2020年01月15日

神社:伊勢神宮は内宮と外宮だけではない!

伊勢神宮は、有名な「内宮」と「外宮」(両社で「正宮」という)だけでなく、「別宮」、「摂社」、「末社」、「所管社」と呼ばれるお社からなり、全部で125社で構成されています。その範囲は伊勢志摩地方にひろく及び4つの市と2つの郡にまたがります。伊勢神宮について、前回の投稿「伊勢神宮、外宮と内宮の神さま」に続く第2段です。今回は、伊勢神宮の全体像をみてみましょう。

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正宮(しょうぐう)> 計2社

外宮(豊受大神宮)
祭神:豊受大御神(とようけおおみかみ)

内宮(皇大神宮)(こうたいじんぐう)
祭神:天照大御神

 

外宮と内宮のなかでも有名なのが御正殿(ごしょうでん/ごせいでん)で、通常、私たちは、それぞれの御正殿を外宮、内宮とみなすでしょう。御正殿とは、神社の本殿、宮殿の中心となる建物で、天照大御神は、内宮の御正殿でお祀りされています。外宮と内宮についての詳細は「伊勢神宮、外宮と内宮の神さま」へ。

 

別宮(べつぐう)> 14社

別宮とは、正宮と特に関わりの深い神さまをお祀りする格の高い神社で、御正殿に次ぐお宮です。正宮に準じて祭祀が行われています。別宮のお宮も、式年遷宮が行われます。伊勢神宮の別宮は、外宮(豊受大神宮)に4社、内宮(皇大神宮)に10社あります。別宮にも格付けのようなものがあり、外宮の第一別宮である多賀宮(たかのみや)や、内宮の第一別宮である荒祭宮(あらまつりのみや)には、大きな祭祀fが行われる際、天皇陛下が幣帛(へいはく)(=絹の反物など)をお供えされます。

 

外宮別宮(4):多賀宮土宮、月夜見宮、風宮

 

  • 多賀宮(たかのみや)

御祭神:豊受大御神荒御魂(とようけのおおみかみのあらみたま)

 

豊受大御神荒御魂とは、豊受大御神(とようけのおおみかみ)の荒く猛々しい時の御霊のことです。殿舎の規模も他の別宮よりも大きく、小高い丘の上に鎮座しています。外宮の別宮では最も格式の高い第一別宮で、20年に一度の式年遷宮の際、外宮では多賀宮のみ正宮と同じ年に行われます。

 

神道では、神さまの荒々しく格別に顕著なご神威をあらわされる御魂の働きを「荒御魂(あらみたま)」、神さまの御魂のおだやかな働きを、「和御魂(にぎみたま)」といいます。 

 

  • 土宮(つちのみや)

御祭神;大土乃御祖神(おおつちのみおやのかみ)

 

大土乃御祖神は、古くから山田原(やまだのはら)の鎮守の神でしたが、外宮の鎮座以後は宮域の地主神、宮川堤防の守護神とされ、平安時代末期に別宮に昇格しました。他の別宮は全て南向きですが、土宮だけ東を向いています。

 

  • 月夜見宮(つきよみのみや)

御祭神:

月夜見尊(つきよみのみこと)

月夜見尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)

 

月夜見尊は、天照大御神の弟神で、月の満ち欠けを教え暦を司る神とされています。内宮別宮 月読宮でも祀られています(同じ祭神)。

 

 

  • 風宮(かぜのみや)

御祭神:

級長津彦命(しなつひこのみこと)

級長戸辺命(しなとべのみこと)

 

級長津彦命と級長戸辺命は、伊弉諾尊(いざなぎのみこと)の御子神で、特に風雨を司る神さまです。内宮別宮の風日祈宮(かぜひのみのみや)のご祭神と同じです。雨風は農作物に大きな影響を与えるので、正宮に準じてお祀りされています。また、鎌倉時代の元寇に際して神風を吹かして日本を守って下さったことから、国を救ってくれる祈願の対象ともなってきました。

