日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。第3章の「国民の権利及び義務」(人権規定)の中から、今回は、23条の「学問の自由」をとりあげます。
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第23条(学問の自由)
学問の自由は、これを保障する。
本条は、「学問の自由は保障される」と、極めて簡潔な条文ですが、学問の自由には、①学問研究の自由、②学問研究の結果を発表する自由、③(大学における)教授の自由、④大学の自治が含まれているというのが通説となっています。
- 学問研究の自由
文字通り、公権力に干渉されることなく、自分が学びたいことを学び、研究したいことを研究できるという意味です。
- 研究発表の自由
学び研究したことを発表する権利です。
- 教授の自由
自分の自由意思で学び研究した内容について、発表するだけでなく教え伝えるという権利です。
- 大学の自治
大学の自治とは、大学の内部組織の運営に関して、大学が権力からの干渉を受けずに、大学の自主的な運営に任される原理のことです。なぜ、大学の自治が、学問の自由に含まれると考えられるようになったかは、大学に自治権を認めることによって、国民の学問の自由を保障するには、学問、研究の中心である大学の自治を制度として保障しようというわけです(憲法学ではこれを制度的保障という)。
◆ 世界にはまれな「学問の自由」
このように、「学問の自由」は、日本国憲法第23条で、が徹底的に保障されていると言えますが、アメリカやフランスなど外国の憲法において、学問の自由を独立した条文として謳っている例は、ほとんどなく、あったとしても、「表現の自由」など別の規定の中に組み込まれています。帝国憲法(明治憲法)にも、学問の自由についての規定はありませんでした。
では、それなのに、なぜ日本国憲法では一つの条文を設けて学問の自由を保障されたのでしょうか?それは、かつての「滝川事件」や「天皇機関説事件」などのように、国家にとって都合の悪い学問や研究を「危険思想」「不敬」として、学者が大学から追われるなど弾圧されたことがあったからだと解されています。
滝川事件(1933年)
京都大学の滝川幸辰教授の講義内容が、共産主義的だとして休職処分になり、これに抗議した7教授も辞職したという事件。
天皇機関説事件(1935年)
天皇は国家という法人の機関にすぎないという天皇機関説を主張した、東京大学名誉教授で、美濃部達吉貴族院議員に対して、政府は美濃部を公職から追放し、著書を発禁処分にした事件。
学問はそもそも既存の価値を批判しながら、創作活動を行うことを本質とする側面があり、時の権力の干渉を受けやすかったと言われています。だからこそ、学問の自由が確実に保障されなければならないという考え方から日本国憲法では、学問の自由を独立の条文で保障されるようになったのです。
◆ 23条制定までの経緯
もっとも、当時の幣原内閣の時に設置された松本烝治法学博士を委員長とする憲法問題調査委員会(「松本委員会」)によって進められた最初の原案、いわゆる松本案には、学問の自由についての規定はありませんでした。
そこで、マッカーサー原案と呼ばれる改正案(GHQ案)では、以下のように、職業選択の自由とともに、学問の自由が起草されました。
<GHQ案>
学究上の自由および職業の選択は、これを保障する
これを受けて日本政府出した案(「3月2日案」)では、職業選択の自由と切り離して、学問の自由を「国民」に与えるとしました。
<3月2日案>
すべての国民は、研学の自由を侵さるることなし
しかし、その後の協議で、GHQは、学問(研学)の自由を「国民」に限定したことに異議を唱えました。結果として、「すべての国民は」の部分が削除され、現行23条と同じ文言の帝国憲法改正案が、最終的な政府案として帝国議会に提出され、そのまま成立しました。
◆ GHQ案の出所はどこ?
ところで、自国の合衆国憲法にも明文化されていない「学問の自由」を、マッカーサー原案に書き込む際、GHQは、何を参考にしたのでしょうか?
考えられる答えとしては、GHQがマッカーサー原案(GHQ案)の作成の際、参考にしたとされる日本の民間団体「憲法研究会」が出した「憲法草案要綱」と、やはり、世界でもっとも民主的な憲法と言われたドイツのワイマール憲法です(下線は筆者)。
<憲法研究会の「憲法草案要綱」>
国民の言論学術宗教の自由を妨げるいかなる法令をも発布することができない。
<ワイマール憲法(第142条)>
芸術、学問、およびその教授は、自由である。国は、これらのものに保護を与え、かつ、その育成に参与する。
ここで、現行の「学問の自由」の解釈の中で通説となっている「(学問研究の内容に対する)教授する自由」が、ワイマール憲法では明文化されていたことは注目されますね。
<参照>
その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。
<参考>
日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)
日本国憲法:制定過程をたどる (毎日新聞 2015年05月06日)
憲法(伊藤真 弘文社)
世界憲法集(岩波文庫)
アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)
ドイツ憲法集(第7版)(信山社)
Wikipediaなど
(2022年8月3日)