日本の外交と安全保障をさまざまな角度から解説しています。最終となる今回は、ODA(政府開発援助)についてです。開発途上国への経済的な援助という、国際貢献の要素を重視していた時代から、徐々にODAを戦略的に活用するようになった変遷の過程をご確認下さい。
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<ODAの概観>
日本は、憲法9条の制約から、軍事的(人的)貢献ができないため、国際貢献策として、開発途上国へのODA(政府開発援助)を行ってきました。「ヒトは出せないが、カネは出せる」として、当初、ODAは、日本の「唯一」の国際貢献の手段でした。
◆ ODAのはじまり
1954年10月、*コロンボ・プランに加盟した日本は、アジア諸国に対して、研修員受入れや専門家の派遣を通じた技術協力を行いました。これが日本のODAの始まりとされ、以後、日本は、ODAを「平和国家の道を歩む日本に最もふさわしい国際貢献」として位置づけ、非軍事的な協力に徹し、道路や橋などのインフラ整備、農林業などの技術指導を行ってきました。
*コロンボ・プラン
1950年にスタートしたアジア太平洋地域の国々の経済社会の発展を支援する協力機構で、もともと、イギリス連邦の枠組み内での経済協力機構でしたが、その後、枠を超えて参加国が徐々に増えていきました(現在の加盟国は約30か国)。日本も加盟国として55年から活動し始めましたが、コンボプランを通じたODAは、現在は多くありません。
◆ ODA実績
日本のODAは、支出総額ベースで、1991年から2000年まで世界一でしたが、日本の国内財政の悪化をうけ、2001年以降はアメリカに次いで世界2位、さらに、イギリス・フランス・ドイツの後塵を拝することもありました。2021年以降は、3位と挽回しましたが、2024年は、アメリカ、ドイツ、イギリスに次ぎ第4位となっています。
もっとも、ODA実績の国民一人あたりの負担額を示すODAの対国民総所得(GNI)比でみると、日本は0.39%と、OECD(経済協力開発機構)の*DAC(開発援助委員会)加盟国中、第13位(2024年)にとどまっています。
*DAC(開発援助委員会)
開発途上国への開発援助を奨励するとともに、援助額の増加と援助の質の改善をめざすOECDの委員会の一つで、OECD加盟国38カ国のうち31カ国とEU(欧州連合)により構成されている。
なお、国連は各国のODA供与に関して「GNI比0.7%」を求めていますが、この基準を超えて、ODAを拠出している国は、ルクセンブルク、ノルウェー、スウェーデン、ドイツ、デンマーク、オランダなどに小数の国に限定されています。
◆ ODAの分類
ODAは、二国間援助と国際機関を通じた援助に分類され、二国間援助でも贈与(無償資金協力と技術協力)と政府貸付(有償資金協力)に区分されます。このうち、有償資金協力は、日本の場合、円で貸し付けるので、円借款と呼ばれます。
円借款は、発展途上国に、鉄道や病院など社会産業インフラを建設する費用の一部を低利で貸し出すしくみです。また、無償援助の場合は、緊急性の高い衣食住など基礎的な生活分野にかかわる援助が実施されます。
2022年の実績:比率(%)(括弧の21年実績)
円借款(政府貸付) 52.9(37.7)
無償資金協力 18.6(20.7)
技術協力 13.5(15.4)
国際機関向け支出・出資 13.1(26.2)
ODA担当機関
なお、日本のODAは以前なら、円借款は国際協力銀行(JBIC)、無償援助は外務省、技術協力は国際協力機構(JICA)がそれぞれ実施していました(決定は外務省など関係省庁)。しかし、2008年10月から、ODAの実施機関は一元化され、国際協力銀行(JBIC)の海外経済協力業務と、外務省の無償資金協力業務がJICAに原則、承継され、新JICAが誕生しています。
<日本のODAの特徴>
- 日本の援助はアジア重視
日本のODAの援助先として、アジア向けがODA全体の約60 %を占め、次に、(サハラ砂漠以南の)アフリカ向けと中東・北アフリカ向けとなっており、それぞれ10%程度です。
日本のODA実施の背景には、戦後賠償という側面もありました。日本は、1954年、ビルマとの間で賠償・経済協力協定を締結した後、インドネシア、フィリピン、ベトナムとの間でも同様の協定を結びました。
また、戦後処理の一環として、賠償請求権を放棄したカンボジア・ラオス・マレ-シア・シンガポ-ルに加えて、韓国・ミクロネシア・モンゴルに対しても無償援助などを行いました。現在の日本のODAがアジアを重視しているのはこうした歴史的経緯があるのです。
一方、日本は*アフリカ開発会議(TICAD)を主催しているため、援助額に関してアフリカ地域へ大きな配慮もなされています。
*アフリカ開発会議(TICAD/ティカッド)
アフリカの開発をテーマとする国際会議で、1993年創設から日本政府が主導し、2013年までは5年ごと、それ以降は3年ごとに会議が行われている。
- 二国間援助の占める割合が多い