 

内宮別宮(10)

荒祭宮、月読宮(4)、瀧原宮(2)、伊雑宮、風日祈宮、倭姫宮

 

  • 荒祭宮(あらまつりのみや)

御祭神:天照大御神荒御魂(あまてらすおおみかみのあらみたま)

 

天照大御神の荒御魂をお祭りしており、内宮に所属している10社の別宮のうち、第一位(第一別宮)とされ、20年に一度の式年遷宮の際、内宮では荒祭宮のみ正宮と同じ年に行われます。

 

内宮の敷地内には、天照大御神をお祀りする御正殿(ごせいでん)の他に2つの別宮があり、一つはこの荒祭宮で、もう一つが風日祈宮です。

 

 

  • 風日祈宮(かざひのみのみや)

御祭神

級長津彦命(しなつひこのみこと)

級長戸辺命(しなとべのみこと)

 

外宮別宮の風宮と同じように、特に風雨を司る神さまをお祀りしています。

 

 

  • 月読宮

祭神:月読尊

 

外宮別宮の月夜見宮(つきよみのみや)と同じように、天照御大神の弟神である月読尊(つきよみのみこと)をお祀りしています(外宮では月夜見尊と書く)。役割は、「月を読む」という名前の通り、月の満ち欠けを教え暦を司ることです。外宮では、月夜見尊の荒御魂も祭神となっていますが、こちらでは、月読尊荒御魂(つきよみのみことのあらみたま)は、月読宮とは異なる別宮(月読荒御魂宮)に祀られています。

 

また、月読宮には、天照大御神と月讀尊の父母神である「父:伊弉諾尊(イザナギノミコト)」と「母:伊弉冉尊(イザナミノミコト)」も、伊佐奈岐宮と伊佐奈弥宮にそれぞれ祀られています。このように、内宮の月読宮の敷地には、月読宮だけでなく、以下の3社の別宮が並んで存在しています。

 

月読荒御魂宮(祭神:月読尊荒御魂)

伊佐奈岐宮(同:伊佐奈岐命)

伊佐奈弥宮(同:伊佐奈弥命)

 

  • 瀧原宮(たきはらのみや)

祭神:天照大御神の御魂

(天照坐皇大御神御魂/あまてらしますすめおおみかみのみたま)

 

瀧原宮は、伊勢市から40kmほど離れた渡会郡の山間に位置し、文字通りの「瀧原宮」と、「瀧原並宮(たきはらならびのみや)」の2つの別宮が並立しています。昔から神宮の遙宮(とおのみや)(遠い宮という意味)と呼ばれ、品格があることで知られています。祭神は、どちらも「天照大御神の御魂(あまてらすおおみかみのみたま)」とされていますが、瀧原宮はその和御魂(にぎみたま)、瀧原並(竝)宮は、天照大御神の荒御魂(あらみたま)が祀られるとする説明もあります。

 

伝承では、かつて、皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)が天照大御神を祀るため、相応しい聖地を探し求めていたところ、内宮より先に、この渡会の地に瀧原宮を建てて、天照大御神を祀ったという話しが残されています。しかし、その後、現在の内宮のある伊勢の地に新宮を建てたため、天照坐皇大御神御魂(あまてらしますすめおおみかみのみたま)を祀る別宮となったと言われています。

 

内宮の雛形とといわれている瀧原宮は、「ミニ内宮」の様相を呈しているとされ、五十鈴川と同じように清流が美しい御手洗場もあります。入口の鳥居から参道を抜けると、奥に社伝がたたずんでいます。

 

  • 伊雑宮(いざわのみや)

祭神:天照大御神の御魂

 

志摩市に鎮座している伊雑宮(いざわのみや)は、別名「いぞうぐう」とも呼ばれています。天照大御神の御魂をお祭りしていて、地元の人々からは海の幸、山の幸の豊饒が祈られてきました。毎年6月24日(6月月次祭当日)に行われる御田植式は、「磯部の御神田(おみた)」の名で知られ、日本三大田植祭の一つとされます(後の二社は香取神社と住吉大社)。瀧原宮(たきはらのみや)と同様、別宮の中でも「遙宮(とおのみや)」と呼ばれ、地元からも篤く崇敬されています。

