十王思想と十三仏信仰:極楽浄土への誘い

 

前回の記事「法要(法事)」で、冥界での10人の裁判官である十王と、極楽浄土へ誘う十三仏が登場しましたが、ここでは、十王と十三王に特化して解説したいと思います。

 

<十王思想>

インドでは、輪廻転生の思想に基づき、故人への供養として、死亡した日から七日目ごとに7回の法要が行われ、さらに、49日(=7×7)が過ぎると死者は他の生を受けると考えられていました。

 

中国に仏教が伝わった際、人は亡くなると冥界にいる10人の王から7日ごとに審判を受けるという十王信仰が出来上がりました。これによって遺族による供養(法要)も3回増えたことになりました。

 

十王とは、死者の生前中の行いの審判を行う10人の「裁判官」で、以下の順番に従い一回ずつ審理しました(ただし、各審理で決定されたら、次からの審理はなく、抜けて転生していったとされる)。広く知られている閻魔王も十王の一人で5番目に登場します。

 

秦広王(しんこうおう)(初七日)

初江王(しょこうおう)(十四日)

宋帝王(そうていおう)(二十一日)

五官王(ごかんおう)(二十八日)

閻魔王(えんまおう)(三十五日)

変成王(へんじょおう)(四十二日)

泰山王(たいざんおう)(四十九日)

 

 

  • 秦広王(しんこうおう)

 

インド神話によれば、人がこの世に生れ落ちると、「倶生神(くしょうじん)」が両肩に一神ずつ宿り、一生涯、その人の行為を帳面に記録していると言います(この帳面は閻魔王へ順次、渡されるので「閻魔帳」と呼ばれる)。秦広王はこの倶生神の報告に基づき、亡者の生前の行いを全て取り調べ、特に生き物の命を奪う殺生の罪を問いただします。亡者(もうじゃ)は、秦広王の取調べの結果により、三途の川のどこを渡るかが決められます。殺生を認めて、代わりに何かよい事をしたことがあるというならば、次の場所で言うように指示されるそうです。

 

  • 初江王(しょこうおう)

秦広王の裁きを受けた亡者が、三途の川を正しく渡ったかが確認された後、秦広王から届いた「調書」に基づいて、初江王が殺生に関する裁きや盗みについての取り調べを行います。

 

  • 宋帝王(そうていおう)

邪婬(じゃいん)(不適切な性交渉)の罪を問いただす役が宋帝王です。裁きの場では、化け猫が群がり、大蛇が列をなして出てくるそうで、罪が重い場合、男性なら性器を猫から食いちぎられ、女性なら性器に蛇がめり込んで身体が砕かれるという地獄に堕ちるとされています。

 

  • 五官王(ごかんおう)

ここで、五官王が、主に「口」で犯す七つの罪を、秤(はかり)にかけます。七つの罪とは、妄語(もうご)(嘘をつくこと)、飲酒、他の人の過失・罪過を存分にいう罪、自分を褒め他人を謗る罪、他に施すことを惜しむ罪、怒る罪、仏法僧の三宝を誹謗し貶める罪をいい、故人は、秤の上に乗せられ、来世の行く先が自動的に表示されるそうです。ただし、五官王に懇願して再審請求もできるとされています。

 

  • 閻魔王(えんまおう)

閻魔はサンスクリットのヤマ(死神)の音写であり、有名な閻魔王は、もとはヒンドゥー教の古い神さまで、死後の世界の王でした(ゆえに、閻魔大王と呼ばれる)。一般には、閻魔王が最終審判となり、これまでの諸王の取り調べを受けて、死者が天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄の六道のうち、どこに転生するかがここで決定されます(これを引導と呼び、「引導を渡す」という慣用句の語源となった)。

 

閻魔王はもちろん十王の裁判の裁きは、閻魔王の宮殿にある「浄波璃(じょうはり)の鏡」という、水晶でできた鏡に映し出される「生前の善悪」を証拠に推し進められます。「嘘をついた人は閻魔大王から舌を抜かれる」ということばがあるように、高度な嘘発見機のように嘘は必ず暴かれると言われています。

 

  • 変成王(へんじょうおう)

