『日本の農業 その現実と未来』のテーマで、「農政」、「食料安保」、「食の安全」に区分しながら、日本の農業をさまざまな観点から解説しています(シリーズの他の投稿記事については、末尾の「関連投稿」欄を参照下さい)。
令和のコメ騒動において、コメの価格高騰の原因の一つに、国の減反政策があると指摘されています。これまで「農政」に関してみてきた中でも、減反政策について断片的に言及してきましたが、今回は、「農政」に関する最後のテーマとして、この「減反政策」について、できる限り体系的に説明したいと思います。
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◆ 減反政策の始まり
減反政策とは、コメ余り問題を解消するべく、コメの作付面積を制限して生産量を抑制 する制度です。このコメの生産調整がはじまった1970年までの経緯について、まずみてみましょう。
政府がコメを農家からすべて買い上げて、国民に公平に配給するという食糧管理制度(食管制度)ができたのは戦時中の1942年、戦後も食管制度は継続されました(1995年まで実施)。
そんな食糧管理制度の下で、1960年代から70年代にかけて、激しい米価引き上げ運動が繰り広げられました。コメをもっと高い価格で買ってもらいたい農家(JAなど農業団体)は、毎年6~7月頃、陳情に霞が関や永田町に押し寄せ、その周辺は、農家のムシロ旗で囲まれました。これに対して、農民票が欲しい自民党は、その圧力に負けて、米価はどんどん上昇していきました。
しかし、農家保護のために米価が引き上げられれば、それだけ、農家は生産量が増やしていきました。この結果、政府は大量の過剰米在庫を抱えこみ、二次にわたり3兆円もの財政負担をして、家畜のエサ用などに過剰米を安く処分しました。
こうした処置を繰り返したくない政府は、農家に補助金を出してコメの生産を減少させ、政府が買い入れる量を制限しようとしました。これが減反政策の始まりです。正確には、1970年の「総合農政の基本方針」の中で、コメの需給調整(減反政策)が決定されました。
◆ 減反政策と転作補助金
しかし当時の食管制度の下、JA農協は「全量政府買入れ」を主張して簡単に減反に応じませんでしたが、交渉の結果、減反に応じる代わりに、多額の減反補助金を要求し、一定の水準で妥協しました。
これによって、減反政策の基本は補助金で、コメの生産(供給)を減少させて米価を市場で決まる水準より高く維持することが了解されたのです。
転作補助金の実態
減反政策(生産調整)の実施に当たり、最初は田んぼの休耕も認めていましたが、なにも作物を生産しないのに補助金を出すというのでは、世間の批判を浴びるとして、麦や大豆などに転作することを補助金給付の条件としました。
具体的には、麦や大豆などに転作した場合に、主食用のコメと他の作物との収益の格差を補助金として農家に与えることとした(麦や大豆を作っても主食用のコメと同じ収益を得られるようにした)のです。これは、食料自給率向上の手段としても利用されました。
しかし、多くの兼業農家は、他の作物を栽培する技術がないので、減反補助金をもらうため、植え付けても収穫しない“捨て作り”という対応をとる農家がでてきました。それでもコメを作らないという減反政策の目的は達成できるため、政府は見て見ぬふりをして、こうした兼業農家にも補助金を支給してきました。
そこで、コメ農家なのだから、麦は作れなくてもコメは作れるはずだとして、主食用以外の用途のコメを転作作物として補助金を交付するようになりました。
最初は、価格差がそれほど大きくない米菓(あられ・せんべい)用を認め、これを順次拡大し、2007年には、大幅な価格差が存在するエサ米までも転作作物として認め、減反補助金を払うこととしたのです。専門家の試算によれば、約900億円の財政負担で生産しているエサ米は約74万トンですが、この金で250万~400万トンのトウモロコシを輸入できるそうです。
また、政府は、当初の目的通り、食料自給率を向上させるという名目で、ほかに作物に転作する場合、水田での麦や大豆等の生産に毎年約2500億円の税金を投入しました。しかし、これで作られる麦は約60万トン、大豆は約20万トンでしかありません。2500億円あれば、700万トンの小麦を輸入できると言われています。
◆ 減反政策の仕組みとその変遷
1970年〜2003年
農水省は、減反目標面積を農家まで配分していました。この時期は、食糧管理制度が継続されていたため、農家の水田面積から減反目標面積を差し引き、これに単位面積当たりの収量を乗じたものを政府が買い入れる数量としていました。
また、減反補助金は、減反目標面積を全て遵守する農家にしか交付されませんでした。1978年からは、減反目標面積を遵守しない地域や農家には、翌年の減反目標面積を加重(コメの生産目標数量を減少)させたり、機械などの補助金を交付しなかったりといった「ペナルティ(罰則)」を課すという方法をとりました。
この時期の減反には、価格維持という役割はありませんでした。米価は食糧管理制度の下で政府が決めていたからです。
しかし、1995年に、食糧管理制度が廃止されて以降、減反が価格支持の役割を果たすことになりました。農家に補助金を出して供給量を削減すれば、米価は、市場の需給関係で決まるので、市場で決定される以上の水準となります。
実は、それまで政府への販売量を増やすため減反反対を唱えていたJA農協が、減反政策の積極的な支持へ立場を変更したのは、食管制度が廃止されてからのことです。減反政策が、米価維持の唯一の手段となったからですね。
2004年〜2017年
