急がれる食料安全保障政策の構築

 

『日本の農業  その現実と未来』をテーマに、「農政」、「食料安保」、「食の安全」の観点から、日本の農業について解説しています(シリーズの他の投稿記事については、末尾の「関連投稿」欄を参照下さい)。

 

ロシアによるウクライナ侵攻を契機に、食料の安定供給の重要性が高まっています。また、中国の軍備拡大が進む中、「台湾有事」がもし現実化した場合、日本の食糧安全保障は大丈夫なのかという懸念の声も聞かれるようになりました。今回は、「食料安保」に関して、文字通り、日本の食料安全保障について考えます。

 

ただし、食料安保とひとことで言っても、その内容は膨大になるので、ここでは、食料安保についての問題意識を明らかにすること目的としてまとめました。

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

<今、食料安全保障が求められる理由>

 

◆ 食料安全保障の意味

 

食料安全保障とは、国民が将来にわたって安定的に、十分な量の安全な食料を確保できる状態を指し、量的充足以外にも以下の3つの要素で構成されます。

 

  • アクセス : 人々が物理的、社会的に食料を入手できること。
  • 利用 : 食料を適切に利用し、栄養を摂取できること。
  • 安定性 : 食料が安定的に供給され、価格が変動しすぎないこと。

 

食料安保は、国民の生存と健康的な生活の基盤となるため、国が責任を持って取り組むべき課題とされています。

 

冒頭でもふれたように、ロシアによるウクライナ侵攻以来、世界が食料危機に陥る懸念が叫ばれ、食糧安全保障が世界中でとりあげられるようになりました。

 

しかし、日本では国の安全保障に関して、「軍事・外交的な安全保障」や「経済安全保障」が声高に叫ばれても、「食料安全保障」が強調されることは、これまであまりありませんでした。

 

実際、日本の食料自給率は38%(2023年)と、先進国でかなり低いレベルにあり、古くから、安全保障上の高いリスクとして指摘されていたにもかかわらず、軍事・外交的な安全保障の重要性のみが説かれてきました。

 

日本人は食糧安全保障に無関心と言われ、政府からもこれまで、効果的な政策は出てきていません。食料の自給は、国民の命を直接左右するものであり、ある意味では防衛やエネルギー資源以上に意識しなければならないものです。

 

たとえば、台湾有事になり、中国が日本への経済制裁に踏み切り、シーレーンも閉ざされ、輸入がままならなくなった場合、自給率が40%にも満たない国がどれだけ持ちこたえられるでしょうか?

 

「腹が減っては戦はできぬ」ではないですが、戦争となったとき、兵站(=食料安保)がしっかりしていなければ、戦うことすらできなくなります(=国民の命も守れない)。太平洋戦争において、約230万人が犠牲になりましたが、そのうち、戦闘死より、餓死した兵士が半分以上だったと言われています。

 

今後、ウクライナやイスラエルでの戦争の拡大、台湾有事など戦争によるシーレーンの寸断、新たな感染症の流行、世界的な人口増による食料需要の増大、気候変動による生産量の減少が懸念されるなか、食料自給率が低い日本には、「食の安全保障」体制の確立と日常的な危機管理が不可欠です。

 

2024年5月、国会にて、農政の憲法である「食料・農業・農村基本法」の大幅な改正案が、1999年の制定以来、実に25年ぶりに成立しました。そこには、それまでの輸入を含む食材の確保を意味する「食料の安定供給」という言葉が「食料安全保障」に置き換えられ、世界情勢の中で日本がどう食料を確保していくかがようやく問われました。

 

◆ 中国の食料安全保障戦略

 

では、隣国中国は、食糧安全保障についてどのように取り組んでいるのでしょうか?当然、中国は、「台湾有事」の当事者の片方になるわけですが、台湾有事があろうとなかろうと、2004年以降、中国にとっての最重要課題である「三農」(農業・農村・農民)対策の一環として、食糧安全保障を重点政策の一つに位置づけ、「食料の増産」と「自給率の向上」に邁進してきました。

 

結果として、中国の食料自給率は、コメ、小麦については長期にわたって95%以上を確保し、トウモロコシを含めても約90%、さらに従来輸入に頼ってきた大豆もこのところ国内生産の増加に努めています。全体の食糧生産量も、2018年以降、毎年年6億5000万トンを超え、2024年には7億トンの大台に達しました。

 

