現在または将来の日本の医療制度を考えるにあたり、日本医師会を抜きに議論することはできません。それだけ日本医師会は、過去から現在まで絶大な影響力を保持しています。今回は、個人的な政策提言も交えながら、現代医療と日本医師会についてまとめました。
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<日本医師会の功罪>
日本医師会は、「一人の医師や一つの医療機関ではなく、複数の医師や複数の医療機関が地域として面として支える」と言っているように、自分たちを地域医療の核心的存在だと自負しています。
実際、医師会の努力によって、*国民皆保険や*フリーアクセスといった、世界に類のない現在の医療制度を、長年、支え継続させながら、地域医療を守ってきた大きな功績があります。
*国民皆保険
アメリカなど、無保険の国民がいる国も多い中で、日本ではすべての国民が公的な医療保険に加入し、病気やけがなどの際に、保険証を提示すれば、誰でも必要な医療サービス(診察、治療、処方などの診療行為)を受けることができます。
*フリーアクセス
イギリスのように世界には登録した医療機関を最初に受診しなければならない国もあるなかで、日本では、自分が選んだどこの医療機関でも、どの医師にも自由に診断してもらえて医療サービスが受けられます。
しかし、優れた医療制度をもちながら、日本は、➀国民医療費の高騰、②医師不足、それにコロナ禍で露呈した、③緊急時の病床数の不足といった大きな問題を抱えています。これらの問題を引き起こした直接的間接的な原因も、日本医師会にあるようです。
◆ 高額な国民医療費と医師会
厚生労働省のデータによると、2022年度の国民医療費は約46兆7000億円で過去最高を記録しました(前年度比3.7%増)。このうちの約4割に当たる18兆円が75歳以上に使われていたといいます。
また、人口一人当たりの国民医療費は 37万3700円となり、75歳以上で、年間で約94万円にも上ります。さらに、80代になると年間の医療費が100万円を超えるというデータもあり、専門家は、明らかに医療が過剰になっていると指摘しています。
国民医療費
2006年度:33兆円
2015年度:44兆円
2022年度:47兆円
国民1人当たりの医療費
2014年度:31万円
2022年度:37万円
診療報酬制度は過剰医療の温床
医療費がかかる最大の理由が、診療報酬制度と呼ばれる医療機関の出来高払い制度です。診療報酬制度では、診療行為の1つ1つに厚生労働大臣が定めた点数(診療報酬)が決められ、それらの点数を足し合わせて算出した金額が、診療にかかる医療費となります。
そうすると、医者が診察や検査などの医療行為を施せば施すほど、点数が加算され、患者の治療費がかさむ半面、病院が儲かり、医者の所得が増えることになるので、医師もなるべく受診させたいというインセンティブが働き、過剰医療の温床となってしまいます。
「薬つけ」という問題
また、過剰医療に関連して、日本人は「薬づけ」になっているという問題もあります。医者はたくさんの薬を処方すれば、処方箋料を得ることができます。もっとも、現在の医療制度では、医者はいくらたくさん薬を出しても一定の処方箋料しか手元に入らないらしいですが(たくさん薬が処方されて儲かるのは、製薬会社や調剤薬局の側)、それでも医者は多くの薬を処方します。
医療業界では、「ひとつの病気に対して、2、3種類の薬」が処方されるのが、標準的なのだそうです。高齢者の場合は、2つ、3つは病気を抱えているものなので、結果的に処方する薬の量も倍増します。薬には副作用がつきものですが、その副作用を抑える薬が処方されることもあるのです。
現在の医療制度では、病院側が患者側に請求する医療費は、原則3割の自己負担分を患者から、残りは加入している医療保険者から、医療機関等に支払われている(これを*医療給付費という)。
*国民医療費
病気やケガの治療に要した費用の合計(分娩費は含まれない)。
=医療給付費+窓口負担分+(保険対象とならない)全額自己負担の医療費
*医療給付費
公的医療保険から医療機関や薬局などに支払う医療費のことで、税金と被保険者から集めた保険料で構成。
批判的にみれば、現役世代が納める税金と社会保険料が、過剰な診療を介して医療機関へと流れ、最終的には医師を富ませる仕組みができあがっていると言えます。
さらに、診療報酬(診療行為の点数)は、原則として2年に1度改定されますが、診療報酬本体改定率は、ほぼ以下のように、プラスで推移しており、医者の所得の増加を後押ししています。なお、直近の2024年度は昨今で大きなプラス改定でした。
