日本国憲法49~51条:議員の特権は合衆国憲法から

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第4章の「国会」の中から、今回は、国会議員の特権についてとりあげます。国会議員になると普通の人にはない特権があるってご存知ですか?国会議員は、国民の代表として、国民のために国の立法活動を行う重要な仕事をしているので、その妨げにならないように、彼らに対して憲法が3つの特権を保障しています。GHQが国会議員の特権を憲法に定めた理由は何だったのでしょうか?

 

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  • 49条(議員の歳費受領権)

両議院の議員は、法律の定めるところにより、国庫から相当額の歳費を受ける。

 

衆議院、参議院の議員は、相当額の歳費(給与)を受ける権利があると規定しています。普通選挙制においては、あまり財産のない一般国民の人でも議員になることができます。そうした人も議員(政治家)として活動に専念できるようにするために、議員に歳費受領特権を与えられました。

 

しかし、これも、憲法にこうした特権をわざわざ明記する必要があるのかと疑問視されます。実際、帝国憲法にもこうした規定はありませんでしたし、憲法問題調査委員会(松お本委員会)試案にも置かれませんでした。それが、GHQ案として初めて出てきて成立したのは、やはり、合衆国憲法に議員の歳費受領権の規定があったからだと推察されます。

 

合衆国憲法第1章第6 条

上院議員および下院議員は、その職務に対し、法律の定めるところにより、合衆国の国庫から 支出される報酬を受ける…。(以下略)

 

また、国会議員には、本条の歳費受領権以外に、逮捕されない不逮捕特権(50条)と、議員としての職務行為であれば罪に問われない免責特権(51条)が与えられています。50条と51条を合わせて説明します。

 

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  • 50条(不逮捕特権)

両議院の議員は、法律の定める場合を除いては、国会の会期中逮捕されず、会期前に逮捕された議員は、その議院の要求があれば、会期中これを釈放しなければならない。

国会議員には不逮捕特権が与えられています。具体的には、議員は、現行犯罪などの例外を除き、国会の会期中(開会中)は逮捕されません。また、議員が会期前に逮捕されても、その議員が属する議院の要求で、国会が開かれている間は釈放されます。

 

不逮捕特権の趣旨は、政府の権力、すなわち行政権(警察権力・検察権力)によって国会議員の職務遂行が不当に妨害(干渉)されることのないように、議員の身体的な自由を確保することです。これによって議院の正常な活動を確保することになります。

 

 

  • 51条(免責特権)

両議院の議員は、議院で行つた演説、討論又は表決について、院外で責任を問はれない。

「衆議院(参議院)議員は、衆議院(参議院)で行った演説や討論など国会議員としての職務行為について、衆議院(参議院)外で責任は問われない」として、国会議員に対し免責特権を付与しています。

 

ここいう「責任」とは、一般国民であれば問われる民事上・刑事上の法的責任などを指します。例えば、ある議員が別の議員の名誉を傷つけるような批判を国会の質疑の時間にした場合、一般国民であれば名誉棄損行為として、名誉毀損罪に問われたり損害賠償責任を負ったりしますが、その議員はそれらの法的責任は問われません。

 

ここまで読むと、国会議員はずいぶん優遇されているように思われるかもしれません。しかし、不逮捕特権が規定された背景には、戦前、警察・検察といった行政権力が、恣意的に不当な逮捕を行い、議員および議院の職務遂行を妨害してきた歴史があるからだとされていいます。

 

また、国会議員に免責特権が与えられた趣旨も、かつて行われていたとされる政府(行政権力)から議員に対する不当な介入がなされることを防ぎ、議員の身体的な自由を確保することにあります。

 

もっとも、帝国憲法において、議員の不逮捕特権も免責特権も定められていました。

 

帝国憲法第53条(議員の不逮捕特権)

