日本国憲法36~40条(被告人の権利): 英米法の影響

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第3章の「国民の権利及び義務」のうち、前回の被疑者の権利(33条~35条)に続き、今回は、被告人の権利(37条~39条)です。また、ここでは、被告人の権利の前後の36条(拷問及び残虐刑の禁止)と、40条(刑事補償請求権)についても解説します。

 

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  • 第36条(拷問及び残虐刑の禁止)

公務員による拷問及び残虐な刑罰は、絶対にこれを禁ずる。

 

取り調べの際の被疑者(被告人)の権利として、拷問を受けない、また、判決が出される際、残酷な刑罰を受けないと定めています。捜査の過程における不必要な苦痛の代表が拷問、刑罰における不必要な苦痛の代表が残虐な刑罰です。

 

「絶対に禁じる」ということは、他の人権と異なり、拷問や残虐な刑罰は「公共の福祉」の例外を認めないということです。なお、「絶対」という記述があるのは、日本国憲法全103条中この条文だけです。

 

警察など捜査機関などによる拷問や残虐な刑罰は、洋の東西を問わず古くから行われてきました。36条の規定は、明治憲法下のわが国において戦前・戦時中の特高警察による拷問などが行われたことを踏まえて明記されました。拷問は、明治憲法時代には、法律上禁止されていたにも関わらず、被疑者または被告人から自白を得る手段としてしばしば用いられてきました。

 

こういう経緯がありましたが、日本政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)の憲法改正試案には、拷問及び残虐刑の禁止については、特に記載されませんでした。そこで、GHQは次のように拷問及び残虐刑の禁止について、条文を別にして起草しました。

 

GHQ

公務員による拷問は絶対にこれを禁ず

GHQ

過大なる保釈金を要求すべからず。また残虐もしくは異常なる刑罰を科すべからず。

 

ただし、拷問禁止は合衆国憲法には書かれていませんが、GHQが起草の際に参考にしたとされる日本の民間の憲法研究会に「国民は拷問を加えらるることなし」と定めていたので、これを参考にした可能性があります。一方、残虐な刑罰禁止規定については、合衆国憲法含まれており、GHQ案とほぼ同じです。

 

アメリカ合衆国憲法(修正第8条)

過大な額の保釈金を要求し、過大な罰金を科し、または残酷で異常な刑罰を科してはならない

 

総司令部案に対し、日本政府は3月2日案として、逮捕の要件(現行憲法の第33条)の規定の中に「拷問は之を禁止す」の文言を、また、適正手続きの保障(同31条)の中に「残虐な刑の禁止」を入れていました。

 

(現行33条の)3月2日案

何人といえども現行犯罪の場合を除くのほか、正当なる令状によるにあらずして逮捕せらるることなく、かつ正当の理由なくして拘禁せらるることなし。拷問は之を禁止す

 

(現行31条の)3月2日案

すべて国民は、法律の定むる裁判官の裁判を受くるの権利を奪はるることなし。

すべて国民は、法律によるにあらずして、その生命もしくは身体の自由を奪われ、または処罰せらるることなし。残虐なる刑罰は、これを課することを得ず。

 

しかし、GHQの要求で、帝国憲法改正案では、3月2日案の「拷問禁止」と「残虐な刑罰の禁止」の規定はそれぞれ切り離され、一つの独立の条文としてまとめられて、現在の日本国憲法第36条となりました。

 

36条は、被疑者の権利(拷問の禁止)とも、被告人の権利(残虐刑の禁止)ともいえ、憲法学の分類上、扱いに困る条文です。どうして、宙ぶらりんの条文が制定されたのか疑問がでるところでしたが、その答えは、このように、制定過程における日本政府とGHQのやり取りにあったことがわかります。

 

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さて、冒頭でも述べたように、日本国憲法では37条から39条にかけて、被告人(刑事事件で起訴されて裁判がまだ確定していない者)の権利を保障する規定を設けています。

 

  • 第37条(刑事被告人の権利)
  1. すべて刑事事件においては、被告人は、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利を有する。
  2. 刑事被告人は、すべての証人に対して審問する機会を充分に与へられ、又、公費で自己のために強制的手続により証人を求める権利を有する。
  3. 刑事被告人は、いかなる場合にも、資格を有する弁護人を依頼することができる。被告人が自らこれを依頼することができないときは、国でこれを附する。

 