 

 

  • 倭姫宮(やまとひめのみや)

祭神:倭姫命

 

倭姫宮は、天照大御神を伊勢にお連れした、第11代垂仁天皇の皇女・倭姫命(やまとひめのみこと)を祭神としています。内宮と外宮を結んでいる御幸道路の中ほどの倉田山に鎮座し、別宮の中で最も新しいお宮です。

 

摂社(せっしゃ)> 43社

摂社は、平安時代中期(927年)にまとめられた国家の官帳である「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」に記載されているお社で、外宮(豊受大神宮)に16社、内宮(皇大神宮)に27社あります。いくつかの摂社を紹介します。

 

  • 草名伎神社(くさなぎじんじゃ)(外宮摂社)

祭神:標劔仗神(みしるしのつるぎのかみ)

 

外宮の摂社として格式が高く、1210年に、月夜見宮が別宮に昇格してから、第一摂社となりました。祭神は標劔仗神(みしるしのつるぎのかみ)で、度会氏の祖とされる大若子命(おおわくこのみこと)が、標劔仗神から剣を賜り、越の国の阿彦という賊徒を討伐したことから、大幡主命(おおはたぬしのみこと)の名を賜ったという伝承が残されています。「草奈伎」の社号も、この剣を日本武尊の「草薙の剣」に例えたものと言われています。

 

大若子命(おおわくこのみこと)は、度会氏の祖とされ、天照大神の伊勢遷座のところ で、南伊勢の豪族として協力した功績から、官職の一つである神国造(かみのくにのみやつこ)と、神宮の大神主(おおかんぬし)(=神官で禰宜ねぎの上位)に任じられたとされています。また、「草薙の剣」は、倭姫命(やまとひめのみこと)から日本武尊へ授けられる以前に「神宮」にあったとされ、草奈伎神社では、草薙の剣の御魂を祀るという説も残されています。

 

  • 朝熊神社(あさくまじんじゃ)(内宮摂社)

祭神

大歳神(おおとしのかみ)
苔虫神(こけむしのかみ)
朝熊水神(あさくまのみずのかみ)

 

朝熊神社は、内宮摂社の中で格式が高い内宮第一摂社で、桜の名所(朝熊山)としても知られています。祭神は、上記したこの土地を守る神(熊野平野の守護神)かつ五穀と水の神の三柱です。ただし、別の資料では、大歳神(おおとしのかみ)ではなく、その子の桜大刀自神(さくらおおとじのかみ)とする説もあります。桜大刀自神は木華開耶姫神(このはなさくやひめのかみ)の別名ともされています。

 

  • 多岐原神社(たきはらじんじゃ)(内宮摂社)

祭神:真奈胡神(まなこのかみ)

真奈胡神は、倭姫命(やまとひめのみこと)が宮川を渡るのをお助けした土地の神で、社も倭姫命を出迎えたとされる瀧原の近くの場所に建てられたとされています。

 

末社(まっしゃ)> 計24社

末社は、延喜式神名帳には載せられていませんが、807年に成立した伊勢の神宮の儀式帳で、鎮座の由来などについて記した「延暦儀式帳(えんりゃくぎしきちょう)(「皇太神宮儀式帳(こうたいじんぐうぎしきちょう)」と「止由気宮儀式帳(とゆけぐうぎしきちょう)」の併称)」に記載されている神社です。なお、末社は、外宮(豊受大神宮)に8社、内宮(皇大神宮)に16社、あります。

 

  • 伊我理神社(いがりじんじゃ)(外宮の末社)
    祭神:伊我利比女命(いがりひめのみこと)

 