二国間援助(贈与・円借款)と国際機関を通じた援助(国際機関向け支出・出資等)の比率は、平均で4対1(2国間援助が75%)となっています。
- 無償援助の割合が相対的に低い
DAC諸国の無償資金協力は、ODA全体の約50%、有償資金協力は約13%であるのに対して、日本の場合、無償資金協力は約21%、有償資金協力(円借款)は約38%となっています。
ただし、日本の円借款は、その95%以上が、援助に必要とされる資材やサービスの調達先が自由でオープンな「アンタイド(ひもなし)援助」という特徴があります。
タイドとアンタイド
タイド援助(ひもつき援助)は、ODAにともなう物資やサービスの調達先が援助供与国に限定されるなどの条件が付く援助形態で、アンタイド(ひもなし)はそうした条件がつきません。ちなみに、有償資金援助に占めるアンタイド援助の割合は、DAC諸国平均85%、アメリカ35%となっています。
グラント・エレメント
グラント・エレメント(GE) (贈与要素)は、資金支援を行う援助条件がどれほど緩い条件であるかを示す指標で、言い換えれば、被援助国の負担の低さを示す指標のことをいいます。
DAC統計では、商業条件(金利10%と仮定)の借款を参照条件として、完全に贈与(返済額ゼロ)となる場合、GEは100%で、逆に、完全に商業貸し付けと等しい条件(利率10%の借款)である場合にはGEは0%となります。
日本のグラント・エレメント(GE)は、約80%で、他の先進国(DAC諸国)と比較すると低い水準です。これは、贈与(無償援助)が他の先進国と比較して少ないからだと考えられています。
ちなみに、円借款 は、グラント・エレメント(GE)が25%以上の貸付と定義付けられており、逆に、GEが25%未満であれば、ODAの条件を満たさず、「その他政府資金(OOF)」に分類されます。
<ODA大綱から開発協力大綱へ>
ODA(政府開発援助)大綱は、ODAに関する基本理念や重点事項などに関する政府の対外支援の指針で、1992年6月に、宮沢喜一内閣が最初のODA大綱を閣議決定し、*ODA四原則を発表しました。背景には、湾岸戦争を機に、冷戦終結後の援助対外戦略の見直しを行い、ODAを外交政策に活用しようとする意図がありました。
*ODA四原則
- 環境と開発の両立
- 軍事的用途への不使用
- 軍事支出、ミサイル開発・製造などの動向に注意
- 民主化の促進に注意
その後、ODA大綱は、小泉純一郎内閣の2003年8月、安倍晋三内閣の2015年2月、岸田文雄内閣の2023年5月にそれぞれ改訂されました。
改定ODA大綱(03年)
ODAを紛争の予防や紛争後の平和定着の手段として能動的に使用することを目的とし、限りある資金を日本の国益に結びつけ、戦略的に使う意向が示されました。具体的には、従来の四原則は堅持しつつも、人道主義的性質を強化、「*人間の安全保障」「平和の構築」など、新たな視点が盛り込まれました。
*人間の安全保障
グローバル化が進む世界では、紛争や難民、感染症や環境破壊などの脅威が簡単に国境を超え、一つの国家だけではこうした脅威から人々を守りきれない。そこで、人々を襲う多様な脅威に地球規模で取り組もうとする考え方を言う。
改定ODA大綱(15年)
「ODA大綱」の名称は、より幅広い概念を示す「開発協力大綱」に変更されました。新大綱では、自由や民主主義といった「普遍的価値の共有」を対外協力の重点課題にし、日本の安全保障や経済成長に役立つ対外援助を行う方針が鮮明に示されました。
具体的には、①インフラ整備や国境警備の強化など、非軍事分野での他国軍への支援、②これまで原則として支援対象ではなかった所得水準が高い、カリフ地域の島しょ国や中東湾岸諸国へ協力などがあげられます。
改定「開発協力大綱」(23年)
開発協力の効果的・戦略的活用が打ち出され、相手国の要請を待たずに開発協力のメニューを積極的に提案する「オファー型」支援を強化することや、国連目標の国民総所得(GNI)比0.7%を念頭に、ODA予算拡充の方針が初めて明記されました(ただし、時期については言及なし)。
<OSAの創設>
OSA(政府安全保障能力強化支援)は、民主主義や法の支配といった価値観を共有する途上国を「同志国」と位置づけ、防衛装備移転3原則の範囲内で、同志国の軍に防衛装備品・資機材の供与や、軍が使う空港や港湾といったインフラ整備を無償で行う資金協力の枠組みです。
言わば、ODAの対象とならない軍事関連の支援に特化した取り組みで、2022年12月改定の国家安全保障戦略(NSS)において、ODAとは別に、OSAが打ち出されました。
海洋進出を強める中国を念頭に、関係強化が期待できるアジアや太平洋島しょ国への支援を想定しており、OSA第1弾の対象国は、フィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジー4か国などとする方向です。
OSAが供与する装備品等は、「防衛装備移転三原則」の枠内で行うため、殺傷能力のある武器は原則提供できず、軍への警戒監視用レーダー、船舶用通信システムなどが供与される予定です。
なお、OSAの基本方針を盛り込んだ運用指針は、国家安全保障会議(NSC)に諮った上で決定されます。