『日本の農業 現実と未来』をテーマに、「農政」「食料安保」「食の安全」の3つの観点から、日本の農業について解説しています(シリーズの他の投稿記事については、末尾の「関連投稿」欄を参照下さい)。
今回は、「食の安全」に関して、「遺伝子組み換え」についてまとめました。遺伝子組み換えの種子・作物についての議論は、安全性のレベルを超えて、食料安全保障にも及ぶので、まずは遺伝組換えのついての基本知識をしっかりと身につけましょう。
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<世界の食糧事情と遺伝子組換え>
◆ 世界の人口と食糧
イギリスの経済学者マルサス(1766〜1834)は、著書『人口論』で、人口は制限されなければ数倍の勢いで増え続けるが、食料などの生活資源は一定速度でしか増えないと説き、将来の食糧危機を予見しました。
世界人口は現在、70億人に達し、国連の推計では、2050年までに90億人、2060年頃には100億人を突破すると予測されています。この人口を賄うには、新興国の暮らしが豊かになり、「食」の需要は広がることを考慮すると、それまでに農業生産量を、人口の増加率を上回る60~70%高める必要があると見積もられています。
しかし、人口が増え続け、食糧需要が急増する半面、耕作地は限られているなか、これから、収量を十分に増やすことができず、2060年頃に、100億人は賄うのは難しいと言われています。
それどころか、現在、世界の穀物生産量は年間約20億トンですが、いまだに8億5000万人が栄養失調状態にあり、すべての人々の食を満たしているわけではありません。さらに、気候変動による影響もあって、20年以内に深刻な食糧危機も起きるとの予測も出されています。
人口増加にともなう食糧需要の急増を満たし、また途上国の飢餓の数を減らすためにも、2060年までに、人類史上、類のない技術革新を食糧生産において起こす必要があるとされています。
◆ 遺伝子組み換え技術は、世界を救うか?
では、そのためにはどうすべきなのでしょうか?この技術革新を通した農業の生産性改善させ、世界の食糧問題にひとつの解決法を提示できる切り札になるとの期待されているのが、遺伝子組み換え (Genetically Modified/GM) 技術です。
GM技術は、生産性を飛躍的に上昇させることができる農業における偉大な革命で、地球で増え続ける人口を効率的かつ安価に養う手段と言われています。
ただし、遺伝子組み換えというバイオテクノロジーに、期待が高まる一方、科学技術が生む未知の食品には、安全性などの面で抵抗感や怖さもつきまとうことも事実です。食の安全のリスクには予期しがたい面があるからです。
実際、遺伝子組み換え作物については、世界の食料安全保障問題の高まりとともに、食料生産量を増やさなければならないという切実な課題解決への期待が集まる一方、GM作物に対する大きな反対運動も世界的に巻き起こっています。
なお、遺伝子組換え農産物(作物/生物)を、GMO(Genetically Modified Organization)で表す場合もあります。
<遺伝子組み換えとは?>
遺伝子組み換え(GM)作物(バイオテク食品)は、他の生物の細胞から抽出した有用な遺伝子を、その作物の種子(種子のDNA配列)に組み込むことによって、その作物の遺伝子(DNA)を人工的に改変し、自然界にない特定の機能を新たに持たせた作物のことを言います。
たとえば、害虫に強い遺伝子や特定の除草剤に対して枯れない性質をもつ遺伝子を、微生物などから取り出して組み込んだ結果、ウイルスに強い、害虫抵抗性作物(その作物を食べた害虫が死ぬ)や、除草剤耐性の作物(除草剤を撒いても枯れない)が生まれます。なかには栄養素を上げる効能をもつものもあります。
これまで、最も普及した遺伝子組み換え作物のひとつに、Btコーン(バチルス・チューリンゲンシス)があります。これは、土壌中の細菌がつくる殺虫作用のあるたんぱく質の遺伝子が組み込まれたもので、害虫が取り付いて茎や実を齧(かじ)って食べたら死んでしまう害虫抵抗性のあるGM種です。