伊我利比女命は、かつて存在した外宮の御料田(神宮の神田)の井泉の神で、古く外宮御料田の耕種始めの神事、鍬山伊我利神事(くわやまいがりしんじ)が行われていました。このお祭りは、猪の害を防ぐためのもので、社名の「伊我理(利)」も猪狩(いかり)に由来するといわれています。

 

  • 小社神社(おごそじんじゃ) (内宮末社)

御祭神:高水上命(たかみなかみのみこと)

 

高水上命は、この土地の神で灌漑用水の神と伝えられています。小社神社は、この地方では「雨の宮」と呼ばれ、ひでりの折には雨乞祈願をしたといわれます。内宮神主の荒木田氏が、この地域を開拓した当時、産土神として尊ばれた神さまです。

 

所管社(しょかんしゃ)>計42社

所管社は、摂社と末社以外に、正宮や別宮にゆかりがあり、水やお酒、お米、塩、麻、絹などの御料(ごりょう)(=お供え物)、宮域鎮護など、祭祀にあたり深く関係を持つ神々がお祀りされている場所です。外宮(豊受大神宮)に4社、内宮(皇大神宮)に30社、内宮別宮の瀧原宮(たきはらのみや)に3社、伊雑宮(いざわのみや)に5社あります。ここでは、数ある所管社の中で、まず、内宮の域内にある2つの所管所をみてみましょう。

 

  • 子安神社(こやすじんじゃ)(内宮所管社)
    祭神:木華開耶姫命(このはなさくやひめのみこと)

 

祭神の木華開耶姫神(このはなさくやひめのかみ)は、猛火のうちに御身無事に、三柱の御子をお生みになられたという神話から、子授け、安産、厄除けの神として篤い信仰を受けています。もっとも、木華開耶姫命は、元々は伊勢・宇治館町の「産土神(うぶすながみ)」という土地の守護神という伝承があり、木華開耶姫命に対する信仰はこの地に根付いています。

 

木華開耶姫命は、大山祇神(おおやまつみのかみ)の娘神であることでも知られています。木華開耶姫命の御神体は「富士山」と云われており、父神の大山祇神からゆずり受けたとされております。子安神社の奥には、その大山祇神を祀る大山祗神社があります。

 

 

  • 大山祇神社(おおやまつみじんじゃ)

祭神:大山祇神

 

大山祇神(おおやまずみしん)は、木華開耶姫命の父神で、山の神として全国から崇敬を集めています。子安神社と大山祇神社はともに、内宮の衛士見張所の近くにあり、親子神で並んで内宮の宮域でお祀りされています。なお、両社は、伊勢神宮の所管社ではありませんでしたが、1900年(明治33年)に再び、内宮(皇大神宮)の所管社として登録されています。

 

次に、内宮別宮の瀧原宮(たきはらのみや)にある若宮神社、長由介神社、川島神社をとりあげます。

 

  • 若宮神社(わかみやじんじゃ)(瀧原宮所管社)

祭神:若宮神(わかみやのかみ)

 

若宮神は、瀧原の地に縁のある水の神といわれていますが、由緒など詳細は不明とされています。天若宮(あめのわかみや)と呼ばれることもある若宮神社は、瀧原宮所管社3社のうち第一位です。

 

 

  • 長由介神社(ながゆけじんじゃ)(瀧原宮所管社)

祭神:長由介神

 

長由介神(ながゆけのかみ)は、瀧原宮の御饌(みけ・食物)の神といわれています。御饌の神だから、豊受大神の御霊あるいは分霊とする説もあります。長由介(=長生き)と解され、長生きの神であるとの民間信仰があり、江戸時代には、長寿祈願の参拝者でにぎわったそうです。

 

  • 川島神社(かわしまじんじゃ)

祭神:川島神

由緒など詳細は不明。川島神社は、1874年(明治7年)以降、長由介神社に合祀されるようになりました。

 

瀧原宮を訪れると、周る順番も、瀧原宮→瀧原並宮→若宮神社→長由介神社(川島神社は長由介神社と同座)が推奨されています。

 

