2020年05月03日

神話:「海幸彦と山幸彦」のものがたり

前回、「天の岩戸開き」神話について書きましたが、今回は、ニニギノミコトの「天孫降臨」後、「神武天皇の東征」があるまでの間のお話しです。本HP「レムリア」では、「日本の神話・伝承」を以下の順序で紹介しています。こちらも参考にして頂ければ幸いです。

 

記紀(天地開闢)

記紀(天の岩戸)

記紀(出雲神話)

記紀(国譲り)

記紀(天孫降臨)

記紀(神武の東征)

―――――

 

  • ニニギノミコトと木花之咲夜姫の出会い

 

天孫降臨後、葦原の中津国で国の経営をしていたニニギノミコト(迩迩芸命、瓊瓊杵尊)がある日、笠沙の岬を散歩しているとき、一人の美しい姫に出会いました。ニニギノミコトが名を尋ねると「私はオオヤマツミノカミ(大山津見神/大山祇神)の娘で、木花之咲夜姫(コノハナサクヤヒメ)と申します」と答えました。

 

一目で心を奪われたニニギノミコトは、すぐに木花咲耶姫(コノハナサクヤヒメ)に結婚を申し込みました。ただ、サクヤヒメは謹み深く「父に伺います」と答えました。天から降ってこられた御子が娘を乞うたことを聞いたオオヤマツミノカミ(大山津見神/大山祇神)は、大そう喜び、結婚を了承をします。それどころか、サクヤヒメの姉の磐長姫(イワナガヒメ)も差し出し「一緒に娶って下さい」と、たくさんの婚礼用品を添えて二人の娘をニニギノミコトの所に送りました。コノハナサクヤヒメとイワナガヒメの姉妹二人は、ニニギノミコトの元を訪れましたが、ニニギノミコトは、けっして美人とは言えなかったイワナガヒメ(磐長姫)を送り返してしまい、美しい木花咲耶姫とだけ結婚しました。

 

オオヤマツミノカミ(大山祇神)は、「コノハナサクヤヒメは、美貌を持っているが、木の花のように散りゆく運命にある。一方、イワナガヒメは、体は頑丈で、岩のように永遠の命を持つから、私はイワナガヒメを一緒に嫁がせた。だから、イワナガヒメ(石長姫)もともに迎えてくれたら、生まれてくる子孫の命は岩のように永遠のものになっていたのに…。サクヤヒメ(咲夜姫)とだけ結婚したら、生まれてくる子孫は、天津神のような永遠ともいえる寿命を持つことはできず、短い命になるだろう」と残念そうにおっしゃいました。以後、ニニギノミコト(瓊瓊杵尊)とその子孫は寿命があることになったのです。

 

 

  • 木花咲耶姫の懐妊と誓約(うけい)

 

こうした経緯はあったにせよ、ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメは、天界の者と地上界の者が初めて結ばれたことになりました。その二人は一度しか交わらなかったのですが、サクヤヒメはその一回の交わりで懐妊しました。咲夜姫がそのことを告げると、ニニギノミコトは「一夜で子供を授かるのはおかしい」、その子は、自分以外の国津神の子ではないかと疑うのです。

 

疑いを受けたコノハナサクヤヒメは不快に思いましたが、「お腹の子は、間違いなくあなたの子です。あなたの疑いを晴らすために、私は火の中で出産して見せましょう。天津神の子供であるのならば、無事生まれるはずです」と言い、サクヤヒメは、産気付くと、産屋に入ったのち火を付け、燃え盛る小屋の中で、3人の元気な子を産み落しました。

 

火照命(ホテリノミコト)(=海幸彦)

火須勢理命(ホスセリノミコト)

火遠理命(ホオリノミコト)(=山幸彦)

 

 

  • 山幸彦と豊玉姫

 

兄の火照命(ホテリノミコト)は、釣り道具を使って魚(海の幸)を採り、弟の火遠理命(ホオリノミコト)は、弓矢を使って獣(山の幸)を採って生活していました。ですから、兄は、海幸彦(ウミサチヒコ)、弟は、山幸彦(ヤマサチヒコ)と呼ばれていました。ある時、弟の山幸彦(ホオリノミコト)は、兄の海幸彦(ホテリノミコト)に「たまにはお互いの道具を交換して仕事をしてみよう」と提案します。兄はあまり乗り気ではなかったのですが、弟が何度も頼むので、渋々承知しました。