農水省は、2003年までは「減反目標面積」を農家まで配分していましたが、2004年からはコメをどれだけ作るかという「生産目標数量」を農家に配分する形に名目上、変化させました。名目上と言ったのは、実際には04年以降も、農家には同時に減反目標面積が配分されていたと言われているからです。
民主党政権下のコメ政策
民主党政権(2009.8〜2012.12)は、2010年、コメの生産目標数量と関連していた罰則措置を廃止し、農家が生産目標数量を守らなくても、減反しコメ以外のものを作付した面積の部分には、減反補助金を交付することにしました。
たとえば、減反目標面積0.5ヘクタールがあったとして、0.3ヘクタールでも減反していれば、0.2ヘクタール分の補助金支払う仕組みに緩和したのです。さらに、生産目標数量を遵守する農家に、コメ作付面積に応じて10アールあたり1万5000円という戸別所得補償までも導入しました。
減反することが条件の戸別補償を始めてから過剰作付けが半分以下に減ったとされ、これらの政策によって、これまで減反に参加しなかった農家も参加するようになったことがわかります。
農家にとっては願ってもない政策であったようで、農民票が民主党に流れ、政権交代が実現した一因とも言えます。
「減反政策を廃止する…」
2013年11月、政権を奪還した自民党の安倍政権は、減反政策を5年後の2018年に廃止することを決定しました。
また、民主党政権時代の戸別所得補償を「バラマキだ」と批判し、これまで減反に協力してきた農家に払われてきた10アールあたり1万5千円の戸別所得補償を2014年に半減させたのち、徐々に減額して、2018年に廃止しました。
生産目標数量に応じて減反を実施した、農家への戸別所得補償が廃止されることは、生産目標数量の配分が2018年から全く意味のないものとなってしまうので、生産目標数の配分は廃止されました。つまり、安倍内閣による減反政策の廃止とは、生産目標数量を廃止することでした。逆に、減反政策の核心である転作補助金の方は継続され、むしろ拡大しました。
2018〜現在まで
いずれにしても、1971年から50年近く実施された減反政策は、2018年に廃止されたと位置づけられていますが、「減反廃止」後も、「事実上の減反政策」は継続しています。
生産目標数量を廃止されても、農水省は適正生産量(生産量の目安)を示しています。これに基づいて都道府県や市町村レベルで、JA農協と自治体から成る協議会が生産の目標を農家に通知し、農家の自主的な判断で生産が行われています(農家は、国や農協から指導されている)。
また、前述したように、水田を使ったほかの作物への転作補助金は継続され(毎年3500億円を支出)、「水田利活用」(水田を米以外の作物に活用する)という名の実質的な減反が継続・拡充しています。たとえば、コメに代わり麦や大豆などを生産する転作農家や、主食用以外のコメ農家への転作補助金は、10アールあたり8万円から最大10万5千円に増加しています。
なお、「主食用以外のコメ」とは、加工用(菓子類など米製品の原料)のコメや、家畜の飼料用の米(エサ米)などをさします。
こうした政策によって、米価を安定させるために主食用米の生産が増えないようにした結果、コメの生産量は、いまだに右肩下がりとなっています。農林水産省の統計によると、1970年に1253万トンだったコメの生産量は、50年後の2020年には776万トンにまで減少しました。
2024年に成立した「農政の憲法」と称される食料・農業・農村基本法の改正で、「水田の畑地化」が明記され、事実上の減反推進を謳われています。
◆ 減反政策の廃止とJA農協
令和のコメ騒動による米価高騰の根本的原因は、「廃止」を宣言しても、事実上、継続している減反政策であるとの見方が支配的です。専門家の試算によれば、減反を廃止し、すべての水田を主食米の生産に充てれば、1700万tの生産が可能になります。最近のコメの消費量は700万t程度なので、1000万tを輸出できる計算です。
減反政策をやめれば、生産量は増加し、コメの価格は下がります。米価が下がれば、日本米は海外で人気を博しているので、コメは立派な輸出品になることが期待できます。
現在、国民はコメの転作補助金、備蓄米およびミニマムアクセス米輸入のために、合計4500億円の税負担を強いられていますが、減反政策をやめれば、この負担もなくなります。
その一方で、減反廃止によって、コメの価格が低下すると、一部の農家は採算が取れなくなる可能性があるので、一定の期間は何らかの所得補償が採られることがのぞまれます。
このように、減反政策を止めることが、高騰している米価を下げることにつながるのですが、それができないのは、前回の投稿記事で詳説した「農政のトライアングル」にともなうJA農協の強力な政治力にあります。
2025年8月、石破政権は、コメ増産の方針転換を示しましたが、実現できるかは不透明な状況です。
(関連投稿)
『日本の農業、その現実と未来』シリーズ
農政
食料安保
食の安全
(参照)
農協60年ぶり改革 JA全中、指導権廃止を受諾
(2015年2月9日、日経)
『令和のコメ騒動』(2)コメ価格の一般的な決まり方:食料自給率と安全保障(第11回)
(2025.311、三菱総合研究所)
農政は変わるか 「トライアングル」の行方
(2025年2月26日、NHK、視点・論点)
食料・農業・農村基本法見直し(5)農政トライアングルを壊そう
(2024.05.31、キャノングローバル戦略研究所)
JAがコメ高騰の主因か 農水省と自民農林族の「トライアングル」元凶
(2025/5/22、産経)
「コメ価格2倍高騰」の裏に“JAの政治力”。元日銀副総裁が明かす「減反政策の真実」と1700万トン生産の可能性
(2025年05月21日、SPA!)
Wikipediaなど
(投稿日:2025.8.27)