2016年度:+0.49%
2018年度:+0.55%
2020年度:+0.55%
2022年度:+0.43%
2024年度:+0.88%
日本医師会の政治力
この診療報酬のプラス改定(診療報酬の引き上げ)を実現させているのに絶大な力を発揮しているのが、日本医師会(日医)です。
「診療報酬改定(診療報酬の点数の見直し)」は、年末に政府が国の予算編成をする際に診療報酬全体の「改定率」が提示され、それを基に、厚生労働大臣の諮問機関である中央社会保険医療協議会(中医協)に意見を求め、中医協がこれに対して見直し内容を提案する…という形式で決定されます。医師会はこの中医協の委員を務め、中医協のなかでも大きな影響力を保持しています。
2024年度の診療報酬改定の際、財務省は、「診療所の報酬単価を5.5%程度引き下げ」を求めるなど、診療報酬全体のマイナス改定(値下げ)を主張したのに対して、厚労省は1%台後半のプラス改定を要求しました。最終的には、財務省が折れて「0.88%プラス改定」という折衷案で決着したという経緯があります。
日本医師会は、その年の臨時代議員会で、「財務省の当初の厳しい主張に反論し、論破できた」と報告しています。さらに、物価賃金の動向を踏まえれば、それでも決して十分ではないとし、医療費財源は補助金や税制措置などあらゆる選択肢を含めて対応するよう、政府に強く要求していく方針を表明しました。
もちろん、日本医師会は、「国民の医療と健康のため」に現在の医療システムを維持する使命感からやっているのであるが、そのためには病院経営の安定と、医師の待遇改善(給与の増加)を実現しなければならないというスタンスに立って圧力活動を行っています。
では、このような長年の医師会の「努力」によって、医師はどれほど豊かになったのでしょうか?
医師の給与
医師が高給であることは漠然と知られていますが、そこには、診療報酬制度と、長年の改定率引き上げの積み重ねてきたことが背景にあります。さらに、医師の中でも、医師会が支える診療所(クリニック)の院長(開業医)の年収は特に高くなっています。
厚労省調査(「医療経済実態調査」等)によれば、開業医の年収平均は2653万円、日本人の平均年収約440万円の6倍で、3500万円以上の年収の開業医が全体の約23パーセントを占めています。年収3500万円というのは日本銀行の総裁の給与の水準(日銀・植田総裁の年収は3554万円)で、約10万人とされる開業医の約2万3000人が、日銀総裁よりも高給なのです。
また、開業医(診療所院長)の1割近くに相当する1万人の年収は、5000万円超、7500万円以上の院長が約3000人もいます。日本の総理大臣の年収は4800万円なので、開業医(診療所の院長)の13000人が、首相より高い所得をえています。
なお、クリニックより規模の大きい「病院」を開業している院長の平均年収は約2630万円、勤務医は約1460万円と開業医の半分近くでしかありません(それでも日本人の平均年収の約3倍)。
◆ コロナ対応時の医師会
日本の医療制度の3つの問題点として指摘した②医師不足と、コロナ禍で露呈した、③緊急時の病床数の不足という問題には、共通の背景があります。
日本には、全国で約30万人の医師がいますが、OECD諸国の中でもかなり少ない部類に入るとされます。その約30万人の医師のうちの3分の1に当たる約10万人が、一般の診療所(クリニック)の開業医(いわゆる町医者)で、病院・医院の勤務医は約20万人と試算されています。
医師不足に関していえば、日本全体としての医師の数が足りないというよりは、(開業医ではなく)勤務医が不足しているのが現実です。これは、既にコロナの流行が始まる前から深刻な社会問題となっていました(現在、勤務医の働き方改革が議論されている)。
コロナ禍においては、日本の病院・医院の8割が民間経営である中、コロナに対応した病院のほとんどは公立病院や大学病院などでした。その理由は、コロナ禍で診療所を閉めた開業医が多かったせいで地域医療が機能せず、総合病院に負担が集中したからです。ただでさえ足りない一部の勤務医に、さらに重い負荷がかかっていたことが問題でした。
また、病床数はOECD諸国の中で、世界一と言われていたにもかかわらず、必要な病床を確保できないという問題も露呈しました。
では、なぜあのような未曽有の疫病が蔓延したのに、コロナに対応できる医師や看護師などの医療従事者を増やすことができず、入院患者のために病床を確保できなかったのでしょうか?
