水道法の改正
水道法改正案が、2018年12月6日に成立し、自治体が水道事業の運営権を民間企業に売却するコンセッション方式を導入する道が開かれました。
水道事業の多くは市町村が運営しています。その水道運営は原則として水道料金の収入と地方自治体が発行する企業債(地方債の一種)で賄われてきました。しかし、人口減少で料金収入が減り経営環境が悪化している地方自治体が増加しています。例えば、給水人口1万人未満の小規模事業者では、およそ半分が赤字(給水人口5千人以下の小規模事業者は全体の8割を占める)、また、全国でも3割の水道事業者が赤字になっていると言われています。この結果、減少している利用者に負担がのしかかり、水道料金はこの4年間ほど値上げが続いています。
加えて、事業者は施設の老朽化にも悩んでいます。実際、敷設された施設や水道管などの浄水設備の多くは、高度成長期の1960年代から70年代に建設されたもので、40年といわれる耐用年数を相次いで迎えており(その割合は約15%という試算も)、老朽施設の更新需要が毎年のように増えています。このように、資金不足、さらにはこれに対応できる人材不足で、更新も進まず、水道経営の基盤強化が喫緊の課題となっていました。
そこで、費用と人材が足りないという状況下、政府は「老朽化した水道事業を継続するためには、民間企業が参入できるようにしなければならない」、「民間のノウハウの活用で水道事業の立て直しを狙う」と主張して、今回の水道法の改正となったのでした。
「コンセッション方式」による水道の民間開放
今回の改正水道法の特徴は「コンセッション方式」を促進している点です。コンセッション方式とは、国や自治体が公共施設などの所有権をもったまま、運営権を民間企業に売却する方式のことです。水道事業に関しては、これまで水道事業を運営してきた自治体が浄水場などの施設を所有したまま、水道を家庭に供給する運営権を民間企業に譲渡するもので、売却されると、各家庭は水道料金を自治体にではなく、民間企業に支払うことになります。さらに、安倍政権は、このコンセッション方式の導入を促進させ、水道事業の民営化を容易にしようとしているのではないかと懸念する声もでています(民営化の場合は、浄水場などの施設の所有権も民間企業に手放す)。
しかし、水道料金の高騰や水質悪化など多くの問題をはらんでいると指摘されていました。特に懸念されるのが、水道料金価格差がさらに拡大することです。「プライムニュース・イブニング」での特集報道によれば、水道料金の全国平均はひと月3227円で、自治体ごとに料金差があり、全国で最も安いところは853円ですが、逆に最も高いのは6841円と、8倍の格差があるそうです。それが、民間企業の水道事業への参入により、現在8倍の格差が20倍程度になるという予測があると指摘する専門家もいるそうです。
こうした懸念があるにも拘わらず、安倍政権は、前述したように、「水道施設の老朽化や人口減少により経営困難となった水道事業の基盤を強化するためには、コンセッション方式の導入しかない」として、押し切りました。また、水道料金がさらに高騰していくのではないかとの懸念に対しても、「民間企業であれば、自治体とは異なり自由競争の原理が働くので、コスト削減できるので、水道料金の値上げにも抑止力が働く」と主張しています。
しかし、水道事業に自由競争は働きません。現在、自治体で行われている水道事業で、民間企業がその自治体の水道事業の運営権を買い取って競争が行われるとすると、近隣の自治体と競合することになりますが、住民は一番安いなどの理由から自分たちが選んだ自治体の水道を、メーターを切り替えることで自由に利用できるということはないと専門家は説明しています。住民にとって利用できる水道設備は1つだけで、複数の水道を使い分けることはできません。
そうすると、水道には競争原理が働かないどころか、水道事業は独占であることがわかります。独占事業となれば、赤字であろうと参入する企業は出てくるでしょう。それは、コスト削減と不採算部門のカット、そして価格引き上げによって利益を上げることができるからです。独占企業体が水道を提供するとなれば、料金は上げ放題となってしまいます。民間企業の論理で「高いのが嫌なら使わなくて結構」と言われて、「ならば使わない」というわけにはいきません。そもそも、赤字経営が続く自治体の水道事業を民間のノウハウを使って…と言っても、民間企業こそ、利益のでていない自治体には関心を示さないから、参入は一部の企業に限られると疑問視されます。
海外での事例
