『日本の農業 その現実と未来』をテーマに、「農政」「食料安保」「食の安全」の3つの観点から、「日本の農業」を考えています。前回、「食の安全」に関してゲノム編集技術を解説しましたが、今回も、ゲノム編集についてさらに掘り下げ、研究開発の歴史的な推移から技術的な動向についてまとめました。
ゲノム編集の基礎的な説明については、前回投稿を参照下さい。ただし、内容が専門的過ぎるので、ゲノム編集にさらに関心のある方だけ読んでみて下さい。なお、本投稿記事の最後に、ゲノム、DNA、RNA、染色体など、遺伝に関する専門用語の解説も行っていますので、合わせて参照下さい。
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<ゲノム編集はいつから?>
◆ 改めてゲノム編集とは?
ゲノム編集(遺伝子編集)では、目的の性質を得るために、ある生物のゲノム(DNA)上の特定の場所(「塩基配列」という)を狙い、ハサミの役目をする酵素を使って切断し、外部のDNAを加えずに、突然変異(狙った場所の数塩基の変異)を起こさせます。この結果、必要な遺伝子の機能に書き換えられることで、その遺伝子の機能を「停止」もしくは「強化」した生物(植物)を作り出すことができます。
ただし、ゲノム(遺伝子)の切断による突然変異の誘発自体は、品種改良の育種の手法として、古くから行われてきていました。たとえば、1950年以降には、放射線による突然変異の導入が農作物に対して行われ、梨の品種である「ゴールド二十世紀」をはじめとする多くの品種が作られました。
(ゆえに、ゲノム編集は、従来から行われてきた品種改良の延長線上にあると考えられていた)
◆ CRISPR-Cas9の登場
ゲノム編集技術そのものは、1990年半ば以降市場に流通し出した遺伝子組換え(GM)に代替する技術として、2000年ごろから注目が集まりました。
現在のゲノム編集技術の主要なツールが「CRISPR-Cas9 (クリスパー・キャスナイン)と呼ばれるものですが、この技術は、1996年に日本人の研究者によって発見され、2012年に米カリフォルニア大学バークレー校のダウドナ博士と、独マックスプランク研究所のシャルパンティエ博士のグループが、CRISPR-Cas9の技術を使って、標的DNAの切断実験に成功し、両教授は、2020年にノーベル化学賞を受賞しました。
では、以下に、現在も進化を続けるCRISPR-Cas9 (クリスパー・キャスナイン)を用いた、ゲノム編集技術について深堀します。
<ゲノム編集酵素の開発>
近年、様々な生物種において標的の遺伝子を改変する次世代の技術として、人工ヌクレアーゼと呼ばれるDNA切断酵素(別名「ハサミ遺伝子」)を利用した「ゲノム編集」が注目されています。
これまでに多くのゲノム編集酵素が開発され、現在、使用する人工ヌクレアーゼの違いにもとづいて、ZFNやTALEN、CRISPR-Cas9などが主要な酵素として利用されています。
3大ゲノム編集技術
ZFN(ジンクフィンガーヌクレアーゼ)
TALEN(ターレン)
CRISPR-Cas9(クリスパー・キャス9)
それぞれ、ターゲットとするDNAの配列に結合させる方法などに異なる特徴がありますが、前述したように、この中でも、2020年にノーベル化学賞を受賞した「クリスパー・キャス9(ナイン)」がゲノム編集技術の代表格となっています。
◆ CRISPR-Cas9とは?
CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)は、RNAをガイドとしてDNA配列を認識する人工ヌクレアーゼで、ガイドRNA(gRNA)とCas9の2つの部品(によって)で構成されています。
ガイドRNA (gRNA)とは、編集したいDNA配列に結合するRNA分子(位置決めをする核酸)で、標的とするDNA配列と相補的な配列を持つ、言わば、遺伝子の案内役です。
Cas9は、DNAを切断する酵素(たんぱく質)で、ガイドRNAによって特定のDNA配列を認識し、切断することで、遺伝子を編集します。
DNA上の切断したい箇所の配列と合致するgRNAが、遺伝子の指定の場所を指示し、標的DNA配列に結合すると、ハサミの役割を持つCas9がその場所でDNAを切断します。
切断されたDNAは、細胞の修復機構によって修復されますが、その過程で遺伝子の機能を失わせたり(ノックアウト/破壊・削除)、切断部に新しい遺伝子配列(別の遺伝情報)を挿入したり(ノックイン/付加)、遺伝子の一部を別の遺伝子に置き換えたりする(置換)など様々なゲノム編集に利用されています。
Crispr-Cas9(クリスパー・キャスナイン)の最大の特徴は、狙ったゲノムの場所を簡単に正確に操作することができることです。
gRNAは、RNAを用いて、化学合成により作製できるため、作製に煩雑な過程を要する酵素をDNA認識・結合のために使用するZFNやTALENと比べ、作製がはるかに簡便になります(DNA認識・結合部分に、酵素ではなく、RNAを用いている)。
また、ターゲット毎にgRNAを交換するだけで、あらゆる切断箇所にピンポイントで編集を行えることにより、従来のZFNやTALENといった方法よりも、DNAの特定の場所を正確に切断・改変できます。
このように、クリスパー(CRISPR)配列と、それに関連するCas(CRISPR-associated)タンパク質を組み合わせたものが、クリスパー・キャス(CRISPR-Cas)システムです。。
人工ヌクレアーゼを用いたゲノム編集、とりわけCrispr-Cas9システムは、細菌が持つ免疫機構を応用したゲノム編集技術で、あらゆる生物種、様々な培養細胞に利用可能であることから、農業だけでなく、生命科学の研究や医療(生物学や医学)への応用が期待されています(Cas9以外にもCas3のようなCRISPRがあるが、それらは精度や範囲において劣るとされる)。
◆ Crispr-Cas9システムの課題
Crispr-Cas9(クリスパー・キャス(ナイン)の最大の課題は、植物のゲノム編集においては、ハサミの役目をする酵素を発現するための遺伝子を、遺伝子組換え技術によって導入する場合があることです。そうなると、ゲノム編集と遺伝子組換えの違いがわかりにくくなってしまいます。
特に植物には、細胞壁があることや技術的な障壁があり、CRISPR-Cas9を細胞内にそのまま導入するのは容易ではありません。そのため、いったん遺伝子組換えの手法でCRISPR-Cas9の遺伝子をゲノムに組み込み、細胞内でCRISPR-Cas9が作られるようにすることが一般的となっているのです。
その場合、ゲノム編集された食品については、遺伝子組み換えで導入されたハサミ遺伝子(CRISPR-Cas9の遺伝子)が細胞内に残る可能性があります。そうなると、その植物を食品として流通させる場合には「遺伝子組換え生物」に該当し、カルタヘナ法の規制対象となります。
もちろん、このゲノムに導入されたCRISPR-Cas9遺伝子は、交配によりあとから取り除くことが可能です。ゲノム編集生物から「ハサミ遺伝子」を交配により取り除いてしまえば、導入した遺伝子が機能し続ける一般の遺伝子組換え生物とは異なるものとなります。
そうなれば、CRISPR-Cas9遺伝子が取り除かれたゲノム編集植物は、健康被害などのリスクは従来の品種改良と同程度とみなされるため、遺伝子組換え食品で必要となる審査は求められず、カルタヘナ法の規制対象外となり、所轄官庁への情報提供(届け出)だけが求められることになります。
なお、動物のゲノム編集では、ハサミの役割をする酵素などが細胞内に直接注入される場合もあります。その場合は、注入された酵素は次世代には残らないため、遺伝子組換えの動物とはみなされません。
<CRISPR-Cas9を用いたゲノム編集の方法>
(ゲノム編集技術の種類)