単純に考えれば、勤務医が不足しているなら、開業医たちがコロナ入院患者に対する即戦力になればいいとなりますが、それはできませんでした。病床に関しても、開業医や私立病院が病床を開放すればいいとなりますが、これも実現できませんでした。これには、診療所の開業医の多くが病床をおかずに外来を専門としていることが多いという現実もありました。
いずれにしても、公立・私立を問わず中小病院は、コロナ患者の受け入れ態勢が未整備であることが多く、このことが「医療現場のひっ迫」を招いたのですが、問題の本質は、医師と病床ともに、総動員体制が作れなかったことにあります。
消極的だった医師会
緊急時の総動員体制ができなかった背景には、よきにつけ、悪しきにつけ、再び、日本医師会の存在が浮かび上がってきます。
医師会は主に民間の病院経営者や開業医のための団体ですが、コロナ対応した病院のほとんどは公立病院や大学病院などで、医師会に登録している開業医の多くは、コロナ対応していないと指摘されました。
当時の医師会会長は、「日本の医療において、守らなければならないことは、どんな新興感染症が襲来しても、その医療とそれ以外の通常の医療が絶対に両立していなければならない」と述べ、日医は、医師会会員の医師・医院に、コロナ患者の受け入れを求めることはしませんでした。
そこには、会員の医師たちが、コロナ対応すると経営を圧迫されることを懸念したという本音が見え隠れするのですが、医師会の幹部はこう釈明しました。「医師の資格を持った人が、個人で加入する任意団体であるから、強制力を持ち、『こういうことに従え』というように、動員をかけるようなことはできない」と。
確かに、医師会には強制力はなく、国も厚生労働省も、「法律の定めがない以上、医師会にコロナ患者受け入れを「要請≒命令」できなかった」と述懐しています。それでも、会員に対して、「命令」は出せなくても、「道義的な要請」はできたはずではないかと批判されました。
当時、一般の診療所がコロナ専門病院になることを求められたのではなく、国民の願いは、コロナ患者も診て欲しいということでした。診療所側もコロナ患者用の場所をとれないなど物理的に受け入れられないなら、コロナ対応をしている病院に1日数時間また週に1回でも「出張」して協力するということはできたはずです(もちろん、勇気をもって対応した開業医もいたことは事実)。
しかし、医師会幹部は、会員に対してではなく、国民に向かって「医療崩壊するから、(時には強い口調で)自粛してくれ」と、定期的にテレビの前で要請し続けていましたので、国民の反感を買うことになりました。
今回のコロナ禍において、日本では、医療体制が完全崩壊して、死者が欧米並みに急増するという最悪の事態が避けられたことは不幸中の幸いでしたが、緊急事態条項の必要性を求める声も一部から上がりました。感染症の蔓延などの緊急事態の際は、国が「そういうことをやるべきだ」という、強制力をともなう法律を「国民の命と健康のために」つくっておくべきであるという主張には、個人的には賛成です。
なお、今後、コロナのような感染症の急増など緊急時の病床確保のためには、公立・私立・日赤・JAなど乱立する中小病院を統廃合して効率化する必要であることは、国内外から指摘されています。
しかし、コロナ禍が去った現在、国会や厚労省から、そうした動きはおきていません。医師会は、むしろ「中小病院の乱立」する現状維持に固執しているようにみえます。病院の統廃合というのは、医師会会員の診療所が減ることになるからです。
では、次に、コロナ禍において、批判の矢面に立った日本医師会とはどういう組織かをみてみましょう。
<日本医師会とは?>
日本医師会は、たしかに、医師の資格を持った人が、個人で加入する任意団体だが、これまでの活動から、医師の待遇を守るための利権集団であり、日本最大の圧力団体の一つです。
全国の医師数は、30〜35万人とされているなか、日本医師会に加入している医師(会員数)は約17.5万人(加入率は50%強)です。勤務医もいますが(統計上は開業医と勤務医の数はほぼ同じ)、主に開業医の病院経営のために活動する団体です(医師会の常勤役員の多くを開業医が占めていることからもわかる)。