実際、海外で水道事業のコンセッションが行われてどうなったかを見てみましょう。水道の民営化の先駆けはフランスでした。パリでは1985年に水道民営化が実施され、民間のヴェオリア社とスエズ社とコンセッション契約で運営を委託しました。すると、民営化されたのち3か月に一度値上げが行われ、結局、パリでは25年間で水道料金が2倍以上に高騰(会社の利益は1985年から2008年で15~20%増)したそうです。結局、パリは、水道事業を2010年に再び公営化に戻しました。
その他の事例については、Webマガジン「ウェジー」は、次のような事例を紹介しています。
・フィリピンのマニラでは、1997年に米ベクテル社などが参入して水道を民営化した結果、水道料金が4~5倍になり、低所得者の水道利用は禁止される事態となった。
・1999年に水道を民営化したボリビアでは、参入した米ベクテル社が水道料金を一気に2倍にしたため、住民による大規模デモが起き、死傷者が出る惨事を招いた。
・米ジョージア州アトランタ市では、1999年に水道事業をユナイテッド・ウォーター社に委託すると、同社は雇用大幅カットし、水道料金を17%も上げてしまった。その結果、インフラ整備の質が下がり、蛇口からは茶色い水が出るようになった。
(パリのように水道事業のコンセッションに失敗し、再び公営化に戻した例は、2000年~2015年の間に世界で37カ国235都市に上るとされている。)
実は、日本でも、既にコンセッション契約をすでに実施していた自治体があって(コンセッション方式は改正前でも可能だった)、最近、諸外国と同じようなことが起きていたことをご存知でしょうか?岩手県岩手郡は、水道の供給を民間企業のイーテックジャパンに委託していましたが、同社は、経営悪化を理由に、住民に対して、水源ポンプにかかる費用負担を電気料金引き上げという形で求めたのでした。地元紙の当時の記事です。
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「新たな料金負担しなければ水停止」 雫石、業者通知で混乱引
(岩手日報、2018年12月9日)
雫石町長山岩手山の住宅やペンションなど35軒に水道を供給するイーテックジャパン(仙台市青葉区)が、住民に新たな料金負担をしなければ水を供給しないと通知し、地域が混乱している。同社は経営悪化を理由に、井戸水をくみ上げるポンプの電気料金負担を住民に求める。生活に不可欠な水の危機に住民は困惑。国会では自治体の民間委託を可能にする改正水道法が成立したが、民間業者の対応が波紋を広げる。
同社は8日、同町長山岩手山の現地管理事務所で説明会を開催。非公開で住民約20人が参加した。参加した住民によると、同社の担当者は▽経営悪化で東北電力に支払う水源ポンプの電気料金9、10月分を滞納中で住民に負担を求める▽支払わなければ17日に水道供給を停止▽今後も水道料に電気料を上乗せする―などを説明した。
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高度成長の遺産
日本の場合、さらに解決すべき問題があります。冒頭でも紹介したように、高度成長期に整備された日本の水道管は40年とされる耐用年数を超え、今も取り換え工事がされていないものが大部分だそうです。老朽化による漏水や破裂事故などが年間2万件以上も起きているという事実が、水道事業のコンセッション問題を深刻化させています。例えば、埼玉県の秩父地域では老朽化した水道管が約190km分もあり、これから20年で200億円かかると見られています。つまり、老朽水道管の交換には1kmあたり1億円かかるわけです。
こうした状態で、自治体の水道事業を民間企業に委ねたら、どういうことになるかというと、企業が老朽設備を交換して、その費用を価格にさらに転嫁するというが想定されます。または、徹底したコスト削減で事業を行う民間企業は、老朽化した設備でも限界まで使おうとするかもしれません(その場合、設備が突然、破損する大事故を引き起こしかねない)。
ただ、地震大国の日本では、水道管などを含めた公共施設の老朽化対策は焦眉の急を要します。昨年(2018年)6月18日、最大震度6弱を観測した大阪府北部地震の際には、各地で水道管が破裂し断水が発生しました。その原因は、老朽化し耐震化されていない水道管によるものだったと指摘されています。
この大阪の地震を受けて、政府は急ぎ、今回の水道法の改正を目指しました。地震発生と同じ6月(27日)に水道法改正が審議入りし、8時間の審議の後に7月5日には衆院本会議で可決されました。その後会期終了で継続審議となり、最終的に12月6日に可決成立しました。(12月12日に公布)。
水道「民営化」は、ショックドクトリンか?
