私たちが学校で教えられてきた「明治憲法(悪)・日本国憲法(善)」の固定観念に疑いの目を向ける「明治憲法への冤罪をほどく!」を連載でお届けしています。今回から、実質的に最終章となる第6章「会計」に入ります。
財政(会計)について、日本国憲法が9条文からなるのに対して、帝国憲法では11の条文があり、現行憲法より詳しく規定しています。そこでは、予算に関して事前に議会の議決を要するという議会協賛の原則など、日本国憲法にも通じる原則を含んでいますが、例外を数多く認めていると批判されています。実際はどうだったのでしょうか?
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帝国憲法 第62条(課税)
① 新ニ租税ヲ課シ 及税率ヲ変更スルハ 法律ヲ以テ之ヲ定ムヘシ
新たに租税を課したり、税率を変更したりするには、法律で定めなければならない。
② 但シ報償ニ属スル行政上ノ手数料 及其ノ他ノ収納金ハ 前項ノ限ニ在ラス
ただし、報償に属する行政上の手数料やその他の収納金は、前項に該当しない。
③ 国債ヲ起シ 及予算ニ定メタルモノヲ除ク外 国庫ノ負担トナルヘキ契約ヲ為スハ帝国議会ノ協賛ヲ経(ふ)ヘシ
国債を起債したり、予算に定めたりするものを除いて、それ以外に国の負担となる契約を結ぶ時は、帝国議会の協賛(同意)を経なければならない。
報償:弁償、損害賠償。
収納金:(国または自治体が受領する)租税その他の現金。
国債:国が発行する債券(借金の証書)、国庫債務の略。
国庫:財政権の主体としての国家を指す。財産を保有管理している「国」のこと。
<既存の解釈>
第1項で、税の決定には議会の議決を必要とする租税法律主義を定めているが、2項では、例外として行政上の手数料は、法律によることなく徴収できるものとされている。「報償に属する行政上の手数料及びその他の収納金」とは、鉄道の切符料・倉庫料・学校の授業料などをさし、行政命令でこれらを定めることができ、必ずしも法律に依る必要はなかった。
本条と同様の規定を持つ日本国憲法では、こうした例外規定はなく、たばこなど専売品の価格や郵便料金など租税以外に強制的に賦課・徴収される金銭についても、国会の議決で決定しなければならないとされている。
日本国憲法 第85条
国費を支出し、又は国が債務を負担するには、国会の議決に基くことを必要とする。
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本条について、多くの例外規定を設けていることが批判されていますが、欧米流の近代国家となったばかりの日本が、財政について規定した条文ということを考慮する必要があると思われます。
<善意の解釈>
帝国憲法において、(税の決定には議会の議決を必要とする)租税法律主義を規定したこと自体に意義があります。その背景には、新たな租税や税率の変更など税について決める場合、政府の恣意的な決定を許さないという考え方がありました。
伊藤博文も、帝国憲法の解説書「憲法義解」の中で、「こうした憲法上の有効な防範がなければ、臣民の富資はその安固(安定)を保証する事ができない」として、租税法律主義を立憲制の一大成果として直接臣民の幸福を保護するものとして評価しています。この租税法律主義の考え方は、日本国憲法でもほぼそのまま採用されています。
日本国憲法 第84条
あらたに租税を課し,又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要とする。
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帝国憲法 第63条(現行税制の継続)
現行ノ租税ハ 更ニ法律ヲ以テ之ヲ改メサル限ハ 旧ニ依リ之ヲ徴収ス
現行の租税は、さらに法律で改めない限りは、もとの法律によって租税を徴収する。
<既存の解釈>
本条では、法律改正がない限り、現行税制は継続されるべきことを規定していますが、日本国憲法には、特に明記する必要がないとして、こうした規定はない。
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財政に関して、前述したように、帝国憲法は日本国憲法より詳しい内容になっています。現行税制の継続を定めた63条はその一例となりますが、明記する必要のない一見、当然のことのように感じられる規定のように思えます。しかし、そこには、本条文を定めた伊藤博文の深慮が伺えます。
<善意の解釈>
帝国憲法の中に、本条をあえて明文化した背景には、政府が恣意的に税制を変更させないようにするという考え方がありました。
伊藤博文によれば、政府がその必要とする経費を賄うために、意図的に新たに賦課されることのないように、つまり政府が勝手に増やした支出を賄うために勝手に課税することのないように、憲法(63条)で明文規定(現行税制の継続)をして、そのような行為のないように釘をさしたのです。
日本では太古から、国家の経費は、租税(租・庸・調)の法を定め、国民に対して均しく納税の義務を課し、それ以外に徴求することはありませんでした。そこで、この伝統に則り、帝国憲法においても、憲法で現行税を定めて経常税となし、その将来に変更がある場合を除くほかは、全てそれまでの税で徴収することを強調していたのです。
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帝国憲法 第64条(予算の議会協賛)