 

山幸彦は、早速、兄から譲り受けた釣り針を持って、海に魚を釣りに行きます。しかし、慣れないため、魚を釣ることができなかったばかりか、兄から借りた釣り針を海の中に落してしまいました。夕方家に帰って、そのことを正直に言うと、兄の海幸彦(ホテリノミコト)は怒り、「釣針を返せ」とひたすら山幸彦に迫るのでした。そこで、山幸彦(ホオリノミコト)は、自分の剣を割って500本の釣針を作って返しますが、兄は「あの釣針でないと駄目だ」と言います。更に1000本作っても、「自分の釣り針がいい」と弟の申し出を拒むのでした。

 

悲嘆にくれる山幸彦は、海辺に行き、何もできずに泣いていると、潮流の神である塩椎神(シオツチノカミ)が突如姿を現しました。山幸彦(ホオリノミコト)の事情を聞くと、シオツチは、竹で隙間のない籠(かご)を造り、ホオリを乗せて言いました。「この船で潮の流れに身を流せば、そのうち、海神、綿津見神(ワタツミノカミ)の宮殿が見えてくる。そうしたら、その門の近くの泉のそばに1本の木がある。そこに座っていなさい。ワタツミの娘がそなたを助けてくれるだろう」と。

 

そこで、山幸彦は、シオツチに言われた通り、潮の流れに乗ると、本当に宮殿が見えて来ました。そして、入り口のそばにあったカツラの木に登り、座っていました。やがて、宮殿の門から、ワタツミの娘である豊玉姫(トヨタマヒメ)の侍女がでてきました。水を汲みに来たようでしたが、木の上にいる山幸彦を見つけて驚きます。山幸彦が「水を一杯くださいませんか」と言うので、侍女は容器にその泉から汲んで差し出しました。山幸彦は、決して水を飲むでもなく、首にかけていた玉を口に含み、その容器に玉を吐き出しました。すると、何故か、玉は容器から取れなくなってしまいました。

 

侍女は、急いで姫の元に戻り、このことを説明すると、不思議に思った豊玉姫(トヨタマヒメ)は、外にでて、木の上の山幸彦(ホオリノミコト)の姿を見るや一目惚れしてしまいました。そして、父の所へ行き、「宮殿の前に立派な男の方がいます。中に入って頂いていいですか」と許しを求めます。海神ワタツミ(綿津見)は、山幸彦が天の神の御子(天孫)と知るや、宮殿の中へ招き入れ、豪勢なおもてなしをし、その後、豊玉姫と結婚させました。

 

そんな、山幸彦が、ワタツミの宮殿で幸せな日々を過ごすうちに、早3年が経ちましたが、ある日、山幸彦はふと釣針のことを思い出し、そのことを豊玉姫に打ち明けました。すると、事情を聞いた父のワタツミ(綿津見)は、魚たちに大集合を掛け、心当たりのある者はいないか、と尋ねたところ、何匹かの魚たちが「近頃、赤鯛が喉に何かをひっかけて、痛いと申しております」と言いました。そこで赤鯛が呼んで調べてみると、山幸彦が失くした釣り針が出てきたのでした。

 

ワタツミ(綿津見)は、この釣り針を、潮の満潮を示す潮満珠(しおみちのたま)・潮干珠(しおひのたま)とともに、山幸彦に手渡して言いました。「この釣り針を兄上殿に返す時、『この針は、おぼ針、すす針、貧針、うる針(憂鬱になる針、いらいらする針、貧しくなる針、愚かになる針)』と言いながら、手を後に回して渡しなさい。」

 

また、「兄上殿が高い所に田を作ったら、婿殿は低い所に田を作りなさい。兄上殿が低い所に田を作ったら、婿殿は高い所に田を作りなさい」と助言しました。そして、「もし、兄が攻め来るようなことがあれあば、潮満珠(鹽盈珠)(しおみちのたま)で兄を溺れさせ、苦しんで許しを請うてきたら潮干珠(鹽乾珠)(しおひのたま)で命を助けなさい」と付け加えました。こうして、当初の目的を達した山幸彦(ホオリノミコト)は、父のワタツミ(綿津見)が用意したワニ(鰐鮫)の背中に乗って、国元に帰っていきました。