開業医のうち、約90%が医師会に加入しており、「日本医師会は全ての医師を統括」しているのではなく、「主に開業医を統括」しています。それゆえ、医師会は、開業医の高待遇と既得権益を守っていると批判されているのです。
多くの開業医が医師会に加入する最大の理由は、「医師国保(本人のみならず家族や従業員も加入可能)」が、一般自営業者が加入する国民健康保険に比べて格安だからだと言われています。
また、日本医師会の下部組織である市町村医師会では、会員同士で相談して「休日当番医」制度を設けることが多いそうです。その他、産業医や学校医や保育園嘱託医などの案件の仲介や、開業医向けの勉強会も開催されています。
制度上は勤務医も医師会に加入することは可能ですが、健康保険は基本的に事業者(病院)負担でカバーされ、仕事や勉強会の内容もマッチングしにくいので、実際の加入率は高くありません。
勤務医にとっては(もちろん開業医にとっても)、医師会加入の利点は、情報で、毎週のように、医療情報が入ってくるとされています。
かつての新型コロナに関して、今であれば、インフルエンザや、マイコプラズマ肺炎の流行の状況など、最新の情報が、市町村医師会の中の○○科医会のメーリングリスト(ML)を通してどんどん届くそうです。
さらに、ワクチン定期接種が市医師会に委託されている場合、医師会に所属していないと、ワクチンを打つことができないこともあるといわれています。
◆ 日本医師会の組織力
日本医師会(日医)は、たしかに医師の資格を持った人が、個人で加入する任意団体で、分類上、「政治団体」ではなく、「学術団体」とされます。実際、「日本医師会雑誌」という学術誌を発行し、総合政策研究機構(日医総研)というシンクタンクも抱えています。
しかし、組織上、日本医師会(日医)をピラミッドの頂点に、都道府県医師会、市町村医師会(郡市区医と地区医師会)と日本の隅々にまで広がり、関連団体に、全国規模の日本医師連盟などもあり、学術団体とは言えません。日医に加入した医師は、これらの団体にも加盟しなければならないと言われています(年会費42万円と高額)。
日本医師連盟(日医連)
実は、この関連団体である「日本医師連盟」(日医連)が政治団体で、日本医師会は、日医連を介して、活発に政治活動を行っています。これまで、日医連は、強大な政治力と資金力を活かして、医師会の利益となる政策を推進したり、不都合な制度改正を阻止したりすることで、日本医師会の理念を具現化してきました。
日医連の資料によれば、2023年の日医連の収入総額は約21億円で、そのほとんどは、都道府県の医師連盟(医連)から入ってくる寄付(10億円とも試算)によります。その運営資金から、毎年5億円近くが、パーティー券を含む献金として、政界(自民党の資金団体と議員、候補者)に提供されています。
また、2011年には、「国民医療を考える会」が設立されました。この組織は、日本医師連盟(日医連)への寄付の新たな「受け皿」組織で、政治資金規正法の寄付の上限規制を逃れるために生まれたのです。規正法では、政治団体間の寄付を5000万円までに制限していますが、東京、神奈川、大阪など寄付金の額が大きい医師連盟は日医連に上限の5000万円を寄付した上で、さらに「国民医療を考える会」に寄付をしているのです。
なお、「国民医療を考える会」の所在地も連絡先も、日本医師連盟と同じなので、「国民医療を考える会」は、日医連の組織内組織といえます。
◆ 日本医師会の資金力と政治力
日本医師会は一貫して自民党の大口献金先であり、集票マシンで、自民党の政治資金管理団体である国民政治協会には、2億円以上の献金が毎年流れています。
政治家個人では、参院の2人の組織内議員への厚い支援を中心に医政活動を展開しています。その組織力と資金力で、参議院比例区で、日医が擁立する組織内議員を確実に当選させてきました。さらに、自民党にとって日本医師会は強力な支援組織であるからか、日医の議員は政府においても要職についています。