このように、中国は現在の緊迫化する国際情勢の中で、農業振興にまい進しているのに対して、日本は、同じ国際環境下にありながら、農家の所得を支え、コメの高価格を維持するために、実質的な減反政策を続けています(同じ期間、日本コメの年間生産量は、約780万トンから715万トンにまで減少している)。

 

 

<現実に有事が発生したら…>

 

アメリカのラトガース大学の研究者が、2022年8月、15kt(広島に投下された原子爆弾と同規模)の核兵器100発が使用される核戦争が勃発した場合、直接的な被爆による死者は2,700万人となり、その2年後、「核の冬」による食料生産の減少や物流停止による食料不足で、世界全体で少なくとも2億5500万人の餓死者が出ると推定、その約3割(日本の人口の約6割に相当する7200万人)が食料自給率の低い日本に集中するという内容の試算を発表しました。

 

実際、核戦争に限らず、何か有事が起きて物流が滞ってしまえば、日本が真っ先に食料不足に陥り、日本人の6割が餓死の危機にさらされることは、当然想定される事態です。日本にとっての最悪のシナリオは、やはり、台湾有事でシーレーン(海上交通路)が封鎖される場合です。

 

◆ 最低限必要な食料水準

(農水乗のシュミレーション)

 

まず、輸入途絶という危機が起きたときに、国民が餓死しないために、どれだけの食料(特に、米、小麦などカロリーを供給する穀物)が必要なのでしょうか?

 

物流が停止した場合、日本の品目別の自給率を考慮すると、小麦や牛肉だけでなく、トウモロコシや大麦も輸入できなくなります。そうすると、日本の畜産は壊滅し、輸入物だけでなく、国産の畜産物、牛肉、豚肉、鶏肉、卵、牛乳・乳製品も食べられなくなります。生き延びるために、米とイモ主体の終戦後の食生活のように、最低限のカロリーを摂取できる程度の食生活を送るしかなくなることが想定されます。

 

農水省も、もし日本で食料危機に陥った場合でも、国民が生きていけるかをシミュレーションしています。

 

たとえば、食料品の輸入がストップした状況で、国内生産の食料のみで日本人が十分にカロリー摂取できるメニューについて、農水省は、カロリーの高い焼き芋や粉吹き芋などの「イモ類」を主食にして、以下のような、毎食のようにイモを食べる「イモ類中心」の食生活を提案しています。

 

朝食のおかずは、粉吹き芋とぬか漬け。

昼食は、焼き芋と蒸(ふ)かし芋と果物。

夕食のおかずは、焼き芋と焼き魚。

 

三食ともに芋中心で、小麦やコメは、1日1杯程度に抑え、牛乳は5日に1杯、焼肉は19日に1皿、卵は3カ月に1個、というような食生活に切り替えていくことになるとしています。まさに、戦時体制のような時代に戻ることになってしまいます。

(農林水産省「食料自給率及び食料自給力の検証、2019年11月」より)。

 

当時のコメの一人一日当たりの配給は標準的な人で2合3勺 (しゃく)(=330g)だったとされ、年間では120㎏となります。1億2550万人に2合3勺の米を配給するためには、玄米で1500万〜1600万トンの供給が必要となる計算です。

 

現在、コメ離れで、これほどコメは食べられていませんが(米の消費量は年間およそ50.7㎏)、コメ以外の食物の低い自給率の現状を考えれば、危機時のコメの消費量が増えることは間違いありません。

 

◆ 最悪のシナリオ

 

しかし、農林水産省とJA農協は、減反で毎年米生産を減少させ、主食用米(2022年産)はピーク時の半分以下の675万トン以下に供給を抑えようとしています。今、輸入途絶という危機が起きると、エサ米や政府備蓄の米を含めて必要量の半分に相当する800万トン程度の米しか食べられないことになるとされています。

 

また、現在、政府は、かつてあった配給通帳を用意していません。食料危機が起きてから、1億2550万人用に印刷して配布したのでは、危機対応に間に合いません。配給制度がなかったら、米価はさらに高騰し、その価格で購入できる資力のある人たちしかコメを買うことができなくなります。

 

さらに、シーレーンが破壊されると石油も輸入できません。石油がなければ、肥料、農薬も供給(輸入)できず、農業機械も動かせないので、単位面積当たりの収穫量(単収)は大幅に低下することは必至です。危機が長引いた場合、現状の農地面積では、現在の米の生産量約700万トンさえ生産・確保できない事態に陥るのです。

 

コメ以外の食材を食べることができるかといえば、終戦後は、小麦から作った「すいとん」という非常食がありましたが、麦生産も減少しているので、国民に戦後ほどの麦は供給できません。米の代用食としての「すいとん」も満足に食べられない状況です。