変成王は、閻魔王による最終審査を受けて、生まれ変わる場所(天上・人間・修羅・畜生・餓鬼・地獄界)の内容や条件を決めます。例えば、ある故人の地獄行きが決定された場合、地獄には、重い順に阿鼻(無間)地獄、大焦熱地獄、焦熱地獄、大叫喚地獄、叫喚地獄、衆合地獄、黒縄地獄、等活地獄の八つの地獄あり(これを八大地獄と言う)、どの地獄に行くかがここで決められます。

 

等活(とうかつ)地獄:殺生罪
黒縄(こくじょう)地獄:殺生罪+他人のものを盗む偸盗(ちゅうとう)罪
衆合(しゅうごう)地獄:殺生罪+偸盗罪+淫らな行為をする邪婬の罪

 

叫喚(きょうかん)地獄:殺生罪+偸盗罪+邪婬の罪+飲酒の罪

飲酒の罪は、酒を飲むこと自体が罪というわけではなく、酒に溺れるなど自分のためにならない飲酒、酒に毒を入れて人殺しをしたり、他人に酒を飲ませて悪事を働くように仕向けたりすることなどが罪になると解されています。

 

大叫喚(だいきょうかん)地獄:殺生+偸盗+邪婬+飲酒の罪嘘+嘘をつく妄語の罪

 

焦熱(しょうねつ)地獄

大叫喚地獄に堕ちる罪+邪見(邪教を説き実践する)の罪。焦熱地獄に堕ちると、赤く熱した鉄板の上で、鉄串に刺されたり、目・鼻・口・手足などに切り裂かれ炎で焼かれると言われています。

 

大焦熱地獄

焦熱地獄に堕ちる罪+尼僧・童女など清く聖なる者を犯す犯持戒人(はんじかいじん)の罪

 

阿鼻(あび)地獄無間(むけん)地獄

大焦熱地獄に堕ちる罪に加えて、父母、聖者の殺害など最も罪の重い者が落ちる地獄です。地獄の中の最下層であるので、この地獄に到達するため(そこへの落下)に、真っ逆さまに落ち続けて二千年を要し、四方八方火炎に包まれ、剣樹、刀山、湯などの苦しみを受け続けると言われます。また、奇怪な鬼から舌を抜き出された上に100本の釘を打たれ、毒や火を吐く虫や大蛇に責めさいなまれ、さらに、熱鉄の山を上り下りさせられるといいます。

 

 

  • 泰山王(たいざんおう)

泰山王は、故人が輪廻転生する際に、男女のどちらに生まれるのか、またその寿命を決定すると言われています。

 

形式的には、死者は、6つの入口がある場所に連れていかれ、その一つを自分で選択することになるそうです。入口からその先を覗いても見えませんが、それぞれ、天界、人間界、阿修羅道、畜生道、餓鬼道、地獄界へと続いているとされています。六道輪廻の世界ですね。仏教で教える、生前の行いに応じ必ず報いがあるという「因果応報」の原理に従って、その選択が生前の業の結果となるという仕組みです。

 

現世では、この日、故人がよい世界へ行けるよう四十九日の法要をしてくれています。インドでは、この日まで、亡者の霊魂は、あの世とこの世を旅していると信じられており、インド古来からの儀式としては、7×7=49日目で遺族による供養はこれで終わりです。

 

ただし、仏教が中国に入った後(後世)、死者の成仏を願う気持ちからでしょうか、四十九日が終わっても、「百ヶ日」、「一周忌」、「三回忌」と供養(法要)を重ねることにより、故人の生前の罪や苦しみが軽減されたり、極楽浄土の世界を見ることができるとされました。その際、追加の審判を行う以下の3王が加えられました。

 

  • 平等王(びょうどうおう)(百ヶ日)
  • 都市王(としおう)(一周忌)
  • 五道転輪王(ごどうてんりんおう)(三回忌)

 

こうして、中国では、10人の王が死者を裁くという十王思想が出来上がりましたが、最後の3人は後世、仏教が中国に伝わってから付け加えられたので、この3王についての資料はあまりありません。

 

十王思想は、その後、中国を経由して日本にも入ってきました。その日本ではさらに、7回忌、13回忌、33回忌の法要が行われ、その際に蓮華王(れんげおう)、慈恩王(じおんおう)、祇園王(ぎおんおう)が加わり、十三王となりました。なお、この追加の3王を、蓮華王(れんげおう)、祇園王(ぎおんおう)、法界王(ほうかいおう)とする宗派もあります。

