出雲神在祭:八百万の神が出雲に集結!

 

出雲大社に近い稲佐(いなさ)の浜は、有名な「国譲りの神話」の舞台ですが、旧暦10月に、全国の八百万(やおよろず)の神が、この稲佐の浜から、出雲の社に集まり、人の縁にかかわる万事諸事について、神議り(会議)をなさると伝えられています。この旧暦10月は、出雲に神々が集結して、全国的に留守にされるので、神無月(かむなづき)、出雲地方では神在月と呼ばれます。

 

この伝承を受けて、全国の神々が集う出雲の各神社では、神々を迎える「神迎祭(かみむかえさい)」、中心の神事である「神在祭(かみありさい)」、神々をお見送りする「神等去出祭(からさでさい)」と呼ばれる神事が営まれます。今回は、「神在祭」を中心に出雲大社における祭事についてまとめました。

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

  • 神迎祭(かみむかえさい)

 

神迎祭は、記紀神話の「八百万神」が全国から島根県の出雲大社へ年に1度集まるとされる旧暦10月10日夜、稲佐の浜から始まります。その式次第は次のような形で実施されていきます。

 

浜辺にしめ縄で囲った斎場が設けられ、全国からやってくる神々の目印となるように、かがり火(御神火)が焚かれます。斎場の中には、神籬(ひもろぎ)(神社以外の場所で祭祀を行う場合、臨時に神を迎えるための依り代となるもの)と呼ばれる榊(さかき)2本と、その傍らに神々の先導役となる龍蛇神が海に向かって配置され、海から来られる八百万の神々に対して、神職が祝詞をあげて迎えます。

 

竜蛇神(りゅうじゃじん)とは、豊作や、豊漁・家門繁栄などの篤い信仰がある神々です。

 

この神事の後は、神職が、神々の乗り移った「神籬(ひもろぎ)」を絹垣(きぬがき)で覆います。そして、神聖な植物とされる菰(こも)(わらでつくられたむしろ)が敷かれた「神迎の道」約2キロを、高張提灯が並び奏楽が奏でられる中、龍蛇神の先導の元、八百万の神々は出雲大社まで進みまれます。浜から出雲大社への「神迎の道」は、延々と行列が続くそうです。

 

この後、出雲大社神楽殿において、国造(こくそう)(出雲大社の宮司)以下、全祀職の奉仕により歓迎の「神迎祭」が執り行われます。神迎祭が終わると、神々は、旅宿社(御宿社)(神々が宿泊する宿)である東西の十九社(じゅうくしゃ)」に、「神籬(ひもろぎ)」が奉安され、鎮まられます。

 

この時、出雲に集まる八百万の神々は、「国津神(くにつかみ)」という日本の国土に土着する神さまで、伊勢神宮に祀られている天照大神や、神々が住んでいるといわれる高天原(たかまのはら)にいる「天津神(あまつかみ)」は集まらないとされています。

 

 

  • 神在祭(かみありさい)

 

全国の神々は、旧暦10月11日から17日まで7日間、稲佐の浜に程近い、出雲大社西方950mに位置する出雲大社の摂社「上の宮(仮宮)(かみのみや)」で、神事(幽業)(かみごと)を、神議り(かむはかり)にかけて決められます。大国主命を主宰にしてなされる「神議(かみはかり)」は、1年間の縁結びや来年の収穫など諸事が話し合われます。

 

縁結びの神議りの様子については、「大社縁結図」(島根県立古代出雲歴史博物館所蔵)に、神々が、木の札にそれぞれ男女の名前を書き、相談してカップルを決めたあと、男女の札を結びつけて「縁結び」しているところが描かれていますが、縁結びは、単に男女のご縁だけではなく、近隣や職場、事業など人々を取り巻くあらゆる繋がりのご縁のことを指します。

 

では、そもそも、どうして、八百万の神が、出雲大社に一堂に会するようになったかというと、出雲大社の主祭神、大国主大神にはたくさんの子供がいて、大国主大神は、その子供達を日本各地に、派遣し、治めさせていたそうなのです。その大国主大神の子どもたち(やがて日本各地の「八百万の神」も)1年に1度「出雲大社」に戻り、1年間の報告と、来年の人々の「縁」や農業について話し合いをするようになった(やがて日本各地の「八百万の神」も集まるようになった)のが、神在祭の起源とされています。

 

一方、御宿社となる出雲大社御本殿の両側にある「十九社(じゅうくしゃ)」などでも、様々な神議(はか)りが行われる「神在祭」に併せて、連日お祭りが行われます。例えば、「縁結大祭(えんむすびたいさい)」と呼ばれるお祭りが旧暦10月15日と17日にご本殿であり、大国主大神をはじめ全国より集われた八百万の神々に対し、「良縁」を祈願する祝詞が奏上されます。

 

一方、地元出雲の人々にとって、この期間は、神々の会議や宿泊に粗相がないように、楽器を弾かず、家を建築しないなど、静かに謹んで暮らすことが求められているので、神在祭の間を「お忌みさん」と呼ばれ、神在祭そのものも、「御忌祭(おいみさい)」ともいわれています。

 

 

  • 神等去出祭(からさでさい)

 

神等去出祭は、旧暦の10月17日と26日の2回にわたり行われ、17日は、人々のご縁を結ぶなどの神議(かみはかり)を終えた神々を見送る神事です。午後4時すぎ、全国から集まった八百万の神々は、宿泊場所とされる出雲大社境内にある東西の「十九社(じゅうくしゃ)」から拝殿に移られます。その際、「十九社」にあった神籬(ひもろぎ)が絹垣に囲まれて移動されます。拝殿の祭壇に2本の神籬、龍蛇、餅が供えられ祝詞が奏上されます。その後、1人の神官が本殿楼門に向かい門の扉を三度叩きつつ「お立ち~、お立ち~」と唱えると、その瞬間に神々は神籬を離れ出雲大社を去られるそうです。

 

旧暦17日が大社からお立ちになる日だとすると、26日は神々が出雲の国を去られる日です。その祭典は、特に神様が出雲の地を去られたということを大国主大神に報告する儀式です。そして、すべての神事が終わると、神々は、帰郷前の酒宴会場として立ち寄られる万九千(まくせのやしろ)神社からそれぞれの国に還られるとされています。

 

なお、出雲大社の他に、日御碕神社や朝山神社、神原神社、神魂神社、多賀神社、佐太神社(これらの神社は総称して「神在社」という)でも神在祭が行われます。例えば、日御碕神社(ひのみさきじんじゃ)は、日本の夜を守る神社として知られています(昼を守るのは伊勢神宮)。

 

 

<参考記事>

出雲大社:大国主大神を祭る!起源は天日隅宮

 

 

<参照>

八百万の神々、出迎え厳か 出雲大社「神迎神事」

(山陰中央新報2019/11/7)

稲佐の浜で八百万神お迎え、島根 出雲大社近くで神事

(2019年11月6日 秋田魁新報)

島根 神々が旅立ち、「神在月」の出雲大社

(2019年11月14日、朝日)

「神在月」出雲観光ガイド

出雲大社 ご縁参りへ行こう!出雲大社旅行・出雲大社 … – HIS

【神無月】には【神在月】の出雲に行き縁結大祭(えんむすびたいさい)で良縁を!

Wikipediaなど

 

(2019年11月28日、最終更新日2022年6月10日)