位牌:ルーツは儒教の祖先崇拝!?

 

前回の戒名に続き、今回は戒名が書かれた位牌について、考えていきましょう。位牌(いはい)とは、戒名が記された木製の牌(ぱい)(=札ふだ)のことで、家庭の仏壇や寺院の位牌壇に安置されています。故人の霊は戒名を通して依り憑くことができるとされ、遺族は、仏壇に香、華(花)、灯明、飲食を奉献して供養することが慣習となっています。ですから、位牌というと仏教の習慣だと思っている人が多いと思いますが、インドの仏教には本来、位牌を用いるという習慣はありません。

 

 

  • インド仏教と中国の儒教

 

輪廻転生を信じるインド仏教では、日本のような葬儀を行わず、位牌もありません。輪廻転生では、魂は生まれ変わりを繰り返すとされ、転生しても再び人間として生まれることを必ずしも期待できません。動物や昆虫などの別の生き物になることもあれば、人間になっても男(女)から女(男)になることもあります。ですから、魂が離れた死者の体はもはや不要として、死体は焼いて骨と灰は、自然に戻すという意味で川へ捨てる風習があります。また、死者と生者は、死者の行先が決まる四十九日が過ぎれば、供養をする必要がなくなり、先祖祭祀も不要として行われません。

 

そもそも、輪廻転生自体が永遠の苦悩であり、輪廻から解脱して成仏するとは、この世からは十万億土も離れた極楽浄土へ往くとされています。極楽に行くことができれば、死者の霊の居場所となる位牌は言うまでもなく、仏壇や墓も不要となるわけです。

 

では、位牌のルーツ(起源)はどこかというと、それはインドの仏教ではなく、中国の儒教にあります。位牌は、もともと木簡(もっかん)(=短冊状の細長い木の板)といわれ、その起源は、儒教の「神主(しんしゅ)」または「木主(ぼくしゅ)」と呼ばれる板だと言われています。

 

古代より、中国では遺体を白骨化させ、その遺骨を霊が寄り憑く対象としてお祀りする習慣があったそうです。それが、後漢の時代になると、その遺骨に代って神主(木主)に、官位や姓名に記して祀る風習が儒教に始まり、宋代には中国仏教(禅宗)に取り入れられたとされています。

 

そもそも、孔子が儒教を理論体系としてまとめる以前、儒教はもともと「原儒」と呼ばれた葬祭業者の集団から始まったと言われています。儒者の仕事は、葬儀で、亡くなった人の家族に対して、どのように祀ればいいのかということを教えていたそうです。

 

 

  • 古代中国の習俗

 

中国では昔から、人間の魂は死んだ後も不滅で、しかも、その人間の個性が失われないまま残るという信仰(霊魂不滅説)があります。儒教には、「死者の魂は生きていて、先祖として我々を見守ってくれている」という考え方があるそうです。

 

また、道教でも、人間は精神と肉体とから成り立っているとし、精神を支配するものを「魂(こん)」、肉体を支配するものを「魄(はく)」としました。中国固有の「気」を使って説明すれば、「魂は人のたましいの中の陽の精気で、精神を支える気」である一方、「魄は人のたましいの中の陰の精気で、肉体を支える気」となります。

 

さらに、「魂は陽に属して天に帰し、魄は陰に属して地に帰す」、つまり、「魂」と「魄」は、人間が生きているときは共存して蔵まっていますが、死ぬと分裂して、魂は天へ浮遊し、魄は地下へ行くとされています。それゆえ、死者のたましいを「魂魄(こんぱく)」とも呼びます。

 

儒教では、天地に分裂した肉体と精神を再び結びつける儀式、つまり魂(精神)を降し、魄(肉体)も呼び戻すという儀式を行うと、死者は「この世」に再び現れることができるとされます(もちろん、生前の姿のまま「復活」するというのではないが…)。そのための招き寄せられる場所が現在の位牌です。死者の魂魄を位牌(神主)に依りつかせることで、この世に死者を再生させることができると考えられたのです。こうした儀式を行うのが、その方の命日で、その儀式が終わると、位牌から離れて、魂は天上へ、魄は地下へと元の場所に帰るとされました。

 

このように、位牌は、インドの輪廻転生ではなく、中国の儒教や道教の風習の中から生まれた招魂再生の祖霊信仰に由来すると言えます。なお、余談ですが、インドの仏教では必要とされない墓も、この儒教の祖霊崇拝の観点に立てば重要なものとなります。招魂再生を願う上で、遺体または遺骨という何かの形となるものを残しておこうとなるからです。儒教では、お墓は死者の「遺品倉」と位置づけられています。

 

 

  • 日本に伝わった仏教

 