第1項では、被告人(刑事事件で起訴されて裁判がまだ確定していない者)が公正な裁判を受けるために、すべての刑事事件において、被告人に、「公平な裁判所」の裁判を受ける権利、「迅速な」裁判を受ける権利、「公開裁判」を受ける権利を保障しています。

 

また、第2項前段で、被告人に対して、すべての証人へ審問する機会を充分に与えられる証人審問(しんもん)権を保障し、また、後段では公費で自分のために強制的手続で証人を求める証人喚問権の保障を規定しています。さらに、第3項前段で弁護人依頼権を、後段で国選弁護人を付してもらう権利(国選弁護人権)を保障しています。

 

帝国憲法にはこうした被告人に対する人権規定はなかった(憲法の下の法律で規定していた)ことから、旧憲法の各条文を改正した憲法問題調査委員会(松本委員会)の改憲試案にも、基本的に刑事被告人に関する条文は定められませんでした。そこで、総司令部(GHQ)は、被告人の権利について、現行37条につながる詳細な規定を日本政府に提示しました。

 

GHQ

  1. 一切の刑事訴訟事件において、被告人は公平なる裁判所の、迅速なる公判を受くる権利を享有すべし
  2. 刑事被告人は一切の証人を反対訊問するあらゆる機会を与へらるべく、また自己のための証人を公費をもって獲得する強制的手続に対する権利を有すべし
  3. 被告人は常に資格ある弁護人を依頼しうべく、もし自己の努力により弁護人を得るあたはざるときは、政府により弁護人を附添せらるべし。

 

ところが、GHQ案を受けた日本政府は、この部分を政府案(3月2日案)から全部削除してしまいました。理由は、被疑者の権利(33~35条)の場合がそうであったように、国の最高法規である憲法で定めなくても、法律で十分対処できるとの判断があったからだとされています。

 

しかし、その後のGHQからの圧力で、議会に提出された帝国憲法改正案では、GHQ案がほぼ完全に復活する形で起草され、現行憲法の37条が成立しました。

 

GHQによれば、明治憲法時代の悪例を閉ざす必要があったからとしていますが、そこまでGHQがこだわった理由は、アメリカ合衆国憲法で、公平な裁判所の迅速な公開裁判を受ける権利、証人尋問権・証人喚問権、また弁護人依頼権など、被告人の権利を詳細に定めているからだと推察されます。

 

アメリカ合衆国憲法 (修正第6条)

すべての刑事上の訴追において、被告人は、犯罪が行われた州の陪審であって、あらかじめ法律で定めた地区の公平な陪審による迅速かつ公開の裁判を受ける権利を有する。被告人は、訴追の性質と理由について告知を受け、自己に不利な証人との対質を求め、自己に有利な証人を得るために強制的手続きを利用し、かつ、自己の防禦のために弁護人の援助を受ける権利を有する。

 

日本国憲法第37条、その前提としてGHQ案(マッカーサー草案)はこの写しであり、押しつけと言っていいかもしれません。

 

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かつて自白は「証拠の王」とみなされ、自白を得るための拷問や脅迫などが行われてきました。明治憲法では、被疑者は自白を拒否できませんでした。だからこそ、自白を拷問などによって強要されたのです。この反省から、日本国憲法では36条で拷問を禁止し、38条で供述と自白について定め、自白偏重による人権侵害を防止するため不利益供述の強要を禁止しています。

 

第38条(自己に不利益な供述、自白の証拠能力)

  • 何人も、自己に不利益な供述を強要されない。
  • 強制、拷問若しくは脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白は、これを証拠とすることができない。
  • 何人も、自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合には、有罪とされ、又は刑罰を科せられない。

 

第1項は、自己に不利益な供述の強要の禁止、すなわち自白を強制されないことを規定しています。仮に、被疑者(被告人)が供述を拒否しても、処罰したり、法律上不利益を課したりすることはできません。つまり、言いたくないことは言わなくてもいいということを保証しています。この権利は、一般に自己負罪拒否権黙秘権と言われます。

 

第2項では、強制や拷問・脅迫による自白や不当に長く抑留・拘禁された後の自白の証拠能力を否定しています(強制などによる自白は証拠にできない)。特に拷問は36条で禁止規定を設けているのに本条でさらに、拷問による自白の証拠能力を認めていないということは、拷問の禁止を徹底させる意図があったといえるでしょう。

 

