日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は、第3章の「国民の権利及び義務」(人権)の中の18条をとりあげます。18条は専門家でなければ、余り知られていませんが、「日本国憲法はアメリカ製?」を疑わせる条文の一つです。
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第18条(奴隷的拘束及び苦役からの自由)
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
本条は、「奴隷的拘束および意に反する苦役からの自由」を保障して、個人の尊厳にとって脅威となる、非人道的な自由の拘束を絶対的に禁止しています。
「奴隷的拘束」とは、身体を拘束されて非人間的な状態に置かれることを指します。例えば、人身売買による拘束や、戦前日本で鉱山労働者などが押し込められた、かつての監獄部屋あるいはタコ部屋のような場所へ拘束されることなどが該当します。奴隷的拘束の禁止はある意味、人権擁護のもっとも根源的な規定といえます。
「その意に反する苦役」とは一般の私たちから見て、「普通以上に肉体的・精神的苦痛を受けていると思われる程度の身体の自由の侵害」のこととされ、広く本人の意思に反して強制される労務をいいます。その例として、強制的な土木工事への従事があげられます。
帝国憲法には「奴隷的拘束および苦役からの自由」を規定した条文はありませんでした。そうなると、これはアメリカの影響か?という疑問がでてきますが、実際本条の規定は、アメリカ連邦憲法修正13条1項に対応していると言えます。
合衆国憲法修正第13条(第1項)(下線は筆者)
奴隷制および本人の意に反する苦役は、適正な手続を経て有罪とされた当事者に対する刑罰の場合を除き、合衆国内またはその管轄に服するいかなる地においても、存在してはならない。
そもそも日本には歴史上、奴隷制がなかったのに、いきなり「奴隷」という文言が使われたこと自体、18条がアメリカ製であることが伺えます。アメリカにおける奴隷的使役の禁止は、南北戰争で奴隷解放が宣言されるに及んではじめて、1865年12月に憲法に追加されました。このことを反映してか、GHQ案では、「奴隷」だけでなく、同じく日本には存在していない「農奴」という文言まで使われていました。
- GHQ案
何人も奴隷、農奴またはいかなる種類の奴隷役務に服せしめらるること無かるべし。犯罪の為の処罰を除くのほか、本人の意思に反する服役はこれを禁ず。
こうしたアメリカ的な内容を嫌ったのでしょう、GHQ案を受けた政府の3月2日案では、この条文は丸ごと削除されました。しかし、その後のGHQ(総司令部)との帝国憲法改正案のための「協議」において、「奴隷」と「農奴」という用語は削除された上で、「奴隷的拘束」という文言に修正される形でGHQ案が実質的に復活しました。
- 帝国憲法改正案
何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。
このように、日本国憲法第18条は、日本の歴史ではなく、アメリカの歴史をベースに作られた事例との批判は免れません。しかし、「奴隷的拘束および意に反する苦役からの自由」は、普遍的な人権と位置づけられており、前出の世界人権宣言第にも同様の規定が掲げられています。
世界人権宣言(第4条)
何人も奴隷や奴隷勞働に服させられない。奴隷制と奴隷賣買は、一切の形において禁止される」
<参照>
その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。
<参考>
日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)
日本国憲法:制定過程をたどる (毎日新聞 2015年05月06日)
憲法(伊藤真 弘文社)
アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)
Wikipediaなど
(2022年8月7日)