労働基本権 (27-28条):スターリン憲法が日本へ!?

 

日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第3章の「国民の権利及び義務」の中から、今回は、労働基本権と呼ばれる労働者の権利に関する規定で、社会主義的な内容が盛り込まれている27条と28条をみていきます。

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労働者の権利の概念が浸透していなかった明治憲法下の日本では、経済的弱者である労働者が、低賃金や過重労働など不利な条件で雇用契約を結ばされていたり、また、児童を酷使(休息も与えず働かせること)して働かせていたという事実もあったりしたと指摘されています。

 

そこで、日本国憲法では、第27条で、国に勤労条件を法律で定める義務を課すことで労働者の保護を図り、また「児童の酷使を禁止」規定を一つの項に特に取り上げて明記しています。では、まず27条について詳しくみていきましょう。

 

 

<27条の趣旨>

 

第27条 勤労の権利(勤労権)

  1. すべて国民は、勤労の権利を有し、義務を負ふ。
  2. 賃金、就業時間、休息その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。
  3. 児童は、これを酷使してはならない。

 

第1項は、勤労の権利と義務を定めています。勤労の権利(勤労権・労働権)とは、勤労(労働)の自由(働くことを公権力に妨害されない)を前提に、勤労者が国に対して労働の機会を要求する権利です。具体的には、勤労の機会が得られるように、失業対策など諸政策の立案・実施を要求する権利です。端的には、失業者が職を求める権利と言ってもいいでしょう。

 

その実現のためには、国の施策が要求されます。現在、27条を受けて、国は、職業紹介制度(ハローワーク)、職業教育施設、雇用保険、ワークシェアリングなどの制度を提供しています。

 

憲法25条で、国が最低限の生活を維持するための生存権を保障してくれていますが、国民一人ひとりの生存は、各自が勤労することによって確保されているといえます。そこで、27条一項では、国民に勤労の権利を保障すると同時に、「勤労の義務も負う」ことを規定しています。

 

勤労の義務とは、国家が国民に対して法的に勤労を強要する趣旨ではなく、「働く能力がある人は、自分が勤労することで生活を維持するべきである」という道徳的要請です。資本主義制度や私有財産制の下では、国民に勤労を強制することはできないからです。

 

次に、2項は、国に賃金、就業時間、休息などの勤労条件の法定化を課しています。これを受けて労働基準法や最低賃金法、労働者災害保険法、労働安全衛生法などが立法化されています。さらに、3項で、「児童の酷使の禁止」規定が特に明記されました。具体的には、労働基準法で満15歳未満の児童の雇用が禁止されています。

 

 

<27条の出自>

 

生存権や教育を受ける権利同様、勤労権に関する規定は、帝国憲法にも、合衆国憲法にもありませんでした。では、GHQは何を根拠に草案を作成したのかといえば、やはり、ワイマール憲法であったといえます。というのも、憲法上に労働条項を明文化した最初の憲法がワイマール憲法であったからです。

 

<27条とワイマール憲法>

ワイマール憲法163条には、労働の義務と勤労権、国に労働条件の法制化についての規定が、また、同122条には児童酷使の禁止がそれぞれ掲げられています

 

ワイマール憲法第163条

  1. 各ドイツ人は、その人身の自由をそこなうことなく、その精神的および肉体的な力を、公共の福祉の要求するように(に応じて)用いる道義的義務を負う。
  2. 各ドイツ人に、経済的労働により、その生計(の途)をうる可能性があたえられるべきである(生活費を得られる機会が与えられなければならない)。(後略)

 

ワイマール憲法(122条1項)

少年は酷使されないように、ならびに道徳的・精神的または肉体的に放任されないように、保護されなければならない。国および市町村は、必要な措置をとらなければならない。

 

 

<27条とスターリン憲法>

 

一方、次の第28条(労働三権)とともに、日本国憲法第27条(勤労の権利及び義務)は、ソ連のスターリン憲法の影響を受けているという指摘もあります。GHQ民政局の左派ニューディーラーによって、スターリン憲法の規定が日本国憲法に持ち込まれたことになるのかもしれません。しかも、スターリン憲法の方がワイマール憲法よりも、27条の文言に近い表現がなされています。

 