第3項は、被告人を、自白だけを証拠に有罪にすることはできない、有罪とするには自白のほかに、これを裏付ける他の客観的な証拠が必要であると規定しています。自白が仮に適法に得られたものであっても、犯罪を証明するための証拠が自白以外にない場合(任意の自白も含む)には、被告人を有罪にすることができません。被告人を有罪にするには、必ず自白以外の客観的な証拠が必要だということですね。逆にいえば、いくら被告人が自分でやったと認めていても、これを裏付ける自白以外の証拠がまったくない場合には、被告人は無罪になります。

 

帝国憲法では、自己負罪拒否権(≒黙秘権)の規定はなく、被告人や被疑者は裁判所や捜査機関の尋問に対して真実を供述する義務があるとされていました。また、自白を強要しない、自白だけでは証拠能力がないなどの規定もなく、憲法問題調査委員会(松本委員会)の改正案にも規定はありませんでした。そこで、GHQでは、「自白」に関する草案を詳細に定めました。

 

GHQ

  1. 何人も自己に不利益なる証言を為すことを強要せられざるべし
  2. 自白は強制、拷問もしくは脅迫の下になされ、または長期にわたる逮捕もしくは拘留の後になされたるときは、証拠として許容せられざるべし
  3. 何人もその為に不利益なる唯一の証拠が、その自白なる場合には有罪と決定、または処罰せられざるべし。

 

これを受けた政府案(3月2日案)では、GHQ案の表現に修正を加えましたが、正式な憲法改正案では、GHQ案により近い形でもどされる形で、議会に提出され成立しています。つまり、当初のGHQ案が日本国憲法第38条になったと言っていいでしょう。

 

 

自己負罪拒否権と黙秘権の違い

自己負罪拒否権と同じような法律用語に、黙秘権があります(むしろ黙秘権の方が一般的には知られている)。黙秘権を行使できるのは被疑者・被告人のみで、供述自体を強要されません(自己に不利益な内容か否かを問わない)。しかし、被疑者・被告人以外の者が証人として刑事裁判で証言を求められた場合には自己に不利益とならない範囲で供述義務を負います。

 

一方、被疑者・被告人、証人も含めて何人も自己に不利益な供述を強制されないのが、自己負罪拒否権です(被告人が証言することを拒むために法廷で証言台に立たないことも可能)。

 

欧州では黙秘権、アメリカでは自己負罪拒否権の考え方が採用されています(自己負罪拒否権は英米法の用語で、黙秘権は欧州など大陸法の用語)。

 

アメリカ合衆国憲法(修正5条)

…何人も、刑事事件において、自己に不利な証人となることを強制されない。…

 

日本国憲法38条は、1項で「何人も自己に不利益なる証言を為すことを強要せられざるべし」と自己負罪拒否権を保証しているので、同条は英米法に由来します。この点からでも、日本国憲法がアメリカ製であるという論拠にもなると言えるかもしれません。

 

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第39条(遡及処罰の禁止・一事不再理・二重処罰の禁止)

何人も、実行の時に適法であつた行為又は既に無罪とされた行為については、刑事上の責任を問はれない。又、同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない。

 

本条は、裁判で、被告人に判決を出す際の一種の「注意事項」を書いたもので、遡及処罰の禁止(事後法の禁止)、一事不再理の原則(二重の危険の禁止)、二重処罰の禁止を規定していますが、条文の規定が絡み合い、文脈が明確ではありません。GHQと日本政府とのやり取りの結果であることが想像できますね。一応、次のような解釈が一般的です。

 

1)何人も、実行の時に適法であつた行為については刑事上の責任を問はれない。(同様に)2)既に無罪とされた行為についても、刑事上の責任を問はれず、また3)同一の犯罪について、重ねて刑事上の責任を問はれない

 

1)実行の時に適法であった行為について刑事責任は問われない

「違法でない行為がなされた後、法律が制定(または改正)され、その行為が違法になったとしても、処罰されない」という意味で、「先日のあなたの行為は、現在違法となったので処罰します」、「あの時は罪でなくても、今は罪ですから罰します」などということはできません。これを遡及処罰の禁止(事後法の禁止)といいます。遡及処罰の禁止は、ワイマール憲法に規定があります。

 

ワイマール憲法第116条

ある行為は、その行為がなされる前に、その可罰性が法律で定められていた場合にのみ、刑罰を課すことができる。

 

