ヒンズー思想:古代インドの六派哲学

 

「ヒンズー教を学ぶ」と題して、シリーズでお届けしています。すでにバラモン教、聖典ヴェーダ、ヒンズー教について解説しました。今回は、ヒンズー教の時代に発展したヒンズー哲学についてテーマを独立させて紹介します。

 

ここまでの投稿

バラモン教:カースト制を生んだカルマと輪廻の宗教

ヴェーダ:バラモン教とヒンズー教の聖典

ヒンズー教:ビシュヌにシバ、創造・破壊・性愛の神

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

六派哲学とは?

 

後期ヴェーダ時代の前500頃に、ヴェーダ文献の一つであるウパニシャッドをもとにしたウパニシャッド哲学が生まれ、インド哲学の源流となりました。その後、グプタ王朝(320~550年)のインドで、ヒンズー教が発展を遂げる中、六派(ろっぱ)哲学と呼ばれるインドの古典哲学(ヒンズー哲学)が確立し、互いに論争を繰り広げました。これらは、以下に示した、正統バラモン教(思想)に属する六つの哲学体系です。

 

ミーマーンサー学派

ヴェーダンタ学派

ニヤーヤ学派

ヴァイシエーシカ学派

サーンキヤ学派

ヨーガ学派

 

正統バラモン教(思想)とは、ヴェーダ聖典の権威をその哲学の根拠として受け入れ、バラモン階級の社会的階層の優位を容認する諸学派をいいます。六派(ろっぱ)哲学誕生の背景は、仏教,ジャイナ教のように,ヴェーダ聖典の権威を認めない非正統派に対して,なんらかの意味でその権威を認めようとしたことにあります。

 

各学派とも、前4―前1世紀(紀元前後)に誕生し、グプタ王朝の頃(320~550年頃まで)1~5世紀(4世紀頃まで)に、それぞれの根本聖典を完成させ、それに対する注釈書,綱要書、さらには認識論、形而上の理論をシャーストラ(サンスクリットで「論」「学」を意味する語)と呼ばれる書物にまとめていきました。

 

なお、およそインドの学問全般は、輪廻からの解脱を究極の目的とし、宗教的色彩が濃く、固有の思想体系を伝える哲学学派も、宗教の宗派とほとんど区別することができないと指摘されています。

 

六派哲学のなかで、「ヴェーダ」の祭事研究部門(祭事部)と知識研究部門(知識部)から、ミーマンサー学派とヴェーダーンタ学派が生まれました。この2つは、もともと同じ研究部門でしたが、紀元前100年頃、2つに分かれました。こうした背景で、両派は、ヴェーダ研究を行うという意味で姉妹学派と言えます。

 

  • ミーマンサー学派

ミーマンサー(ミーマーンサー)(弥曼薩)学派は、ヴェーダ聖典に述べられている祭事にかかわる記述を整合的に解釈し,その命ずるところ(ダルマ=法)に従って正しく祭事を行うことを旨とします。

 

ミーマンサーとは、ヴェーダを「考究(研究)」するという意味で、100年ころに編纂された「ミーマーンサー・スートラ」(ジャイミニ作と伝えられる)が根本経典としています。

 

「ヴェーダ」は内容的に、ダルマ(命令)・マントラ・祭名・禁令、釈義の5つに分類されますが、ミーマンサー学派では、「ダルマ」を最重要視し、ヴェーダによってのみダルマ(法・命令)を理解できるとしています。

 

というのも、同派によれば、ヴェーダ文献は、人間あるいは神が作ったものではなく,永遠の過去から実在しているもので、聖仙はそれを神秘的な力によって感得することができる、また、ヴェーダ聖典は絶対で,矛盾したことば,重複した無用のことばはまったくないとしているからです(言葉の意味は永遠不変)。

 

 

  • ヴェーダーンタ学派

 

ヴェーダーンタ学派(吠檀多)は、ヴェーダの「知識」、とりわけウパニシャッドの中心概念であるブラフマンの考究を主に行う学派です(ヴェーダーンタとは、「ヴェーダ」の終わりの部分という意味)。

 