一方、所管所の中には、社殿を持たない石神(磐座)祭祀など原初的な形式で祀られている所管所もあります。

 

  • 瀧祭神(たきまつりのかみ)

古代より、瀧祭神は氾濫が多かったとされる五十鈴川の守り神であったとされ、五十鈴川の龍神(水神)を鎮めるために祀られていると言われています。従って、瀧祭神は、五十鈴川の御手洗場近くの杜の中に鎮座し、板垣の内側に御神体の石がお祀りされています。元々は、対岸となる五十鈴川の西側の川辺に鎮座していたという説もあります。

 

  • 四至神(みやのめぐりのかみ)

四至神は、神の神域(大宮)の四方の境界を守護する神で、内宮と外宮に1箇所ずつ鎮座しています。元々はそれそれの境内に数十箇所以上も存在しと言われていますが、それらが統合されて1箇所にまとめられました。なお、四至とは宮の四方の意味です。

 

内宮の四至神の鎮座地は、神楽殿・五丈殿のやや東方、忌火屋殿の程近くにある石畳の上の白石で、そこで、石神としてまつられ、白石の石神(=四至神)のみがお祀りされた神域となっています。江戸時代までは、神様の依り代としての一本の桜の木=「桜大刀自神桜大刀自神(さくらおおとじのかみ)」が祀られていたそうです。桜大刀自神は木華開耶姫神(このはなさくやひめのかみ)の別名との見方もあります。

 

このように、伊勢神宮(「神宮」)は、外宮・内宮(正宮)に加えて、別宮、摂社、末社、所管社、計125社の総称で、社殿を有するお社や、石畳の上に祀られるお社など様々な形があります。なお、どの社が、別宮、摂社、末社、所管社となるかは、各時代によって制定された神祇制度(じんぎせいど)により神社の格(社格)が定められ、その格に応じて摂社・末社と分類されています。

 

<伊勢の祭り(神宮祭祀)>

この125社からなる伊勢神宮では、新年の歳旦祭(さいたんさい)から大晦日の大祓(おおはらえ)まで、各神社の祭祀を合計すると、年間を通じて、数十種以上およそ1500回も行われています。伊勢の神宮の祭りは、「神嘗祭(かんなめさい)」、「恒例祭(こうれいさい)」、「臨時祭(りんじさい)」、「遷宮祭(せんぐうさい)」の4つに分類されます。

 

10月の神嘗祭は、その年に最初に収穫した稲穂(初穂)を天照大御神に感謝のお供えをする祭祀です。また、「恒例祭(こうれいさい)」は、6月・12月の月次祭(つきなみさい)や毎日の神饌祭など定期的に行われる祭祀で、「臨時祭(りんじさい)」は、「天皇陛下ご即位〇〇年を祝う・・」など皇室・国家および神宮の重大事に臨んで行われます。そして「遷宮祭(せんぐうさい)」は20年に一度実施される一大祭祀でしたね。また、「神宮」では春先の祈年祭(きねんさい)、御田植祭(田植えの前に豊作を祈願する儀式)、秋の神嘗祭(かんなめさい)など、稲作に関わるお祭りが多く行われます。

 

このように、伊勢神宮の年間千五百回ほどにおよぶ祭典では、皇室国家の繁栄と国民の幸せを願う祈りがささげられています。

 

 

<参照>

神宮の歴史と文化(伊勢神宮HP)

教えてお伊勢さん(伊勢神宮HP)

BUSHOO!JAPAN 日本史データベース:寺社・宗教

伊勢神宮への参拝で日本人なら知っておきたい7つの秘密

伊勢神宮誕生から現在までの歴史 | 神ズム

かつて桜の神もいた!伊勢神宮内宮、太古の神祭りに触れる参拝(Lineトラベルjp)

別宮、摂社、末社、所管社とは

伊勢神宮はゼロ磁場!?

Line トラベル

伊勢志摩観光ナビ

お伊勢さん125か所参り(伊勢神宮崇敬会)

草奈伎神社・延喜式神社の調査

Wikipedia