羽生田俊:厚生労働副大臣(岸田内閣)
自見はな子:厚生労働大臣政務官(安倍内閣)、内閣府特命担当大臣(岸田内閣)
また、今は組織内議員ではありませんが、日医から厚い支援を受けているのが、参議院(東京都選出)の武見敬三議員で、岸田内閣で厚生労働大臣を務めました。
日本医師会が最も政治力を振るったのは、1957~83年の武見太郎が会長だった時代です。当時、厚生省の官僚との徹底的な対決をも辞さない姿勢は「けんか太郎」との異名を取り、25年にわたり日医の会長として、医療行政ににらみを利かせてきました。
73~83年には、「高齢者医療費自己負担無料」政策を実現させましたが、この結果、病院の待合室が高齢者であふれかえり、寄合所のようにサロン化してしまったと批判されましたが、70年代後半は、「医者が一番金持ちだった時代」とも言われています。
その武見会長の影響もあってか、日本医師会の監督官庁であるはずの厚生労働省では、今でも、省内で異動があると、局長クラスは文京区の日医会館まで挨拶に行くのが慣習になっているそうです。
前出の武見敬三、前厚生大臣は、武見太郎の3男で、その血筋もあり、日本医師会からの支援で、参議院議員として当選を重ねています。ただし、本人は医師ではないこともあり、医師会との関係も薄いと見られてはいます。
そのためか、現在の日本医師会には、武見太郎のような強烈なリーダーはおらず、当時のような統制力はなく、政治力は落ちてきているとも指摘されています。
たとえば、日本医師会は、国政選挙の際には、かつて100万票を誇ったが、今は各医療団体が組織内候補を持つようになり票が分散し、直近の参院選では政治団体「日本医師連盟」の組織内議員が21万票余りでした。
しかし、これまで構築してきた政・官との密接な関係を盾にして、日医は診療報酬の改定だけでなくさまざまな政府の医療制度改革案に対して、以下のように、自分たちに不都合な、法制化や改正には反対し、潰すか骨抜きにしてきた「実績」をみれば、日医は明らかに、今も、日本で最強の圧力団体といえるでしょう。
◆ 日本医師会が反対した医療制度改革
インフォームド・コンセントの法制化
インフォームド・コンセント(説明と同意」)は、患者の自己決定権を保障するもので、1997年に医療法が改正され「説明と同意」を行う義務が、初めて法律として明文化されました。
しかし、インフォームド・コンセントの法制化については、日本医師会はこれまで、以下のような理由で強く反対の姿勢を示してきたという経緯があります。
・医師が患者の意思に配慮しすぎるあまり、適切な医療行為を躊躇する可能性がある。
・法的義務としてインフォームド・コンセントが求められることで、医療訴訟が増加し、医療現場の負担が大きくなる。
・インフォームド・コンセントのプロセスが複雑化し、説明や記録に手間がかかることで、医療関係者の業務負担が増加する。
診療報酬明細書の義務化
2010年4月から、受診者に対する医療費の「明細書」の無償発行が、医療機関および薬局に原則義務化されました。これにより、患者は、検査や処置・手術・投薬などの内容を知ることができるため、医療の透明化につながっています。
今ではどこの医療機関でも手にすることのできる診療報酬明細書(レセプト)ですが、医師会は、医療現場に過重な負担を押し付け、医師と患者の信頼関係を損なう「明細書」発行義務化は「断固撤回すべき」と反対してきました。
カルテ開示の法制化
日本では、医療事故に関する訴訟が少なく、起こしてもほとんど勝てないと言われています。その理由は、もっとも重要な証拠であるカルテルを病院に提出させる法的根拠がなかったからです。そのため、治療の内容や請求額に疑問があっても問いただす証拠がないので、患者側が「泣き寝入り」せざるをえませんでした。
そこで、1998年に厚生省(当時)が法制化の方針を打ち出しましたが、日本医師会は「カルテは自発的に開示するので法制化すべきではない」、「開示が法的に義務づけられると、記載内容が制約されて十分な医療ができない」理由で反対し続け、問題は何度も先送りされてきました。