① 国家ノ歳出歳入ハ 毎年予算ヲ以テ帝国議会ノ協賛ヲ経(ふ)ヘシ
国家の歳出歳入は、毎年予算によって決め、帝国議会の協賛(同意)を経なければならない。
② 予算ノ款項ニ超過シ 又ハ予算ノ外ニ生シタル支出アルトキハ 後日帝国議会ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
予算項目の額から超過したとき、または予算以外に生じた支出があるときは、後日帝国議会の承諾を求める必要がある。
歳出:国または地方公共団体の一会計年度中の一切の支出。歳入はその収入。
款項:予算の分類に用いる単位で、「款」は大項目、「項」は小項目。
<既存の解説>
前の二つの条文が税に関する規定(租税法律主義)であったのに対して、本条では第1項で、(税を含む)予算に対する議会協賛の原則を規定している。しかし、予算項目の額から超過した場合や、予算以外に生じた支出があるときは、議会の事後承認で可とする例外を認めている。事前に議会の協賛を得ることなしに、政府の責任で支出ができるのである。
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62条同様、条文そのものを評価しつつも例外規定を設けているという批判は、帝国憲法成立の歴史的な経緯を考えれば、公平ではないように思われます(1889年に制定された帝国憲法の条文の中身を、現代の視点から批判するのは不条理である)。
<善意の解釈>
まず、64条の具体的な解説の前提として、帝国憲法において、予算制度を確立させたこと自体が重要です。予算は会計年度における歳出歳入を見積もりのことで、行政機関はその制限に従わなければなりません。(今でいえば当然ですが)その予算を政府が議会に付し、議会の審議(協賛)を経て予算は成立します。予算が執行中も、議会が政府の財政活動を監督するという制度は、まさに立憲制の成果といえるものです。
というのも、伊藤博文の言ですが、古代の大宝律令においても、江戸時代においても、予算制度はありませんでした。明治6年に初めて歳入・歳出の「見込み会計表」が作成され、太政大臣に提出したのが、日本の予算制度の初めとなり、以後、予算作成することが会計上必要な手続きとなっていきました(こうした歴史的意義の大きさから、帝国憲法では、日本国憲法以上に、予算(財政)についての規定が設けられているのかもしれません)。
さて、本条では、さらに進んで、予算を議会にかける制度を確立しようとしています(第1項)。また、歳出項目を超過したり、予算外に生じた費用の支出を行ったりした際に、議会の承諾を必要としたのは、政府の行政活動(予算もその一環)には議会の監督を要するからです。なお、事前ではなく、事後承認制を採用したことに他意はなく、英独にならったものです(第2項)。
議会協賛の原則は、当然、日本国憲法においても継承されています。
日本国憲法 第85条
国費を支出し,又は国が債務を負担するには,国会の議決に基くことを必要とする。
日本国憲法 第86条
内閣は,毎会計年度の予算を作成し,国会に提出して,その審議を受け議決を経なければならない。
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帝国憲法 第65条(衆議院の予算先議)
予算ハ前(さき)ニ衆議院ニ提出スヘシ
予算は先に衆議院に提出しなければならない。
<既存の解釈>
予算議案に関して、貴族院より先に衆議院が審議するという衆議院の予算先議権を規定している。予算の議決は、民衆の公選(選挙)で決まる衆議院の方が適任であるとの判断から、衆議院に予算先議権が与えられた。
ただし、明治憲法起草者の伊藤博文は、後に貴族院にも予算の決議権を与えたことは内閣の弱体化を招いたと回想している。衆議院の予算先議権がどれだけ有効に機能していたのかは疑問が残る。
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<善意の解釈>
帝国憲法で規定された衆議院の予算先議権は、貴族院がなくなり参議院との二院制となった日本国憲法でもそのまま引き継がれました。
日本国憲法 第60条
① 予算は,さきに衆議院に提出しなければならない。
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帝国憲法 第66条(皇室経費)
皇室経費ハ 現在ノ定額ニ依リ毎年国庫ヨリ之ヲ支出シ 将来増額ヲ要スル場合ヲ除ク外 帝国議会ノ協賛ヲ要セス
皇室経費は、現在の定額によって、毎年国が支出し、将来に増額を必要とする場合を除いてそれ以外は、帝国議会の協賛を必要としない。
<既存の解釈>
予算に対する議会協賛の原則の例外として、皇室経費について定めている。明治憲法下において、皇室経費については、毎年一定額を支出する定額制を採用し、かつ増額の場合を除いては、皇室経費は議会の協賛を必要としないとされていた。
これに対して、日本国憲法では、すべて皇室経費は予算に計上され、国会の審議を受ける。
日本国憲法 第88条
すべて皇室財産は,国に属する。すべて皇室の費用は,予算に計上して国会の議決を経なければならない。
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皇室経費は(増額以外)帝国議会の協賛を受けないとする規定は、帝国憲法を批判的に採る向きの恰好の攻撃材料となります。実際、起草者である伊藤博文や井上毅は、いかなる見解を持っていたのでしょうか?