CRISPR-Cas9を用いて、DNAを切断した後に、どのような方法で遺伝子に変異を起こさせるかによって、ゲノム編集技術は3つのタイプに分類されます。
まず、(A) 自然に生じる修復ミスを期待する方法と、(B)鋳型(修復の手本)を使って、望み通りの塩基配列に変える方法があります(Bにさらに2つの種類がある)。
◆ タイプ1(SDN-1)
前者(A)の修復ミスを利用するゲノム編集は「タイプ1(SDN-1)」と分類され、本投稿記事で、ここまで説明してきたゲノム編集技術は、まさにこのタイプの技術です。
自然界でごく普通に起きているDNAが切れて遺伝子が変異する現象を、ゲノムの特定の部位で起こさせるもので。DNAの狙った部位を切った後は偶然任せで変異を誘発させています。
具体的には、修復ミスによって塩基の一部が欠けたり、塩基が置き換わったり、ほかの塩基が入ったりすることで遺伝子に変異が生じます。これによって生じる遺伝子の変化の程度は、従来の育種と同程度と考えられます。
現在、ゲノム編集技術のうち実用化が進み、厚生労働省へ届け出られている「ゲノム編集食品」は、すべて「タイプ1(SDN-1)」の技術で、食品への応用で研究がすすんでいます。
◆ タイプ2,3(SDN-1, 2)
一方、後者(B)のDNAを切断後、鋳型(修復の手本)を使って、鋳型通りに塩基配列を変化させる方法には、1)小さなDNA断片を挿入 する方法と、2)外来遺伝子を挿入する方法があり、それぞれ「タイプ2(SDN-2)」、「タイプ3(SDN-3)」に分類されます。
遺伝子組換えでは、他の生物の遺伝子を挿入 しますが、SDN-1では修復ミスを利用して、また、SDN-2では鋳型を用い、小さなDNA断片を挿入することによって、数塩基の変異を導入します。つまり、遺伝子組換え技術とは異なり、SDN-1とSDN-2のゲノム編集技術では外来の遺伝子を入れずに生物の性質を変えることができます。
しかし、「タイプ3(SDN-3)」では、鋳型を用いて、新しい性質をもつ外来遺伝子を入れることによって、生物の性質を変えます。
したがって、SDN-3のゲノム 編集食品は遺伝子組換え体とみなされ、遺伝子組換え食品として安全性審査を受けることとなってい ます(安全性審査によって安全性が確認されたものしか流通しない)。なお、このゲノム編集で生じる遺伝子の変化の程度 は、遺伝子組換えと同程度と考えられます。
では、タイプ3(SDN-3)のゲノム編集技術と遺伝子組み換え技術の違いは何かといえば、遺伝子変異を導入する場所を指定できるかどうかです。
遺伝子組換え技術 では遺伝子が挿入される場所を指定できません。そのため、もともとある遺伝子を意図せずに壊してしまう可 能性がありました。しかし、SDN-3のゲノム編集技術ではどこに挿入するかを指定することができ、もともとある遺伝子を避けられます。ただし、もとの遺伝子を壊さずに挿入できたかは検証が必要です。
安全審査に関しても、ゲノム編集食品は、タイプ1(SDN-1)やタイプ2(SDN-2)であれば、食品衛生法にもとづく、遺伝子組換え食品が必要とされる食品安全委員会による安全性審査は求められません。利用したゲノム編集技術の方法や改変の内容、CRISPR-Cas9遺伝子が残っていないことの確認などについての、厚生労働省への届け出だけが必要とされています。
これに対して、タイプ3(SDN-3)であれば、食品衛生法にもとづく、安全性審査の規制対象となります。
このように、ゲノム編集技術は、従来の育種法の延長にあるものから、遺伝子組み換えに近いものまであるなど複雑で、今後も、技術の完成を目指して、研究・開発が続くことは間違いありません。
<補足・参考>
遺伝子関連用語
ゲノムや遺伝子などはDNAの同義語として使われることも多いですが、厳密には意味が異なります。
● ゲノム
「ゲノム編集」の「ゲノム」とは、「DNAに書き込まれた、生物が持つ遺伝情報の全体(=DNAの文字列に表された生物が持つ全ての遺伝情報)」のことをいいます。
さらに詳説すれば、ゲノムとは、「生物の細胞内にあり、染色体を構成するDNAが持つ全ての塩基配列」、つまり「DNAに書き込まれた、生物の持つ特徴や機能など生物をかたちづくるために必要な遺伝情報の全体(DNAの文字列に表されている遺伝情報が書かれた設計図の本)」のことを言います。
ゲノムはヒトであれば23対(計46本)の染色体に分けられて、細胞の核(細胞核)の中に、折りたたまれた状態で収められています。染色体は一冊の本に例えられ、ゲノムはその本46冊分の遺伝情報の総称にあたります。