しかし、2005年4月より施行された個人情報保護法と2017年の同法改正によって、ようやく、すべての医療機関はカルテの開示が義務付けられたという経緯があります。
診療報酬明細書(レセプト)の場合と同様、カルテの開示における、医師会の反対は、医療事故の訴訟で不利になるのを避け、乱診乱療や医療費の不正請求を隠すためと批判されました。
医師免許更新制度
現在、日本の医師免許は一度取得すると生涯有効で、更新の必要はありません。医師が高齢になっても、またたとえ最新の医療知識を学んでいなくても、患者を診察できます。
この点はかねてより問題視され、医師の質の維持・向上、特にミスを繰り返す医師を排除し、医療の質を向上させることを目的に、これまで、医師免許更新制度の導入が検討されてきました。
しかし、日本医師会が。現行の制度でも、医師の質を維持・向上させることができるとして強く反対し、その結果、実施には至っていません。
医師会は、更新制度の導入を「医師いじめ」と批判、制度の導入によって、医師の過重労働、更新試験の勉強時間による診療時間の短縮など、医師の負担が増え、医療の質が低下すると批判しています。
かかりつけ医制度
コロナ禍では、診療所を閉めた開業医が多かったせいで地域医療が機能せず、総合病院に負担が集中したことから、厚労省は、欧米を参考に家庭医制度の導入を目指してきました。
しかし、日医が、「医療への*フリーアクセス(どこの医療機関でも、どの医師にも自由に診断してもらえて医療サービス(治療)が受けられる制度)が損なわれる」と反対し、長らく実現しませんでしたが、2023年にようやくかかりつけ医の役割が法制化されました。ただし、日医の反対で患者の登録制や医師の認定制の導入が見送られ、骨抜きになってしまった感があります。
オンライン診療
コロナ禍における医療体制の問題に対応する施策にオンライン診療制度があります。 オンライン診療は現在、厚労省の「オンライン診療の適切な実施に関する指針」に基づいて運用されていますが、2025年の通常国会で、医療法改正案が提出される予定で、オンライン診療の法的位置づけが明確化されることが期待されています。
オンライン診療に関しても、日本医師会は、オンライン診療が「対面に比べ診察時に得られる情報が限られる」と主張して、抵抗(反対)してきました。
医師会には開業医といった小さな病院の医者が多く在籍していますが、オンライン診療が可能となると、患者は大学病院といったより大きな病院での診療を求めるようになることが予想されます。これは小さな病院の患者を奪いかねません。また、同じ診療所にしても、通院にかかる時間をあまり気にしなくて済むため、評判のよい病院に人気が集中し、淘汰が進むのを恐れているとみられています。
さらに、医者にとって、遠隔医療は、その場で検査などができないなど医療行為に制約がかかるため、報酬が低くなることも、日医にとっての懸念材料となっていると指摘されています。
◆ 医師会の利益と国民の利益
ここで取り上げた医療制度の改革は、国民にとっては、当たり前の権利であったり、必要な制度であったりするものばかりですが、日本医師会は、「国民医療を守るため」を繰り返し、抵抗してきました。これだけをみれば、守ろうとしているのは、国民(患者)ではなく、会員の医師や医師会という組織そのものの既得権益であるようにみえてしまいます。
これらの事例をみると、日本医師会(日医)は、医師会の利益が相反するときに、政治家(組織内議員)と官僚に圧力をかけて、自己利益を実現させていますが、その姿勢と行動が国民全体の利益につながっているとは思われません。
医師会が、病院、高額所得の医師を守ろうとする努力と成果が、国民の治療費の高騰で家計を圧迫し、社会保険料を増大させた結果、多くの国民は過剰な負担にあえいでいます。国民の疲弊は、日本の国益にならなりません。医師栄えて国滅ぶという事態になってはならないはずです。
◆ 「医は算術」か「医は仁術」か
日本医師会は、医療の現状をどうとらえ、問題をどう対処しようとしているのでしょうか?