<善意の解釈>
皇室経費を、議会協賛の原則の例外とした理由は、皇室経費が天皇の尊厳を保つために欠くことのできない経費であり、当時、国庫の支出(歳出)の最優先の義務だったからです。しかし、皇室経費の増額を必要とする場合には、将来の増税にもつながるので、議会の協賛(支持)を必要とするとして、国民(臣民)への配慮がなされていました。
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帝国憲法 第67条(歳出に対する議会承認要件の例外)
憲法上ノ大権ニ基(ツケ既定ノ歳出 及法律ノ結果ニ由リ 又ハ法律上政府ノ義務ニ属スル歳出ハ 政府ノ同意ナクシテ帝国議会 之ヲ廃除シ又ハ削減スルコトヲ得(え)ス
憲法上の大権に基づく規定の歳出、および法律の結果による歳出または法律上政府の義務に属する歳出は、政府の同意がなければ、帝国議会は排除または削減することはできない。
*憲法上の大権に基づく規定の歳出:行政各部の官制、陸海軍の編成に要する費用、文武官の俸給、外国との条約にかかる費用など。
*法律の結果による歳出:議院の費用、議員の歳費・手当、諸般の恩給・年金、法律による官制の費用や俸給の額など。
*法律上政府の義務に属する歳出:国債の利子及び償還、会社営業の補助、保証、政府の民法上の義務又は諸般の賠償など。
<既存の解釈>
天皇大権や法律に基づく歳出などを、政府の同意なしに、議会は削除や削減できないとして、歳出に対する議会承認要件の例外について規定している。これは、現行憲法の立場から言えば論外の規定であり、時代背景とは無関係に批判される。また、当時の政治情勢を考慮すれば、議会を牛耳っている民権派に対抗するための防衛策とみなすことができる。いずれにしても、政府(国)を議会の上位に位置づけているといえる本規定は、日本国憲法にはなく、現行憲法は国民を代表する国会を国権の最高機関としている。
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前条と同様に、恰好の批判材料とされかねない67条を定めた起草者、伊藤博文の見解は、大局的な立場に基づいていました。
<善意の解釈>
伊藤博文は、「憲法義解」の中で、「憲法と法律は、国家の中で最高位に位置づけられ、行政や財政よりも上位に位置する」と述べ、予算を審議する者は、憲法と法律に準拠すべきであることを強調しています。もし、議会が予算を審議するに当たり、(法律に基づいて作成された)これらの歳出を、排除・削減することがあれば、国家の成立を破壊し、憲法の原則に背くことだとまで言っています。
つまり、本条は予算編成に関して、行政優位ではなく憲法と法律が優先されることを規定した、まさに立憲主義を予算編成でも確認した条文だといえます。また、本条規定は、欧州各国の憲法の条文にも存在しており、近代国家原理の発達にもかなうものです。
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帝国憲法 第68条(継続費)
特別ノ須要(すよう)ニ因リ政府ハ予(あらかじ)メ年限ヲ定メ 継続費トシテ帝国議会ノ協賛ヲ求ムルコトヲ得(う)
特別な必要性により政府はあらかじめ年限を定めて、継続費として帝国議会の同意を求めることができる。
<既存の解釈>
予算は、毎年作成することが予定されている。これを予算単年度主義というが、本条は、その例外として、複数年度に渡る支出が必要であることがわかっている場合に計上される継続費について定めている。継続費としては陸海軍の戦闘機や戦艦の類が想定され、軍関係の支出に支障のないように継続費を認めていた。
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継続費の設定は軍のためという批判に対しては、現実的な立場から応答できるでしょう。
<善意の解釈>
確かに、継続費についての規定は、当時、軍事費の確保のためと言えるかもしれませんが、財政の現実に考慮したものであると言えます。というのは、陸海軍の戦闘機や戦艦や大規模工事などが1年で終わらない場合があるので、複数年度の予算の確保はある意味、当然だからです。日本国憲法では、継続費に関する規定はありませんが、財政法で定められており、現在も継続費は活用されています。。