遺伝子組み換えと品種改良
昔から農業で行われてきた品種改良との違いは何かといえば、品種改良では、新たな性質を持つ作物を作るために、人が遺伝子に直接手を加えることはなく、何世代もの交配を行い(掛け合わせ)、求める性質が現れるのを待ちます。
例えば、害虫に強いジャガイモを作ろうとすれば、さまざまな種類のジャガイモの種を交配させ、これを目的が実現するまで何回も続けます。その過程で害虫に強いジャガイモができたら、その種イモを作り、栽培できるようにするのです。
実際、コメもこのようにして、気候や冷害への耐性といった性質を変えながら、日本人の主食となる今のコメができました。
これに対して、遺伝子組み換えは、品種改良の手法よりも、遺伝子を組み換えるだけで作物に新しい特性をもたせることができるため、より早く、効率的に新たな特性を持つ作物を作ることができます。品種改良の場合のように、時間を要する結果、市場への投入が遅れてしまうということはありません。
<遺伝子組み換えのメリットと現状>
◆ GM技術の利点
遺伝子組み換え(GM)技術は、収量の増大、省力化、環境負荷の軽減といった点で、優れているとされます。
収量の増大(大量収穫が容易になる)
過酷な気候や、害虫への耐性が強い品種であれば、収量の増加(作物の生産量)が期待できます。とくに、砂漠でも育つ作物ができれば、緑化や食糧増産をもたらし、発展途上国の飢餓・食糧問題の解決にもつながります。
遺伝子組み換え穀物は、現在の食糧不足問題への対応手段として、また、膨張する世界の人口を養う(世界の食糧需要をまかなう)有効策とみられています。消費者にとっては、世界の人口増加が続く中、食料価格の上昇を抑制する効果が期待されます。
省力化(生産コストの削減につながる)
遺伝子組み換え作物(除草剤耐性作物)は、1度か2度の除草剤使用ですべての雑草を防除できるとされているように、農薬の投与回数が少なくて済み、農家の作業量や経費(栽培費用)を落とすことができるようになるなど、農作業の手間が省けます。
環境に対する負荷の軽減
遺伝子組み換え技術によって、害虫に強い作物が生産可能となれば、農薬の散布など害虫除去に関する工数を減らす(殺虫剤や除草剤の散布も少なくて済む)ことが可能になり、環境に優しく持続的な農業に貢献しているとGMO推進派は主張しています。
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ほかにも、GM技術を活用して、土地を耕さないで育つ種子をつくれば不耕栽培が可能となり、土壌の流出を防ぎ、耕地面積の減少も抑えられます。また、糖尿病治療に使えたり、花粉症を緩和したりする作物の開発も進むなど医療分野への応用も広がっています。
遺伝子組み換え作物を育てている農場では、通常の農場の作物よりも背丈が高く、害虫の侵食もない葉が生い茂り、雑草もきれいに除かれている光景を見ることができます。
このように、省力化させながら収量を増大させ、世界や日本の食料を確保できる遺伝子組み換え作物は、まさに、農家が何千年も悩まされてきた問題を解決する「救世主」になるとの期待が高まりました。
◆ GM作物普及の現状
遺伝子組み換え (GM) 作物は、1990年代から、アメリカで栽培が本格化し、1996年の開始以来、作付面積(商業栽培面積)は、以下のように増加の一途をたどりました。
1996年: 172万ヘクタール(ha)
2000年; 4129万ha
2005年: 8785万ha(日本の国土の倍以上)
2006年:1億0021万Ha
2013年:1億7036万ha(1996年の100倍)
2024年:2億980万ha
(出所:国際アグリバイオ事業団(ISAAA)
現在(2024年時点)、世界27カ国が栽培され、作付面積は、商業栽培が始まった1996年の125倍に当たる2億980万ヘクタール(ha)にまで拡大しています。
国別内訳では、アメリカが最も多く7536万ヘクタール(ha)、次いで、ブラジルの6788万ha、以下、アルゼンチン、カナダと続きます。この4か国で、世界の作付面積の約85%を占めています。ただし、近年、インド、中国、南アフリカ、フィリピンなどの途上国での栽培が急拡大しています。