 

ただし、中国の十王思想の10人の王にさらに3王が加わったからといって、日本で十三王思想と呼ばれることはなく、十三仏信仰という形で発展しました。

 

 

<十三仏信仰とは>

 

十三仏とは、人が亡くなった後に、49日、3回忌、33回忌と、十王の裁きを受けつつ冥界での修行をしている最中、極楽浄土へと導いてくれる13の仏・菩薩の総称です。

 

日本では特に、神仏習合思想が発達した本地垂迹(ほんじすいじゃく)(仏が人々を救うために神という姿を借りて現れたという考え方)に基づいた信仰で、冥界にいる十王(日本では13の王)は、それぞれ仏さまが姿を変えたものとされます。

 

十三仏は、初七日から三十三回忌まで、遺族が行う法要(法事)をそれぞれ見守っています。追善供養の際は、故人に対して、というよりは、本地仏(本来の姿である仏さま)に対して、亡くなった方の供養が成就するように祈ることが正しいと言われています。私たちは自力で浄土へ行くことはできないとされ、13仏に導いてもらうことで、極楽浄土への道が開かれると考えられています。

 

日本において、この思想は、平安末期に仏教由来の末法思想や冥界思想と共に広く浸透しました。鎌倉時代に、十王それぞれに対し、本地仏としての仏さまが決められ、室町時代あたりから盛んになりました。

 

さらに江戸時代には、3人の新たな冥界の王と対応した仏が加わり(正確には3仏が先で、後から3王が設置され)13仏となり、十三仏信仰なるものも生まれるに至りました。本来は十王が中心でしたが、日本では、本地である10人(やがて13人)の仏たちが主役になっていきました。

 

十王の本地仏

秦広王⇒不動明王

初江王⇒釈迦如来

宋帝王⇒文殊菩薩

五官王⇒普賢菩薩

閻魔王⇒地蔵菩薩

変成王⇒弥勒菩薩

泰山王⇒薬師如来

 

平等王⇒観世音菩薩

都市王⇒勢至菩薩

五道転輪王⇒阿弥陀如来

 

(蓮華王)⇒阿閦如来

(慈恩王/祇園王)⇒大日如来

(祇園王/法界王)⇒虚空蔵菩薩

 

日本で追加された3仏、阿閦如来、大日如来、虚空蔵菩薩は、密教系の仏さまで、空海が広めた真言宗の強い意向が働いたのではないかと見れらています。

 

 

<十三仏の役割>

十三仏は、閻魔王を初めとする神々の裁きの場面で、極楽浄土へ行けるように救済をするという共通の使命を持っています。(数字は忌日)

 

  • 不動明王:初七日(しょなのか)

右手に剣、左手に絹索(「はわな」のこと)を持つ不動明王は、人の煩悩を焼き払う仏さまです。死後の世界へと旅立つ者が、生きていたときの世界に未練を持たないように、剣で迷いを切り払い、絹索は迷っている者を縛って救いとり、冥界へと導きます。

 

  • 釈迦如来:二七日(ふたなのか)

仏教の開祖で、最高位の仏さまである釈迦如来は、故人が冥界へ旅立つ際に、仏教本来の教えを説き、死者の不安を取り除く役割を担っています。

 

  • 文殊菩薩:三七日(みなぬか)

「三人寄れば文殊の知恵」で知られる文殊菩薩は、人々に悟りを導くための智慧(知恵)を与える知恵の仏さまで、釈迦の教えを理解する智慧を授けてくれます。

 

  • 普賢菩薩:四七日(しぬなのか)

情を司る仏さまとして知られる普賢菩薩は、慈悲により、煩悩を消し去り、過去に犯した罪を軽減して、故人を悟りの世界へ導いてくれます。

 

なお、釈迦如来、文殊菩薩、普賢菩薩の3仏を「釈迦三尊仏」といい、二七日、三七日、四七日までに、故人に仏教の基本的な教えを説いてくれると言われています。

 

 

  • 地蔵菩薩五七日(ごしちにち)

ぬくもりの菩薩として知られる地蔵菩薩は、故人が閻魔王の裁きで六道へと落ちてしまった際に、救いの手を差し伸べてくれます。

 