2)だれも、既に無罪と決まった行為について改めて刑事責任を問われない

「いったん無罪判決が確定すれば、それを後で覆されない」という意味で、例えば「あの時は無罪でしたが、新たな証拠がでたので罰します」となったりしません。このように一度審理が終わった刑事事件について再度審理することはないとする原則を一事不再理の原則(=二重の危険の禁止)と言います。アメリカ合衆国憲法にはこの規定があります。

 

アメリカ合衆国憲法(修正第5条)

…何人も、同一の犯罪について、重ねて生命または身体の危険にさらされることはない…

 

3)だれも、同じ犯罪行為について二重に刑事責任を問われない

「ある犯罪行為に対して、別の罪状でも重ねて罰せられるようなことはない」という意味で、例えば「横領罪で懲役3年の有罪判決を受けた人が、後になって詐欺罪も問われて5年に刑期が延びる」ということはありません。このように、1つの事件について2回以上刑事責任を問うことは認められないとする原則を二重処罰の禁止と言います。

 

このように、日本国憲法第39条では、本人に不利益になる再審を禁止していますが、なぜ、こうした、わかりづらい条文になってしまったのかの答えを得るために、条文ができたプロセスをみてみましょう。

 

遡及処罰の禁止や一事不再理などの規定は帝国憲法にはなく、政府の憲法問題調査委員会(松本委員会)の改憲試案の中にも含まれていませんでした。そこで、GHQはすでにみたように、自国や外国の憲法を参考に改正試案を次のように起草しました。

 

GHQ案(二重処罰の禁止)

何人も管轄権ある裁判所によるにあらざれば有罪と宣言せらるること無かるべし。

何人も同一の犯罪により再度厄(わざわい)に遭(あ)うこと無かるべし。

 

GHQ案(遡及処罰の禁止)

何人も実行の時において合法なりし行為により刑罰を科せらるること無かるべし

 

これを受けた日本政府案(3月2日案)です。

 

3月2日案(一事不再理の原則)

何人といえども裁判所の判決確定後において同一の刑事事件につき再び審理せらるることなし。ただし、法律の定むる再審の場合はこの限にあらず。

 

3月2日案(遡及処罰の禁止)

何人といえども適法の行為につき、後日遡及して処罰せらるることなし。

これらの資料から判断されることは、日本政府は、3月2日案でGHQ案の「二重処罰の禁止」規定は削除し、「一事不再理」規定を加えています。その後、GHQとの再協議を受けた最終的な憲法改正案では、現行の39条と同じ内容が、議会に提出されて成立しています。ということは、GHQとの「協議」において、日本政府が削除したGHQの二重処罰の禁止規定の後段を復活させられたことがわかります。その時、二つの条文案(3月2日案)と、GHQ案を無理に一つの条文にまとめようとしたために、ぎこちない条文となってしまいましたということが推察されます。

 

ここまでが、被告人の権利(37~39条)に関する規定でしたが、日本国憲法ではさらに、次の40条にいて、このような人権侵害に対して補償を請求できる刑事補償請求権を認めています。なお、刑事補償請求権は、憲法学における性質上の分類において、人身の自由(自由権)ではなく、受益権(国務請求権)に含まれます。

 

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第40条 (刑事補償請求権)

何人も、抑留又は拘禁された後、無罪の裁判を受けたときは、法律の定めるところにより、国にその補償を求めることができる。

 

本条は、被告人が抑留または拘禁され、かつ無罪判決を言い渡された際、刑事補償を請求できるとして、刑事補償を請求できる権利を保障しています。刑事補償請求権は、憲法31条以下の刑事手続きに関する諸権利の保障によってもなお生じる国民の不利益に対する補償です。

 

帝国憲法(明治憲法)では、40条の内容の規定はありませんでした。当時の人々は、裁判でもし無罪となればただ単に放免されるだけでした。これでは正義・衡平(つり合い)の観点で不十分です。

 

では、GHQの帝国憲法改正案は、いかなるものであったかということですが、実はGHQ案に刑事補償請求権は明記されませんでした(合衆国憲法でも書かれていない)。それどころか、議会に提出された帝国憲法改正草案にもありませんでした。つまり、第40条の刑事補償請求権は、衆議院の修正審議の段階で初めて採用された日本独自の権利なのです。しかも、各派一致した見解に基づいて追加されました。40条はGHQの要請(押しつけ)ではないのですね。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

憲法(伊藤真 弘文堂)

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法を知りたい(毎日新聞)

世界憲法集(岩波文庫)

アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)

ドイツ憲法集(第7版)(信山社)

Wikipediaなど

 

(2022年9月19日)