両議院ノ議員ハ現行犯罪又ハ内乱(ないらん)外患(がいかん)ニ関(かか)ル罪ヲ除ク外(ほか) 会期中其(そ)ノ院ノ許諾(きょだく)ナクシテ逮捕セラルヽコトナシ

両議院の議員は、現行犯の罪又は内乱や外患に関する罪(内乱罪や外患罪)を除く以外は、会期中にその院の許諾なしに逮捕されることはない。

 

ただし、現行犯罪と内乱(国内での政府転覆を目的とする政府との抗争)や外患(外国から圧迫や攻撃を受ける事態を引き起こすこと)の罪を犯した場合を例外とされたことで、政治的に悪用され、会期中、共産党系議員らに対する意図的な逮捕が行われていたと指摘されています。

 

一方、議員に対する免責特権は、現行憲法の規定とほぼ同じ内容で与えられていました。

 

帝国憲法第52条(両議院議員の発言・表決に関する免責特権)

両議院ノ議員ハ 議院ニ於(おい)テ発言シタル意見及表決ニ付(つき) 院外ニ於(おい)テ責(せめ)ヲ負フコトナシ但(ただ)シ議員自(みずか)ラ其(そ)ノ言論ヲ演説刊行(かんこう)筆記 又ハ其(そ)ノ他ノ方法ヲ以(もっ)テ公布シタルトキハ 一般ノ法律ニ依(よ)リ処分セラルヘシ

両議院の議員は、議院において発言した意見や評決について院外で責任を問われることはない。ただし、議員自身が院外で言論を演説、刊行、筆記やその他の方法で公にした時は、一般の法律により処分される(一般の法律が適用される)。

 

では、こうした背景下、戦後、マッカーサーから憲法改正の「示唆」を受けた政府の憲法改正調査委員会(松本委員会)は、不逮捕特権については、帝国憲法第53条に、「会期開始前に逮捕せられたる議員はその院の要求ありたるときは会期中これを釈放すべし」を付加する試案を作成した一方、免責特権の規定については現状維持としました。

 

これに対して、GHQ(総司令部)案をどうなっていたでしょうか?GHQは、不逮捕特権だけでなく、免責特権も一つの条文にして起草しました。

 

GHQ(総司令部)案

国会議員は、法律の規定する場合を除くのほか、いかなる場合においても国会の議事に出席中または、これに出席するための往復の途中において、逮捕せらるることなかるべく、また、国会における演説、討論または投票により国会以外において法律上の責を問わるることなかるべし。

 

GHQ案は、どうして不逮捕特権と免責特権の規定を一つにまとめたかというと、実は、自国の合衆国憲法が、歳費特権も含めて、「議員の報酬と特権」として一つの条文に書かれているからだと推察されます。

 

合衆国憲法 第1章第6

上院議員および下院議員は、その職務に対し、法律の定めるところにより、合衆国の国庫から支出される報酬を受ける。両院の議員は、叛逆罪、重罪および社会の平穏を害す罪を犯した場合を除いて いかなる場合にも、会期中の議院に出席中または出退席の途上で、逮捕されない特権を有する。議員は、 議院で行った演説または討論について、院外で責任を問われない

 

しかも、歳費特権(49条)、不逮捕特権(50条)、免責特権(52条)と、合衆国憲法第6条の規定の順番まで一致しています(帝国憲法の場合は、免責特権が不逮捕特権の前に定められていた)。

 

これを受けた日本政府案(3月2日案)では、帝国憲法もそうであったように、不逮捕特権と免責特権をそれぞれ別の条文に戻し、その草案が、ほぼ日本国憲法第50条、第51条となりました。

 

3月2日案(現行50条)

両議院の議員は、法律の定むる場合を除くのほか、国会の会期中逮捕せらるることなし。会期前に逮捕せられたる議員は、その院の要求あるときは会期中これを釈放すべし。

 

3月2日案(現行51条)

両議院の議員は、議院において為したる演説、討議または表決につき院外において責を負ふことなし。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

Wikipediaなど

 

(2022年9月14日)