こうした、危機的状況に付け入り、自らの利益を誘導するために改革を進めてしまうことを「ショックドクトリン」と言うそうです(カナダ人ジャーナリストのナオミ・クライン氏が2007年に著した自著の中で命名、その本のタイトルにもなっている)が、今回の水道を民間に委ねるコンセッション方式の導入は、法案審議のスピード感から、「ショックドクトリン」を利用したとの指摘が多くの専門家からなされています。水道法の改正に限らず、種子や森林の問題から、安全保障、移民、カジノなども、安倍政権が「改革」と称して行ってきた政策はある意味、「ショックドクトリン」と言えるかもしれません。
気になるのは、今回、水道だけでなく、種子、森林を含めた一連の政策が、竹中平蔵氏ら「未来投資会議」の市場主義者の後押しだけでなく、外国企業(外資)とその政府の要求が背景にあったのではないかということです。実際、麻生太郎財務大臣兼副総理は、2013年にアメリカのCSIS(戦略国際問題研究所)での講演で、「こういったもの(水道事業のこと)をすべて民営化します」と明言していたとされています。CSISとは、安倍政権の「改革」を提言し、実現させている機関と噂されるシンクタンクです。
水道、種子、森林など公営事業を民間企業に委ねる(コンセッション)といっても、それができるのは資金とノウハウをもった外資(外国企業)で、結局、外資に日本の市場を開くためだけになってしまうのではないかが懸念されます。ここで外資というのは、水メジャーと呼ばれる、上下水道事業を扱う国際的な巨大企業のことを指し、フランスの「スエズ・エンバイロメント」「ヴェオリア・ウォーター」と英国の「テムズ・ウォーター」の3社や、アメリカのベクテル社やGEなどの大企業をさします。内閣府の民営化の推進部署(内閣府民間資金等活用事業推進室)には、フランスの水道サービス大手ヴェオリア社日本法人からの出向職員の関係者が働いているという話しも聞かれています。
水の管理は、国と自治体で
水道だけでなく、森林、種子も、将来的な「民営化」のターゲットになったいるのは、私たち日本人の共有財産であり、特に水は命に直接係わるものです。その運営権を単に民間の手に委ねるのではなく、政府や地方自治体が責任をもって管理すべきです。地方自治体は、住民の利便性を優先するので、たとえ災害に見舞われても水道料金を法外に高くすることはありません。また、公営なので、採算性を度外視してでも品質の良い水を住民に届ける努力をします。しかし、利潤追求が目的の民間企業にはそうする義務はありません。
それでも、これまでのように自治体だけでは、水道事業の運営が厳しいというなら、外資を中心とする民間企業に委ねる前に、自治体間での水道事業の広域化を推進すべきです(実際、改正水道法にもその内容が書かれている)。例えば、秩父市では、2016年に4つの自治体と連合し、水道事業の広域化を行い老朽化した水道管の交換を進めているそうです。こうした広域行政(一つの事業、ここでは水道事業を複数の自治体で共同して運営していくこと)などによる地方自治体の創意工夫を促すべきだと思います。
地震大国の日本において、水道事業を「民営化」してしまった場合、緊急時に的確な対応はできるとは思われません。多くの自治体が老朽化した水道設備を抱えているからこそ、国民の命の水は、政府・自治体の責任で管理運営がなされるべきでしょう。改正水道法は、令和元年10月1日に施行されます。「公営」の時代を懐かしむ時代が来ないことを望みたいですね。
<参考>
水道法改正で何が起きようとしているのか 日本の水道水のありがたみを思い知らされる日
2019年1月2日、webマガジン、ウェジー(ライター地蔵重樹氏)
改正水道法が成立!“命の水”水道民営化でどうなる?安全性は?値上げは?
(プライムニュース イブニング 2018年12月6日放送分より)
水道法改正が「民営化」でないばかりかタチが悪い理由
(室伏政策研究室、政治・経済 DOL特別レポート、2018.12.25)
改正水道法が成立!“命の水”水道民営化でどうなる?安全性は?値上げは?
(プライムニュース イブニング 2018年12月6日放送分より)
改正水道法が成立 民間に事業売却も
(2018.12.6 13:44、産経新聞)
水道民営化の導入促す改正法が成立 野党「審議不十分」
( 2018年12月6日、朝日新聞)