  • 弥勒菩薩:六七日(むなのか)

第二の釈迦如来と言われる弥勒菩薩は、説法を引き継ぎ、故人の心を常に安らかな状態にしてくれます。

 

弥勒菩薩とは、釈迦の入滅後56億7千万年後に、人間界へ下ってこの世を救うとされる「未来仏」です。なお、地蔵菩薩は、弥勒菩薩が如来として現世に現れるまでの期間、人々を救済するためにいるとされています。

 

  • 薬師如来:七七日(しちしちにち)

薬壺を持ち病気を治す仏様として知られる薬師如来は、四九日で現世との関係を断ち切らなければならない故人が、まだ冥土の世界に入れずに苦しんでいる際に、その苦しみを和らげ、極楽浄土へ辿り着くための薬を与えてくれます。

 

  • 観世音菩薩:百箇日

慈悲の仏さまとして知られる観世音菩薩は、願いに応じて33の姿に身を変えて現れ、死者を救う役割を持っています。

 

  • 勢至菩薩:一周忌

勢至菩薩(せいしぼさつ)とは、無限の希望と知恵により、人々の苦しみを取り除く菩薩で、智慧の光で六道に迷う人々に救いの道を示してくれるとされています。

 

  • 阿弥陀如来:三回忌

阿弥陀如来は、極楽浄土にいてその光で世界中の人々を照らし、亡くなった人をも教化します。無限の寿命を持つことから「無量寿如来」とも言われ、限りない光(智慧)と限りない命を持って人々を救い続けるとされます。

 

仏教の世界では、現世での苦しみを取り除き安泰を祈る薬師如来に対して、死後の来世の平穏を祈る阿弥陀如来と位置づけられ、薬師如来は東方浄瑠璃界(いわゆる現世)の教主である一方、阿弥陀如来は、西方極楽浄土の教主とされています。

 

また、観世音菩薩勢至菩薩は、阿弥陀の両脇に控える脇侍(きょうじ)として、死者を極楽浄土に向けて、阿弥陀如来まで導く役割を担っています。

 

  • 阿閦如来:七回忌

怒りを断つことで悟りを開いた阿閦(あしょく)如来は、物事に動ぜず、魔を下す強い心を持つとされ、「無動如来」とも呼ばれます。死者に対しては、新たな世界に向けて、迷いにうち勝つ強い心を授けると考えられています。

 

  • 大日如来:十三回忌

密教(仏教の秘密の教え)では、大日如来は宇宙の真理を現し、宇宙そのものを指します。すべての命あるものは大日如来から生まれ、釈迦如来も含めて他の仏は、大日如来が姿を変えて現れた化身と考えられています(大日如来はすべての仏の根源)。

 

文字通り、太陽の様な輝きを持つ仏として、大日如来は、これまでの11人の仏による教えをどれほど悟っているかをみて、さらにその上に導いていくとされています。

 

  • 虚空蔵菩薩:三十三回忌

虚空蔵菩薩とは、無限の智慧と慈悲が収められた蔵から、人々に必要のものを取り出して与えてくれる仏さまです。故人に対して、誰もが仏性があることを教え、人格を完成させて涅槃へ到着できるように導いてくれると考えられています。

 

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宗派によっては、三十三回忌の法要(法事)以降も、さらに五十回忌、百回忌と続けるお寺もありますが、一般には三十三回忌をもって、遺族としては法要(法事)の締めくくりとなります。故人は、三十三回忌以降は個別の先祖としてではなく、その家の「先祖代々」として祀られ、遺族にとっては「ご先祖様」となります。

 

<参考>

法要(法事):手厚い死者への供養

 

<参照>

やさしい仏教入門:十三仏・十王

やさしい仏像のはなし – 第二十話 閻魔様と十王思想

13仏とは?十三仏信仰や掛け軸、現世・来世での功徳も解説!

十三仏の意味とは?十三仏とは何か、解説いたします、終活ネット

鎌倉:円応寺の十王像~閻魔大王・初江王・奪衣婆など~

閻魔大王だけじゃない!地獄の王様たちまとめ – NAVER まとめ

地獄の歩き方

鎌倉十三仏とは?

 

(2020年8月28日、最終更新日2022年5月20日)