医療:診療報酬制度の見直しと予防医療への転換

 

医療における提言

国民皆保険制度を堅持しつつ、診療報酬制度の抜本的改革。

臨床医療(対象療法)から予防医療(全人的医療・ホリスティック医療)へ。

iPS細胞等の再生医療や遺伝子治療、先端医療研究の臨床化、実用化を後押し。

 

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現在の医療制度の問題を克服し、次世代のための医療システムを確立しなければなりません。

 

<世界に誇る日本の医療制度>

 

まず、議論の前提として、超高齢社会の日本においては、国民の福祉を重んじていかなければならない。世界にも例のない優れた現在の日本の医療制度は堅持されるべきである。

 

  • 国民皆保険

アメリカなど、無保険の国民がいる国も多い中で、日本ではすべての国民が公的な医療保険に加入し、病気やけがなどの際に、保険証を提示すれば、誰でも必要な医療サービス(診察、治療、処方などの診療行為)を受けることができる。

 

  • フリーアクセス

イギリスのように世界には登録した医療機関を最初に受診しなければならない国もあるなかで、日本では、自分が選んだどこの医療機関でも、どの医師にも自由に診断してもらえて医療サービスが受けられる。

 

  • 医療サービス給付

診察を受け、検査、投薬、注射や手術などの医療サービスを、窓口での一部負担金のみで受けられる。

 

 

<日本の医療の問題点>

 

では、世界に誇れる医療制度をもちながら、抱えてしまっている日本の医療体制の問題点は何かといえば、➀国民医療費の高騰、②医師不足、それにコロナ禍で露呈した、③緊急時の病床数の不足などの問題があげられる。

 

 

◆ 国民医療費の高騰

 

厚生労働省のデータによると、2022年度の国民医療費は約46兆7000億円で過去最高を記録した(前年度比3.7%増)。このうちの約4割に当たる18兆円が75歳以上に使われていた。

 

人口一人当たりの国民医療費は 37万3700円となり、75歳以上で、年間で約94万円にも上る。さらに、80代になると年間の医療費が100万円を超えるというデータもあり、専門家は、明らかに医療が過剰になっていると指摘している。

 

診療報酬制度                     

医療費がかかる最大の理由が、診療報酬制度と呼ばれる医療機関の出来高払い制度である。診療報酬制度では、診療行為の1つ1つに厚生労働大臣が定めた点数(診療報酬)が決められ、それらの点数を足し合わせて算出した金額が、診療にかかる医療費となる。

 

そうすると、医者が診察や検査などの医療行為を施せば施すほど、点数が加算され、患者の治療費がかさむ半面、病院が儲かり、医者の所得が増えることになるので、医師もなるべく受診させたいというインセンティブが働き、過剰医療の温床となってしまう。

 

日本医師会(後述)のカリスマ、武見太郎・元会長がかつて、「(日医会員の)3分の1は欲張り村の村長だ」と語ったのは有名な話しである。

 

そうすると、現役世代が納める税金と社会保険料が、過剰な診療を介して医療機関へと流れ、最終的には医師を富ませる仕組みができあがっている。

 

さらに、診療報酬(診療行為の点数)は、原則として2年に1度改定されるが、診療報酬本体改定率は、ほぼプラスで推移しており、医者の所得の増加を後押ししている。

 

2020年度:+0.55%

2022年度:+0.43%

2024年度:+0.88%

 

日本医師会の政治力

この診療報酬のプラス改定(診療報酬の引き上げ)を実現させているのに絶大な力を発揮しているのが、日本医師会(日医)という圧力団体である。

 

日医は、「国民の医療と健康のため」に現在の医療システムを維持する使命感からやっているのであるが、そのためには病院経営の安定と、医師の待遇改善(給与の増加)を実現しなければならないというスタンスに立って、診療報酬のプラス改訂を求めて政治的にも活動している。

 

日本医師会については、別投稿 日本医師会は抵抗勢力か?最後の砦か? を参照

 

◆ 医師不足とベット不足

 

日本の医療制度の3つの問題点として指摘した②医師不足と、コロナ禍で露呈した、③緊急時の病床数の不足という問題には、共通の背景がある。

 

医師不足に関していえば、日本全体としての医師の数が足りないというよりは、(開業医ではなく)勤務医が不足している。これは、既にコロナの流行が始まる前から深刻な社会問題となっていた。

 

コロナ禍においては、日本の病院・医院の8割が民間経営である中、コロナに対応した病院のほとんどは公立病院や大学病院などであった。その理由は、コロナ禍で診療所を閉めた開業医が多かったせいで地域医療が機能せず、総合病院に負担が集中したからである。ただでさえ足りない一部の勤務医に、さらに重い負荷がかかっていたことが問題であった。

 

また、病床数はOECD諸国の中で、世界一と言われていたにもかかわらず、必要な病床を確保できないという問題も露呈した。

 

では、なぜあのような未曽有の疫病が蔓延したのに、コロナに対応できる医師や看護師などの医療従事者を増やすことができず、入院患者のために病床を確保できなかったのか?

