2020年12月10日

憲法:24条(両性の平等)はいかにしてできたか?

前回の投稿「まじめな解説 婚姻の自由と両性の平等」で、憲法24条の解説をしました。今回は他の条文同様、その成り立ちをみていきます。

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日本国憲法第24

(家族生活における個人の尊厳と両性の平等)

 

  1. 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
  2. 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 

戦前の日本において、本人が意図しなくても、親や「家」が結婚を決めるということは普通でした。また、民法においては、嫡男(長男)が、財産などを単独承継するという家督相続(長子相続)が基本あり、妻から離婚を申し込めない、父のみが親権を行使できるといった家父長的な規定が数多く制定されていました。当然、帝国憲法(明治憲法)では、本条のような両性の平等について規定した条文はありませんでした。

 

ですから、GHQ(連合国軍総司令部)は、こうした家族主義的な男尊女卑の慣行を問題視し、明治憲法下の日本に貫かれた、封建制の象徴である「家」制度を解体させようと、日本国憲法第24条を書かせたと広く信じられています。

 

実際、24条で「家族生活における個人の尊厳と両性の平等」が定められたと言っても、婚姻と夫婦間の平等についての規定で、そこには、親兄弟姉妹、祖父母については一言も触れられていません。親子よりも夫婦の関係を重視するアメリカの影響を受けことは十分考えられることではあります。

 

いずれにしても、マッカーサーの指示で、GHQが10日程度で書き上げた帝国憲法改正案(GHQ案)は、他の条文の試案よりもかなりの長文になっていました。

 

GHQ(総司令部)案

家族は人類社会の基底にして、その伝統は善かれ悪しかれ国民に浸透す。婚姻は男女両性の法律上および社会上の争うべからざる平等の上に存し、両親の強要の代わりに、相互同意の上に基礎づけられ、かつ男性支配の代りに協力により維持せらるべし。

 

これらの原則に反する諸法律は廃止せられ配偶の選択、財産権、相続、住所の選定、離婚ならびに婚姻および家族に関するその他の事項を個人の威厳及両性の本質的平等に立脚する他の法律を以ってこれに代わるべし

 

ところで、マッカーサーが、ホイットニーGHQ民政局長に、日本国憲法の草案作成を命じた際、実務責任者(キャップ)となったケーディス陸軍大佐が、テーマ毎に8つの小委員会に分けて担当させました(詳細については「日本国憲法は9日間で書かれた?」参照)。

 

このうち、「人権に関する委員会」に所属し、現在の日本国憲法第24条の条文起草に尽力したのが、当時22歳のベアテ・シロタという女性で、当時、日本語をしゃべれた数少ないGHQスタッフでした。

 

父親の仕事の関係で、5歳から15歳までを日本で過ごしたシロタさんは、日本では女性の地位が低いことを肌で感じた体験から、女性の権利の充実を意識したそうです。特に、日本において、女性は好きでもない人と結婚させられていることにショックを受けたと後に述懐しています。そこでシロタさんは、両性の平等、相互の合意に基づく結婚、両性の協力、非嫡出子や養子の権利などを、GHQ案に盛り込んだのでした。

 

さて、日本国憲法の制定においては、GHQ(総司令部)案を基に、日本側も修正案を出すことが認められておりましたが、「三月二日案」と呼ばれた日本側の草案では、シロタさんが書いた家族に関する部分の多くを削除したものになっていました。

 

「三月二日案」

婚姻は男女相互の合意に基づきてのみ成立し、かつ夫婦が同等の権利を有することを基本とし相互の協力により維持せらるべきものとする。

 

日本側の修正説明では、GHQ案の「善かれ悪しかれ~」の文言は、日本の法文に合わないことや、文章が事実の叙述で特別の法的意味がない、内容的にも日本の歴史や文化に合致しないなどという理由をあげたとされています。

しかし、その後の日本側との折衝において、ケーディスは、削除された部分を整理する形で復活させることを「提案」(実際は「要求」)し、正式な帝国憲法改正案として、議会に提出されました。

 

帝国憲法改正案

婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。

 

配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。

 

議会では、一部の保守層が、GHQ案で引用された「両性の平等」という表現も復活したことを問題しました。保守層は「両性の平等」はマルクス用語であるとしてその使用を嫌ったのです。実際、両性の平等に関する規定は、最初の社会主義国の憲法(1936年制定のスターリン憲法)でも書かれていました。

 

スターリン憲法(第122条)

ソ同盟における婦人は,経済的,国家的,文化的および社会的・政治的生活のすべての分野において,男子と平等の権利を与えられる。(後略)

 

しかし、結局、改正案は、そのまま無修正で議会を通過し、日本国憲法第24条となりました。

 

なお、世界で最も民主的な憲法と言われたドイツのワイマール憲法にも「両性の平等」についての記載があります。

 

ワイマール憲法第119条

婚姻は、家族生活および国民の維持・増殖の基礎として、憲法の特別の保護を受ける。婚姻は、両性の同権を基礎とする。(後略)