 

かろうじて魚は供給できるかもしれませんが、石油がなければ、漁船は操業できないので、漁獲量は大幅に低下するとみられています。

 

◆ 最悪なシナリオへの対応

 

海外からの食糧品が入ってこないことが明らかになった場合、速やかに全国の農地で、カロリーの高いイモの栽培を始めなければなりません。しかも、現在のような単収が期待できない以上、より多くの農地(農業資源)が必要となります。

 

現在の農地と食料自給に必要な農地との差は、九州と四国を合わせた面積に相当する600万ヘクタールを超えると試算されています。こうした膨大な農地を作り出すには限界があります。仮に農地など農業資源を確保しても、平時のような生産は期待できません。

 

農地を確保するため、ゴルフ場、公園や小学校の運動場などを農地に転換しなければならなくなります。

 

終戦時、国民は小学校の運動場をイモ畑にして飢えをしのぎました。しかし、現在の都市の小学校の運動場はアスファルトで覆われ、土壌の生物等もいない死んだ土地となっており、イモも植えられない状態です。

 

また、国土自体が戦場となる場合には、国内生産はいっそう深刻なダメージを受けます。これに対処するためには、平時における米の生産・輸出を、大幅に増やしておくしかありません。

 

さらに、農林水産省は、今の農地にイモを植えれば必要なカロリーは賄えると言いますが、それは、石油や、機械、化学肥料、農薬も、現在のように使えるという前提に立った試算です。

 

たとえば、危機時には、これらを輸入できないとなれば、農作業も人力や家畜の労力に頼ることになるでしょう。また、機械、化学肥料、農薬が使えない以上、労働でこれらを代替しなければなりません。

 

終戦時には1600万を超える農民がいましたが、今は約250万人しかいません。田植え機が使用できないので、手植えになりますが、彼らは農業機械等を使えない農業を経験していません。

 

◆ 農産物の備蓄

 

農水省は、いざというときに備えて、農産物備蓄を行っていますが、次の3品目しか備蓄がない状態です。

 

コメ(政府備蓄):年間消費量の約1~2か月分に相当する適正備蓄水準100万トン
食糧用小麦(外国産小麦):需要量の2~3カ月分
飼料穀物:国全体としてトウモロコシ等の飼料穀物100万トン程度を民間備蓄

 

小麦と飼料穀物は、民間にお願いベースでの「備蓄」も含まれているので、政府が単独で食糧を備蓄しているのはコメのみという状況です。また、小麦、トウモロコシ等の大量備蓄も必要であるのと同様に、タンパク質の供給源として大豆の備蓄も必須です。

 

これまで、農政は食料安全保障という概念を農業保護の方便として利用してきただけで、食料有事に備えた現実的・具体的な対策はほとんど検討していません。

 

危機時に混乱が生じないように、どこをどれだけ農地に転換していくのか、どのようにして土地の所有者や利用者の承諾を得るのかなども含めて、危機が起きる前に真剣に検討、マニュアルを詳細に決定し、それを国民に周知徹底する必要があると指摘されています。

 

そうなると、戦争になる、ならないにかかわらず、これまでやってこなかった大量な備蓄に、持ちこたえられるような保管施設も用意することも重要になってきます。

 

このように、農林水産省やJA農協が担っていた農政の結果、日本の食料安全保障は危機的な状況になっています。

 

 

<日本の食料安保確立のために>

 

まず、食料安全保障を確保するためには、国際的にみても低水準の食糧自給率を回復させなければなりません。

 

◆ 減反政策の廃止と増産体制

 

そのために、主食の米の減反をただちに廃止して、コメや麦・大豆など主要農産物を増産して、食料自給率100%をめざすことが望まれます。

 

ただし、コメも麦も一年一作であり、すぐに作って増やせるものではありません。種籾をすぐに工面して翌年産の米を増産しようとしても、収穫は翌年の9月まで待たなければなりません。とりわけ、湿気を嫌う小麦や大豆を安定的に生産するには、農地の改良から始めなければならず、作り方を知らない農家も多くいます。

 

現実的に考えれば、食料自給率が目に見えて上がりだすにも3〜5年後とも言われています。そうなると、現状、緊急事態への備えという意味では、残念ながら、外国産の小麦、大豆、トウモロコシ等を輸入して備蓄せざるをえなくなります(小麦とトウモロコシについては今の政府備蓄の数倍、大豆にいたってはゼロからの備蓄していかなければならない)。