作物別に見ると、世界で栽培されているGM品種のうち、大豆が最も普及しており(総栽培面積の約60%)、以下とうもろこし(コーン)(約30%)、綿(綿花)(約15%)、菜種の順に栽培面積が大きくなっています。トウモロコシ栽培のGM比率は世界全体では3割と、まだ拡大余地があるとされ、5割近い大豆も新興国で栽培が増えるとみられています。
アメリカでは、作付けに占めるGM種子の割合は、2000年に、大豆50%強、とうもろこし25%でしたが、2010年には、米国産大豆の93%、とうもろこしの86%に拡大し、今や、栽培される大豆やとうもろこしの9割以上が遺伝子組み換え品種となっています。
GM作物国別ランキング(2024年)
アメリカ 7536万ha (2010年 6680万ha)
(コーン、大豆、綿、アルファルファ、菜種、サトウキビ等)
ブラジル 6788万ha (同 2540万ha)
(大豆、コーン、綿(ワタ)、サトウキビ)
アルゼンチン 2385万ha (同 2290万ha)
(大豆、コーン、綿、アルファルファ、小麦)
カナダ 1167万 ha (同880万ha)
(菜種、コーン、大豆 テンサイ)
インド 1121万 ha (同940万ha)
(綿)
(2010年は、世界29カ国で栽培され、作付面積は計1億4800万ヘクタール)
モンサント
GM種(GM作物)を、世界に普及させた企業が、アメリカの種子メーカー最大手のモンサント(現バイエル)です。モンサントを一躍、有名にしたのは、1976年に商品化され、今も世界中で使われている、同社の代表的商品「ラウンドアップ」を発売してからのことでした。
モンサントは、除草剤 (ラウンドアップ)を被っても枯れない、除草剤耐久性のGM大豆やGMトウモロコシの種子を作り、「ラウンドアップ」とセットで販売していきました。除草剤は、通常、雑草だけにかけないと農作物も枯れてしまいます。ところが、このGM種を使えば、ラウンドアップを畑に一斉散布しても、雑草だけが枯れるのです。
そんなGM種を人が実を食べても影響はなく、殺虫剤も必要ないと宣伝しながら販売を強化し、モンサントは業界のトップに成長しました。モンサントは、遺伝子組み換え(GM)の代名詞となりました。
(モンサントについては、別の投稿記事で詳説します。)
<遺伝子組み換えのデメリット>
一方、遺伝子組み換え技術は、農家が何世紀ぶりかの革命的なバイオテクノロジーとみられましたが、消費者からはGM作物に対するさまざまな懸念が年々高まっています。
◆ 遺伝子組み換え技術の安全性
その一つが、GM作物を口にして、人体に害をもたらすのではないかという安全性への懸念です。遺伝子組み換え食品を食べることで、どんなリスクがあるのでしょうか?
遺伝子組み換え(GM)作物には、遺伝子操作によって、殺虫剤と除草剤耐性成分が含まれており、強力な除草剤や殺虫剤をたくさん浴びても平気で育つことができます。
しかし、最近の研究で、GMトウモロコシやGM大豆を食べ続けていたネズミの肝臓と腎臓に重大な組織破壊が起きたことが発見されており、人間への影響も危惧されています。特に子供において、食品アレルギー、ぜんそく、糖尿病、肥満、消化器障害などが急増し、発ガン物質の生成も確認されています。
GM食品3大障害といわれる「腫瘍(がん)」、「自己免疫破壊(アレルギー)」。「不妊」に対する懸念が指摘されています。
がん(腫瘍)
2012年に、フランスのジル・セラリーニ教授が、遺伝子組み換えトウモロコシを与えたラット(ねずみ)に腫瘍が多発したとする研究を発表しました。また、アメリカでは、女性の甲状腺関係のがんと男性の肝臓がんの割合が、GM作物が商業化(商品化)された1996年から、それまでとは異なる増加率を表しているという統計結果が話題となりました。
また、モンサント社が、GM種子とセットで販売している除草剤「ラウンドアップ」の化学物質に含まれている有効成分であるグリホサートにも発がん性あるとみられています。