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帝国憲法 第69条(予備費)
避(さ)クヘカラサル予算ノ不足ヲ補フ為ニ 又ハ予算ノ外ニ生シタル必要ノ費用ニ充(あ)ツル為ニ 予備費ヲ設クヘシ
避けることができない予算の不足を補うため、または、予算の外に生じた必要な費用に当てるためには、予備費を設けなければならない。
<既存の解釈>
本条は、予算の不足や予算外で必要な費用を補充するために設けられる予備費について規定している。国家の防衛や緊急事態に備えたり、戦時の費用に備えたりすることが目的で、予備費の設定を憲法で義務づけている。日本国憲法にも同様に規定がありますが、予備費の設定は義務づけではない。
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予備費の規定も、軍の支出のためと批判されるのかもしれませんが(だから義務づけられたと批判される)、本条の規定には、政治的な背景というよりは財政上の要請があったというべきでしょう。
<善意の解釈>
帝国憲法ではその第64条で、予算超過や予算外支出について、議会の事後承諾を求めるべきことを掲げましたが、これらの支出をどのような財源によって供給するべきかが指示されていませんでした。その答えが本条における予備費の設置です。日本国憲法でも、帝国憲法のほぼ沿う形で予備費について規定しています。
日本国憲法 第87条
①予見し難い予算の不足に充てるため,国会の議決に基いて予備費を設け,内閣の責任でこれを支出することができる。
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帝国憲法 第70条(緊急勅令による歳出)
① 公共ノ安全ヲ保持スル為 緊急ノ需要アル場合ニ於テ 内外ノ情形ニ因リ 政府ハ帝国議会ヲ召集スルコト能(あた)ハサルトキハ 勅令ニ依リ財政上必要ノ処分ヲ為スコトヲ得(う)
公共の安全を保持する為、緊急に必要がある場合において、内外の情勢によって政府は帝国議会を召集することができないときは、(天皇による)勅令によって財政上の必要な処置を行うことができる。
② 前項ノ場合ニ於(おい)テハ次ノ会期ニ於テ帝国議会ニ提出シ其(そ)ノ承諾ヲ求ムルヲ要ス
前項の場合には、次の会期において帝国議会に提出し、その承諾を求める必要がある。
<既存の解釈>
本条は、予算に対する議会協賛の原則の例外として、緊急時の勅令による財政緊急処分を規定している。具体的には、帝国憲法の第8条(緊急命令)、14条(戒厳宣告)、31条(非常大権)で定められた国家緊急権を財政面から保障している。
2項では、緊急の財政処分がなされた場合は、次の議会でその承諾を求めるとしているが、。勅令により既に生じた政府の支出を、議会が承認しないということは現実的にできなかった。日本国憲法にはこうした規定は存在しない。
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本条に対し、憲法起草者の伊藤博文や井上毅の真意はどうだったのでしょうか?
<善意の解釈>
70条について、伊藤博文は、「憲法義解」の中で、「議会が開会していないとき、通常は、臨時会の招集を必要とするが、内外の情勢により議会を召集出来ないときに限って、通常、求められる議会の賛同を待たずに必要な処置を行う事ができる」として、本条が国家を保護するために、やむを得ざる財政上の措置を認めたものであることを強調しています。
だからこそ、緊急勅令の歳出規定に関して、本条第2項で、「緊急の財政処分がなされた場合は、次の議会でその承諾が必要である」ことを定めています。これは帝国憲法第62条3項の規定(「国の負担となる契約を結ぶ時は、帝国議会の協賛を経なければならない」)に沿ったものですが、本条で改めて規定したところに、財政緊急処分については慎重を期していることが伺えます。
<参照>
帝国憲法の他の条文などについては以下のサイトから参照下さい。
日本国憲法の条文ついては、以下のサイトから参照下さい。
<参考>
明治憲法の思想(八木秀次、PHP新書)
帝国憲法の真実(倉山満、扶桑社新書)
憲法義解(伊藤博文、岩波文庫)
憲法(伊藤真、弘文社)
Wikipediaなど
(2022年11月10日)