日本国憲法の制定過程や、各条文の成立経緯を検証した「知られざる日本国憲法のなりたち」を連載でお届けしています。今回は、第3章の「国民の権利及び義務」の中の14条をとりあげます。
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第14条 (法の下の平等)
- すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。
- 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
- 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
第1項は前段で、まず「すべて国民は、法の下に平等であつて…」と、基本原則である「法の下の平等」と宣言しています。次に、後段で「人種、信条、性別、社会的身分又は門地(家柄)」など差別してはならない平等の具体的内容を例にあげて示しています。その上で、国家は国民を平等に扱い、不合理な差別をしてはならないとの平等原則を定めています。
14条1項が主に社会の弱者やマイノリティ(少数派)の個人の尊厳を守るべく平等を規定したということができるのに対して、第2項と第3項は、特権的な地位や待遇を認めないことで国民の平等を広く実現しようとしたものです。
その第2項では、華族をはじめとする貴族制度の廃止を謳っています。イギリスをはじめ欧州の民主国家においてもかつての特権の多くが廃止されたといはいえ、現在でも貴族制度は存続させています。
華族:身分の高い家柄。明治時代に爵位を授けられた人とその家族をさす。爵位には公爵(こうしゃく)、侯爵(こうしゃく)、伯爵(はくしゃく)、子爵(ししゃく)、男爵(だんしゃく)があった。
第3項では、栄典の授与制度そのものは認めています。しかし、勲章などの栄典が授与されたからといって、何かしらの特権を受ける訳ではなく、栄典の授与はその本人一代限りで、代々受け継がれるわけではないと釘を刺しています。
栄典とは、名誉のしるしとして与えられる位階・勲章などで、具体的には、国民栄誉賞の授与、名誉市民の称号の授与、文化勲章受章の授与、永年勤続議員の表彰などがあります。こうした栄典制度は、社会に対する貢献を国家として顕彰しようとするものです。したがって、特権を伴わなければ、このような制度を設けても、平等原則には反しないと解されています。
では、14条「法の下の平等」の成り立ちの経緯を考えてみましょう。
帝国憲法では、平等に関しては、公務就任資格の平等という形だけしか保障されておらず、「法の下の平等」に基づく平等原則(個人は国家に対して平等扱いを求めることができる)についての規定はありませんでした。
帝国憲法第19条
日本臣民ハ法律命令ノ定ムル所ノ資格ニ応(おう)シ 均(ひとし)ク文(ぶん)武官(ぶかん)ニ任セラレ及其ノ他ノ公務ニ就(つ)クコトヲ得(う)
日本臣民は法律や命令の定める資格に応じて、等しく文武官(文官と武官)に任命され、またその他の公務に就くことができる。
日本政府は、当初「華族制度、軍人の特例等、国民間の不平等を認めるがごとき規定を改正・廃止する」(憲法改正要綱)との方針を定めつつ、憲法問題調査委員会が作成した平等に関する試案では、この19条を改正した程度のものになりました。
<憲法問題調査委員会試案>
日本臣民は法律上平等なり、日本臣民は法律命令に定むる所の資格に応じひとしく官吏に任ぜられ、およびその他の公務に就くことができる
これを不満したGHQ(総司令部)は、その草案作りにマッカーサー3原則を大前提とします。その3原則の3番目に次のように書き記されていました。
<マッカーサーノートの第3原則>
日本の封建制度は、廃止される。
皇族を除き華族の権利は、現在生存する者一代以上に及ばない。華族の授与は、爾(じ)後(ご)どのような国民的または公民的な政治権力を含むものではない。
これをたたき台として、GHQ案が出来上がるわけですが、自国の合衆国憲法が活用されたことは想像に難くありません。
アメリカ独立宣言
われわれは、自明の真理として、すべての人は平等に造られ、造物主によって、一定の奪いがたい天賦の権利を付与され、そのなかに生命、自由および幸福の追求が含まれることを信ずる。
「人間は生まれながらにして平等だ」という考え方は昔からありますが、法として示されたのは、1774年のアメリカ独立宣言が最初です。その後、平等が「法の下の平等」という形で明文化され、近代憲法の基本原則となっていきました。
アメリカ独立宣言の影響を受けて生まれたフランス人権宣言においても、第1条で平等が謳われています。
フランス人権宣言(1789 年)
人は、法の下に生まれながらにして自由かつ平等である。 社会的差別は、公共の利益に基づくのでなければ、存在することはできない。
さらには、第1次世界大戦後に制定された世界で最も民主的な憲法と評価されているドイツのワイマール憲法でも法の下の平等が憲法に書かれています。日本国憲法第14条全体からみれば、ワイマール憲法の影響を強く感じます。
ワイマール憲法(第109条)