アレルギー(免疫障害)
遺伝子組み換えを行った作物が体内に入ると、アレルギーの原因になるのではないかという指摘は根強く、1990年代、イギリス・ローウェット研究所のプシュタイ教授は、GMジャガイモをラットに食べさせる実験をして、免疫力が大きく低下しているという結果を公表しました。
不妊
2005年、ロシア科学アカデミーの高等神経活性と神経生理学研究所は、GM大豆を食べたネズミ(ラット)の子の生後3週間の死亡率が55.6%という異常に高い数値を示しており、生まれてきても、体重も異常に少ない未熟児状態であったとの実験結果を出しました。
しかし、いずれの事例も、遺伝子組み換え作物と発がん・アレルギー・不妊リスクとの関連性については、科学的に立証されているわけではありません。
◆ 農業の持続性と生命倫理の崩壊
遺伝子組み換え作物に関して、ほかにもいくつかの懸念材料があります。それは、モンサントなど種子メーカーが販売するGM(遺伝子組み換え)種子は、「ターミネーター種子」であることです。
「ターミネーター種子」とは、種をまいた後、一度しか収穫できないように遺伝子操作された種子で、二代目の種子は発芽しても生育せず、次世代に種を残せないのです。それゆえ、ターミネーター種子は、一代限りの「自殺種子」(種子が一代で死滅)とも呼ばれています。
なぜ、バイオ企業は、そうした自爆装置を種子に組み入れるのかといえば、それは、独自に開発した遺伝子組み換え種子を、勝手に「複製」させないためであるという商業主義にもとづく動機です。このことは、いったんGM種子を使った農家は、翌年以降、毎年新たに種子を買い続けなければならないことを意味します。
また、ひとたび遺伝子組換え作物の栽培を選択してしまうと、花粉による交雑が始まり、それを除去することは極めて難しくなります。農家は、有機農法に切り替える、自分の栽培したい品種を栽培するといった自由を失ってしまう恐れがあります。これは、モンサントなどバイオ企業による、種子に与えた知的所有権を使った食料支配であり、農業支配と批判されています。
こうして、かつて農家は収穫後に種を保存するのが当たり前でしたが、GM種子の登場で、農業の基本であった持続可能モデルは崩壊の危機に瀕しています。また、親から子、子から孫へ命を繋いできた生命倫理の崩壊にもつながりかねません。
◆ 自然界への悪影響
殺虫剤耐性作物が環境に及ぼす影響
モンサント社の殺虫剤「ラウンドアップ」のように、農作物の栽培に強い薬剤を使用すれば、確かに除草や害虫駆除の効果は高まりますが、薬効範囲の広い殺虫剤は、害虫を食べてくれていた益虫も殺してしまうといったように、障害を防ぐために有効に機能していた自然界の生物によるコントロールを破壊する恐れがあります。
また、遺伝子組み換え作物を導入すると、従来の除草剤や殺虫剤を用いる伝統的な集約農業に比べて、チョウ、ハチ、草、種子が劇的に減ったという調査結果もでており、殺虫剤耐性作物(GM作物)やそれに用いられる殺虫剤(グリホサート)が、環境に及ぼす悪影響は否定できません。
非組み換え作物と組み換え作物と交雑
たとえ自分の農場では遺伝子組み換えの品種を育てていなくても、近隣で育てられた遺伝子組み換え種子で育った作物の花粉が、風か何かで飛散し受粉することで、在来種と交雑して遺伝子組み換え作物となってしまう可能性もあります。
さらに、その作物からできた種は、自殺種子(ターミネーター種子)となって、二度と非GM作物を作れなくなってしまうことすら起こりえます。
農林水産省は、この可能性は極めて低いと発表していますが、2013年5月、米オレゴン州の農家の畑で、政府が承認していない遺伝子組み換え小麦の成育が見つかったという事例もあります。
米農務省によると、同州の農家が4月、自身の小麦畑に除草剤をまいたところ、枯れない小麦を発見しました。分析の結果、種子の大手、米モンサント社が1998~2005年、全米各地で試験栽培した、除草剤に強いGM小麦と判明しました。
新たな耐性の害虫