労働者階級による革命で誕生したソ連邦では、国民の基本的権利及び義務とし多数の労働条項を掲げられました。社会主義国家なので、労働に関する規定(労働条項)は特別な意味を持っています。中でも労働義務はとりわけ重要で、各人に能力に応じての労働義務と、その労働に応じた分配を基本原則としています。

 

スターリン憲法(第12条)

ソ同盟においては、労働は、「働かざる者は食うべからず」の原則によって、労働能力あるすべての市民の義務であり、名誉である。(後略)

 

また、スターリン憲法では、第118条前段で、労働権を国民の基本権として明確に示し、後段で失業との関係について定めています。

 

スターリン憲法(第118条)

ソ連邦の国民(ソ同盟の市民)は労働の権利すなわち労働の量及び質に相当する支払いで保障された仕事を得る権利を有する

労働の権利は、国民経済の社会主義組織、ソビエト社会の生産諸力の不断の発展、経済恐慌の可能性の排除および失業者の解消によつて保障される

 

スターリン憲法12条と118条が、日本国憲法27条1項に対応しているとすると、スターリン憲法第119条は、勤労条件の基準の法制化を求めた27条第2項に通じる規定があります。

 

スターリン憲法第119条

ソ同盟の市民は、休息の権利を有する。(後略)

休息の権利は、労働者および職員のために、8時間労働日を制定し、かつ困難な労働条件を有する若干の職場のために、労働日を7時間ないし6時間に、かつ特別に困難な労働条件を有する職場においては、4時間に短縮することによって保障され、さらに労働者および職員に対して、年次有給休暇を設定し、かつ勤労者に対する奉仕のために、広く行きわたった療養所、休息の家、およびクラブを供与することによって保障される。

 

日本国憲法第27条が、スターリン憲法が下敷きになっているという指摘に対しては、例えば、社会主義国家における「勤労の義務」は、国家の発展のために「働かせる」、いわば強制労働を規定したものであり、本質的に異なるという反論もなされています。しかし、GHQが社会主義の理念的規定を日本国憲法に取り込むために、スターリン憲法の規定を導入した可能性は完全に否定できないでしょう。

 

<27条成立の経緯>

 

では、具体的な日本国憲法27条をめぐるGHQと日本政府・帝国議会との「攻防」をみてみましょう。まず、ワイマール憲法やスターリン憲法を下敷きにしたと思われるGHQ案は2つの条文に分けて、起草されました。

 

  • GHQ案

…児童の私利的酷使はこれを禁止すべし

…労働条件、賃金および勤務時間の規準を定むべし。

  • GHQ案

何人も働く権利を有す

 

これを受けた政府案では、労働の権利に(法律によっては制限されうるとする)「法律の留保」をつけ、また、戦前の日本では、平時において大きな社会問題となっていないとして児童酷使の禁止を削除しました。

 

  • 3月2日案

すべての国民は、法律の定むる所により勤労の権利を有す。賃金、就業時間その他勤労条件に関する事項は法律をもって、これを定む

 

しかし、GHQとの「協議」では、「3月2日案」での日本政府の修正はほぼ否定され、GHQ案に近い形の「帝国憲法改正案」となりました。

 

  • 帝国憲法改正案
  1. すべて国民は、勤労の権利を有する。
  2. 賃金、就業時間その他の勤労条件に関する基準は、法律でこれを定める。児童は、これを酷使してはならない。

 

帝国憲法改正案が最終的に、第90回帝国議会の衆議院に提出された際に、主に2つの修正が入り、現行憲法の第27条として結実しました。

 

まず、GHQの原案にもなかった「勤労の義務」についての規定が、各派一致した見解に基づいて追加されました。第25条1項の最低限度の生活を営む権利(生存権)の保障が追加されたことがその背景にあります。最低限度の生活は保障されるけれど、原則は国に依存するのではなくしっかりと働いて自活するのが原則であることが労働の義務という形で強調されたのです。

 

それから、勤労の義務の規定における「休息」も挿入されました。これは、鈴木安蔵ら社会党委員の強い主張によるもので、衆議院の審議で追加提案しました。鈴木は、GHQにも影響を与えたとされる民間研究者らによる「憲法研究会」の創設メンバーです。当時、日本社会党も当然彼らの「憲法草案要綱」に影響を受けていたことが推察されます。