ヴェーダーンタ学派の根本経典は「ブラフマ・スートラ」で、紀元前50年頃に、同派の開祖とされるバーダラーヤナが書き、400年から450年頃に現在の形に編纂されました。「ブラフマ・スートラ」では、ブラフマンは、この世界の生起などの起こるもとと定義しています。すべては、ブラフマンから生じると説かれます(これを「開展」「自己展開」という)。

 

まずブラフマンから虚空が生じ、虚空から、風、火、水、地ができた後に。虚空を含む5つの元素から世界が創造されました。ブラフマンはそれらの作られた一切のものの中からそれらを支配しています。そして非常に長い期間が経つと、創造されたものは逆の順番でブラフマンに還り、またしばらく経つと自己開展が始まり、それを繰り返していると説かれます。

 

ヴェーダーンタ学派によれば、「宇宙の根本原理としてはただブラフマンがあるのみであり、我々の自我の本体であるアートマンは、実はこのブラフマンの部分であるとします。この真理を聖典によって明らかに知るとき,人は解脱を得ることができると説かれました。

 

ヴェーダーンタ学派は、インド哲学で最も有力な学派で、その後のヒンドゥー教の正統派の地位を継続していますが、その思想の中で、後世に影響を与えたのが、不二一元論です。

 

不二一元論

不二一元論(アドヴァイタ)は、精神的実在であるブラフマン(梵)またはアートマン(我)以外に実在する物は無い、言い換えれば「今目の前にある世界は幻影に過ぎない」という思想で、中世インドの思想家、シャンカラ(700年~750年頃)によって、最初に体系的に唱えられました。

 

シャンカラは、原因を必要とせず存立するところのブラフマン(梵)と、アートマン(我)は同一であると説き、「ブラフマンは人格や属性を持たないもの」と解されました(無神論的一元論)。不二一元論は、シャンカラ後、11世紀の神学者ラーマーヌジャや、13世紀の神学者マドヴァらによって継承され、アドヴァイタ・ヴェーダーンタ哲学として、現在でもヒンドゥー教の正統派として認知されています。

 

 

次のヴァイシェーシカ学派 とニヤーヤ学派は、インド哲学においては、実在論的な論理学の発展に貢献した学派として共通性があります。また、両派は、ヴェーダ文献の言葉の意味を永遠不変としたミーマンサー学派とは対立しました。

 

 

  • ヴァイシェーシカ学派

 

ヴァイシェーシカ(バイシェーシカ)(衛世師)学派は,多数の実在を認め、物質を無数の原子からなるものと規定したうえで、現象世界(万象)(全存在)を、実体,属性,運動,普遍,特殊,内属の6種の範疇(カテゴリー)(六句義)によって解明しようとしました。

 

たとえば、現象世界で何かを観察すると、その性質や形、位置などが分かりますが、それらはそれそのものである「実体」ではありません。「実体」には属性があり、静的な属性は「性質」、動的な属性は「運動」と定義される一方、たくさんの物事に共通する属性が「普遍(不変)」で、それぞれを特徴づける属性が「特殊」…というように、それぞれのカテゴリーには関係性があります。同派によれば、言葉は実在に対応しており、言葉の意味は永遠不変とするミーマンサー学派とは対立しました。

 

このように、ヴァイシェーシカ学派は、客観的なカテゴリー論に基づき外界と普遍の実在を説き、これを真に理解できれば、人の究極の目的である解脱が達成されるとしましたが、心が乱れていてはできません。そこで、同派では、ヨーガの実践によって、思考器官を制する、具体的には、ヨーガによって、前世からの力で不可見力を滅ぼし尽くし、アートマンが、何の活動もせず、再生もしなくなることが必要とされました。

 

ヴァイシェーシカ学派の祖は、紀元前100年頃の聖仙カナーダとされ、その著作「ヴァイシェーシカ・スートラ」は、2世紀前半まで(100年から200年頃)に編集され、根本経典になったと推定されています。その後、500年頃にプラシャスタパーダの「諸原理と法との綱要」が同学派の基本学説となり、プラシャスタパーダ(450頃~500頃)は同派理論の大成者とされました。その思想は論理学に形而上学的基盤を与え、ニヤーヤ学派の成立・発展に寄与したことから、ヴァイシェーシカ学派とニヤーヤ学派は姉妹関係にあると評されます。