 

輸入食品に頼るとなると、その多くはアメリカからやってきます。日本にとって、アメリカは日本の農産物輸入の25%近くを占める最大の輸入国で、農産物輸入のうち、小麦が約45%、トウモロコシと大豆は約75%がアメリカ産です。

 

しかし、そこで問題になるのは、農水省は安全だと否定していますが、大量に流入してくるアメリカからの輸入食料が、成長ホルモン牛肉や豚肉、農薬にまみれた遺伝子組換えの農産物(GM作物)など「危険食品」であるということです。

 

それでも、現状、食料安全保障の観点から無防備な状態にある日本にとって、食料自給率が80〜100%近くにまであがるまでの間は、米国産の危険食品も、備蓄品として受け入れ、危機の際には、それらをとり崩して生き延びるしかないという、厳しい現実に、私たち日本人は直面しているのです。

 

ですから、長期的な食料安保戦略としては、備蓄の体制は整えた上で、今、かりにコストがかかっても、たとえばGMフリーの安全な国産の農作物と種で、食料自給率100%をめざしていくことが理想です。

 

◆ 農地の確保

 

また、食料自給率を高めるためには、農地も確保しておかなければなりません。戦後直後、飢餓が生じた当時、人口7200万人、農地600万ヘクタールありました。これを、現在の人口およそ1億2500万人で換算すれば、当時の600万ヘクタールに相当する農地面積は、1050万ヘクタールとなります。

 

しかし、日本の農地は、宅地への転用や減反、さらには耕作放棄地などの影響で、1961年に比べる38%減少し、435万ヘクタールしかありません。この水準では、国民に必要なカロリーの半分も供給できない状況です。

 

失った農地は戻ってきませんが、今からできることは、欧州のように、確固たるゾーニング(区画分け)を導入して、食料安全保障のために農地資源を確保していくことです。

 

日本にはさいわい、「農業振興地域の整備に関する法律」によるゾーニングがあり、この法律に基づくゾーニング地域では、補助金が受けられる反面、農地の転用はできない仕組みになっています。

 

逆にいえば、ゾーニングで農地を守らなかった農水省は大罪を犯していたともいえます。まさに、低水準の食料自給率とともに、絶望的な食料安全保障の現状に至らしめたのは、ほぼ無作為のまま引っ張ってきた政府・農水省の責任です。

 

 

(関連投稿)

『日本の農業、その現実と未来』シリーズ

農政

農協(JA)とは、どういう組織な』のか?

コメの価格が決まる仕組み

農政のトライアングル 農政の失敗の元凶!?

やめられない減反政策

農業人口の減少と企業参入

 

食料安保

急がれる食料安全保障政策の構築

日本の食料自給率を考える

種子法の復活を!

 

食の安全

「農薬大国」日本の実態

「食品添加物大国」日本の実態

食品添加物の「無添加・不使用」表示が消える!?

問われ続ける遺伝子組換えの安全性

日本の遺伝子組み換え (GM) 事情

消えていく?「遺伝子組み換えでない」表示

ゲノム編集の静かな脅威

進むゲノム編集技術の現在地点:CRISPR-Cas9

理想の農業!有機農法や自然農法…

 

 

(参照)

「食料安全保障の研究」

(キヤノングローバル戦略研究所・山下一仁)

有事によって、「自分たちが飢える」可能性に備える

(2022/08/20、東洋経済・山下 一仁)

《コメ高騰》農協・族議員・農水省が食糧安全保障をブチ壊す日本とは大違い…!中国がいま食糧生産の拡大に邁進する理由

(2025.04.05、現代ビジネス)

プーチンの侵攻で「食糧危機」が現実のものに…そのウラで「大儲け」する国の名前

食糧安全保障の重要性が明らかに

(2022.04.13、現代ビジネス)

有事で「日本人の6割が餓死」という衝撃の研究 成長ホルモン牛肉、農薬汚染食料に頼らざるを得ない食料事情

(2023年03月28日、デイリー新潮)

日本人は低い食料自給率のヤバさをわかってない6割以上を海外に頼る状況を放置していいのか

(2021/10/30 東洋経済:岩崎 博充 )

Editor’s Eyes 食料自給率の実態を暴く!〜コロナ禍・ウクライナ危機で露呈した農業の脆弱性

(YUIME Japan編集部 / 2023.01.24)

 

(投稿日:2025.8.26)

むらおの歴史情報サイト「レムリア」