インドの仏教が、中国・朝鮮半島へ伝播したとき、儒教や道教の祖霊祭祀や死生観が取り入れ、中国仏教となって日本へ伝えられました。位牌も、日本においては鎌倉時代末から室町時代にかけて禅僧を通じてもたらされ、禅宗の寺院で用いられました。ただし、現在のように、各家庭に仏壇が置かれ、戒名とともに位牌を用いるようになったのは、江戸時代に入ってからと言われています。

 

その際、葬儀や先祖供養において、特に儒教の影響が大きいようです。例えば、仏教において、仏壇は、この世の浄土の世界を表す寺院の本堂を小型化したものとされています。ですから、仏壇は本来、本尊(阿弥陀如来など信仰の対象となる仏像や掛け軸)をお祀りする場所です。位牌はそのそばに置くものとされ、故人の霊は、位牌を通して本尊とともに浄土にあるとみなされます。

 

しかし、日本人からすると、仏壇は、本尊を拝む場というよりも、位牌を置いて、先祖を供養するための場所というのが一般的な感覚です。仏壇は、「寺院の本堂」というよりも、先祖がこの世に帰ってきたときの「仮の家」のようなものであると考えられています。そこで、多くの方は、日々仏壇のお釈迦様など本尊ではなく、ご先祖さまに祈っています。中には願い事までしますね。

 

ですから、なおさら、先祖の霊が宿る場である位牌がなければ、この世との接点の場に来れなくなるので、位牌は、大半の仏教の宗派では極めて重要な位置づけとされています。

 

葬儀においても同様です。日本の一般的な仏葬のときの祭壇を見ると、柩が置かれ、白木の位牌を立て、故人の写真が添えられ、その奥に本尊が置かれています。仏教における葬儀の趣旨は、戒名が与えられ、仏弟子となる故人をあの世に送るための「出家の儀式」です。本来は、葬儀の参列者は、本尊に対して「故人が、煩悩から離れ、解脱して救われるように」と祈りを捧げるべきというのが仏教者の見方です。しかし、実際は、参列者のほとんどは、本尊を拝むというよりは、故人の柩や位牌、特に写真を拝んでいます。死者が仏弟子となって修行に励んでいくとは考えていないと思われます。

 

 

  • 日本の祖霊信仰

 

仏壇と葬儀における事例は、仏教に中に取り込まれた儒教の祖先祭祀が根づいていることの表れであるということができますが、日本にも、古より、祖霊信仰と呼ばれる祖先神に対する信仰があったから、儒教の祖先祭祀(祖先崇拝)を受け入れたと考えられています。

 

祖霊信仰とは、既に死んで、肉体から魂が遊離し、(精)霊となって祖先は、子孫から供養や祭祀を受けると、歳月とともに浄化され、祖霊から先祖神へと昇華し、やがて、遠い山の奥や海の彼方に鎮まるものと考えられていました。

 

その後、盆や正月といった決まった季節になると、祖霊や先祖神は、「氏神」として、子孫を守り、家を守ってくれる、または、「産土(うぶすな)の神」として、里に下りてきて、村人に福や恵みをもたらしてくれます。先祖供養は、村人が先祖の(精)霊が祖霊や先祖神となるように、供養や祭祀を行うようになったことから始まりました。

 

祖霊信仰において、「依り代(よりしろ)」が重要な役割を果たしてくれます。依り代(依代)とは、一般的に神霊が寄り憑く(宿る)対象と定義付けされますが、神道の観点から言えば、神降ろし(神霊がこの世に降りてくる)の際に臨時に宿っていただく場所や物のことを言います。

 

古く日本には八百万の神と表現されるように、神霊が宿る対象には、樹木、岩石、人形など自然やものがありました。そのため、現在でも田舎の方では、依り代とみなされる岩や古木などを注連縄を飾って祀り、信仰の対象としている場所が多く残されています。

 

そうすると、死者の霊魂が憑依する位牌や墓とは、日本の神道の「依代」にきわめて近い存在です。実際、位牌の定義についても、「故人の霊が宿る依代」と説明されています。その意味では、位牌の起源は、日本の習俗である「依り代」であるという言い方もできます。

 

また、お盆や春秋のお彼岸の行事なども、今では仏事のように一般には思われていますが、もとももとは、儒教の祖先祭祀であり、ひいては、わが国の固有の習俗であるということができます。

 

<参考>

戒名:すべての死者に死後の御名、日本だけの風習!

 

<参照>

先祖のまつり:日本人は死んだらどこに行くのですか?

(神社ものしり辞典)

位牌の由来は儒教だって知ってます?

(和文化案内、ゆかしき堂)

そもそも位牌とは?位牌は必ず必要なのか

(ひだまり仏壇)

位牌の起源・ルーツ(お位牌Maker)

位牌/仏事の豆知識(京仏壇はやし)

「世界がわかる宗教社会学」(橋爪大三郎)

「沈黙の宗教―儒教」(加地伸行、筑摩書房)

「仏教と儒教」(一条真也)

 

(2020年9月6日、最終更新2022年5月19日)