自然界の摂理として、遺伝子組み換えの害虫抵抗性作物を栽培すれば、より抵抗力の強い害虫を登場(耐性菌が出現)させたり、雑草を殺す農薬を使い続けると、農薬の効かない雑草が生まれてきたりすることが懸念されます。
実際、遺伝子組み換えで実現したはずの害虫抵抗性の効果が、薄れてきているとの報告が出ています。たとえば、イリノイ州やアイオア州などコーンベルトと呼ばれる米中西部のトウモロコシ生産地帯で、2011年、GMトウモロコシに耐性を持つ害虫の被害が確認されました。
このGMトウモロコシは、「Btコーン」という、ネキリムシ(植物の地際の茎や葉を食害する害虫)の駆除効果を持つもので、2003年にモンサント社が販売を開始したのですが、Btコーンの効かない「耐性ネキリムシ」(「Cry3Bb1」というたんぱく質に対する耐性害虫)が2011年夏、アイオワ州とイリノイ州で見つかったのです。この結果、耐性虫の出現で殺虫剤の使用が増えるという悪影響も広がっています。
米環境保護庁(EPA)では、措置が十分に取られた場合、99年間は、耐性虫は出現しないとの予測を出していましたが、導入から10年足らずで、早くも耐性虫が出てきてしまいました。
耐性虫の出現は、抗生物質と耐性菌の歴史と同じです。20世紀前半に生まれた抗生物質ペニシリンは当初「魔法の弾丸」ともてはやされましたが、やがて効かない菌が出現しました。以後、人間が新しい抗生物質を開発しても、その度に耐性菌が出て「いたちごっこ」を繰り返しています。抗生物質と耐性菌の戦いは、新しい抗生物質の候補も尽きてきており、耐性菌が勝利しようとしています。
同じように、人間が最先端の科学と称して、自然界では起きない、人工的につくった遺伝子組み換え操作をいくら施しても、それに抵抗力をもつ雑草や害虫がやがて出現してくることは必至です。結局、自然界の摂理には逆らえないのではないでしょうか?
<GMOに対する反対運動と規制>
こうした背景もあり、消費者の間では、GM食品に対する、安全性を不安視する声と抵抗感が根強くあります。遺伝子組み換えGM作物の、人体への影響や環境への悪影響に対する懸念や不信は、遺伝子組み換え作物の普及とともに高まり、批判の矛先は、GM種子最大手のモンサント社へ向かいました。世界各国でモンサント(現バイエル)と遺伝子組み換え(GM)への反対のデモがおきました。
そのため、アメリカでは、遺伝子組み換え小麦(GM小麦)の商業栽培は認められていません。主食であるパンの原料に組み換え品種を使うことへの懸念が消費者団体などの間で強いからです。
また、アメリカでは、GM作物の使用・不使用の表示を求める市民運動も強力です。GM農家や種子業界は「GM作物の品質や安全性が非GM作物に劣る印象を与える」と規制に反対しましたが、2016年7月に「全米遺伝子組み換え食品情報開示法」が成立し、2022年1月から、すべての事業者に対して、遺伝子組み換え食品の表示が義務付けられました。
アメリカ農務省(USDA)は、情報開示基準を制定し、事業者は、4種類(テキスト表示、USDAが定めたマーク、QRコード、ウェブサイトへのリンク)の方法から選択することになりました。ただし、表示方法や対象となる食品にはいくつかの例外や条件があり、また表示ルールも明確さに欠け、「大きな抜け穴」があると批判されています。
一方、他の国々では、食用油や食料用を中心に、輸入される組み換え作物や関連食品は国が認可しています。日本は国内でのGM作物の商業栽培を行っていませんが、遺伝子組換え作物の承認件数が世界でもトップレベルで、多くのGM作物・種子が入り込んでいます。
<GM作物は安全か否か?>
遺伝子組換え食品は安全…
こうした遺伝子組み換え食品に対する、期待と懸念が交錯する中、米国科学アカデミーは、2016年に、遺伝子組み換え作物に関する大規模調査の結果を発表しました。
報告書は、害虫や雑草の薬剤耐性獲得など、現在の作物における遺伝子組み換え特性への耐性の発生が、大きな問題となっていると指摘しつつも、GM作物が、がんや肥満、胃腸や腎臓の疾患、自閉症、アレルギーなどの増加を引き起こす、危険な食べ物であることを示す証拠は見つからなかった(GM作物は安全)と結論づけました。