 

「憲法草案要綱」そのものも、スターリン憲法を基本としていたことが伺えます。彼らの3つの草案と、すでに紹介したスターリン憲法の条文を対比させると、憲法研究会がまとめた「憲法草案要綱」の労働に関する起案はほぼ、スターリン憲法の写し(または要約)と言っても過言ではありません。もちろん、GHQ案に直接影響を与えた可能性もあります。

 

憲法研究会「憲法草案要綱」

一、国民は労働の義務を有す(←スターリン憲法第12条)
一、国民は労働に従事し、その労働に対して報酬を受くる権利を有す(←スターリン憲法第118条)

一、国民は休息の権利を有す、国家は最高八時間労働の実施、勤労者に対する有給休暇制療養所、社交教養機関の完備をなすべし(←スターリン憲法119条)

 

では、次に日本国憲法28条についてみていきましょう。

 

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<28条の趣旨>

 

第28条 (労働三権)

勤労者の団結する権利及び団体交渉その他の団体行動をする権利は、これを保障する。

 

本条では、労働者(勤労者)に対し、団結して労働組合を結成する権利(団結権)、労働者が使用者側と団体交渉および労働協約を結ぶ権利(団体交渉権)、さらに、労働条件の実現を図るためにストライキやボイコットなど争議行為を行う権利(団体行動権=争議権=スト権)の三つの権利(労働3権)を保障しています。

 

27条が職のない人が国に対して労働の機会を要求する権利であるのに対して、28条は、すでに職についたものが、労働条件の改善を求める権利ということができます。すなわち、労働3権は、使用者に対して劣悪な立場に立つ勤労者が使用者と対等な立場に立てるように保障された人権です。

 

<28条の出自と成り立ち>

 

こうした労働3権についても、他の社会権規定(25条~27条)同様、帝国憲法やアメリカ合衆国憲法には何の規定もありません。そうすると、GHQ(総司令部)は、他の社会権規定と同様に、ワイマール憲法やスターリン憲法を参考にした、または、日本の民間団体である憲法研究会を通じて、両憲法の内容が導入されたという言い方もできるかもしれません。

 

ワイマール憲法(第159条)

労働条件および経済条件を維持し、かつ、改善のための団結の自由は、何人に対してもまたいかなる職業に対しても保障される。この自由を制限し、または妨害せんとするすべての合意および措置は違法である

 

スターリン憲法(第136条)

労働者の利益に適合し、かつ人民大衆の組織的な自主活動および政治的な積極性の発展を目的として、ソ同盟の市民に、社会団体、すなわち労働組合、協同組合、青年団体、スポーツ及び防衛団体、丈化的、技術的および学術的団体(協会)を組織する権利が保障される。(以下略)

 

そして、GHQに影響を与えたとされる、日本の民間団体、憲法研究会の改憲案(憲法草案要)の中にも、団結権と団体行動権について書かれていました。

 

憲法研究会「憲法草案要綱」

労働者その他一切の勤労者の労働条件改善の為に結社ならびに運動(行動)の自由はこれを保障せらるべし(後略)

 

いずれにしても、実際に総司令部が作成したマッカーサー草案は以下のように起草されました。

 

  • GHQ案

労働者が団結、商議および集団行為をなす権利は、これを保障する

 

保守層からすれば、労働者の団結権と団体交渉権を認め、さらにはストをやってもいいということになれば、日本に階級闘争が持ち込まれるという危機感が当然、生まれたでしょう。政府も、労働3権に対して、法律で抑制できる手段(「法律の留保」)を講じるなどの抵抗を試みました

 

  • 3月2日案

勤労者は、法律の定むるところにより団結の権利および団体交渉その他の集団行動を為すの権利を有す

 

しかし、GHQ側との「協議」では、この「法律の留保」が外され、GHQ案に近い形に戻されてしまいました(帝国憲法改正案は議会を無修正で通過し成立)。

 

 

<参照>

その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。

⇒ 知られざる日本国憲法の成り立ち

 

        

<参考>

日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)

NHKスペシャル「日本国憲法誕生」

憲法研究会「憲法草案要綱」

世界憲法集(岩波文庫)

ドイツ憲法集(第7版)(信山社)

Wikipediaなど

 

(2022年8月11日)