 

一日のうちに故郷に戻った山幸彦は、ワタツミ(綿津見)に教えられた通り、兄の海幸彦に釣り針を返し、田を耕しました。海の神ワタツミは、水源を取り仕切っているため、山幸彦(ホオリノミコト)の田には水がよく来て作物が実りますが、兄、海幸彦(ホテリノミコト)の田には、水が行き届かず、収穫できません。日増しに貧しくなり、心も荒れて来た海幸彦は、山幸彦の元に攻め込んできました。

 

そこで、山幸彦は、ワタツミに言われた通り、もらった潮満珠(しおみちのたま)を出して「潮満ちよ」と言うとたちまち水があふれて海幸彦は溺れ、「助けてくれ」と許しを請うと、潮干珠(しおひのたま)を使って兄を救出しました。しかしそれでもまた攻めて来ようとするので、これを何度か繰り返すと、海幸彦も、どうやら弟には海の神の守護がついているということが分かり、弟の下に組することを誓いました。こうして、山幸彦は兄の海幸彦を完全に屈服させることに成功したのでした。

 

 

  • 豊玉姫との別れ

 

さて、月日がたち、豊玉姫(トヨタマヒメ)が夫を追って、海の国のワタツミの宮殿から、山幸彦を訪ねて、地上にやって来ました。話を聞くと、豊玉姫(トヨタマヒメ)は、山幸彦の子を授かり、出産を間近に控えたので、陸地で生む為にやってきたというのです。山幸彦は喜んで、鵜の羽根を使って産屋(うぶや)を建て始めましたが、屋根を完全に葺き終えない内に姫は臨月になり、豊玉姫は産気づいてしまいました。姫は、産屋に入るやいなや、ホオリに、こう言い渡しました。「この子を産むためには、私も元の姿にならなければなりません。恥ずかしいので、決して、産屋の中を見ないで下さいね。」

 

ところが、わが子を一目でも早く見たい山幸彦は、我慢仕切れずに、未完成の産屋の壁の隙間から、中をのぞいてしまいました。すると、そこには、お産に苦しむ大きなワニの姿がありました。驚いた山幸彦は、その場を逃げ出してしまうのでした。豊玉姫は、そんな夫の姿に失望しながらも、無事に男の子を出産を成し遂げました。しかし、山幸彦に見られたことを恥ずかしがり「見ないでと言ったのに」と言い残して、子を置いたままワタツミの神の宮殿へと帰ってしまいました。

 

しかし、子を思う親の心は変わりなく、「あの子を育てに行ってくれないか」と、妹の玉依姫(玉依毘売命)(タマヨリビメ)遣わし、子育てを頼むのでした。この山幸彦(ホオリノミコト)と豊玉姫の子どもは、後に成長し、鵜の羽根を使った建設途上の産屋で生まれた神として、鵜草葺不合命(ウガヤフキアエズノミコト)と名付けられました。

 

 

  • 鵜草葺不合命玉依姫

 

その後、成長したウガヤフキアエズは、育ててくれた叔母の玉依姫(タマヨリヒメ)を妻として、五瀬命(イツセノミコト)、稲飯命(イナヒノミコト)、御毛沼命(ミケヌノミコト)、若御毛沼命(ワカミケヌノミコト)の四柱の御子をもうけていきました。このうち、若御毛沼命(ワカミケヌノミコトは、後に、神倭伊波礼琵古命(カムヤマトイハレビコ)、すなわち、初代天皇、神武天皇となります。

 

こうして、天孫降臨に始まったニニギノミコトから、子のホオリノミコト(火遠理命)(山幸彦)、そして、その子、ウガヤフキアエズ(鵜葺草葺不合)の三世代は、日向三代(ひむかさんだい)と呼ばれるようになりました。なお、山幸彦は高千穂の山の西にある高千穂の宮で580年間暮らしたとされています。