また、遺伝子組み換え作物と野生種の交配による危険性など、遺伝子組み換え作物に起因する環境問題を裏付ける証拠も見つけ出すことはできなかったとしています。
さらに、遺伝子組み換え技術は、害虫や雑草から収穫物を守り、農薬の削減や農家の収入向上などの効果があるとしたうえで、日本や欧州では食品に遺伝子組み換え作物を使う際に表示義務を課していることに対しても、報告書では「表示義務化は国民の健康を守るために正当化されるとは思われない」と指摘しました。
このように、米国科学アカデミーの報告書は、モンサントなどGMの種子メーカーの主張を全面的に支持する、逆に言えば、GM反対者の主張を完全に否定する見解を示したのです。
それでも拭えない不安
しかし、遺伝子組み換え作物が「安全」であると断定されたからといって、これでGM作物・種子に対する懸念が払しょくされたわけではありません。安全な食品を求める人々が反対するのは、わずかでも不安を感じる農産物を口にすることができないからです。遺伝子組み換えという言葉に、常について回るのが、作物の遺伝子をいじると予期せぬことが起きるのではないかという「不安」です。
そもそも、GM作物は、生き物が本来持つ遺伝子を勝手に人工操作して、雑種の草を死滅させる農薬を播いてもそれに耐えられる作物です。それは、危険な農薬漬け作物であることに加えて、自然界では普通死ぬ作物が遺伝子操作で生きているのです。
モンサント(現バイエル)らバイオテク企業は、そうしたGM食品を大量生産して、「大丈夫です。これくらいの量を摂取しても、人体に影響は出ません(GMは安全です)」と言って、消費者の口に運ばせようとしているのです。
長期的な効果はわからない
米科学アカデミーのような機関がGMは安全と結論づけても、これは「現状」の見解です。実際のところ、多くの科学者は、遺伝子組み換え作物の安全性について、今後数十年、長い期間かけて国や研究機関、販売会社などが検証を継続しなければ、結論はでない、「今後も検証の継続が必要」との見方でほぼ一致しています。長期間、GM食品を摂取し続けた場合の安全性は、何十年もたたないと担保できないからです。ですから、今も、GM食品の安全性については「グレー」なのです。
止まらぬGM作物の普及
しかし、そうした消費者の不安や、専門家からの警鐘をよそに、遺伝子組み換え食品は、世界でも日本でも着々と定着しつつあり、世界全体でGM作物の普及はもはや止まりそうにありません。
前述したように、20世紀末(1996年)に商品化された遺伝子組み換え作物ですが、是非を巡る激しい論争の陰で、全世界の栽培面積(2024年)は、1996年の125倍に拡大しました。今やだれもが間接的に口にしていると言えます。
<発展>
遺伝子組換え(GM)食品の歴史
1940年代、アメリカ国内において、耕耘(こううん)(田畑を耕して作物を育てるために土を耕し、雑草を取り除くこと)による土壌流出が問題となり、第二次世界大戦後、除草剤が登場し、耕耘による土壌への負荷が軽減され、土壌流亡はやがて収まりました。
しかし、除草剤の過剰な使用は、地下水汚染という新たな社会問題を招くことになると、結局、トラクターによる機械除草が復活し、それに合わせて土壌流亡問題も再燃するようになりました。
そこで、畑を耕さない農業、不耕起栽培の考え方が生まれました。ただし、畑を耕さなければ土壌は流亡しませんが、その代わりに雑草植生は、一年生雑草から多年生雑草、灌木(かんぼく)類と広がっていきました。
この問題に対応しようと、アメリカのモンサント社が、どんな雑草でも茎葉に噴霧して枯らすことのできるグリホサートという成分をもつ強力な除草剤「ラウンドアップ」を開発しました。そして、グリホサートで枯れない作物を、遺伝子組換え (GM) 技術によって作ることができれば、そのGM作物だけを残して、畑に発生する全ての雑草を枯らすことができるのではないかというアイデアが生まれたのです。