 

 

  • ニヤーヤ学派

 

ニヤーヤ(正理)学派は、論理学を最初に体系化した学派とされ、正しい論証,論理の探求を事とします。主宰神「シヴァ神」の実在を認めつつ、その証明を試みました。同派では、苦しみは人間が生まれることに基くと考え、その人間の生存は、活動に基づき、活動は貪欲、嫌悪などの欠点に基づき、更に欠点は誤った知識に基づいていると考えます。それゆえ、戒律を守り、ヨーガの修行を行って、疑惑、動機、検証、決定、論議、詭弁など16の正しい知識によって誤った知識がなくなれば、解脱が得られると説かれました。

 

ニヤーヤ学派の開祖は、1~2世紀頃に現れたガウタマで、250~350年ころに編纂した「ニヤーヤ・スートラ」が根本経典となり、350年頃に、ヴァーツヤーヤナがその「註解」を著したことで、学派として確立したとされています。ただし、ニヤーヤ学派は、ヴァイシェーシカ(バイシェーシカ)学派の姉妹学派といわれるほど関係が深く、11世紀のシヴァーディトヤの「七原理論」で両学派は実質的融合しました。さらに、13世紀にガンゲーシャが「タットバ・チンターマニ」を著してからは,「ニヤーヤ・スートラ」はあまり研究されなくなったと言われています。

 

次に紹介するサーンキヤ学派とヨガ学派は、互いに姉妹関係にあるとされ、サーンキヤ学派は、宇宙の根本原理ブラフマンを究極実在とする一元論を展開したヴェーダーンタ学派とは対立しました。

 

  • サーンキヤ学派

 

サーンキヤ(僧法)学派は、六派哲学のなかでは最も起源が古く,根本典籍は,4世紀ころにイーシュバラクリシュナが作った「サーンキヤ・カーリカー」です(開祖はカピラ(前350-前250年)とされるが不詳)。

 

サーンキヤ学派では、最高神の存在を認めず、世界は精神と物質から成るとした二元論を展開し、宇宙の根本原理として、プルシャとプラクリティという2つの実体的な原理を想定しました。プルシャは、精神原理・純粋精神で、アートマン(真我)とも呼ばれ、プラクリティは、根本物質・非精神原理で、「未開展物」ともいわれます。このうち、純粋精神(プルシャ)が物質(プラクリティ)から離れた時に「解脱」が達成されると説きました。

 

「サーンキヤ」はサンスクリット語で、数に由来すると考えられるので、数論派と漢訳され、シバ派の教学体系づくりに利用されたりしました。次のヨーガ学派の姉妹学派といわれます。

 

 

  • ヨーガ学派

 

ヨーガ(瑜伽)学派は、心身を鍛錬しヨーガの修行で精神統一を図ることで、解脱に達することを説いた学派で、根本経典の「ヨーガ・スートラ」には、沈思瞑想による一連の修行法が詳細に書かれています。開祖は、根本経典の「ヨーガ・スートラ」を書いたとされる、インドのサンスクリット文法学者パタンジャリ(前150年頃、生没年不詳)です。ただし、「ヨーガ・スートラ」が現在の姿に編纂されたのは、西暦400年頃(2~4世紀ころ)とされています。

 

サーンキヤ学派と姉妹学派とされ、理論的な思想(哲学体系として)をほぼ共有していますが、ヨーガ学派は最高神の存在を信じる点が異なります。ただし、最高神といっても世界を創造したり救いを与えたりするような存在ではなく、純粋精神の一つとして認めています。

 

<関連サイト>

「世界の宗教」を学ぶ

 

<参照>

インド哲学をまとめて分かりやすく解説

(仏教ウェブ入門講座)

インド思想史概説

(野沢正信 、沼津高専 教養科 哲学)

ヒンドゥー教

(ニッポニカ/世界大百科事典)

世界史の窓

Wikipediaなど

 

(2024年6月29日)