● DNA(デオキシリボ核酸)
DNAは、リン酸、糖(デオキシリボース)、塩基の3つの物質から構成された(3つが結合した1単位をヌクレオチドと呼ぶ)、遺伝情報を担う高分子化合物(=核酸)です。
アデニン(A)、グアニン(G)、シトシン(C)、チミン(T)という4種類の塩基(生命の遺伝情報をコードする有機化合物)が組み合わさってできた二重らせん構造をしており、この4種類の塩基が特定の順序で並んだ塩基配列によって、遺伝情報が記録されています。DNAは、ヒトの体を構成する約37兆個の細胞一つひとつに存在しています。
● 染色体
染色体は、細胞の核(細胞核)に存在するDNAとタンパク質で構成された構造体で、遺伝情報を担っており、ヒトの場合、46本の染色体(23対)を持っています。
DNAと染色体の関係
DNAは染色体の中に含まれており、遺伝子の本体です。染色体はDNAを保護し、細胞分裂をスムーズに進めるための構造体です。
● 遺伝子
遺伝子は、DNAの中(DNAの塩基配列の中)で、遺伝情報として働く部分(DNA上の遺伝情報を持った特定部分)を言います(DNAは全体像で、遺伝子はDNAの中の一部)。
ただし、DNA上には多くの塩基が並んでいますが、全ての塩基配列が遺伝情報として機能するわけではありません。遺伝子を作るDNAの配列情報は、タンパク質を構成するアミノ酸の配列情報に変換され、遺伝子はタンパク質の設計図として機能します。人の場合、約30億の塩基対からなるヒトゲノムのうち、約2万個を超える遺伝子があると言われています。
ゲノムとDNAの関係
DNAはゲノムの本体、すなわち、遺伝情報を持った化学物質で、ゲノムを構成する物質そのものと言えるのに対して、ゲノムは、生物が持つ、DNAに含まれる遺伝情報の全て、すなわちDNAが持つ全ての塩基配列(DNA全体)を表しています。
ゲノムと遺伝子の関係
遺伝子はゲノムの一部で、特にタンパク質の設計図となる部分(タンパク質が合成されるために必要な領域)を指し、たとえば顔や皮膚、目の色など生物の形質を決定づける情報です。ゲノムを「生物の遺伝情報が書かれた本全体」だとすると、遺伝子は「その中で、タンパク質の作り方が記載された部分(一つの章)」と例えることができます。
もともと、ゲノムは「gene(遺伝子)」と「-ome(全て・集合)」を組み合わせた言葉です。
● RNA(リボ核酸)
RNAは、DNAと同様に遺伝情報を担う核酸の一種で、細胞内でタンパク質合成に関わる重要な役割を果たしています。DNAが遺伝情報の「設計図」だとすれば、RNAは、DNAの情報を読み取り、タンパク質を作ります。
DNAがA (アデニン)、T (チミン)、G (グアニン)、C (シトシン)の4種類の塩基から構成されるのに対し、RNAは、チミンに代わりウラシルを用い、A、U(ウラシル)、G、Cの4種類の塩基から構成されます。
また、立体構造としては、DNAが二重らせん構造をとるのに対し、RNAは一本鎖の状態で存在しています。
RNAもリン酸、糖、塩基の3つからなるヌクレオチドが連結しています。DNAとは糖の種類が異なります。DNAはデオキシリボース、RNAはリボースです(これがDNAとRNAの名称の違い)
核酸
DNAもRNAも「核酸」の一種(核酸はDNAとRNAの総称)で、核酸とはまさに、生命の根源物質です。細胞核の中は酸性を示すことから、核の中に存在している物質は一般的に「核酸」と呼ばれているそうです。
(関連投稿)
『日本の農業、その現実と未来』シリーズ
農政
食料安保
食の安全
(参照)
ゲノム編集とは?遺伝子組換えとの違いや応用の可能性を解説
(2025/07/24、NTT R&D)
ゲノム編集とは?
(2022/10/19、産総研マガジン)
ゲノム編集食品の危険性 私たちに出来ることとは
(2022年2月8日、さくら市民ネットワーク)
CRISPR/ゲノム編集とは
(MODALIS)株式会社モダリス
遺伝子組み換え食品もゲノム編集食品もいらない!
(コープ自然派)
「ゲノム編集食品」届け出制度化から5年…高GABAトマトなど流通も「知らない」9割超
(2025/01/27 読売)
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遺伝子組換え食品・ゲノム編集食品Q&A
(国立医薬品食品衛生研究所)
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