医師会の報告会で、「地域医療は崩壊寸前だ。このままではある日突然、病院がなくなる」、「国民の命と健康を守っている病院、診療所がなくなっていっている地域もある」と危機感を募らせました。
また、医師会幹部は、報告会で、「今後も国民の皆様の生命と健康を守っていくために、必要かつ適切な『診療報酬』の確保を国に求めて参ります」と宣言、地域医療を崩壊させないために、診療報酬のプラス改訂を目指すことを強調しました。
では、どれほど、地域医療を崩壊させる懸念が高まるほど、病院の経営は悪化しているかといえば、24年度診療報酬改定後、医業利益の赤字病院は69%まで増加し、また、債務償還年数の分析では、破綻懸念先と判断される30年を超える病院が半数超あるといいます。
これに対して、医師会は、「病床利用率が90%を超えないと採算分岐点を超えられない。そこまで病床を埋めない限り病院の経営が成り立たない状況にまで悪化している」との見解を示しました。入院患者がもっと増えなければ、病院経営は成り立たないといっているのです。
「医は仁術』という諺があります。 これは、「医術病人を治療することによって、仁愛の徳を施す術である。人を救うのが医者の道である」という意味です。江戸期を通じ「医は仁術」でした。当時の開業医となる制度は次のような過程であったそうです。
医師を志す人は、まず漢学の先生に弟子入りして、漢学の素養を身につけながら、「医は仁術」の所以を学んだのち、老医の門を叩き、弟子となり、秘伝秘法を伝授され、免許皆伝をえて医師になれました。したがって、昔の医師は「仁術を以って…」が基本となっていたので、医道の倫理は自然に確立されていたのです。
江戸時代初期の儒医・貝原益軒も、「医は仁術なり、仁愛の心を本とし、人を救うを以って志とすべし、我が身の利養を専ら志すべからず」と述べています(もともと、秀吉の軍師・黒田如水の言葉とされる)。
「医は仁術」の立場の医療は、当たり前のことなのですが、病気を治し、病人を減らすことを目的とする、国民の無病化こそ、医療の究極目標であるべきです。
医療を患者の視点から考えると、人々が健康になり、病気をする人が少なくなれば、国民医療費の削減につながり、社会保障負担も緩和されます。個人レベルでも、病院に行く機会が減るので、治療費がかからなくなる分、消費を増やすことができます。健康な高齢者が増えれば、介護にかかるコストを減らすことが可能となります。一人一人が健康になることが、経済成長と財政再建の礎ともなるのです。
これに対して、現代の医学、日本医師会が主導する医療は、「医は仁術」ではなく、「医は算術」になってしまったようです。「医は算術」とは、医者が利益を優先し、患者をただの数字やお金儲けの手段として扱うことを意味する言葉です。日医のカリスマ、武見太郎・元会長がかつて、「(日医会員の)3分の1は欲張り村の村長だ」と語ったのは有名な話しです。
現在の日本の医療システムは、診療報酬制度のもとで、病院・診療所に来る患者が増えれば、医者の所得が増える仕組みになっています。逆に、人々が健康になって病院に来なくなれば、医者の所得が減ることになります。健康な人が増え、世の中が明るくなれば、医者が困窮する制度です。よく考えれば、このような矛盾だらけの医療システムは、将来にむけて必要ないでしょう。
日本医師会が、地域医療を守る「砦」として、診療報酬の引き上げに最大の努力をしてきたことが、医療制度そのものをレイムダック(死に体)化させてしまいました。それにもかかわらず、これからも診療報酬の引き上げを求めていくという姿勢は、逆に、世界に誇れる国民皆保険の医療制度、ひいては、日本の社会保障制度そのものも崩壊させかねません。
<次世代のための医療>
今こそ、次世代の人々のために、抜本的な医療改革が求められますが、制度改革といよりも、医療のあり方そのものも変えていかなければならないものです。それは、これまで主流の臨床医療から予防医療へ、対象療法から全人的医療などへの転換です。
◆ 臨床医療
臨床医学とは、患者を診察し、病気の治療を行う医学分野のことで、臨床医は、内科、外科、産婦人科、小児科など、患者の病状に応じた診療科で、診察や検査を行い、医療を施します。社会で一般的にイメージする「お医者さん」、つまり個人で病院やクリニックを開いている開業医は、通常、臨床医を指します。
そうすると、日本医師会は臨床医療と臨床医を守る団体であり、診療報酬システムは、まさに臨床医療制度の下で生まれたと言えます。