 

当時、日本医師会が、会員の開業医に対して、コロナ対応を要請することが期待されたが、医師会という組織が任意団体で、強制力がないということと、緊急時であっても(コロナ以外の)通常の医療提供は必要であるとの立場から、日本医師会が積極的に動くことはなかった。

 

このときの日本医師会の判断の是非が問われるのではなく、問題の本質は、医師と病床ともに、総動員体制が作れなかったことにある。従って、感染症の蔓延などの緊急事態の際には、総動員体制は必要であるので、国が「そういうことをやるべきだ」という、強制力をともなう法律を「国民の命と健康のために」つくっておくべきである(緊急事態条項が必要)

 

また、今後、コロナのような感染症の急増など緊急時の病床確保のためには、乱立する中小病院を統廃合して効率化する必要もでてくる。しかも、多くの病院・医院が赤字経営になっていることも別の問題として浮上している。

 

 

<地域医療は守られるか?>

 

24年度診療報酬改定後、医業利益の赤字病院は69%まで増加し、また、債務償還年数の分析では、破綻懸念先と判断される30年を超える病院が半数超あるという。

 

医師会も「地域医療は崩壊寸前だ。このままではある日突然、病院がなくなる」、「国民の命と健康を守っている病院、診療所がなくなっていっている地域もある」と危機感を募らせている。

 

日医によれば、「病床利用率が90%を超えないと採算分岐点を超えられない。そこまで病床を埋めない限り病院の経営が成り立たない状況にまで悪化している」そうだ。

 

医師会幹部は、報告会で、「今後も国民の皆様の生命と健康を守っていくために、必要かつ適切な『診療報酬』の確保を国に求めて参ります」と宣言、地域医療を崩壊させないために、診療報酬のプラス改訂を目指すという。

 

しかし、医師会が、診療報酬の引き上げによって、病院や医師を守ろうとする努力と成果が、結果的に国民の治療費の高騰で家計を圧迫し、社会保険料を増大させた結果、多くの国民は過剰な負担にあえいでいる。国民の疲弊は、日本の国益にならない。「医師栄えて国滅ぶ」という事態になってはならない。

 

 

◆ 問題解決に向けて

それでは、国民医療費の高騰や、病院・医院の赤字の問題を解決するために、どうしたらいいのか?

 

医療費削減のために

国民医療費を抑えるためには、診療報酬制度そのものを抜本的に改革する必要がある。ただ、診療報酬を引き下げる、引き上げ率を抑えるといった方法も必要かもしれないが、それよりも、長期的な視点で考えることが必要だ。たとえば、診察すればするほど(診療報酬の点数が多いほど)、医者が儲かるという仕組みではなく、同じ病気を治すのに低い点数でできている医者が、評価されるようなシステムを構想することはできないであろうか?

 

医師会から国・自治体へ

地域医療の崩壊を防ぐために、次のような施策を提唱したい。医師会が懸念するように、「ある日突然、病院がなくなる」ような事態に陥らないように、経営赤字に関して、ある一定の基準をつくり、その基準値を超えた病院・医院は、医師会の会員・非会員、私立・公立、中小・大病院を問わず、政府・自治体の管理の下に入る制度をつくる。

 

そして、その地域に必要であれば、救済され、潰れることはない。ただし、経営権は、政府・自治体に変わり、NPM(新公共管理)の手法を導入して、独立行政法人化やPFIの導入などの手段で再建される(経営が回復し、黒字転換のめどが立てば、経営権は再びもどされる)。

 

当然、給与体系も見直され、開業医と勤務医の所得格差の是正、看護師の待遇改善などが行われる。しかし、医師・看護師等、医療従事者は、人の命をあずかる尊い仕事をしているので、生活に困窮するような状態にしてならず、一定の所得保障がされてしかるべきである。

 

 

◆「医は算術」か?「医は仁術」か?

 

「医は仁術』という諺がある。 これは、「医術病人を治療することによって、仁愛の徳を施す術である。人を救うのが医者の道である」という意味だ。

 

これからの医療は、「医は仁術」の立場に戻って、国民の無病化こそ、医療の究極目標であるべきである。人々が健康になり、病気をする人が少なくなれば、国民医療費の削減につながり、社会保障負担も緩和される。個人レベルでも、病院に行く機会が減るので、治療費がかからなくなる分、消費やレジャーにお金を使うことができる。健康な高齢者が増えれば、介護にかかるコストを減らすことが可能となる。一人一人が健康になることが、経済成長と財政再建の礎ともなるのである。

 

これに対して、現代の医療は、「医は仁術」ではなく、「医は算術」になってしまったようだ。「医は算術」とは、医者が利益を優先し、患者をただの数字やお金儲けの手段として扱うことを意味する言葉である。そもそも、「入院患者がもっと増えなければ、病院経営は成り立たない」というスタンスは医療の本質から逸脱しているように思う。

 