①すべてのドイツ人は、法律の前に平等である。
②男子および女子は、原則として同一の公民権を有し、および公民としての義務を負う。
③出生または身分にもとづく公法上の特権または、不利益は廃止されなければならない。貴族の称号は、氏名の一部としてのみ通用し、将来はこれを授与してはならない。
以下略
このように、14条の内容については、アメリカの独立宣言やフランス人権宣言、ドイツのワイマール憲法が参考にされたと思われます。さらに、GHQが原案をつくる際に参考にしたといわれる民間の憲法研究会の改正案をみるとその影響がかなり見られるのは興味深いところです。
憲法研究会の「憲法草案要綱」
一、国民は法律の前に平等にして出生又は身分に基く一切の差別は之を廃止す
一、爵位勲章其の他の栄典は総て廃止す
一、男女は公的並私的に完全に平等の権利を享有す
一、民族人種による差別を禁ず
………………
こうした背景で生まれたGHQ案では、以下のように徹底した平等原則が打ち出されました。
<GHQ(総司令部)案>
- 一切の自然人は、法律上平等なり。政治的、経済的または社会的関係において、人種、信条、性別、社会的身分、階級または国籍起源の如何により、いかなる差別的待遇も許容、または黙認せらるること無かるべし。
- 爾今以後何人も貴族たるの故をもって国または地方のいかなる政治的権力をも有すること無かるべし。
- 皇族を除くのほか貴族の権利は、現存の者の生存中を限りこれを廃止す。
- 栄誉、勲章またはその他の優遇の授与には、何等の特権も附随せざるべし。また右の授与は現にこれを有する、または将来これを受くる個人の生存中を限り、その効力を失うべし。
これに対して、日本政府は、GHQ案の第1項の「自然人」を「国民」に限定修正して、「国籍起源の如何により」を削除しました。また、貴族の特権規定を定めた第2項と第3項を削除、GHQ案第4項の栄典の特権についても、「一代限り」と強調された部分を不要として削除しました。
<3月2日案>
- すべての国民は、法律の下に平等にして、人種、信条、性別、社会上の身分または門閥により政治上、経済上または社会上の関係において差別せらるることなし。
- 爵位、勲章その他の栄典は特権を伴うことなし。
これを受けた日本政府とGHQとの「協議」では、日本側の修正はほぼ否定されました。3月2日案で削除された部分は、マッカーサーの第3原則そのものと言ってもよく、これが受け入れられる訳はありませんでした。結果として、帝国議会に提出する帝国憲法改正案は、GHQ案に沿った形で文言が調整された現行14条に近い形となりました。
<帝国憲法改正案>
- すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別を受けない。
- 華族その他の貴族の制度は、これを認めない。
- 栄誉、勲章その他の栄典の授与は、いかなる特権も伴はない。栄典の授与は、現にこれを有し、又は将来これを受ける者の一代に限り、その効力を有する。
日本国憲法では、基本原則である法の下の平等を14条で定めた以外にも15条3項(平等選挙)、24条(両性の平等)などの規定を設けて、平等原則を徹底させています。
こうした平等と差別禁止に関する規定について、日本国憲法制定時、保守層からは共産主義化への布石と批判されました(平等を徹底追及されば共産主義社会が実現する)。実際、合衆国憲法には自由は謳われても平等の文言はありません。逆に、1936年12月5日制定のソ連のスターリン憲法(ソビエト社会主義共和国同盟憲法)には、日本国憲法14条と同じような徹底した平等原則がすでに打ち出されていました。
スターリン憲法(第123条)
- ソ同盟の市民の権利の平等は,その民族および人種のいかんを問わず,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野にわたり不変の法である。
- 市民の人種的または民族的所属からする,いかなる直接もしくは間接の権利の制限も,または反対に,直接もしくは間接の特権の設定も,ならびに人種的もしくは民族的排他性の宣伝,もしくは憎悪および軽侮の宣伝も,法律によって罰せられる。
スターリン憲法(第122条)
ソ同盟における婦人は,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野において,男子と平等の権利を与えられる。(以下略)
もっとも、共産主義の核心は資本家階級と労働者階級との格差のない平等な社会なので、スターリン憲法に平等に関する規定が含まれていても特に驚くべきことではありません。また、平等は共産主義に特有なものではなく、現代では人類の普遍的な原理であることも忘れてはなりません。
<参照>
その他の条文の成り立ちについては以下のサイトから参照下さい。
<参考>
日本国憲法の誕生(国立国会図書館HP)
憲法(毎日新聞)
日本国憲法:制定過程をたどる (毎日新聞 2015年05月06日)
憲法(伊藤真 弘文社)
世界憲法集(岩波文庫)
アメリカ合衆国憲法(アメリカンセンターHP)
ドイツ憲法集(第7版)(信山社)
Wikipediaなど
(2022年8月5日)