しかし、現代の臨床医療は、高度な専門化が進み、身体の一部分(患部)に特化した治療が中心となっています。治療そのものも、病気の根本原因を治すのではなく、症状を一時的に緩和、軽減して抑え、患者の苦痛を取り除くことが目的です。これは原因療法に対して対象療法と呼ばれる治療法で、たとえば、発熱や咳、痛みを抑えるために、解熱剤や鎮咳薬、痛み止めを服用(処方)することが、対象療法に当たります。
この対象療法による臨床医学は、一部で、「病気になった患者の患部を、ただ切ったり貼ったり、薬漬けにしたりする医療」と批判の対象となるようになりました。
もちろん、対象療法の臨床医学によって、命が救われ、患者の生活の質(QOL)が改善されてきたことは間違いのない事実であり、今後も必要な医療です。しかし、制度的にも、それだけでは、もはや立ちいかなくなっているのが現状です。
そこで近年、臨床医療にくわえて予防医療や全人的医療など代替医療、対象療法にくわえて原因医療が提唱され、一部の医療機関では実際、運用が始まっています。政治は、次世代のための医学の確立をめざして、この新しい医療を積極的に後押しすべきです。
◆ 予防医療
予防医療(予防医学)とは、病気にかかることを予防する医学で、病を未然に防ぐ「健康な人」を対象とした医療を指します(臨床医学は、「病気の人」を対象とした医療)。
「摂生は本にして治療は末なり」という諺があります。これは、病気になってから治療を受けるのではなく、普段から摂生(養生)して、病気にならないように気をつけて生活することの大切さを説いています。
つまり、予防医学とは、予防が「主」で、治療は「従」と考える医学で、治療が「主」で、予防を「従」とする臨床医学とは、逆の医学であると言えます。
◆ 全人的医療
全人的医療とは、患者の身体的な状態だけでなく、精神的な状態、社会的背景、生活環境など、より具体的には、食事などの生活習慣から家族構成までも加味しながら、全体像を考慮し、個々の患者に合うように、総合的に診察する医療です。
全人的医療が注目されるようになった背景には、患者の精神的な状態や社会的背景も病気の原因や経過に影響を与えることが多く、それらを考慮しないと、患者の身体の一部の状態だけを診るだけでは、適切な治療ができない場合がふえてきていることがあげられます。
また、全人的医療と関連して、生命が本来、自らのものとしてもっている「自然治癒力」を高め、増強することを治療の基本とするホリスティック医療も注目されています。
さらに、最近では、東洋医学の補完代替医療と現代の西洋医療を組み合わせた統合医療という概念も生まれています。
<次世代医療と医師会>
これらの新しい医療に対する日本医師会の対応はどうなるでしょうか?これまでの医師会であれば、予防医療が定着するということは、病気して病院を訪れる患者が減るので、病院経営の悪化、医師の所得の減少につながるので、否定的になるのかもしれません。全人的医療は、ある意味、他の分野からの参入なので、医師会はこれを嫌うでしょう。
もし、そうであれば、自分の組織のことしか考えない縄張り意識は、健全な医療の発展を妨げます。こうした新しい医療への変化を否定し、これまで通り、「最後の砦」として、現行制度を維持に固執するのであれば、医師会はもはや抵抗勢力でしかありません」。
もちろん、次世代医療の世界においても、臨床医療はなくてはなりません。予防できず発症する病気もあります。交通事故も含めた緊急事態にともなう医療行為は、臨床医療の分野であり、社会にとって必要不可欠な医療です。
次世代のための医療システムは、臨床医療の実践の中で確立した医療インフラを土台として、予防医療、全人的医療、統合医療などを取り入れたものになっていくことが求められています。日本医師会の協力なく、次世代医療は成功しないでしょう。現在の医療制度を維持するための「最後の砦」で終わることなく、次世代のための新しい医療に力を発揮していただきたいと思います。これまで地域医療を守ってきた、その組織力と資金力を、保身のためではなく、次世代医療体制の構築のために使ってもらいたいと願うばかりです。
提唱している新しい医療の世界では、医者の役割も変わり、介護分野を含めて、様々な新医療の現場において、活躍の場も大きく広がることが予想されています。無病化の世界に近づき、国民一人一人、地域住民、そして医師も、みんなが幸せになれる社会の到来を期待します。
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