現在の日本の医療システムは、診療報酬制度のもとで、病院・診療所に来る患者が増えれば、医者の所得が増える仕組みになっている。逆に、人々が健康になって病院に来なくなれば、医者の所得が減ることになる。健康な人が増え、世の中が明るくなれば、医者が困窮する制度である。近年、医者が潤っているのは、病人が多いからである。このような矛盾だらけの医療システムは、将来にむけて変えていかなければならない。

 

そうしなければ、世界に誇れる国民皆保険の医療制度、ひいては、日本の社会保障制度そのものも崩壊させかねない。

 

 

<臨床医療からの転換を!>

 

現代医学は、臨床医学である。臨床医学とは、患者を診察し、病気の治療を行う医学分野のことで、臨床医は、内科、外科、産婦人科、小児科など、患者の病状に応じた診療科で、診察や検査を行い、医療を施す。

 

しかし、現代の臨床医療は、高度な専門化が進み、身体の一部分(患部)に特化した治療が中心となっているだけになっている。治療そのものも、病気の根本原因を治すのではなく、症状を一時的に緩和、軽減して抑え、患者の苦痛を取り除くことが目的となっている。これは原因療法に対して対象療法と呼ばれる治療法で、たとえば、発熱や咳、痛みを抑えるために、解熱剤や鎮咳薬、痛み止めを服用(処方)することが、対象療法に当たる。

 

もちろん、対象療法の臨床医学によって、命が救われ、患者の生活の質(QOL)が改善されてきたことは間違いのない事実であり、今後も必要な医療であるが、制度的にも、それだけでは、もはや立ちいかなくなっているのが現状だ。

 

これまで主流の臨床医療から予防医療へ、対象療法から全人的医療などへの軸足の転換が望まれる。実際、近年、臨床医療にくわえて予防医療や全人的医療など代替医療、対象療法だけでなく原因医療も提唱され、一部の医療機関では実際、運用が始まっている。政治は、次世代のための医学の確立をめざして、この新しい医療を積極的に後押しすべきである。

 

◆ 予防医療

 

予防医療(予防医学)とは、病気にかかることを予防する医学で、病を未然に防ぐ「健康な人」を対象とした医療を指す(臨床医学は、「病気の人」を対象とした医療)。

 

「摂生は本にして治療は末なり」という諺がある。これは、病気になってから治療を受けるのではなく、普段から摂生(養生)して、病気にならないように気をつけて生活することの大切さを説いている。

 

つまり、予防医学とは、予防が「主」で、治療は「従」と考える医学で、治療が「主」で、予防を「従」とする臨床医学とは、逆の医学であると言える。

 

◆ 全人的医療

 

全人的医療とは、患者の身体的な状態だけでなく、精神的な状態、社会的背景、生活環境など、より具体的には、食事などの生活習慣から家族構成までも加味しながら、全体像を考慮し、個々の患者に合うように、総合的に診察する医療である。

 

全人的医療が注目されるようになった背景には、患者の精神的な状態や社会的背景も病気の原因や経過に影響を与えることが多く、それらを考慮しないと、患者の身体の一部の状態だけを診るだけでは、適切な治療ができない場合がふえてきていることがあげられる。

 

また、全人的医療と関連して、生命が本来、自らのものとしてもっている「自然治癒力」を高め、増強することを治療の基本とするホリスティック医療も注目されている。

 

(予防医療、全人的医療、ホリスティック医療についての詳細は、臨床医療から予防医療・全人的医療へを参照)

 

さらに、最近では、東洋医学の補完代替医療と現代の西洋医療を組み合わせた統合医療という概念も生まれている。

 

それから、忘れてならないのは、日本がリードしているiPS細胞など万能細胞を活用した再生医療や、遺伝子レベルで病気を考える遺伝子治療等、先端医療、次世代医学の研究の臨床化、実用化を後押しすることも、将来を見据えた課題である。

 

 

<次世代のための医療とは?>

 

次世代のための医療システムは、臨床医療の実践の中で確立した医療インフラを土台として、予防医療、全人的医療、統合医療、さらには再生医療などを取り入れたものになっていくことが求められる。

 

そのシステムにおいては、前述したように、同じ病気を治すのに低い点数でできている医者が評価されるような診療報酬制度の下で、患者を予防し、病気を発祥させなければ、それが評価される制度ができないか?対象療法ではなく、原因療法にとって一人の患者を完治させば、それでボーナスをもらえる制度はできないだろうか?

 

提唱している新しい医療の世界では、医者の役割も変わり、介護分野だけでなく様々な新医療の現場で活躍の場も大きく広がる。国民一人一人、地域住民、そして医師も、みんなが幸せになれる社会が実現できたらいいと思う。

 

そのためにも、「医は仁術」、医療は、病気を治し、病人を減らすためにあるという医療の原点に立ち還って、将来の制度設計はなされるべきだ。国民の無病化こそ、医療の究極目的であるという当たり前のことを忘れてはならない。

 

 

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(投稿日:2016.4.18、最終更新日:2025.5.11)

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