また、時代背景として、1970年代以降、人口増加と大量消費、飽食時代において、これまでの自然農業や栽培では生産が間に合わず、人間は新たな大量生産の必要に迫られていました。牛や豚、鶏などの家畜動物だけではなく、穀物、野菜の分野でも効率的な大量生産が求められたのです。そこで登場したのが「遺伝子組み換え作物」でした。
遺伝子組み換えは、1970年代、害虫や病気に強い農作物づくりなどを目指して開発された技術です。栽培は、科学的な安全性や環境への影響を確認した上で行われているとされ、大豆やコーン(とうもろこし)、ナタネなどさまざまな作物に利用されています。遺伝子組み換え作物は、店頭で長持ちし、ビタミン含有率が高く、一般的な病気に対して耐性を持つとの理由から、1980年代から開発が進められてきました。
GM食品は、1994年に米国で開発されたトマト「フレーバー・セーバー」が実用化第1号とされています。製造したのは、バイオベンチャー企業であるカルジーン社で、日持ちを良くするために、果実の軟化を遅らせる遺伝子が導入され、収穫後の腐敗を遅らせ、より長く保存できるように改良されていました。
組み換え作物の本格的な商業栽培は1996年からで、アメリカではこの年(1996年)が「遺伝子組み替え作物元年」といわれ、以後急速に普及していきました。その牽引役が、モンサント社でした。とりわけ、モンサントが開発したBtコーンはもっとも普及した遺伝子組み換え作物のひとつとなっています。
その間、とうもろこしや大豆では、害虫や除草剤などへの耐性を持つGM種子のシェアが増大していき、干ばつがおきるたびに、乾燥に強い次世代製品の拡大に弾みがついていきました。現在、アメリカは、とうもろこしの生産・輸出で世界断トツの一位です(ちなみに約2割が輸出に回り、相手は日本が最大となっている)。
こうして、GM種子は、米国の農家にとっていまやなくてはならない存在となっていったのです。コーン(とうもろこし)は家畜飼料やコーンシロップ、大豆は油として使われ、スーパーで販売する加工食品でGM作物が入っていないものはほとんどないとまでいわれています。
(関連投稿)
『日本の農業、その現実と未来』シリーズ
農政
食料安保
食の安全
(参照)
「遺伝子組み換え」目を背ける日本が知るべき現実広がる世界とのギャップ、食料危機にどう対応?
(2022/12/01、東洋経済)
遺伝子組み換え作物は「安全」 米科学アカデミーが報告書
(2016年5月18日、日経)
(今解き教室)11月号・食と農業(社会)
(2013年11月2日)
米農務省:未承認の遺伝子組み換え小麦 オレゴン州で発見
(毎日新聞 2013年05月30日)
忍び寄る遺伝子組み換え作物 拡散気づかず栽培も
(2013年12月22日、朝日)
遺伝子組み換え効かぬ害虫、予想より早く出現 米で被害
(2013年7月31日)
遺伝子組み換え作物、日本は輸入大国なの?
[日本経済新聞朝刊2014年9月9日付
「遺伝子組み換え」の安全性とは? なぜ賛否両論を巻き起こしているのか
(2023.1.12、スマート農業)
環境保全の農業だった?遺伝子組換え作物と不耕起栽培の歴史
雑草害~誰も気づいていない身近な雑草問題~【第14回】
(ゴールドラインオンライン(幻冬舎)HP)
遺伝子組み換えは世界を飢餓から救うのか?
消費者だけが知らない農業工業化の暗部(3)
(2015/3/17、日経)
[FT]遺伝子組み換え作物めぐり米・EU対立
(2015/5/8 14:00、日経)
遺伝子組み換え効かぬ害虫、予想より早く出現 米で被害
(2013年7月31日)
モンサントで2人に1人が自閉症に(2025年までの予想) MIT科学者
(2015年03月23日)
除草剤成分に発がん性=米モンサントは反発-WHO
(2015/03/24 時事ドットコ遺伝子組み換え作物:世界の栽培面積、日本耕地面積40倍
(毎日新聞 2015年02月02日)
温暖化、技術で克服 モンサントが描く農業の未来
(2015/6/22 日経)
遺伝子組み換え作物、「食べ物として危険」の証拠なし 米研究
(AFP 2017年5月18日)
遺伝子組み換え作物の世界での栽培状況
(バイテク情報普及会)
(投稿日:2025.8.28)

