

[第2 項]両議院は、各々その議事規則を定め、秩序を乱した議員を懲罰し、3 分の2 の同意によって議員を除名することができる。(58条)

[第3 項]両議院は、各々その議事録を作成し、その院が秘密を要すると判断する部分を除いて、随時これを公表しなければならない。各院の議員の表決は、いかなる議題についても、出席議員の5 分の1 の請求があれば、これを議事録に記載しなければならない。(57条)

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

憲法義解 (伊藤博文 岩波文庫)

Wikipediaなど

 

(2022年9月22非)